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83.コトレットさんの報告書

挿絵(By みてみん)

【インタールード(幕間)(1/1)】

 Narf(なーふ)。面倒くせえ――……


 アタシは腰で後ろ手を組み、右足に乗っけていた体重を左側に移した。一応(いちおー)場所柄(TPO)を弁えて、それなりの“見た目年齢”をして来たが、頭ん中には「帰りて―」という思いしか詰まっていない。

 でっけえデスクを挟んで、薄紫にも氷の青にも見える灰色(シネレオ)の眼差しが、アタシの出した報告書(レポート)から上げられた。

「……また随分と“権限”(エルーカ)の“特例”を使用しましたね」

「まあ……必要に応じまして」

「私には必要以上(・・・・)に思えますがね、ルシウ・コトレット監視官」

秀でた額の下から、じろり、険しい一瞥(いちべつ)が飛んでくる。彼が人差し指の関節で、ぱん!と鳴らしたのは、例の“封鎖区”を片付けた時の報告書だ。


 “異世界転移者(ユマ・ビッグスロープ)”に協力させたのに始まって、あれと、これと、それと……んー、ひとつひとつは監視人(クストーデ)の“権限”の範囲内なんだが、まあ、さすがにあれだけテンコ盛りやりゃあ、“本部呼び出し”をされもするか。



 ……――アタシが今いるのは、“ここにあるけど、どこにもない場所”だ。



 ここはアタシの受け持ち(カルーシア)を含む領域の異世界管理局支部――目の前にいる()が、一応アタシの上司(ボス)であるテゥルト・テトラチップ支部長だ。痩身(そうしん)の壮年、人当たりはいいが一筋縄ではいかない男。冬の(くも)り空のような目で咳払いのひとつもされりゃ、その辺のオッサンが怒鳴り散らす百倍は肝が冷える。


 テトラチップは所謂(いわゆる)管理職で、そのお仕事は各”世界(オルト)”の出張所の監視人(クストーデ)の統括、そして監督と指導(マネジメント)――……



 つまり、今、アタシがやられてるヤツだ。




 ***********************************


 支部長の有り難え訓戒が、アタシの右耳から左耳へ心地よく抜けていく。何でちゃんと聞かねーかって? ばーか、聞き飽きてるからだよ。


 そうそう、こんな話があるんだ。題して“ハズレスキルが噛み合う男”。



 この前ちょっと話した転移者なんだけど、付いた能力(スキル)が“虫属性特効”なの。虫にだけ強えんだ。


 「Oops(うーぷす)。それはハズレっぽいなあ」

 「異世界に来て、最初のボスが吸血鬼(ヴァンピーロ)だったんですけど……」

 「虫特効で? そりゃキツいな」

 「それが名前がモスキート(・・・・・)伯爵で」

 「Raa(るああ)。それは効くね。虫特効効くわ」


 「その後、邪神の教団の陰謀に巻き込まれて」

 「ほうほう」

 「最強の改造兵士団が差し向けられることに」

 「るああ、ヤべえ。虫特効じゃどーにもならねー」

 「それが、最強の改造人間と言えば、やっぱりバッタ男で」

 「イケるなー。虫特効、結構イケるなー」


 「なんだかんだで、ついには魔界で魔王とラストバトルに」

 「うーぷす。虫特効で魔王まで行っちゃったかあ」

 「ええ、魔王ベルゼブブとの死闘は……」

 「勝てるよ、ワンチャンあるよ。相性抜群だよ」


 結局その子、ハズレスキルで“異世界生活”完走(ゴール)して、また別の”世界(オルト)”に転生してったけど、やっぱスキルと(はさみ)は使い様とはよく言った――……




 ***********************************


 「聞いていますか、コトレット監視官」

 「もちろんであります、テトラチップ支部長」


 ご要望とあらば復唱できるぞ。こちらが涼しい顔をしてやるってーと、支部長は小さく頭を振って、

「コトレット監視官……少しやり方が古い(・・・・・)のではないですか」

腕を組み、両方の肘をデスクに置いた。

「確かに、今回の“封鎖区(ケース)”なら、“権限特例”の適応は()むなしと言えるでしょうね。“転移者(トランジッテ)”に協力を要請するのも、少々前時代的な気もしますが、この場合の定石(セオリー)ではある。最悪の想定では監視人クストーデ自らが“核”として“破局の因子(エンデ・イマジカ)”を安定させる……ふむ、“協力者(トランジッテ)”の安全も確保している。さすがベテラン監視官、完璧です。ですが、コトレット監視官――……」


 そう言いながらアタシに向けられたテトラチップの瞳は、次第に色を失い、光彩までほとんど真っ白になった。当人曰く、“白眼視”だっつうから、くだらねえ。

「私には君はいつも、“世界(・・)を破棄する(・・・・・)、という選択肢を意図的に除外しているように思えますね」



 アタシは感情を出さないよう(ポーカーフェイスを)努めたが、

「……本件は、“世界破棄”を検討せずとも解決できると判断しましたし……」

さて、この曲者(タヌキ)相手に成功してるか、あんまり自身がねーな。

「ひとつひとつの”世界(オルト)”を、“たかがひとつ”と考える傲慢(ごうまん)監視人(クストーデ)は持ってはならない――……それがアタシの信念ですので」

相手の目を真ッ正面から(にら)んだが、相手もそんなんで怯む(タマ)じゃねえ。

「“異世界管理局十訓オルト・クーストース・テイス”……出張所でも、就業前に(ひと)りで唱和しているのかな? 実に昔気質(かたぎ)の君らしいですね」


 「もちろん”世界(オルト)”を軽んじはしません。しかしながら、”世界(オルト)”を重んじて監視人(クストーデ)が犠牲になっては、本末転倒でしょう」


 テトラチップは、アタシの頭蓋骨(アタマ)の裏ッ側でも見てんじゃねーかってくらい、じっと目を覗き込んでくる。

「今回だって、随分綱渡り(ギリギリ)だったように思えますよ?」



 アタシとテトラチップは、現実時間(リアルタイム)できっかり1分間睨み合った。



 と、テトラチップが表情を緩めた。勝った……じゃねえか。相手が大人の対応をした感じになるとムカつくから、アタシも愛想笑い(ビジネス・スマイル)を浮かべる。

「ともあれ、難しい“封鎖区”を処理した手際は、いつもながらお見事」

支部長が人差し指でぽんと、報告書に“済”を意味する印を捺した。

「ご苦労様です、コトレット監視官。これからも活躍を期待していますよ」

「ありがとうございます、支部長。それでは、アタシはこれで」


 軽く頭を下げると、アタシの旋毛(つむじ)に向けて――……


 「私の言ったこと、忘れないでくださいね?」


 アタシは顔を上げると、右目(オリオ)の下を指で押さえつつ、(ラング)を出した。




 ***********************************


 上司にあかんべえして振り返った“扉”は、カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)に通じている、というか、その扉を開いた監視人の出張所に通じている、そーゆー扉だ。ま、んなこたァどうでもいい。終わった終わった、帰ってメシでも食い行くかあ――……っと。



 「ルシウちゃ~ん、ねえ、ルシウちゃんってばぁ」



 後ろから、野太くネチっこい声(オネエ・ボイス)が飛んできた。げんなりして肩越しに後ろを見ると、デスクの向こうで、灰色の目をした“少年”がにこにこしてる。

「なーふ……まだ何か用かよ、テゥルト(・・・・)?」

「えー……もうちょっと遊ぼうよ、ルシウ」

アタシの耳に入るのは、今度は澄んだボーイ・ソプラノだ。

「アタシはてめーと遊んでた覚えはねーがな」

アタシが毒づくと、少年は薄氷色(アイス・ブルー)の瞳を輝かせて笑う。


 その少年は、片手二つ(5×2)のちょっと上くらいの年恰好だ。気づけば、アタシも少年に見合う姿に、年齢を下げられている。

「うーぷす……何故だろう、いつもこんくれー(・・・・)のトシにされる」

アタシはテゥルトに指を突きつけた。

「るああ。お前らはロ●コン(ヘンタイ)ばっかだ」

「あらヤダ!」

テゥルトは一瞬“いかついオカマさん(ドラッグ・クィーン)”でバチンとウインクし、

「それはどうだろう、マイ・スイート・ハニー、ルシウ?」

輪郭(りんかく)がゆらりと揺らぎ、線の細い(しゅっとした)青年が若気(にや)け面で投げキッス。


 「君が相手に与えている印象(イマジカ)が、君に反射してるだけかもよ?」


 「“世界観”(イマジカ)とはそーゆーものだよ、ルシウ?」

なーふ、反論できねえ。少年がにっこりと笑う。くそ……あの姿(・・・)でもこの姿(・・・)でも、やっぱりテゥルト・テトラチップは苦手だ。

「冗談は置いといてさァン、ルシウちゃ~ん」

またオカマ……自分がさんざふざけ倒して、それはねーと思うが。



 「例の話(・・・)なんだけど、ちゃんと考えてくれてるぅ?」



 アタシはまたも、ぐっと言葉に詰まった。

「……るああ。またその話かよ……」

「こういう機会でないと、ルシウ、なかなかこっちに顔見せないからさ」

少年(テゥルト)は悪意なんてこれっぽっちもありませんって顔で、にっと笑う。



 「で――……どう? カルーシアの監視人を辞める気に、なってくれた?」




 ***********************************


 アタシが「はあ」とため息をつくと、あっちも負けじと「ふう」と返す。

「ルシウ、君には管理職(こっち)に来て欲しいんだよ。そろそろ育てる側(・・・・)に回ってもいいんじゃないかなあ?」

「るああ……アタシは現場(・・)が好きなんだよ……」

前々から、出張所から支部への配置換えは打診されていた。柄じゃねえって、のらりくらりとしてたけど、最近ちょっと圧力が強くなってきた。


 と言って、テトラチップは、ばん!と辞令を突きつけるよーなやり方はしないと、アタシは知っているけれど。



 少年の足元から伸びた影が床で、すうっと長くなる。

「カルーシアは古くて良い”世界(オルト)”だから、気持ちは理解(わか)るよ」

本人も影に身の丈を合わせて、白いつるりとした頬を人差し指で掻いた。

「けど、大好きな君と一緒に仕事をしたい、僕の気持ちも()んで欲しいな」

「うーぷす。そーゆーのいいって」

「うふン。あたしは本気よォン、ルシウちゃん」

「そのちょいちょい出てくるオネエはどーゆーことなんだよ?」

アタシはバチンとウインクするオッサンを(にら)みつける。

「なーふ。相変わらず、どこまで冗談なんだか判りゃしねえ」

そう呟くと、ティルトは目の笑みだけをふっと消した。



 「僕はいつだって全部本気(・・・・)さ、ルシウ」



 テゥルトが次々と移ろわせた姿が、ひとつの素顔(イマジカ)に収束する。

「君だって判っているはずさ。カルーシアは時を重ねている分だけ、問題もまた多い”世界(オルト)”だ。君の肩入れが過ぎる(・・・・・・・)のが、必ずしも良いとは言えないってことは」


 「現に、逢坂悠馬(オウサカ・ユウマ)君の“世界観”(イマジカ)に、変質が起きてるね?」

 「るああ、それは……」

 「管理局(こっち)引っ張り込む(スカウトする)気なのかな?」

 「るあっ、違う、そのつもりはない!」

 「だったら、もうちょっと注意しないと」


 ぐうの音も出ねえ。黙り込んだアタシの肩をテゥルトがぽんと叩いた。

「何も意地悪で言ってるんじゃないんだ、ルシウ。ただカルーシアは(まか)り間違えば、”世界(オルト)”から“封鎖区(セラド)”に変わる(おそ)れを秘めている」

薄氷色の瞳が、またアタシの目の奥の奥を覗き込む。


 「判るよね? いずれ大きな問題が起これば、僕は支部長としての“権限”(エルーカ)を使わざるを得ない……僕が望むと望まざると、ね」



 判る――……テゥルトの言うことは正しい。だからアタシは、テゥルトから少し身を離すと、その脇腹にドッスと正拳を入れた。

「ぐぶっ! ……ちょ、ルジウ……いぎなり、何すんの……?!」

「なーふ。理屈で負けて、腹立ったから殴った」

「あのさ……僕が上司であるとか以前に、人としてどうなの、それ……?」


 アタシはもう一度「べえ」と舌を出し、今度こそ(きびす)を返し、アタシの“世界“(カルーシア)への”扉“を開き――……

「その”世界(オルト)”が好きなら、くれぐれも気つけるのよォン」

「るああ。忠告は受け取っとくぜ、テゥルト・テトラチップ支部長」

……――この“どこでもあって、どこでもない場所”を後にした。




 ***********************************


 バタン、と扉を閉め、またすぐに開く。


 そこにあるのは、王都カルーシアのメイン・ストリート、コンツラート通りからひと筋外れた見慣れた路地裏通り。

 ここ(・・)はアタシの”世界(オルト)”――この部屋は、カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)だ。


 部屋を出て、ぶらり、大通りの方へ足を向ける。今日は……お、漁師の曜日(ペスカトル)か、定食屋ちえがこっち(・・・)に来てる日だ。気分(ゲン)直しに、ケイジャン・チキンでも(さかな)に一杯やるのもいいかもしれねーな。



 雑踏に紛れ込めば、小娘(チッカ)の一人、目に留める者はない。この、”世界(オルト)”に溶け込んでいる、“()”ることを許されている感じが、アタシはとても好きだ。

 (ほの)かに感じる潮風の匂い、人々の暮らしの賑わい、“異邦人(トランジッテ)”達の“世界観”(イマジカ)が騒めいて……本当は、アタシはその全てから関(・・・・・・・)係のない存在(・・・・・・)なんだけど、こうしていると、ほんのちょっと、”世界(オルト)”の一部であれるような、そんな気がして――


 ほんのちょっと、嬉しいんだ。だから……



 るああ。もう少しだけ、ここでこうしていたいな――……



 ねえ……それって、そんなに許されない望みなのかな――……?

                            挿絵(By みてみん)

                     【“コトレットさんの報告書”・完】

次章【アーシャ・ノエル・ロランの日記】


異世界の少女アーシャ・ノエル・ロランは、ある日大聖堂の石段に座り込む、不思議な風体をした黒髪の少年と出会った。これはいつか起こった出来事を綴った日記、いつか綴られる物語への記憶。


挿絵(By みてみん)

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