表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/162

82.ポワレ・オー・シュラプ~海老の蒸し焼き~(エピローグ)

挿絵(By みてみん)

【狼なんて怖くない!(9/9)】


 「いやはや……事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだな」


 レイス・オランジナが葡萄酒(ヴァン)の杯を空け、嘆息した。いつもの礼式的な近衛兵服や町に出る時の簡易な騎士装束と違い、レイスの平服は気取らぬものだがいかにも上品な仕立てをしている。こうして見ると流石(さすが)の貴族の御嫡男(ごちゃくなん)、様になる男だ。



 “狼男の夜”から数日後――……



  “お前の一番いい店で一杯(おご)れ”の約束通り、事件の始末から解放されたレイスと俺は、ようやくテーブルを挟んで祝杯を上げた。妹御(アルマ)も是非にと申し出てくれて、うちのミシェルもジュースのコップを鳴らしてご満悦だ。


 まあ、俺は冷や汗をかいているんだが。


 王都屈指のカルーシア料理の名店、“エル・セレール・オー・マーレ”――……シュマフ産のワインと魚介料理、ことに海老の料理が絶品と評判の、格式もお代もちょっと庶民にはハードル高めの超一流店である。

 なるほど、ここがレイスの”一番いい店“かあ……そういう意味じゃねーよ、アホめ。このお坊ちゃまめ。判り易い(オヤクソクな)真似しやがって。周りはみんな着飾った貴族様(アーデル)富裕層(リッコ)で、平服平民の客なんて俺らだけだっての。


 「これはレイス様、いつも当店をご贔屓(ひいき)頂き、誠にありがとうございます」


 ほらぁ、初老で白い口髭をきちんと整えた支配人っぽいオジサンが、わざわざテーブルまで挨拶しに来てるし。あの夜以来、こうやって友人として気安くするようになったけど、やはりレイスは名門貴族(オランジナ)のご子息、改めて思うと身分が違うよな。今更(かしこ)まるつもりは毛頭ないけれど。


 「レイス……どうも庶民は場違いなようだぞ」

 「何を。私の連れにそのような無礼を申す者はない、気を楽にしたまえ」

 「無理を言う。妹はまだメニューすら読めん、高級店に迷惑だろう?」


 俺がそう言うと、澄ました顔の支配人が小さく咳払いをした。

(おっしゃ)る通り、ビッグスロープ様。当店ではお客様にはお子様であろうと、守って頂きたい最低限のマナーがございます」

思わず俺が姿勢を正した。


 そう言った支配人、すっとミシェルの目線にまで身を屈めて、

「お食事は楽しく、にっこり笑って、がマナーでございますよ、ミシェル様。美味しいものをいっぱいご用意しますので、お約束して頂けますかな?」

「はあい! ミシェ、おぎょうぎよくする!」

支配人は相好を崩すと、俺の方へ小声で(ささや)いた。

「……こちらのお席は、周りのお客様もお子様連れが多うございますので、そうお気を遣われなくても大丈夫でございますよ」

そして再びミシェルの方へ姿勢を低くして、

「ただし、好き嫌いはしないこと、ですぞ」

茶目っ気たっぷり片目を閉じた。オジサン、めっちゃ格好いいな。


 なるほどな……これが正真正銘の一流の品格というものか。

「レイス、確かに“いい店”だ」

そう言うと、友人はにっこり笑い、空いたグラスを軽く掲げた。




 ***********************************


 ナッド・ダムは、二匹の飼い犬とともに行方を(くら)ました。


 レイスが覚えているあの夜は、銀のナイフを投げ、俺がナッドを打ち、召し取ったところまでだ。ナッド・ダムが“獣の悪魔(ベステート)”のスキルを使い、化け物に変身した“非現実”は監視人(ルシウ)が“なかったこと”にしたようだった。

 深夜最寄りの衛兵詰め所に放り込んだナッドは、翌朝警吏本部(アジャンテ)へ押送された――が、その移動中を二匹の犬が襲った。僅かな混乱が生じ、収まった時には、既にその姿はなかったという。


 恐るべき逃げ足の速さだとも、悪名高い人狼街の住人の手引きがあったとも、やはり本当の狼男(ベステート)だったのだと、幾つもの噂だけが後に残った。



 (おおやけ)には、狼男の正体は獣扱いの技能を持つ盗賊だった、男の優れた体術と大型の犬の存在に、人々が惑わされ、いもしない狼男が作り上げられたのだろう……と、まあ、常識的な落としどころに落ち着いた。果たして狼男の幻想(パンタシア)は砕け散りながら、わずかに現実(レアレテ)にかけらを残して幕を下ろしたのだった。


 俺には判る。ナッド・ダムを逃がしたのは、ルシウだ。


 ナッド・ダムが当局に引き渡されれば、国教会(レギリーオ)の異端審問を免れなかっただろう。奴をこっちの“世界(オルト)”から消して、狼男の存在も、謎は謎のまま有耶無耶(うやむや)にしてしまう。それが監視人(ルシウ)の描いた絵だったようだ。



 レイスは見事狼男を退治したと、姫殿下に無事面目を(ほどこ)した。

「欲を言えば、金色の犬を捕まえてきて欲しかったのう」

とのお言葉も、“狼男の肩に突き立てた銀ナイフ”を献上してご満足されたとか。

「結局(くだん)のナイフは殿下に秘匿(ひとく)され、料理番(コシネッロ)の手に戻ることはなかったのだ」

と、レイスはエル・セレール名物“大海老(シュラプ)のポワレ”の殻を、ナイフとフォークで優雅に()がしながら、大いに笑った。


 ついでにレイスは近衛兵隊内でも、“魔物相手の大捕り物”と大評判を取った。また当人が物語(ラコンテ)の主人公にしたいような美丈夫だから、一躍(いちやく)王都の時の人だ。


 ついでに俺も、アヴェルトのおっさんがテキトー言いふらしてくれて、

「モンスターハンターを始めたらしいな」

「オランジナの坊ちゃんとデキてるって本当か?」

などと、傭兵仲間からさんざ言われてるけどな。あのクソ親父め……



 と、まあ、これが俺だけが知る、狼男騒動の舞台裏だ。


 ナッドが自分の“世界(オルト)”へ戻ったのかどうか、俺には知る(よし)もない。

 奴は俺達の”世界(オルト)”から“追放”された、確かなのはそれだけだ。




 ***********************************


 さて、いっそ開き直って店の雰囲気に臆するのをやめると、さすが王都の貴族御用達、料理(コシーナ)ひと皿麦酒(エール)一杯取っても、場末の酒場とはモノが違う。

 俺は貝の白ワイン蒸しに手を伸ばす。妙に細長い形をした変な貝だけど、食いごたえがあってなかなか旨い。元の世界では見たことがない、カルーシア(こっち)にしかいない種類だろうか(ちなみに悠馬が食べているのは罵刀貝(マテガイ)で、メジャーではないけれど、“こちらの世界”でも食べられています)。



 こうしてみると、あの狼男の一夜――……



 剣敵(けんがたき)が気の置けない知己となり、名店の酒肴(しゅこう)に舌鼓を打ち、ミシェルが料理の味と店の雰囲気に押されたか、今までどうしても食べられなかった玉葱(セヴオラ)を克服した。しかも俺は――こちらから会いに行くも躊躇(ためら)われていた異世界監視人と思わぬ再開を果たした。結果的に、まあまあ実入りのいい骨折りだったと言えるだろう。


 ルシウが忠告をくれた、俺の新しい“世界観”(イマジカ)――他者の“世界観”(イマジカ)に関われてしまうってことは、胸の中に不安の影を落とし、いずれまた厄介事をもたらすだろう予感もあるが……


 「おにいちゃん、おいしーねえ」

 「ははは、今宵は愉快だな、ユマ。全て君のお陰だ」


 ミシェルもレイスもご機嫌だし、今日のところは“王都は世もこともなし”だ。二度目に異世界管理局(オルト・クーストース)を訪ね、自らの意思で扉を潜った時から、当たり前で平穏な異世界生活に別れを告げる覚悟はできている。


 狼男騒動、これにて一(ラコンテ・エンデ・)件落着だ(ヴィ・フェリーシ)



 めでたし、めでたし――と、ミシェルとレイスに笑い返し、手のジョッキをテーブルに置こうとして――……


 ……――俺は凍りついた。


 『人狼(ベステート)には関わるな』


 手元の紙ナプキンに忽然(こつぜん)と現れた、インクの跡も乾かない殴り書きを見下ろしたままで――……


                            挿絵(By みてみん)

                       ~“狼なんて怖くない”・完~

次章【インタールード(幕間)】


Raa(るああ)、アタシが今いるのは、“ここにあるけど、どこにもない場所”だ。カルーシアを含む領域の異世界管理局支部――テゥルト・テトラチップ支部長が、アタシの報告書から顔を上げた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ