76.トリオゴ・エ・リュコス~貧民街と狼~(ユマ視点)
いかにも悪人面をした連中が、にやつきながら近づいてくる。隣で相棒が、さりげなく剣の柄を取りやすい位置に手を運んだ。三人の男のうち、リーダー格がぐいっと前に出て、俺に向かって太々しい笑みを浮かべる。
「よう。ビッグスロープの旦那じゃねえですかい」
レイスが腰からそっと手を下した。
「ユマ、知り合いか?」
「まあな。たぶん、助けになってくれる男だよ」
頭目の大柄な男の名は、アンドルー・ガフ。手下の背の高い方が“塩っ辛い”ポンセ、チビがタンタン・グレーンと呼ばれている。
この“アン・ポン・タン”との因縁は、実に俺がカルーシアに“異世界転移”してきたその日にまでさかのぼる。俺がカルーシアに転移してきて、アーシャ・ノエル・ロランという少女と出会った直後、まさに流れるような導入で、絡んできたゴロツキがこいつらだ。
二度目に合った時には、何だかんだがあって、俺が例の異世界管理局の扉を開き、異世界監視人と知り合うきっかけになった……と言えなくもなくもない。
……うーん、よく考えると、何だか節目節目でこいつらの顔を見ているな。俺にとってジンクス的な連中なのかもしれない。
アンドルー・ガフの親分は俺の言葉を聞いて、
「お、何やらお困り事かい?」
野卑な笑みを浮かべ、目を光らせた。小銭の匂いがするといつもこうだ。
とは言え、奴さんとの関係はそう悪いもんじゃない。町の裏っ側にちょいと手を回したい時、いい窓口に使える男だ。あっちはあっちで、傭兵ユマ・ビッグスロープを見知っていることを、商売に利用しているようだし、まあ、持ちつ持たれつというところだ。
と、隣のレイス・オランジナが、
「おお、ユマのお知り合いなら話が早い。私は王宮近衛兵、レイス・オランジナと申す。貴殿らには狼男の噂について、知るところがあれば教えて頂きたい」
声高らかに単刀直入な問いを投げつけた。ゴロツキ達は、騎士様のぴしっと折り目をつけたような物言いと、その口から飛んで出た珍妙な単語に面食らい、目をまん丸くする。
まあ、そりゃあそうだろうな。
俺はごく何気ないふうで、懐から革袋を取り出した。瞬間、アンドルー・ガフの目がひと際ぎらりと光る。
「狼男退治だよ、ガフ親分。出るって噂、聞いてんじゃないかい?」
俺がそう言うと、3人組は革袋から俺を二度見した。真っ当な反応だ。
「教会から調査の依頼なのさ。狼男が出ると聞いちゃあ、坊さん達は放ってもおけないそうでね……それで実際いたら、ついでに退治してくれと」
適当に話を作るというと、アンドルーは腑に落ちた顔で頷いた。
「なるほどね。ふん、ついでに退治しろはいいや」
「そういうことなら、俺も噂話は聞いてますや。町ン中で狼の遠吠えが聞こえたとか、毛むくじゃらの大男を見たとかね。ホントかどうかは知らねえが」
“塩っ辛い”ポンセが口を挟み、
「そう言やヨハン爺さんが、夜中に屋根の上走ってる狼男見たってよ」
「そうかよ? 俺っちには箒に乗った魔女を見たって言ったぞ、あの酔いどれ」
タンタン・グレーンが混ぜ返す。
子分の軽口をひと睨みして、アンドルーは顎鬚を摩った。
「ただね、全部が全部与太って訳でもねえようだ。狼男が盗みに入った、間抜け襲って怪我させたってのは、実際あったことらしいぜ」
「何、誠か。やはり狼男は本当に……」
「本当にいるかは判らんが、お武家様、夜陰に紛れて悪さしてる奴ァ、確かにいるようですぜ」
身を乗り出したレイスに若干引きつつ、アンドルーは渋い顔をした。
ふうん、そういう線もあるか。狼男を騙った盗賊の類、いや、俺の“世界観”ならそっちの方が現実的な話だ。
俺は革袋から金貨を1枚差し出した。
「時間を取らせたな。いい話が聞けたよ、ガフ親分」
アンドルーはわざとらしく目を剥くと、一応形ばかりは手を振った。
「や、旦那。こんなくだらねえ噂話で、それは貰えねえや」
「何、ほんの酒代さ。俺の顔を立てると思って、納めてくれよ」
しかし、こうひと押しするというと、
「そうかい? じゃあ、遠慮なく……」
金貨は手品のように親分の懐に消えた。
「じゃあ、また何かあったら宜しくな、親分。よし、行くか、レイス」
「んん? いや、まだもう少し話を……?」
不思議そうな顔のレイスを促し、アン・ポン・タンに背を向ける、と――……
「旦那、人狼街だ――……」
背中にアンドルー・ガフの低い声が突き刺さった。
「冗談みてえだが、人狼が出るなァ、やはり人狼街らしいぜ。“止まった時計台”知ってるかい? 半分怪談だけど、奴ァあそこを塒にしてるらしいぜ……」
俺は背中越しに親分に手を振り、足の先を人狼街へと向けた。
***********************************
腰から得物ぶら下げた傭兵と、騎士装束が早足に行けば、貧民街でも関わり合いになろうという者はちょっといない。特に身なりも足の運びひとつも人目を引くレイスは、実は俺の露払いになっていることに気づいていない。
このまま鉄屑街を突っ切って新市街から旧市街へ入れば、その先が人狼街だ。
「ユマ、さっきの知り合いとやらだが……」
「うん?」
「友人とは金子のやり取りはしないのではないのか?」
俺からアンドルー・ガフに渡った金貨が、気になっていたらしい。
「ああ……ガフは友人と言うより、商売上の間柄なのさ」
「ふむ、商売……」
レイスが首を傾げたので、異世界人の俺が講釈を垂れてみる。
「貧民街では、金になるモノは全て金に変える。大きな声じゃ言えないが、盗品も物故品も出回るよ」
この辺りは町中から金属を集めて纏めて扱うから、 “鉄屑街”と呼ばれている。当然“盗人街”などと名の付くような地区はより物騒になり、掘り出し物の非合法性も増す。
「だが何と言っても、金になるのは“情報”って商品だ。何てったって元手が要らない。もっとも、鼻が利かなきゃ仕入れられないし、捌かなきゃ金にならないから欲しがる客を見つける目も必要だ」
「ほう、あの男、ああ見えてなかなか如才ない商売人なのか」
レイスが呟いた。ガフ親分にはかつてない評だろう。今頃デカいクシャミをして、ポンセとタンタンを驚かせているんじゃないか。
「そういう金子の使い方、人の使い方があるのだな……」
レイスは感心頻りの様子だ。
……いつの間にか俺はこの町の人間にこの町を語るほどに、こっちの生活が長いのか。思えば不思議なことだよな……
この男も、これまでは面倒くさい絡み方をするから避けていたが、こうしてみると、案外面白い奴かもしれない。
「レイス」
「うん?」
「お前とは金のやり取りナシだからな」
レイスは横目で俺を見て「判った」と言って笑った。
由来は知らないが“凱旋橋”と名のついた古い石橋で運河を渡れば、そこはもう人狼街だ――……
人狼街は王都の旧市街で最も古い地域の、最も古い貧民街だ。広くはないがとにかく入り組んでいる。道も建物もデタラメな建て増しを繰り返してきた人狼街を、傭兵達も地区丸ごとでひとつの迷宮みたいなものだと言う。
「さすがにこの辺りは暗いな」
橋を渡り切ってレイスがそう言い、小さく咳払いをした。
……――OK、了解した。
俺がそれと判らぬ程度に頷いたと同時に、物陰から4人ばかりの人影が滲み出るように現れた。橋の袂の下からも、3人が背後を塞ぐ。
「よう、兄ちゃん。どしたい? こんな時分にこんな場所で」
まったく、絵に描いたような展開だ。
こりゃ、鉄屑街の誰かが金に換えやがったかな……?
***********************************
鉄屑街の安酒場――……
温いエールの泡を、“塩っ辛い”ポンセがぐっと拭った。
「しかしあの異邦人、相変わらず羽振り良さそうで羨ましいもんすね」
アンドルー・ガフは炙り腸詰にフォークを突き立て、ガブリといく。
「ま、それでこうして、ちょいちょいこっちにもお零れがあんだ。初めは痛え目に遭わされたが、どうして、有り難え兄ちゃんじゃねえか」
「ははは、違えねえや」
タンタン・グレーンがふと、
「そう言や、チビのジョンの野郎がさっきピャッと人狼街の方角へ走っていきやがりましたが、あれ放っといて良かったんで?」
アンドルー・ガフは葡萄酒の瓶を喇叭で流し込み、酒臭い息を吐いた。
「ふん……ま、あの旦那なら大丈夫だろ……」
***********************************
「これはこれは、珍しいじゃあござンせんか――……」
ならず者の中から、年嵩の痩せた男が歩み出た。腕っぷしは周りの若い連中の方がありそうだが、この男、ひやりとした凄みと狡猾さを感じる。
「こんな薄ッ汚ねェとこに、騎士様が何の御用がおありでしょうや?」
人狼街には本物の悪人も多いし、住人達は日本の“一見さんお断り”の都より排他的だ。俺の顔も鉄屑街のようには利かないし……その間にも俺達は、ぐるり、取り囲まれているし。さて、どうしたもんか。
と、レイスが頭目格に向かい、高らかに言い放った。
「知れたこと。我らはここに、人狼を退治に参ったのだ!」
……――Oops。こいつ、わざとやってんのか?
ならず者どもは俄かに色めき立つ。頭と思しき痩せた男は、一瞬ぎらりとした眼光を燃やしたが、
「……――あんた、おっかないね」
そう言って目を細め、すうっと下がって手下達の輪の外へ消えた。代わりに男どもは、ある者は腕を捲り、そっちの奴は刃物を抜く。
「ユマ!」
レイス・オランジナが鋭い視線で振り向いた。
「もしや――……」
「もしや、この者達が人狼か……!」
ああ、もう。このお坊ちゃんは。
こちらを向いたレイス、背後から拳を振り上げた荒くれ男が躍り掛かる。まさにデ●ズニー・プリンスと野獣、危うし王子様、の場面だが――レイスはすっと身を屈めると、男の脇腹に鋭い当身、一発で地面に沈めた。
えー……ちょっと恰好良過ぎて、むかつくんですけどー……
はっきり言って、レイスは俺よりも強い。
と言うか、そもそも俺が実はそこまで強くない。
確かに俺はドラゴンを倒したことがある。ただしそれは、強化魔法を重ね掛けしまくった挙句、禁じ手まで使っての上のこと。素の強さったら、カルーシア人には戦り辛いらしい剣道二段と、傭兵暮らしで多少は鍛えられたのと、“能力”がたったひとつあるだけだ。まあ、ドラゴンと戦った経験で、肝というか根性はだいぶ据わったと思うけど。
レイスは武門の誉れ高いオランジナ家の嫡子であり職業軍人、俺なんかとはまず練度が違う。剣の腕はもちろん、今初めて見たが、格闘術も達人級だ。言ってる間に、また一人、アッパーカットで顎を打ち抜かれた。
え、マジでカッコいいな。ちょっと惚れちゃいそう。
なんて呑気にしていたら、こっちにも一人向かってきた。しかも抜いてやがるとは、こっちの“腰の物”が見えていないのか? こりゃ、怪我をさせないうちに、お開きにした方が良さそうだな。
ナイフ使いが道具を振りかぶる。俺は身構えもせず、その動きを子細に視る。月明かりに白刃が煌めき――……ナイフ使いが道具を振りかぶる。
“お節介な時間干渉”が発動した――……
これこそ俺の唯一の異世界能力。相手の攻撃を発動条件に、ほんの1秒足らず時間を巻き戻す“力”だ。
実際に見て戻す“予知能力”。えーと、だいたいこの辺りかな?
俺は覚えたナイフ男の顎が来るはずの位置に合わせて、手の甲で擦るように軽く拳を振り抜いた。




