表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/162

85.『あっちの世界』で雪が降る

挿絵(By みてみん)

【葡萄酒はグラス半分(1/15)】

 窓のガタガタ鳴る音に、書類仕事(レトーラ)から顔を上げた。一度気になってしまえば、意識に上がってなかった窓の外の吹雪、風の音が途端に耳につく。

(おーおー、今夜は“白雪姫”(ブラネージュ)ご機嫌斜め(ヒステリー)だわい)

この辺りの地方では、吹雪(トルメンタ)のことを白い雪のお姫様(ブラネージュ)と呼ぶ。性悪な冬の女王様(イヴェール・レジナ)とゆー訳だ。れりごー♪

(どーりで、寒いはずじゃ)

風のヴィントに気づいたことで、あたしは寒さ(フリオ)にも気づいてしまった。

 部屋の唯一の暖房器具(エアコン)、簡素な(まき)ストーブは、周りの空気は多少温めてくれど、石壁の芯に染みた冷気を追い出すには、幾分力不足だ。

(うー……嫁入り前の娘、うら若き乙女が、尻を冷やすのは良くないんだが)

嫁入り前の娘、うら若き乙女が尻とか言うのも、あまり良くはない。


 まあ、人前では言わんがな。わはは。


 人間というのは不思議(テキトー)なもんで、一旦寒さに気づいてしまうと、もうダメだ。今までは平気だったのに、

(うー……手がかじかんで羽ペンが持てん……)

指はカチカチ、窓はガタガタ、風はビュウビュウ、部屋は冷え冷え……

(くそっ、やってられっかあ!)

私は書き物から、乱暴に手燭(ラムペ)を押し退けた。こんな寒い中で、書き仕事なんて冗談じゃないや。もう辛抱ならん。こーゆー時は頭より体を動かすに限る。


 古くて頑丈、質実剛健が取り柄の木の椅子から立ち上がり、毛布の肩掛け(ブラケッタ)羽織(はお)ると、あたしは灯りを手に自室を出た。



 廊下は必要最低限の明るさで、必要最低限以下に寒かった。

(うー……さむさむ。こんな夜はアレだな、オデンと熱燗(あつかん)できゅうっと一杯やって、とっとと毛布に潜り込むに限る……)

と言っても、あたしは未成年だから飲めねーけどな。まあ、酒がダメなのは、もういっこ理由があって――……


 「おや、先生(ソレラ)。どうしました、こんな夜更けに」


 後ろ手に扉を閉めると、夜更けを(おもんばか)った抑え声が廊下の先から掛かった。

こんばんは(クーテ・サルウェ)警備隊長(カピタン)ジェネ・ビーブ。一昨日からスルーズが調子を崩しておりまして、少し様子を()て来ようかと。ジェネ様は、今夜はお勤めですか?」

ランタン片手、槍片手、軽装鎧で夜警中の(いか)つい(ひげ)おっちゃん(オンク)衛兵(グアルダ)のジェネさんに、あたしは天使の微笑で会釈をする。

 この石の城に、あたしの天使の微笑――必殺の猫被りに(かな)う者はいない。何と言ってもむさ苦しい男所帯の(とりで)、あたしは嫁入り前のうら若き乙女で、まあ、それなりに見られる顔で、そして何より清らか(サンクーテ)だ。


 そう、これが酒精の誘惑を遠ざけるべき、もうひとつの理由。


 自室を一歩出れば、あたしは国教会(レギリーオ)の修道女、敬虔(けいけん)なる神の(しもべ)、ここでは“先生”と呼ばれる立場である、シスター(ソレラ)・クララベルなのだ。わはは。




 ***********************************


 カルーシアの北の果て(ノルド)“猪の口”村(アプコ・オース)――……


 一年の半分近くが雪に閉ざされる辺境の村の、北の北、カルーシアで最北端にある建築物――すなわち国境を守るこの石作りの出城を、王都の人々ならアプコ・オース(ホルト)という名で知っているだろう。だが、それを風景の一部にする最果ての村の住人、そして実際そこに詰めている最果ての(とりで)の兵士達なら、違う名前で呼ぶかもしれない。


 例えば、アプコ・オース捕虜収容所(カストラ)、と。


 しかし、あたしにとって、この陸の孤島、雪山に閉ざされたここは(ホルト)でも監獄(プリジオネ)でもない。あたしにとって、ここは――……



 ……――アプコ・オース孤児院(カーサ・オルバ)という場所だ。



 天使の猫被りを受け、髭のおっちゃん(ジェネさん)は槍を持つ方の拳で頭を掻いた。

「よしてくんな、先生(ソレラ)。ジェネ様だなんて、ケツが(かゆ)く……」

おっちゃんは言い掛けて、若い娘っ子の顔を見て咳払(せきばら)いをした。

「……臀部(でんぶ)が落ちつかんでありますや」

ははは、だろーねえ。あたしだってこう上品ぶってるのは、ケツが(かゆ)いもんさ。


 ジェネさんは槍を壁に立て掛けて立ち話を決め込み、(バルボ)に指を突っ込んでわさわさと掻いた。ま、女性(レディ)の前だ、尻は本当に掻かないで(それくらいにして)くれると助かる。

「何です、()て来るって、小娘(チッカ)が風邪でも引きよりましたか」

「ええ。どうも(せき)が取れないようで、辛いようなら寝る前に、薬湯(メデセン)(せん)じてあげようかと思いまして」

あたしが答えると、おっちゃんは肩を(すく)めてこう言った。


 「ふぅん。先生(ソレラ)はお優しいことだ。風邪だ何だと言って、どうせあれらは異民族(バルバロイ)のガキでしょうに……」




 ***********************************


 アプコ・オース(とりで)は主な役割を、北方国(アスガルド)との国境を監視・防衛することに置いている。そして第一の役割は、結果として“第二の役割”を生む。


 そもそもカルーシアと北方国の因縁は百年(ヘカト)(さかのぼ)る……そうな。というのも現在に至って、北方戦線の正確な情勢を、もはやいずれ側も把握はしていない。

 カルーシアは大国、アスガルドは小国が集まった同盟群。元はどちらから戦端を開いたのやら、どちらに言わせてもあちらが悪いと言う。そして現状、戦線は閉じてはいないのだが、膠着(こうちゃく)したままウン十年――……


 早い話が有耶無耶(うやむや)放置。時折、散発的示威(しい)行動。ヤメときゃいいのに、思い出したように小競り合い。



 その小競り合いは国力差から自然、カルーシアに対する小国群(アスガルド)のゲリラ戦という絵面になる。そして、互いに幾許(いくばく)かの人が死に、幾許(いくばく)かの人が捕らわれる。捕らわれた北国の戦士、つまり捕虜(ほりょ)のカルーシア側の受け入れ先が、アプコ・オース(とりで)の二つ目の役割って訳だ。

 捕らわれたアスガルド人は、ある者は処刑されて死に、ある者は過酷な労働に従事して死に、ある者はカルーシア軍の非正規部隊に編成されて死ぬ。悲惨に聞こえるだろうだが、いわゆるアレだ、

「悲しいけれど、これ戦争なのよね」

まあ、兵士――大人はそれでいいだろう。多かれ少なかれ納得ずくだ。



 じゃあ、子ども(・・・)はどうなるんだ?



 その答えが、アプコ・オース孤児院(カーサ・オルバ)だ。


 アプコ・オース孤児院は(とりで)の一角に作られ、国教会(レリギーオ)が運営している。そこに暮らしているのは、親が戦死した北方国の子どもと、親が虜囚(りょしゅう)になった北方国の子ども――事実上、親を失った子ども達だ。

 孤児院の子ども達は、ここで国教会の教化を受けて、いずれは準カルーシア人として生きることになる。窓を覗けばすぐそこにある、目には見えない国境線を、子ども達が越えることはもう二度とない。


 孤児達の世話には、国教会(レギリーオ)聖職者(プレスト)が当たることになっている。つまり、あたしのような。ちゅう訳で、あたしは数か月前から、アプコ・オース孤児院で教育及び教化担当修道女(ソレラ)として働いている訳だ。



 子ども達を可哀そうに思う気持ちはあるが、この”世界(オルト)”の“世界観”(イマジカ)に照らせば、たぶん大いに人道的な措置なのだろうとも思う。ほんの僅か前の時代でも、子ども達はもっと過酷に扱われてたろうし、(いきどお)りや憂いを感じたとしても、たちまちの変革をもたらす力がある訳でもない。



 あたしにできるのは真摯(しんし)に彼らに向き合うこと、今はただそれだけだ――……




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ