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81.イマジカ・エ・イマジカ~交差する“世界観”~(ユマ視点)

挿絵(By みてみん)

【狼なんて怖くない!(8/9)】

 レイスを抱えて転がり、背に(かば)って向き直ると、ナッド・ダムのLV100のスキル、“獣の悪魔(ベステート)”はほぼ発動を終えていた。


 着ていた服を内側から引き裂き、見上げるような体躯(たいく)と化したナッドは、全身を真っ黒な毛皮で包み、首から上を狼に変えて、喉を震わせて遠吠え(ウルラード)を放った。

「おおー……とうとう本当に狼男になりやがった……」

「ユマ、化け物だ、化け物だぞ……」

レイスが驚愕(きょうがく)に顔中を目にしている。モンスター初見ではない俺と違い、そりゃあそうなるだろうな。



 ナッドが腕を振り、(はり)と柱をまとめてへし折った。老朽化した壁までもろともに崩れ落ち、月夜を背にした身の丈は“封鎖区”の巨人(だいたい3メートル)ほど。アホか、てめえ、塔の上から顔を出しちまったら、そりゃもう怪奇映画(ウルフマン)じゃなくて怪獣映画(キングコング)じゃねーか。

「こいつ、ムチャクチャしやがる……」

槌籠(カタナ)を上段に掲げた横で、レイスもレイピアを構える、が、可哀そうに呆然としている。少なくとも今夜まで、彼の“世界(オルト)”にこんなモノ(・・・・・)は存在しなかったはずだ。


 待て、俺が今立っているここは何処(どこ)だ? 俺の“異世界(カルーシア)”には魔法や怪物は存在しない。ここはナッド・ダムの”世界(オルト)”なのか。レイス・オランジナの“世界観”(イマジカ)は、どの“世界”に属している?

「いいのか、この”世界(オルト)”でこの“世界観”(イマジカ)は……?」




 ***********************************


 「Narf(なーふ)、いい訳あるか。さすがにこれは、見過ごせねえ」




 ***********************************


 ……――覚えのある声が聞こえた気がした。



 同時に、俺の手の中で槌籠(つちぐも)に“何か”が起きたのを感じた。


 この感覚には、覚えがある……“鍛冶神(ウゥルカヌス)鉄敷(かなしき)”……切れないモノが切れ、切れるモノが切れなくなる――対象の“干渉”の概念を反転して、物理的に切れなくなる代わりに精神や魔力、形のないモノを断ち切れるようになる術式(アリーテ)だ。

 崩れゆく“封鎖区(セラド)”で“闇の集合体”を切ったように……

「またひとつ、”世界(オルト)”を破壊しろってか、異世界監視人(オルト・クストーデ)

ナッド・ダムは黄色く光る目で俺達を見下ろした。狼の凶暴さと、人間の残忍さを併せ持った嫌らしい眼だ。


 鋭い爪が振り下ろされる。俺とレイスが左右に跳ぶ。さっきまでのスピードがないのが救いか……いや、違う。奴は(わら)っている。今のは俺達を(なぶ)るため、わざと外したんだ。ナッド、お前は今の一撃で俺を仕留めるべきだったよ。新しいスキルを手に入れて、少し慢心した、それがお前の敗因だ。


 俺の隠し持つ”銀の銃弾(アルジェ・グロブス) “に気づかなかったことが、な。



 俺はナッド・ダムに背中を見せるほどに槌籠(つちぐも)を振り被り、一閃――ただ彼我(ひが)の空間を水平に刃が過ぎる。“鍛冶神の鉄敷”を受けた剣にとって、振る動作は(まじな)いでしかない。刃が届くと届くまいと――……


 切れると思えば切れる(・・・・・・・・・・)、それが“心の刃(イマジカ)”だ。この世は()べて“ある”と思えば“ある”、“ない”と思えば“ない”。自分を信じさえすれば――……


 今、俺はナッド・ダムの能力(スキル)“世界観”(イマジカ)を“切った”。

「ヴ……ヴォルオオオオオオオッツ!!」

手応え、あり。折角の第二形態に見せ場なしで悪いが、こっちも戦隊じゃないんだ、倒した怪人に巨大化されても困る。



 “獣の悪魔(ベステート)”のスキルを破壊され、ナッド・ダムは左手で胸を掻き毟る。右手は体を支えようと崩れた壁を更に崩す。崩壊はついに時計塔頂上の釣り鐘(カンパーナ)に至り――


 ガァン――……ナッド・ダムの首の付け根を直撃、くぐもった音を立て、床に落ちてもうひとつ、ゴゥン――……



 “止まった時計台”の数年ぶりの、そして最後の鐘の音を、人狼街に響かせた。




 ***********************************


 落ちた鐘の残響が尾を引いて消えた時には、“獣の悪魔”も解けて、ナッド・ダムは元の姿で倒れていた。完全に意識を失っている。俺とレイスは顔を見合わせ、寝台から取った毛布を、ナッド・ダムに掛けた。“獣の悪魔”は発動の代償に、どうやら着てる服を求める(マッパになる)らしい。

狼女(・・)だったら良かったのにな、レイス」

「む。君という奴は」

ナッドの隠すべきところを隠し、俺とレイスはほっとひと息――……



 寝台の上で胡坐(あぐら)をかいた、頭巾(カペロ)を被った少女を振り向いた。



 月明かり降り注ぐ薄い銀色(アルジェ)の髪、磨いた銅の色(コプレ)の頬。真っ赤な瞳の大きな釣り目をした、10歳ばかりの幼い少女。


 「Raa(るああ)。久しぶりだな、ユーマあ」


 異世界監視人(オルト・クストーデ)、ルシウ・コトレットがにっと白い歯を見せて笑っていた。

「ルシウ、お前……」

思いがけないことに驚く俺は、一瞬忘れてたレイスの存在を思い出し、ぎくりとした。異世界管理局(クーストース)の存在は、“異世界”側の人間(レイス・オランジナ)に知られてはならないもの、なのでは……?

「それで……君はいったい、いつからそこに?」

幼女の座ったベッドから毛布を取った時は、辛うじてスルーしたレイスも、何度見てもそこにいるなら幻覚や幽霊ではないらしいと、諦めて誰何(すいか)する。

こんばんは(サルウェ)、サー・レイス・オランジナ。アタシの名前はルシウ・コトレット。カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)の監視人だ」


 「この“世界(オルト)”の法や秩序を、管理している側のモノさ」


 レイスは唖然(あぜん)と目と口を開き、俺を見た。俺はゆっくり頷き返す。ルシウ本人が明かしたんなら、俺が隠し立てすることもない。

「信じられん……」

真面目な男は呟いたきり、赤い目の幼女を見つめている。


 「無理もないさ、レイス。今夜のことは、一夜の夢(レーヌ)なんだ――……」



 ルシウがそう(ささや)くと、不意に、レイスの体から力が抜けた。

「レイス!」

慌ててレイスを支えると、幼女は両手をきゅうと握り、猫が毛繕(けづくろ)いするように黒頭巾を背中に落とした。

「なーふ。申し訳ねーな、ユーマ。この狼男騒ぎは、ちょっと管理局(ウチ)の不手際があってな。アタシは“世界観”(イマジカ)の整理に来たんだよ」

「あれ? お兄ちゃんに会いに来たんじゃねーの?」


 俺の精一杯混ぜっ返しに、幼女は人差し指を目の下に当て、舌を突き出した。




 ***********************************


 ルシウが立ち上がった寝台に、とりあえずレイスを横たえた。ナッドは床。二匹の犬は幼女がぱちんと指を鳴らすと、その場にお座りして微動だにしなくなる。振り返ると、ルシウが、いつものように歯を見せて笑っていた。

「ったく……用がある時しか会いにこねーんだから、つれないよな」

「なーふ。判ってんだろ、アタシがそーゆーモノだってのはさ」

「まあな、“封鎖区”(セラド)じゃチューもしたし、誰よりお前を理解してるさ」

「るああ、うるさいうるさいっ。だから遊びに来たんじゃねーんだって」

そう言ったルシウに、久しぶりにレバーにパンチされた。


 ルシウは「ふん」と鼻を鳴らすと、真面目な顔を取り(つくろ)った。

「なーふ。今日来たのは、さっきも言ったけど、“世界観”(イマジカ)を整理するためだ。お前やレイスの属する“魔法のない世界観”のカルーシアに、そこのスッポンポンの」

ルシウは床のナッド・ダムを指さした。

「“チートありありの世界観”が混ざっちまったのが、今回の騒動なんだ。ま、こっちは“権限”(エルーカ)で分離して、レイスちゃんには少し忘れて(・・・・・)もらって、“世界観”(イマジカ)の辻褄を合わせて“一丁上がり”なんだが……」

ルシウはなぜか、不意に俺の顔をじっと見つめた。


 「ユーマ。お前、ちょっと厄介なことになってるみたいだ」

 「え……俺?」


 「ユーマ、お前――……他人の“世界観”(イマジカ)認識(・・)できるようになっちまってんだ」



 ルシウは俺の傍らを過ぎ、斜め背中合わせに落ちた鐘(カンパーナ)に腰掛けた。

「なーふ。“封鎖区”でさ、いろいろムチャしたじゃねえ? あれでユーマは本来は“人”が知るべきじゃない、“世界観”(イマジカ)の本質的なとこに触れちまったんだ」

監視人(クストーデ)が言うには、“封鎖区”で知り過ぎた(・・・・・)俺には、ひとつ高次から(メタに) “世界観”を捉える認識(・・)が生まれたらしい。

 “世界観”、つまり“思い”が“世界”を形作る(ことわり)()いて、“知っている・認識できる”ということは、ある意味で監視人の“権限”(エルーカ)に準ずる“力”でさえある。今の俺には、カルーシアにある無数の“世界観”(イマジカ)、自分の属しているのとは異なる“世界観”の出来事を把握して、干渉さえできてしまう、らしい。


 自分とレイスの“割と現実的なカルーシア”から、ナッド・ダムの“チートやスキルのあるカルーシア”に介入してしまった――今夜の“狼男騒動”は、そういうことなのだそうだ。つまり、言ってしまえば、俺のせいってことか。

「いや……お前を”世界(オルト)”や“世界観”(イマジカ)(ことわり)に近づけ過ぎた、アタシの責任だ……」

ルシウはそう言うが、“封鎖区”でやらかした“ムチャ”の数々、どれひとつ取っても、やらなければ今二人とも生きていなかったと断言できる。

「ルシウのせいじゃないさ」

そう言うと、こつんと、少女の頭が肩に(もた)れかかった。



 少し近くなった声が、ちょっと真剣な響きを帯びて言う。

「ユーマあ、これからは気をつけろ。その……“世界観(・・・)()は、既にお前の“世界観”(イマジカ)に溶け込んで、アタシの“権限”(エルーカ)でも切り離せねえ」

「ややこしいな。混乱するわ」

ルシウが前屈みになって振り向くと、銀色の髪が額をさらさら流れた。

「もう、お前の“世界観”は“魔法もチートもないカルーシア”じゃねえってこった。これからは、何もかもがお前には見えて(・・・)しまう。用心して、おかしなモンには近づかないようにしろ。さもなきゃ……」


 「また、今回みたいにおかしな事件に巻き込まれるかもしれない」



 ルシウちゃん……知ってるか、それ、フラグって言うんだぜ。




 ***********************************


 ま、俺の“異世界生活”が非日常に踏み込むのは、あの日、異世界管理局(オルト・クーストース)の扉を潜った瞬間に、既に決まっていたことだ。今更、後悔なんてありはしない。


 俺は腰に毛布を掛けられたナッド・ダムに、目をやった。

「ところであいつはあれか、“チート系の世界観”ってやつか?」

ルシウは俺の陰からひょいと顔を出し、首を振る。

「るああ。いや、アレは“追放系の世界観”だよ」

「“追放系”ぇ?」

聞き慣れない言葉に問い返すと、ルシウが上目遣いに俺を見た。

「なーふ。最近ちょっと多いんだよ。“役立たずが仲間(パーティ)から追放される”、“実はチート能力(スキル)持ちだったことが判明する”、“そっから無双が始まる”――そういうテンプレの“世界観”(イマジカ)だ」


 う……うーん……何だ、そりゃあ……


 俺の“転移”した頃は所謂(いわゆる) “チートとハーレム”が流行りだったよな。“チート系”は、まあ、理解(わか)る。俺TUEEしたい、凄いと言われたい、モテたい……それってバカバカしいと思われるかもだけど、割と健全な願望というか、良くも悪くもストレートな欲望だよな。けど、この“追放系”ってのは……


 これは……「私がモ●ないのはど●考えてもお前らが悪い!」……だな。


 ”追放“の“世界観”(イマジカ)は、不満と、それは自分を理解しない周りが悪いという責任転嫁の“世界観”なんだ。それで“異世界(カルーシア)”に、“本当はすごい自分”と“そんなことも判らないお前ら”を演じ(やり)に来る……

「く……屈折してるなあ……」

思わず呟くと、ルシウはにやっと笑って、片目を閉じた。

「るああ。ちょっと前まではさ、“転移者(トランジッテ)”は“世界観”(イマジカ)に願望を投影していたもんだが、近頃は“追放”とか“ざまあ”とか、恨み辛みをぶつけてる奴が多いぜ」

元の“世界”(あっち)、俺のいた頃よりみんな疲れてんのかな……?」

「いひひ……病んでるのさ、誰も彼も。Oops(うーぷす)……」



 「“異世界(カルーシア)”の役割も、また変わりつつあるのかもしれねーな……」



 そう言うと、ルシウは立ち上がり、スカートのお尻をさっと払った。

「さあて……そろそろレイスちゃんも目を覚ます。アタシは行くよ」

「そうか。また、会えるか?」

(ほこり)を払うのを手伝ってやると、お礼にレバー打ちが返ってきた。

「なーふ! ったく、油断も隙もねえ……つうか、アタシとまた会う(・・・・)ってのが、どういうことか(・・・・・・・)理解(わか)って言ってんだろーなあ? ま、何かあったら、顔出しな」

銀色の髪、銅色の頬。ガーネットの瞳の少女が、にっと白い歯を見せる。



 「るああ。カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)で待ってるよ」




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