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78.イングランド・エ・ウェールズ~英国原産~(ユマ視点)

挿絵(By みてみん)

【狼なんて怖くない!(5/9)】

 こちらの存在に気づいた途端、そいつ(・・・)は一直線に向かってきた。町中で人を恐れない(ベスティエ)は、それだけで十分に危険な存在だ。路地を飛び出す、と全く同時に、レイス・オランジナが疾風のように真横を掛け抜けた。


 ……――いいね、この“頼れる相棒”感。


 そうだ……前の仕事、“封鎖区(セラド)”の時の相方、ポンコツ幼女(ルシウたん)だったもんなあ……


 (るあっ?! ユーマ、最高のパートナーったらお前、アタシだろーが……)


 いや、確かに俺の相棒っちゃあ、ルシウたんよ? 大好きよ? けどなあ、この頼りGUY的なのはさあ……正直、レイス君かなあ……


 (るああ……)



 時計台前、月明かりの下――俺達の前に躍り出たのは、(リュコス)にしてもあまりにも巨体の、動物園で見たライオンか虎ほどもある獣だった。狼男かどうかは判らないが、化け物であることには違いない。

 腰の槌籠(カタナ)を抜く。俺より一歩先んじたレイスもレイピアを抜き放つや、ベスティエの突進に合わせて鋭く突き入れた。


 これは一撃で片付くか――と思ったが、(ベスティエ)はほぼ真横に跳び、刃の射線を避けた。レイスの切り払いが追う、が、紙一重に(かわ)して走り抜ける。

「ユマ、そっちへ行くぞ!」

レイスが叫ぶと同時に、ベスティエが地を蹴って俺に跳び掛かった。


 その軌跡を目に焼き付けて――……



 “お節介な(トリビアル・)時間干渉”(タイムリープ)が発動する。

 貰った! ベスティエの頭が来る位置(・・・・)へ上段の打ち込みを重ねる。


 が――……獣はぐっと身を沈め、跳ばず(・・・)、そのまま俺に突っ込んできた。

「何っ……?!」

こいつ……俺の動きを見て、“俺が()た未来”を変えやがった……?


 獣の速さ(スピード)に、“お節介な(トリビアル・)時間干渉”(タイムリープ)が追いつかれる……!

 上段に振り上げた無防備な胴に、地を()るような爪と牙が刺さる。



 が、それ(・・)さっきとは違う攻撃(・・・・・・・・・)、同じ攻撃に“お節介な時間干渉”は二度発動しないが、違う攻撃なら……


 また1秒、時は巻き戻る(リープする)


 槌籠(つちぐも)を握る拳を左掌(ひだりてのひら)に打ち付け、後ろに倒れ込みながら、甲冑手甲(ガントレット)の腕で奴の下顎(したあご)()ね上げる。

「ユマ!」

俺が押し倒された(やられた)と思ったか、レイスが叫ぶ。一旦槌籠から手を放し、毛皮の塊に潰されるところを間一髪転がり逃れた。

「無事だ!」

片手を着いて身を起こすと、隣に駆けつけたレイスが剣を構え、俺を跳び越えた魔獣が(ひるがえ)し、二人の人間を見比べる。


 「ヴォルフゥ――……」


 ベスティエは短く()えると、レイスを(にら)みつける。が、俺が捨てた刀に手を伸ばすと、視線が飛んでくる。俺達二人を激しく警戒しているようだ。


 と、多勢に無勢を悟ったか――




 ***********************************


 獣はたったっと数歩走ってくると、俺達の頭上を軽々と跳び越え、ガラクタを足場に時計台の方へ――二階の高さの採光窓へ駆け上がり、飛び込んだ。

「ちッ……逃がしたか」

「助かったとも言うな」

それぞれ納刀し、月夜を背負った時計台を見上げる。

「中に逃げ込んだか」

「ああ、そうだな」

つまり……我々も行かねばならないのか。


 ホラー映画を観てる時、よく笑ってたよ。自分が登場人物なら、こんな怪しい洋館とか廃墟とか、絶対入らねーよって。

 人はそれぞれ()むに已まれぬ事情があって、自ら墓穴(オヤクソク)に突っ込んでいくんだなあ。バカにしてて御免な、ジョージにマイクにキャシー。



 レイスが振り返った。

「ユマ、さっきの獣は……あれは(リュコス)ではなかったよな?」

確かに狼には見えなかった。シュマフ地方には“魔獣化した狼(ヴォルダート)”と呼ばれる大型種もいるそうだが、さっきのはまず狼の形をしていなかった。

 ふさふさとした金色(オウロ)の毛並み。大きな頭部に、垂れた耳、扁桃型(アーモンド)の下がり目。異常なほど巨大だったが、あれは……

「レイス。あれはたぶん……(カーネ)だ」

そう……それもおそらくは“ゴールデン・レトリバー”。

(カーネ)……いや、しかし、あんな大きな犬がいるか?」

レイスが眉根を寄せたが、

「大きさはともかく、外つ国(とつくに)の犬に、ああいう見た目の種類がいる。それよりもレイス、あれが犬なら問題がひとつある」

「何だ?」

飼っている誰か(・・・・・・・)がいる、のではないかな?」


 レイスがはっとして、時計台を仰ぎ見た。

「では、化け物の主人(マスター)が、塔に……」

「可能性は高い。さっきアイツの下敷きになったが、野生独特の獣臭があまりしなかった。人に世話をされているんだと思う」

「そうか。その飼い主こそが、狼男という訳だな」

「それは知らんけど」

俺も“止まった時計台”の頂上、鐘楼(しょうろう)を見上げた。


 「まあ、行くしかないな――……歓迎はされないと思うけど」



 時計塔内部への扉は、頑丈そうな南京錠で封じられていた。

「なあ、狼男ってやっぱり耳や鼻がいいのかな?」

俺がそう言うと、レイスは腰を屈めて錠前を調べ始めた。

「さあ? 狼の化身なら、それは人間よりはいいんじゃないか」

「そうか……なら、もうコソコソする必要はねーな」

俺はレイスの傍らから、その辺に落ちてた先の外れた何かの柄を、掛け金と扉の間に差し込んで体重を掛ける。


 ばきっ――……扉の掛け金具の方が壊れ、錠前が垂れ下がった。

「よし、行こう」

「ユマ、君という奴は……むう……」

俺がぶっ壊した鍵を見つめ、レイスが物言いたげに(うな)った。まあ、大事の前の小事という奴だ。


 扉を開くと、派手に(きし)んだ。外から錠を掛かっていることも併せて、ここからは出入りしていないと考えられる。中を(うかが)うと、暗いが、上階に火の灯りがあるようだ。


 やはり、人間が住んでいる……



 踏み込もうとして、腕を(つか)まれた。振り向くと、レイスがガラスの小瓶(こびん)を乗せた(てのひら)を差し出していた。

「それは……聖水か」

レイスは少し顔を赤くし、素っ気ない口ぶりで言う。

「わ、笑うなよ。効果があるかもしれんだろ。君だって、魔物を退治した経験がある訳でもなかろうに」

まあ、確かに――巨人とかドラゴン、白の聖母と黒の鬼女、暗黒世界の集合体ぐらいとしか戦ったことはない。


 俺は腰の道具入れ(ポーチ)からフラスク型の(びん)を取り出した。

「実は、俺もクリストフ爺様に持たされててな。ああ、そうだ」

レイスの手に(びん)を置き、聖水をひょいと()まみ上げた。

「交換しよう、互いの武運を祈って」

「う、うむ……」

レイスは面食らった顔で頷き、ぐっとフラスク(びん)を握った。

「だから、そうビクビクすんな。俺がついてる」

「む! 無礼な、怖気(おじけ)づいてなどおらぬ」

茶化すというと、レイスは俺を押し退けて鼻息も荒く石段を上って行く。さて、発破(はっぱ)も掛かったようだ。俺は含み笑いをしつつ、後に続く。




 ***********************************


 時計台の中と言えば、俺が乗っかれるほどの歯車が何十と回ってそうなイメージがあるが、考えりゃあそんな訳はない。何の変哲もない石の塔だ。

 中に入って強く感じるのは、“狭さ”だった。階段の幅は俺が両腕を広げると、ちょうど壁に触る程度。しかも四角四面の時計塔だから、中の階段は直角に折れる。つまり、曲がる先が見えない。


 まさにここは相手の巣穴の中、慎重にならざるを得ない……



 二つ目の踊り場、ちょうど位置的に、頭の上にあるのがレトリバーが飛び込んだ調光窓かと思う。壁には松明(トルチェ)が斜めに立てられ燃えている。


 先を行くレイスが、手で止まるよう合図した。


 同時に、俺の耳も階段を駆け下りてくる足音に気づく。四つ足のリズム、微かに混ざる硬い音は、石段に爪が当たる音――金色の獣(レトリバー)だ。レイスが静かにレイピアを抜き、左手を突き出して、引き(・・)に構えた。レイスには獣の頭の高さが判っている。少々可哀そうだが、姿を現したが奴の最期か。


 踊り場の壁に、影が踊った。

「そこッ――……!」

気合とともに、必殺の刃が音もなく送り出された、が――



 レイスの剣は、標的の僅かに上で空を切った。

 コーギーだった。



 「って、低っ!」

冷静沈着なレイスが、素の突っ込みを吐いた。胴長短足短い尻尾、その愛嬌(あいきょう)のあるスタイルは、コーギー・ペンブロークのそれである。

「え、何これ、可愛い……」

呆気に取られたレイスの横をすり抜け、

「っとと!」

俺の足元を潜って階下へ逃れた。俺が知っているコーギーと比べるとデカいが、さっきのレトリバーほどではなく、通常の大型犬というところ。


 と、上から更なる足音が降って来るのに気づく。

「レイス、まだ来るぞ!」

「ちッ、二匹いたか!」

俺がコーギーに向かい数歩降りると、レイスも下がる。


 同じ段で逆の方を向き、片やレイピアを刺突に、こなた槌籠を下段に据えた。

「済まん。あまりの愛らしさに気勢を()がれた」

「レイス……さては犬派か?」

「うむ……」

「俺は猫派だ」

「そうか……」

「だから、申し訳ないが遠慮なく切って捨てるぞ」


 「それとも、生きたまま捕まえて城で飼うかい?」


 耳元で短い笑いがした。レトリバーが踊り場に着地したのも聞こえた。つまり挟み撃ち――……俺は下へ、レイスは上へ、次の石段を靴底で叩く。



 「「背中は預けたぞ!」」



 とは言え……コーギーか。コーギーだな、普通の倍はデカいけど。はっきり言って、やりにくい。狼なら割り切って退治するのに、犬を切るのは躊躇(ちゅうちょ)するとか、我ながら人間とは勝手なもんだ。

「……と、そうだ。一応試してみるか」

レイスの聖水の(びん)の栓を抜き、上から振り撒いた。量は知れていたが、飛沫(しぶき)は確実にコーギーの体に掛かった。


 「わん!」

 「レイス、聖水ダメだ!」

 「了解した!」


 その背後に気をやった隙を、コーギーが低い軌道で狙ってきた。慌てて犬の口に向かって踏み込み、攻撃のタイミングを僅かにずらす。革靴に食いつかれたが、足首に圧力が加わる前に、槌籠で犬の脇腹を――……


 「ぎゃんッ!」


 ……――寸前に峰に返して、打ち払った。くそ、我ながら甘い。

 コーギーは壁にしたたか体をぶつけ、唸りながら後退した。



 その時、背後からガラスの割れる音がした。更に……

「ひゃいんッひゃいンッ」

あの金色の獣(ベスティエ)の声とは思えない、情けない悲鳴が降ってきた。


 コーギーからは目を逸らさず、背後のレイスに叫ぶ。

「やったのか?」

「うむ……だが、切ったのではない。聖水が効いた」

「へ……?」

俺がぽかんと聞き返すと、レイスもぽかんとした様子の口調だ。

「クリストフ(おう)の聖水だ……どうせ効き目がないなら、(びん)ごとぶつけてやろうとしたんだが、割れて聖水が飛び散ったとたん、魔物が苦しみだして……」


 レイスが話していると、ふと、酸味のある爽やかな香りが漂ってきた。

「これは……リモンチェッロか!」

「そうか、蒸留酒(ヴィ―スク)レモン(リモネ)……」

リモンチェッロ――レモンの皮を度数の高い蒸留酒に漬け込んで、砂糖水と合わせて作る果実酒だ。クリストフ老人のくれた(びん)には、まだ糖分を加えていない、()わば原液のリモンチェッロが詰められていたらしい。


 アルコールと柑橘(かんきつ)類の刺激は、犬が最も苦手とする匂いだ。

「魔除けではなく、実用品の狼除けだ、これは」

「何ちゅう食えない爺様だ……」

レトリバーは大嫌いな匂いをたっぷり浴びて、もはや俺達の相手どころじゃない。ひんひん鳴きながら、階上へと逃げていった。



 残ったコーギーを槌籠で牽制(けんせい)しながら、とりあえず踊り場まで上がる。壁に掛かった松明(たいまつ)を手に取る。コーギーは(うな)りながらじりじり上ってきたが、リモンチェッロの匂いが強くなると、さすがに足が進まないようだった。

「よぉし、そこでお座りだ、ポチ。いい子だから、そこにいろ」

松明(たいまつ)を振って(しつけ)けてみたが、犬は口の端から牙を()出している。やがて意を決したようで、コーギーは一気に階段を駆け上がり、リモンチェッロの水溜まりを跳び越えんと床を蹴った。


 「バカだな――……」


 俺は松明(たいまつ)を、ひょいと投げ捨てた。

 リモンチェッロって、96度のウォッカ(スピリタス)で作るんだよ……


 コーギーの腹の下から、ぱっと炎が吹き上がった。驚いてバランスを崩した犬は、自ら火の中に足を突っ込む、瞬く間に毛皮に燃え移る。

「ぎゃンッ!」

犬は上半身を火に包まれて、階段をごろごろと転がり落ちて行く――……

「やったか……?」

レイスが下の踊り場を回り、更に階下へ遠ざかっていく炎を見て呟く。

「ああ。まあ戦闘不能は間違いない」

「そうか……少しばかり哀れな最期という気もするが……」

犬派が複雑そうな顔をするので、

「心配するな。アルコールの火は派手に燃えるが、すぐ消える。奴も精々、毛皮が焦げた程度さ。俺達に向かってくるのは()()りだろうけどな」

そう言うと、ぱっと顔を明るくした。本当、素直な奴……



 とにかく、二頭の“(カーネ)”は辛くも撃退した。これ以上は出てこないことを願いたいが……時計塔内の様子を見ても、ここには人の痕跡(こんせき)がある。鐘楼(しょうろう)で待つ者、そいつは人狼(ベステート)なのか、それとも……




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