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79.トランジッテ・エ・トランジッテ~異邦人達~(視点ザッピング)

挿絵(By みてみん)

【狼なんて怖くない!(6/9)】

 【レイス視点】


 待ち伏せを警戒しつつ、塔を時計盤裏の機巧(カラクリ)部屋まで、ユマに背を預けたまま登り詰めた。機械やら動力やらでもっとごちゃごちゃしているかと思ったが、存外がらんとしている。時計の機巧(カラクリ)()びつき、この部屋で(とき)が止まって久しい。

 高い天井は頭上にぶら下がった鐘まで吹き抜けで風が通り放題、住んで快適とは言い難いだろう。壁際に小さな机と椅子、毛布(ブラケッタ)を丸めた簡素な寝台。床に転がった何本かの酒瓶(さかびん)が調度の全てであった。


 そして男は、部屋の柱に背を(もた)せ、上がってきた我らを見据えていた。



 「……――お前らか。俺の可愛い魔獣(ペット)を痛めつけてくれたのは」



 男の足元には金色の犬が、しきりに顔を(しか)めながら(はべ)っている。男――私やユマと同年代と(おぼ)しい――はそう悪い身なりをしておらず、旅装を簡略した丈夫な行動服姿。(たずさ)えた得物は(むち)……しかし(こしら)えは武具ではなく、乗馬用か調教用のそれと見える。


 顔や腕が毛で覆われてはいない。筋骨(たくま)しい大男でもない。だが……

「お前は、“狼男”なのか?」

そう問い(ただ)すと、男はにやりと不敵な表情を見せる。

「答えは半分YES(イア)、半分NO(ノーエ)だな……」

言うや男は指の(まじな)いの印を(かたど)り、低く何事かを呟いた。



 その途端――……何が変わった訳ではないが、男の雰囲気ががらりと変わった。まるで姿はそのままに獣と化したように、或いは己の内に飼ってある獣の鎖を解き放ったかのように。

「くく……“獣降ろし”、魔獣使い(ビースト・テイマー)LV99のスキル(・・・)さ……」

「む……手向かうつもりか?」

左手で防御小剣(マンゴーシュ)を抜いた。この者、やはり魔性のモノ――手加減できる相手ではない。まともに当たれば力負けする。(たお)すには一撃で急所を貫くよりない。


 姫殿下、申し訳ありません(オラ・エルト・マイン)、どうやら生かして捕らえることは(あた)いませぬ。


 「ふっ、当然だ。こっちは、そろそろ衛兵か何かとやり合うイベント(・・・・)でも起きないかと、心待ちにしてたんだ」


 (むち)が二度空を切ると、金色の獣がのそのそと部屋の隅に下がった。

「ヴィクトル、お前は香水(コロン)の匂い抜けるまでお座りしてろ」

「クゥーン……」

狼男は(むち)を投げ捨て、革手袋(レガン)を直した。拳のところに鋲がある(ブラス・ナックル)――こっちが本来の武器、格闘術が奴の流儀(スタイル)か。



 狼男が(てのひら)を床につくほど、低く身を屈めた。

 先手を許す義理はない。突くなら止まっている間の方が良いに決まっている。



 が――……私が送り出した刺突(ファント)の下を、槌籠(つちぐも)の峰が()るように()ね上げた。

「ちょっと待った、レイス」

「ユマ、何をする!」

剣を構えに戻して抗議の声を上げると、ユマは刀身を背へと流して狼男を見据え、静かな声で言った。

「覚悟して切るならいいが、切った後で知ったでは後味が悪い」


 「レイス、あれは“人間”だぞ」

 「何……?」


 ユマは狼男に向け、私の聞いたことのない言葉(・・・・・・・・・・)を口にする。

「お前、もしかしてオルト(・・・)トランジッテ(・・・・・・)か……?」




 ***********************************


 【ユマ視点】


 “異世界転移者(オルト・トランジッテ)”――……


 “LV99のスキル”、“衛兵か何かとやり合うイベント”……その言い回しでピンときた。そのメタ(・・)な視点は、こいつ、“異世界転移(オルト・トランジ)”してきた奴じゃないか、と。向こうさんも、さすがに驚きを隠せなかった。

「ってことは、お前も……?」

やっぱりか。レトリバーやコーギーがいる時点で何かおかしいと思ってたが、あれはこいつが連れてきたか、それとも召喚でもしやがったんだろう。

「ユマ・ビッグスロープだ。カルーシア(こっち)では傭兵をやっている」

俺が名乗ると、相手は一瞬迷いを見せたが――


 「……ナッド・ダム。お前と同じ、通り名だがな……」


 身を起こし、名乗った。俺の経験則から、語呂合わせか言い換えだろう。

「ナッド・ダム……なるほど、ここに住んだのは“ノートルダムの鐘撞き男”か。狼男と言い、怪奇映画が好きらしいな……タムラ、ナッド……ナオトか?」

「本名当てんなクソ野郎。そっちこそ、折角の“異世界転移(カルーシア)”で、えらく地味で地道なことやってんじゃねーか」

まあ、異世界監視人(クストーデ)お墨付きの、堅実で真っ当な“世界観”(イマジカ)だからな。その割に、人のおかしな“世界観”(イマジカ)で苦労させられるけどな。

「余計なお世話だ。俺に言わせりゃあ、そっちがあんまり派手にやってるから、こっちにまで皺寄(しわよ)せが回ってきてんだぞ――……で」



 「この狼男騒ぎは何な訳?」



 ナッド・ダムは俺の問いに、尊大な仕草で肩を(すく)めた。

「復讐――……とはちょっと違うかなァ? “異世界”に来てみたけど、あまりにもシナリオ(・・・・)が面白くなくてさあ。だったら俺の能力(スキル)で、自分の手で面白おかしく演出やろうか……ってな」

あー……何か――……

「演出はいいが、他人(ヒト)に迷惑掛けんなよな」

「別にいいだろ、脇役(ヒト)なんざどーなろーが」

むかつくなー、こいつ――……


 “異世界(カルーシア)”の全てが、自分のためにあるとでも言いたげな傲慢(イタ)さ。自分が“世界(オルト)”の主人公であるかのような思い上がり(カンチガイ)。何が腹が立つって……

 まんま監視人(ルシウ)と会う前の俺だ。くそ、自分の黒歴史を現在進行形で見せつけられているよーで、めちゃくちゃ恥ずかしい。

「今回の件は俺の方の“世界観”(イマジカ)にまで波及してきてるんでな、ちょっとだけ控えてもらえないか?」

一応言い聞かせてみるも、案の定ナオト(・・・)は憎げに挑発をくれる。

「何で脇役(アンタ)“世界観”(イマジカ)を、気にしなくちゃいけねーんだ? むしろ……」


 「くっくっく……むしろ、最高のシナリオ展開じゃねぇか。“魔獣使い(ビースト・テイマー)”ナッド・ダムの物語(ラコンテ)、第2章7話『“転移者”VS“転移者”』ってとこだな」


 「……よそう。“異世界転移者”同士戦ってもしようがない」

 「ヤだね。折角のイベントだ、楽しませてもらうぜ」

 「……そうだろうねえ」



 背後に置いていた槌籠(カタナ)の刀身を、改めて陽の構えに据える。

「お前みたいな“転移者(トランジッテ)”がいると、またアイツ(・・・)の仕事が増えるからな。ボランティアで片付けといてやるか」

「思わせぶりな台詞を吐くねえ……」

ナッド・ダムが再び地に伏せるごとく、身を沈めた。

「レイス。相手は投降勧告に応じずだ、制圧するぞ」

「相判った」

相棒が、何も問わず頷いた。

「ナッド、あんまりムチャなチートは使うなよ?」

そう言葉を投げると、ナッド・ダムは不敵に笑い、床を蹴った。




 ***********************************


 【レイス視点】


 ユマと、狼男の交わした会話は、(おおむ)ね私には理解できなかった。端々から察するに、もしかすると同郷の異邦人(トランジッテ)同士なのか。


 しかし狼男は傲岸(ごうがん)な印象で、ユマのようには好感は持てないタイプだ。なのでユマと狼男の話が決裂し、正直ちょっと私は嬉しく思っている。


 狼男が殴り掛かる、と同時にユマが回り込むよう足を運んだ。その太刀筋も身の(こな)しも、ユマは私の剣とは対照的に円を基調にしている。

(……――悪くないかもしれない)

彼の弧の動きと私の直線の動き、二つの剣が縦横に噛み合うのなら、それは狼を捕らえる(おり)となるのではないか――……




 ***********************************


 【ユマ視点】


 俺がナッド・ダムの左へ回ろうとするや、レイスが正面から踏み込む素振りを見せ、敵のスピードを僅かに鈍らせた。俺の動きを完璧に読んで、サポート入れてくるとはさすが。ナッドからすると、俺の攻撃は線で来る、レイスの攻撃は点で撃ち込まれる。


 その狭間で足を踏み外した時、俺達のいずれかが人狼を刺す。


 脇構えから刃を返し、巻き込むように逆袈裟を仕掛ける。

「峰打ちか……甘い“世界観”(イマジカ)してやがる」

ナッド・ダムは()け反って刃を(かわ)すと、反動で(むち)のように(つか)み掛ってきた。


 “お節介な(トリビアル・)時間干渉”(タイムリープ)――……


 ()け反ったナッドに、更に踏み込んで切り上げた槌籠(つちぐも)で突きを送る。

「へえ、やるな」

狼男はそのまま逆らわず背後に倒れ、強烈な足払いを放った。


 更に1秒戻る――……


 ()け反ったナッドの、下半身を刈るように力ずくで刃を落とす。

「っと、危ねえっ」

器用な奴だ。今度はバク転で俺の手元近くを蹴り上げやがった。無理な体勢をしていたせいで、大きく崩される。これはマズい。


 その1秒も無かったことになる――……


 ()け反ったナッド……うーん、打つ手がなくなったぞ。俺は残心したまま大きく数歩間合いを離した。




 ***********************************


 【レイス視点】


 追撃に行くかと見えたが、ユマは体勢の崩れた相手から、逆に逃れるように後ろへ跳んだ。一瞬のことだったが、何故か、私には激しい攻防があってユマが退()いたような――そう思えた。と、狼男が倒れる寸前から、ぐうっと上半身を戻した。

「カウンター狙ってたの、バレてたみたいねェ~」

む……ユマの奴、また数手先を見越して剣を引いていたらしい。


 「慎重派なのかい、それとも勘がいいのか……?」

 「なァに、臆病(ビビリ)なだけさ」


 ユマが自嘲(じちょう)すると、狼男の笑みが口元を残して消えた。

「くく……そういう奴が一番怖いんだ……」

そう、ユマは怖いのだ。そこが判るとは、貴様もなかなか見どころがある。



 狼男は拳を軽く打ち合わせると、ユマに殴り掛かる。

 と――……狼男はユマの間合いの外で床を蹴り、ほぼ直角に私を標的に変えた。



 何という身体能力……しかし私とて(ほう)けてはいない。カウンター(ヴォルテ)は何も貴様の専売特許ではないのだ。相手の攻撃線から身を逃しつつ、刃を繰り出す。その勢いでは避けられまい!

「へえ……こっちの兄ちゃんも隙がねえや」

狼男は感心したよう呟くと――再び床を叩いて突進を曲げた。

「な……馬鹿な……?!」

結果、狼男に対し無防備に体を開いた形になった。そこへ、しっかりと体重を乗せた肘打ちが突き刺さる。


 「ぐ……!」

 「レイス!」


 不覚――……ユマの声を耳にしながら、吹っ飛ばされた私は、柱に背をしたたかぶつけた。レイピアは辛うじて離さなかったものの、左手のマンゴーシュはどこかへ飛んでいってしまう。



 狼男は素早くユマへ向きを変え、私を肩越しに見下ろした。

「惜しかったな。俺じゃなきゃあ、仕留められてただろうが……ん?」

狼男が怪訝(けげん)そうな顔をした。

「あれ、お前……?」

刹那(せつな)槌籠(つちぐも)が弧を描いた。牽制(けんせい)の切り込みだ。狼男も軽く跳んで下がる。

「レイス、無事か?!」

「ああ……何とか……」

柱の根元に尻をつけ、私は辛うじて返事を絞り出す。狼男め、体格は私とそう変わらないが、まるで馬にでも蹴られたように重い一撃だった。情けないことに、すぐには立てそうにない。



 だが、私はようやく”狼男“の正体(・・)辿(たど)り着いた。



 “止まった時計台”付近を徘徊(はいかい)する、この男の使役する獣達(ベスティエ)。そして人の姿のまま、獣のような身の(こな)しを欲しいままにするこの男自身。異なる二つのモノが重なる時、そこに何が現れるか。

 人の噂がナッド・ダムと、奴の犬を同一視したことで生まれた“獣のような人間”の幻想(パンタシア)――……それこそ狼男の真の姿だったのだ。


 って、謎解きをして喜んでいる場合ではない。


 真相を解明したところで、取り逃がしては話にならぬ。(あまつさ)え、下手人に返り討ちに合おうものなら、姫殿下に合わせる顔がない……!


 あのスピード、いかにユマであろうと援護なしに捉えられるとは思えん。狼男の一撃を受けた胸を押さえ、私は何とか立ち上がろうと、噛んだ奥歯を鳴らした。




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