85.『あっちの世界』で雪が降る
窓のガタガタ鳴る音に、書類仕事から顔を上げた。一度気になってしまえば、意識に上がってなかった窓の外の吹雪、風の音が途端に耳につく。
(おーおー、今夜は“白雪姫”がご機嫌斜めだわい)
この辺りの地方では、吹雪のことを白い雪のお姫様と呼ぶ。性悪な冬の女王様とゆー訳だ。れりごー♪
(どーりで、寒いはずじゃ)
風の音に気づいたことで、あたしは寒さにも気づいてしまった。
部屋の唯一の暖房器具、簡素な薪ストーブは、周りの空気は多少温めてくれど、石壁の芯に染みた冷気を追い出すには、幾分力不足だ。
(うー……嫁入り前の娘、うら若き乙女が、尻を冷やすのは良くないんだが)
嫁入り前の娘、うら若き乙女が尻とか言うのも、あまり良くはない。
まあ、人前では言わんがな。わはは。
人間というのは不思議なもんで、一旦寒さに気づいてしまうと、もうダメだ。今までは平気だったのに、
(うー……手がかじかんで羽ペンが持てん……)
指はカチカチ、窓はガタガタ、風はビュウビュウ、部屋は冷え冷え……
(くそっ、やってられっかあ!)
私は書き物から、乱暴に手燭を押し退けた。こんな寒い中で、書き仕事なんて冗談じゃないや。もう辛抱ならん。こーゆー時は頭より体を動かすに限る。
古くて頑丈、質実剛健が取り柄の木の椅子から立ち上がり、毛布の肩掛けを羽織ると、あたしは灯りを手に自室を出た。
廊下は必要最低限の明るさで、必要最低限以下に寒かった。
(うー……さむさむ。こんな夜はアレだな、オデンと熱燗できゅうっと一杯やって、とっとと毛布に潜り込むに限る……)
と言っても、あたしは未成年だから飲めねーけどな。まあ、酒がダメなのは、もういっこ理由があって――……
「おや、先生。どうしました、こんな夜更けに」
後ろ手に扉を閉めると、夜更けを慮った抑え声が廊下の先から掛かった。
「こんばんは、警備隊長ジェネ・ビーブ。一昨日からスルーズが調子を崩しておりまして、少し様子を診て来ようかと。ジェネ様は、今夜はお勤めですか?」
ランタン片手、槍片手、軽装鎧で夜警中の厳つい髭のおっちゃん、衛兵のジェネさんに、あたしは天使の微笑で会釈をする。
この石の城に、あたしの天使の微笑――必殺の猫被りに敵う者はいない。何と言ってもむさ苦しい男所帯の砦、あたしは嫁入り前のうら若き乙女で、まあ、それなりに見られる顔で、そして何より清らかだ。
そう、これが酒精の誘惑を遠ざけるべき、もうひとつの理由。
自室を一歩出れば、あたしは国教会の修道女、敬虔なる神の僕、ここでは“先生”と呼ばれる立場である、シスター・クララベルなのだ。わはは。
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カルーシアの北の果て、“猪の口”村――……
一年の半分近くが雪に閉ざされる辺境の村の、北の北、カルーシアで最北端にある建築物――すなわち国境を守るこの石作りの出城を、王都の人々ならアプコ・オース砦という名で知っているだろう。だが、それを風景の一部にする最果ての村の住人、そして実際そこに詰めている最果ての砦の兵士達なら、違う名前で呼ぶかもしれない。
例えば、アプコ・オース捕虜収容所、と。
しかし、あたしにとって、この陸の孤島、雪山に閉ざされたここは砦でも監獄でもない。あたしにとって、ここは――……
……――アプコ・オース孤児院という場所だ。
天使の猫被りを受け、髭のおっちゃんは槍を持つ方の拳で頭を掻いた。
「よしてくんな、先生。ジェネ様だなんて、ケツが痒く……」
おっちゃんは言い掛けて、若い娘っ子の顔を見て咳払いをした。
「……臀部が落ちつかんでありますや」
ははは、だろーねえ。あたしだってこう上品ぶってるのは、ケツが痒いもんさ。
ジェネさんは槍を壁に立て掛けて立ち話を決め込み、髭に指を突っ込んでわさわさと掻いた。ま、女性の前だ、尻は本当に掻かないでくれると助かる。
「何です、診て来るって、小娘が風邪でも引きよりましたか」
「ええ。どうも咳が取れないようで、辛いようなら寝る前に、薬湯を煎じてあげようかと思いまして」
あたしが答えると、おっちゃんは肩を竦めてこう言った。
「ふぅん。先生はお優しいことだ。風邪だ何だと言って、どうせあれらは異民族のガキでしょうに……」
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アプコ・オース砦は主な役割を、北方国との国境を監視・防衛することに置いている。そして第一の役割は、結果として“第二の役割”を生む。
そもそもカルーシアと北方国の因縁は百年を遡る……そうな。というのも現在に至って、北方戦線の正確な情勢を、もはやいずれ側も把握はしていない。
カルーシアは大国、アスガルドは小国が集まった同盟群。元はどちらから戦端を開いたのやら、どちらに言わせてもあちらが悪いと言う。そして現状、戦線は閉じてはいないのだが、膠着したままウン十年――……
早い話が有耶無耶放置。時折、散発的示威行動。ヤメときゃいいのに、思い出したように小競り合い。
その小競り合いは国力差から自然、カルーシアに対する小国群のゲリラ戦という絵面になる。そして、互いに幾許かの人が死に、幾許かの人が捕らわれる。捕らわれた北国の戦士、つまり捕虜のカルーシア側の受け入れ先が、アプコ・オース砦の二つ目の役割って訳だ。
捕らわれたアスガルド人は、ある者は処刑されて死に、ある者は過酷な労働に従事して死に、ある者はカルーシア軍の非正規部隊に編成されて死ぬ。悲惨に聞こえるだろうだが、いわゆるアレだ、
「悲しいけれど、これ戦争なのよね」
まあ、兵士――大人はそれでいいだろう。多かれ少なかれ納得ずくだ。
じゃあ、子どもはどうなるんだ?
その答えが、アプコ・オース孤児院だ。
アプコ・オース孤児院は砦の一角に作られ、国教会が運営している。そこに暮らしているのは、親が戦死した北方国の子どもと、親が虜囚になった北方国の子ども――事実上、親を失った子ども達だ。
孤児院の子ども達は、ここで国教会の教化を受けて、いずれは準カルーシア人として生きることになる。窓を覗けばすぐそこにある、目には見えない国境線を、子ども達が越えることはもう二度とない。
孤児達の世話には、国教会の聖職者が当たることになっている。つまり、あたしのような。ちゅう訳で、あたしは数か月前から、アプコ・オース孤児院で教育及び教化担当修道女として働いている訳だ。
子ども達を可哀そうに思う気持ちはあるが、この”世界”の“世界観”に照らせば、たぶん大いに人道的な措置なのだろうとも思う。ほんの僅か前の時代でも、子ども達はもっと過酷に扱われてたろうし、憤りや憂いを感じたとしても、たちまちの変革をもたらす力がある訳でもない。
あたしにできるのは真摯に彼らに向き合うこと、今はただそれだけだ――……




