75.マカロニ・エ・カロクル~肉団子入り麺料理~(レイス視点)
腰に愛用の刺突剣を佩いた。獣の動きをする魔物に、果たして“点”で突く攻撃が当てられるものか……サーベルと迷ったが、結局は得手の物を選んだ。この任に当たり、剣を国教会で助祭に特に清めて頂いた。それが狼男に効果があるという保証はないけれど。
「それでは、殿下。行って参ります」
支度を整え、私はわざわざ見送りを賜れた主君に一礼を捧げる。
「うむ。気をつけて行くが良いぞ、レイス・オランジナ。それと……」
「できれば、生かしたまま捕らえて参れ」
「……狼男を生かして捕らえ、何となさいます?」
殿下のご命令に、その真意を問い返すと、
「ふっ、知れたこと。城で飼うのじゃ!」
我が主君、第三王女・プリンツェスィン・ブラネージュ・ロアーレ・アルカネット・オー・カルーシア殿下(御齢10才)は満面の笑みでそう答えられた。
「……最善を尽くしましょう」
まあ、連れて行けと駄々を捏ねられるよりは、断然マシだろう。
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夕暮れ時のコンツラート通りを行く町方の衆は、みな急ぎ足だ。そろそろ店じまいの時刻、夕焼けが空を染めるような、一日最後の活気である。ユマ・ビッグスロープとの待ち合わせは、昨日の酒場の前。余裕を持って出てきたから、約束までにはまだ少しある。
外套の隠しから懐中時計を出そうとして、冷たい物が指に触れ、思わず私は笑みを零した。
「レイス、万が一に備えて、そなたにこれを授けるぞ」
そう言って姫殿下が差し出したのは、銀製の食卓ナイフだった。
「これは?」
「ふっふっふ、狼男の弱点と言えば、純銀製の武器であろう。そなたに持たせようと、昨日の夕餉の時に、1本こっそりくすねておいたのじゃ」
む……姫殿下、またそのようなイタズラを……と、言いたいところだったが、今回ばかりは私の身を案じてなされたこと。料理番には悪いが、ナイフはお守りに少し借りておくことにした。
しかし、ユマ・ビッグスロープが首を縦に振るとは僥倖だった。
剣術大会で不覚を取ってより、あの異邦の剣士には一目も二目も置いている。私見では、正直、剣の腕そのものは自分の方が上だと思う。負けておいて言うことではないが。あの男の恐ろしさは、まるで未来が判るのではないかと思えるような、二手三手先を見る読みの深さだ。
更にはあの独特の円の動きの剣、初見なら戸惑う間にやられてしまうだろう。
実戦であれば初見に次などない、私は彼に一度殺されているのだ。
技量も、使う剣術も、加えて腰の珍しい刀剣も、実に興味深い男だ。まあ、負けた悔しさもあり、ちょっとぐいぐい迫り過ぎて、正直敬遠され気味である自覚はあるが……しかし、それでも私が困っていると見れば無下にはせず、どころか、
「我々は友ではないか。友の頼みに金など受け取れようか」
あれはなかなか言えることではない(※若干の美化があるようです)。腕の立つばかりではなく、人品も卑しからぬとは、ユマ・ビッグスロープ……ますます侮れぬ男であることよ……
などと思いながら、通りを折れ、待ち合わせの酒場が見えてくると、店の前で誰かがすっと手を上げた……――って、ユマ・ビッグスロープ?!
馬鹿な、約束にはまだ15分あるっ……え、あるよな? まさか私が時間を間違えたか、それとも時計が遅れていたか? ともかく慌てて駆け寄ると、ユマは笑顔を浮かべたままで、
「よう、早いな」
そう言った。私は噴き出た汗を拭う。
「す、済まない。待たせたか」
「いや。俺も今しがた来たところだよ」
「真珠の刻(午後6時)の約束ではなかったか?」
「そうだぞ。俺がちょい早く着いちまっただけだ」
……何故、頼まれた方が先に来て待つのだ……? ざっくばらんに見えて、存外礼儀を重んじる男なのか。
ユマは腰を軽く揺すり、剣帯の据わりを直した。
「じゃあ、行くか」
「う、うむ」
私が緊張感を欠いている場合ではない。何といっても、これから怪物退治なのだ。とは言え、まずは怪物を見つけ出せるかどうか。
「ユマ。その“鉄屑街”とやらに案内頼めるか?」
すると我が相方は、首を横に振った。
「いや。こういう場合、手順ってのがあってな、先にやることがある」
「と、言うと?」
ユマは踵を返し、肩越しに私に笑い掛けた。
「もちろん、腹拵えさ」
ユマに連れられた店で、肉団子入りの麺料理で簡単な夕食を済ませた。
「しかし、悠長に食事などしている場合では……」
「レイス、腹が減っては戦はできぬと言うだろう。荒事に臨むのにメシを軽んじてはいけないぞ」
こう言われてはぐうの音も出ない。なるほど、宮廷で護衛を専らとする近衛兵とは違い、傭兵にとって“補給”は戦略戦術のひとつか。
肉と麺がしっかり腹に溜まって体を温め、何より肩に入っていた力が抜けた。
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腹も太り、今度こそいよいよ“鉄屑街”へ向かう。ユマが言うにはここから程近い貧民街では“傭兵ユマ・ビッグスロープの顔”が利くから聞き込みに具合がいいのだと。私にはこの手の経験はないから、ここはユマに従うが良かろう。
「すっかり日が暮れたな。少し急いだ方がいいのではないか?」
「なァに、貧民街とお化けは、夜になってからが本番さ」
なるほど……狼男を退治する以前に、まず探そうという段階で私一人では手詰まりになっていたな……と――
「お、珍しい組み合わせだな」
聞き覚えのある声は、傭兵のダイス・アヴェルト殿だった。飄々とした御仁だが相当な手練れで、件の剣術大会でユマを負かし、優勝したのがこの人だ。
「ご無沙汰です、アヴェルトさん。娘さんはお元気ですか?」
ユマの姿勢と言葉が、少し改まった。
「ほう、アヴェルト殿には娘御がおられるのか」
「おかげさんで、元気過ぎて大変なくらいさ。まだこんなくらいでね」
腰より下で、高さを示す。
「可愛い盛りって奴さ」
そう言うと、傭兵殿はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべ――
「時にオランジナの。今夜はやっと想い人が靡きましたかい?」
「な……?!」
「いや、あんまりしつこいんで、口説き落とされちゃって」
「ユマ?!」
二人が大らかに笑った。む……冗談か。
「実は仕事で、これから鉄屑街なんですよ」
「ほう、こんな時間から。夜盗でも捕まえにかい?」
「いや、狼男です」
「……はあ?」
おかしな顔をされてしまった……やはり馬鹿馬鹿しい話ではあるよな……
掻い摘んで事情を語ると、
「そうか……ま、噂は聞いてるが、まさか本当に退治に行く奴がいるたァな」
アヴェルト殿は呆れたようだったが、にやっと笑い、
「もし捕まえたら、話聞かせろや」
「いいですよ、そん時はアヴェルトさんの奢りで。レイスも来いよ」
ユマが軽口を返して背中をばんとどやしつけれられた。
こんなやり取り、近衛隊の上司と部下では考えられないな。私は思わず笑いを漏らすと、アヴェルト殿から激励に肘鉄を頂戴した。
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さて、アヴェルト殿と別れ、鉄屑街への道すがら――……
「お化けと言えば、狼男のことを少し教えてくれないか」
そう言った。異国の民であるユマは、どうやら“狼男”というもの自体、あまりよく知らないらしい。と言って、私とてそう詳しい訳ではないのだが。
「端的に言えば、普段は人間、正体は獣の姿という魔物だな。いわゆる獣人、人狼、カルーシアでは“獣の悪魔”などという呼び方もある」
「ほう、ベステート?」
「そうだ。“獣”と悪魔が合わさって出来た言葉だと聞いている。それと、カルーシアでは”人狼“とは、狼男に限らず獣人を全般に指す言葉だ」
「ほう」
ユマが子供のように面白がるので、こちらも興に乗る。
「猫の獣人なら“猫の人狼”というふうにな、言葉として矛盾しているようだが、カルーシアではそういう言い方をするのが習わしだ」
「ふうん……」
ユマはひとつ唸ると、少し真剣な視線を私にくれた。
「それで、レイス。異邦人の無知な問いなら笑ってくれ。その“人狼”という魔物、カルーシアでは実在するモノなのか?」
そう言われてしまうと、私自身が見たことがある訳ではないが……
「そうだな。竜だ妖精だと言われれば、どこまでが物語やら、おるともおらぬとも私には断言できない」
「しかし、少なくとも吸血鬼と人狼については、“神に背く者”と国教会が認定しているからな。信仰の上でも単なる迷信とは片付けられない」
異国の剣士は何やら考え込んでいるようだったが、やがて頷くと、
「では、魔法は? この国で“魔法”は使われているか?」
更なる問いを投げつけてきた。
「魔法か……錬金術や占星術ならば、城にも研究している学者殿もおられるが、物語のように、杖を振って姿を消したり、空を飛んだりというようなのは、私もまだお目に掛ったことはないな」
私の答えに、ユマは何か得心したふうに、また二つ三つ頷いた。
そこで今度は私から訊いてみた。
「ユマ、卿……君の生まれは東方国かな?」
ユマは一瞬の間を置いて、にっと笑った。
「ああ。東方でも東の最果て、ニホンという小国から来た田舎者さ」
ニホン……聞かない国だ。我が国と東方国の間には大洋を挟む。私の東方地域についての知識など、巷で目にする交易品と、書物の上のものに過ぎない。
「君のあの不思議な剣捌きも、ニホンの剣術という訳か」
「ああ。北辰一刀流というんだ(大嘘)」
ホクシィット流――あの円の剣の流儀は、ホクシィット流というのか。
遥かな異国の地で、人々はどのように暮らしているのだろうか。また機会があればユマの故郷の話など、ゆるりと聞いてみたいものだ。
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他愛もないことを話しながら歩いているうちに、何となく、街並みの雰囲気が変わってくる。背後に残してきた宵の活気とは対照的に、うらぶれて、どこか荒んだような印象が漂う。
「この辺りから、そろそろ鉄屑街だ」
ユマが小声でそう囁き、肘で私の腕を突いた。
「懐の巾着には気をつけとけよ」
私は少々むっとして、服の上から革袋を叩く。
「見くびるな、仮にも近衛兵だ。追剥や破落戸に遅れなど取るか」
言い返すとユマはくっくっと笑い、
「そりゃそうだろうが、気をつけるのは巾着切りだよ。あっちは争う気がないから殺気がない、お前ほどの剣士でも不意を突かれる」
と、ユマは不意に立ち止まり、一歩、私と歩調をずらすと――……
見知らぬ子どもの襟首を掴んでいた。
「ッ! 何すんだよ、放せよ!」
「特に子どもは敏捷いし、相手も油断するし。ちょっとした暗殺者さ」
……――これだ。この一瞬の先読み、これが怖いのだ。
唖然とした私に、ユマは苦笑した。
「それ、やめとけ。獲物の場所を教えているようなもんだぞ」
ユマに言われるまで、私は服の膨らみに手を当てたままだった。
気を取り直し、「放せ放せ」と喚く少年を子細にする。
粗末な風体と薄汚れた頬をしている。まだ年端もゆかぬ子どもが他人様の懐を狙うとは、貧民街、油断できんな。
「どうする、ユマ? 手間だが警吏の詰め所に連れて行くか?」
「いや……」
ユマは首を振って、掴んでいた少年の襟を放した。
「放せ放せ……って、あれ?」
「これから手を借りるのに、鉄屑街の住人と揉めるのは避けたい」
ぽかんとした子どもの頭を、ぽんぽんと叩く。
「行きな、坊主。こっちの兄さんは、怒るとおっかないぞ」
少年はユマを見上げ、私を見て首を竦めると、野良猫のようにぱっと逃げ去った。その後ろ姿を見送りながら、私は言った。
「今の少年に訊いても良かったのでは?」
「とも思ったが、大人が出て来たからな」
ユマが指さした先には、騒ぎを聞きつけたのだろう、男が三人ぶらぶらと向かってきていた。これがいわゆる、貧民街の住人というやつか。
なるほど、いずれ劣らぬ人相と目つきの悪い連中だった。




