表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/162

06.銀色の少女~オルト・クストーデ~

挿絵(By みてみん)

【“俺の能力が異世界でチート過ぎる”(3/6話)】

 俺がお買い物に使った“扉の法”(デレット)は、真言の応用だ。マントラで支配する世界の法則は、異世界転移さえも例外ではない。俺がチョコに対して行ったのは、謂わば術者の方から迎えに行く“異世界召喚(オルト・サマンス)”だと――……って、ちょっと待った。


 「……?」


 あれれ、おかしいな。


 (エン)(トゥエ)(ウルア)(クアル)……(クアル)?  俺の足元でしゃがみ込んで、リスさんになっている女の子が、一人、二人、三人……四人!

「お嬢ちゃん、旨そうなもん食ってるなー」

「って、一人増えてるじゃねーか!」



 いつの間にか、人が増えている。これは単に不思議では済まない、異常な出来事だ。なぜなら、俺は真言(チート)でステータスーーあらゆる感覚をがっつり強化して(イジって)いる。

 それにお菓子に夢中とは言え、仲間は加護受けし者(モナフィーノ)手練れの騎士(カヴァリエレ)なんだ。誰にも気づかれることなく接近するとか、あり得ないぞ?


 闖入者(ちんにゅうしゃ)外套がいとう(まと)い、頭からすっぽり黒頭巾を被っている。僅かに顔を傾けた弾みに、零れた白い髪が午後の光に(きらめ)いた。

Raa(るああ)。捜したぞ、シャルマ・ティラーノお?」




 ***********************************


 幼女を胸に抱え込み、コーナが結界魔法(サクレット)を唱えた。同時にクーシュの剣が、既に闖入者のうなじに突きつけられている。しかし黒頭巾の陰の口元は、

Narf(なーふ)。何で今日に限ってヤノマコにいねーんだ。手間食わせんなよなー」

薄笑いを浮かべる。間延びした鼻に掛かる声は、若い女と思われる。

「何者か! 名乗れッ!」

女騎士の鋭い誰何(すいか)が、張り詰めた空気を震わせる。

 コーナに抱かれた幼女がびくりとした。理解(わか)る。いつものクーシュを知っている俺でも、ちょっとびくっとしたもん。


 だが黒頭巾は――


 (くび)に押し当てられた刃に沿って、ゆるりと流れるように、優雅な身のこなしで立ち上がってクーシュと対峙した。いや、その眼はクーシュではなく、俺を見ている。



 フードの下から覗くその目は、闇への誘り火(カンテラ)のように赤い。闖入者は拳を上げると、額を拭うように、頭巾をうなじへ払い落とした。

「るああ。アタシの名前はルシウ。ルシウ・コトレット」


 「カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)から来たんだ」



 フードを脱いだ女は思ったより、いや、予想外に若かった。


 プラチナの色をした、陽光の下で光を放つかに見える長い髪。カッパーの色をした、磨かれたような肌。ガーネットの色をした、虹彩の大きな釣り目。歳はおそらく俺とそうは変わらない……17を上回らないと見た。顔立ちは幼く、小柄で、ちょうど俺の顎くらいの背丈しかない。そして少女は……


 その、立派なもの(・・・・・)をお持ちであった。



 コトレットと名乗った少女は、俺の抗えざる視線に気づくと、

「るああ?」

小さな両の手をきゅうと丸め、あろうことか、

「なーふ。何だこりゃ? 何でこの見てくれで、こんなおっぱいがデケーんだ?」

いきなりがばっと、二つの(ふく)らみを持ち上げた。あの……これ何て風船配達業者さんですか?

Oh la la(うーららぁ)。すげえ。爪先が見えねー」

たゆん、たゆん、たゆん。これはけしからん。



 少女はひと(しき)りそれを弾ませると、やがてぽいと手を離した。

「ああっ、まだやめないで(お嬢さん、おやめなさい、はしたない)」

「なーふ。お前、本音と建前が逆になってるぞ」

「褐色巨乳ロリ、キタコレ」

「巨乳ロリ言うな。マジでキモい」

赤いジト目が、あからさまな軽蔑を俺に伝えてくる。

「なーふ。ったく、何て姿を投影し(・・・・・・・)てくれるんだ(・・・・・・)。何が賢者様(ソフォス)だか。ヘンタイだよ、HENTAI。」


 自分の容姿と奇行を棚に上げ、こちらを辛辣(しんらつ)に批判してくる。


 その喉元に――……




 ***********************************


 クーシュの剣の切っ先が、ぴたりと静止した。クーシュ・オランジナ、本気だな。次の瞬間にも喉を掻き切る構えでいる。

「何者か、と訊いている」

「るああ」

少女は人差し指で左の頬をぽりぽり掻くと、

「言わなかったっけ? 異世界管理局の者だってさあ」

その指先を突き付けられた剣の先端に押し当て、

「な……何ッ?!」

顔の前に持ち上げて「ちっちっ」と左右に振った。


 クーシュが慌てて柄を両手で握り直すが、剣の揺れは止められない。

「ダメだよ、オネーサン。刃物を人に向けちゃ危ないぜー」

そう言ってルシウは、剣先からすっと指を離した。

「るああ。アタシは用があんのは、そこの変態賢者なんだ。悪ィけど、ちょっとの間、邪魔しねーでくれるかなあ?」



 クーシュは両手を突き出す構えのまま、身じろぎひとつしない。

 構え、ているのでは、ない。動かないのではなく、動けないのか……?



 「どうした、クーシュ? 気をつけろ、コーナ!」

真言詠唱の指印(アルア)(かたど)りつつ、コーナを振り向き、呼ぶ。しかし今度は俺の方がぎくりと固まる番だった。


 そしてコーナも固まっていた。


 結界の呪文を唱えていたまま、口を半開きにして凍りついている、体でかばう幼女もだ。俺は怯えた顔の女の子の、頬の涙が、流れることなく目の下に留まっていることに気づく。



 つまり、麻痺や呪縛を受けているのではない……?

「るああ。やめときなー。アタシに真言は効かねーから」

新たな驚きに心臓を掴まれる。俺を知っている。俺の名も、能力さえも――


 だが、“俺の能力”を知っているのなら、それはそれでおかしい。


 真言は世界の構造に優先する魔法だ。あらゆる“魔法抵抗”(アンチ・マジック)の干渉を受けず、しかも術者はステータス異常無効、“常に詠唱が可能な状態”に固定している。“マントラが効かない”は“あり得ない”んだ。


 そこまで考えた時、俺の目が異常なものを捉えた。



 騎士の彫像と化したクーシュ。ぱっと見、緊張感なくぼさっと突っ立っているコトレット。その向こうに広がる田園風景の空を、飛ぶ5羽ばかりの鳥……飛ぶ? いや……空中に静止してないか、あれ……?

「いひひ、気づいたあ?」


 「面倒くせーからさあ、アタシとお前以外の時間を止めてやったんだよ」



 目を見張る俺に、抑揚を欠いた気怠(けだる)げな口調で、ことも無げにそう言う。こいつ……何なんだ? 時間操作なんて最上位魔法を、詠唱(ルーフェン)ひとつなく使った? だとすれば、その能力は真言を完全に上回る。


 そこで俺は、少女の名乗った肩書に思い至った。

 異世界管理局……“異世界”、だと? 思わず息を飲む。



 彼女はこの世界(カルーシア)を“異世界”と呼ぶ認識を持っている……!


 それはコトレットが、俺と同じく“別の世界(アルタ・オルト)”から来たこと、或いは、“世界”を俯瞰(ふかん)で把握する視点を持つ可能性を示唆(しさ)する。

 そう考えると、(にわ)かに、“管理局”という言葉が不穏な響きを帯びる。少女が使う肩書が本物だとして、本当に異世界を“監視”する立場にあるとして、なぜ彼女は俺の前に現れた?


 深紅の視線が、俺の心を見透かすように突き刺さる。

 心当たりが……あり過ぎる……




 ***********************************


 ルシウ・コトレットと名乗った少女は、俺の動揺をしばし見つめていたが、

「るああ?」

やがて拳をぎゅっと握って、困惑顔で頭の横を撫でた。


 あ。「またオレ何か、変なこと言ったかな?」だ、これ。


 凄まじい魔法や技で周囲の度肝を抜いておきつつ、「自分的には普通のことなのに、なぜみんなが驚くか理解らない」という態度を示すことで、“桁外れに強い+世間知らず”というキャラ付けをする、アレだ。

 同系統に異性からの好意に鈍感な、「お前何で赤くなってんだ?」「あいつ何を怒ってんだ?」がある。どっちもよくやるから、よく判る。



 コトレットはキャラメル色の肌に映える、真っ白な歯を見せてにっと笑った。俺に背を向けて、道端の丸太柵によじ登り、

「るああ。ま、そうおっかなびくっりしなさんな、って」

腰を掛けて、足をぶらぶらさせる。


 揶揄(からか)われているのだろうか?

 言葉と力は謎めいているが、こうしていると、普通に可愛い女の子だ。



 そもそも、どこから来たんだろう。


 ヤノマコ村からとしても、村から村を来る格好ではない。フード付きマントの下は、薄手の、ご近所を出歩く格好か、下手すりゃ部屋着。膝丈のローブから伸びた先は、素足にサンダル履き、それも田舎の街道を歩くには華奢(きゃしゃ)な代物だ。

 柵の横木に据わり、両脚をぱたぱたしていたコトレットは、俺の視線に気づくと膝を折り、スカートの下にたくし込んだ。

Oops(うーぷす)。エロい目で見んなよ、るああ」

上から目線のジトり目は、見下し感半端ない。

「なーふ。ったく、とんだエロ賢者様だよ」

それこそとんだ風評被害だ。



 コトレット嬢は顔中で俺をバカにしながら、左手で胸元を引っ張り、右手をぎゅうぎゅうと突っ込んで、巻いて封蝋(ふうろう)をした皮紙を引き抜いた。自分こそ仕草がいちいちエロくて困る。

「ほらよ。お前宛だ、タイラノ・マサルう」

こっちが取りに来ると決めつけて、少女は柵の上から書簡を差し出す。


 受け取ろうと足を踏み出しかけて、俺は……


 まるで時間を止めら(・・・・・・)れたように(・・・・・)動けなくなった。

 背中を、嫌な汗が流れ落ちた。



 今、呼ばれた。シャルマ、異世界の少女達からそう呼ばれるようになり、捨ててしまった名前。こことは違う世界に置いて来た、俺の本名で。


 コトレットは俺の驚愕を眺めていたが、肩を(すく)め、書簡を引っ込めた。

「うーぷす。まあ、いいや。どーせ、口で説明しなきゃいけねーんだ」

そう呟くと、間延びしたくだけた物言いを僅かに改め、俺にこう告げた。

「シャルマ・ティラーノ……平野、勝」



 「カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)から、幾つかの勧告とお知らせがあるよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ