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75.マカロニ・エ・カロクル~肉団子入り麺料理~(レイス視点)

挿絵(By みてみん)

【狼なんて怖くない!(2/9)】


 腰に愛用の刺突剣(レイピア)()いた。獣の動きをする魔物に、果たして“点”で突く攻撃が当てられるものか……サーベルと迷ったが、結局は得手(えて)の物を選んだ。この任に当たり、剣を国教会(レギリーオ)で助祭に特に清めて頂いた。それが狼男に効果があるという保証はないけれど。

「それでは、殿下。行って参ります」

支度(したく)を整え、私はわざわざ見送りを(たまわ)れた主君に一礼を捧げる。

「うむ。気をつけて行くが良いぞ、レイス・オランジナ。それと……」


 「できれば、生かしたまま捕らえて参れ」

 「……狼男を生かして捕らえ、何となさいます?」


 殿下のご命令に、その真意を問い返すと、

「ふっ、知れたこと。城で飼うのじゃ!」

我が主君、第三王女・プリンツェスィン・ブラネージュ・ロアーレ・アルカネット・オー・カルーシア殿下(御齢10才)は満面の笑みでそう答えられた。

「……最善を尽くしましょう」



 まあ、連れて行けと駄々を()ねられるよりは、断然マシだろう。



 ***********************************


 夕暮れ時のコンツラート通りを行く町方の衆は、みな急ぎ足だ。そろそろ店じまいの時刻、夕焼けが空を染めるような、一日最後の活気である。ユマ・ビッグスロープとの待ち合わせは、昨日の酒場の前。余裕を持って出てきたから、約束までにはまだ少しある。

 外套(がいとう)隠し(ポケット)から懐中時計を出そうとして、冷たい物が指に触れ、思わず私は笑みを(こぼ)した。


 「レイス、万が一に備えて、そなたにこれを授けるぞ」


 そう言って姫殿下が差し出したのは、銀製の食卓ナイフだった。

「これは?」

「ふっふっふ、狼男の弱点と言えば、純銀製の武器であろう。そなたに持たせようと、昨日の夕餉(ゆうげ)の時に、1本こっそりくすねておいたのじゃ」

む……姫殿下、またそのようなイタズラを……と、言いたいところだったが、今回ばかりは私の身を案じてなされたこと。料理番(コシネッロ)には悪いが、ナイフはお守りに少し借りておくことにした。



 しかし、ユマ・ビッグスロープが首を縦に振るとは僥倖(ぎょうこう)だった。



 剣術大会で不覚を取ってより、あの異邦の剣士には一目も二目も置いている。私見では、正直、剣の腕そのものは自分の方が上だと思う。負けておいて言うことではないが。あの男の恐ろしさは、まるで未来が判る(・・・・・)のではないかと思えるような、二手三手先を見る読みの深さだ。


 更にはあの独特の円の動きの剣、初見なら戸惑う間にやられてしまうだろう。

 実戦であれば初見に次などない、私は彼に一度殺されて(・・・・・・)いるのだ。


 技量も、使う剣術も、加えて腰の珍しい刀剣も、実に興味深い男だ。まあ、負けた悔しさもあり、ちょっとぐいぐい迫り過ぎて、正直敬遠され気味である自覚はあるが……しかし、それでも私が困っていると見れば無下にはせず、どころか、

「我々は友ではないか。友の頼みに金など受け取れようか」

あれはなかなか言えることではない(※若干の美化があるようです)。腕の立つばかりではなく、人品も(いや)しからぬとは、ユマ・ビッグスロープ……ますます(あなど)れぬ男であることよ……


 などと思いながら、通りを折れ、待ち合わせの酒場が見えてくると、店の前で誰かがすっと手を上げた……――って、ユマ・ビッグスロープ?!



 馬鹿な、約束にはまだ15分あるっ……え、あるよな? まさか私が時間を間違えたか、それとも時計が遅れていたか? ともかく慌てて駆け寄ると、ユマは笑顔を浮かべたままで、

「よう、早いな」

そう言った。私は噴き出た汗を拭う。

「す、済まない。待たせたか」

「いや。俺も今しがた来たところだよ」

真珠(ペルラ)の刻(午後6時)の約束ではなかったか?」

「そうだぞ。俺がちょい早く着いちまっただけだ」

……何故、頼まれた方が先に来て待つのだ……? ざっくばらんに見えて、存外礼儀を重んじる(キッチリした)男なのか。


 ユマは腰を軽く揺すり、剣帯の据わりを直した。

「じゃあ、行くか」

「う、うむ」

私が緊張感を欠いている場合ではない。何といっても、これから怪物退治なのだ。とは言え、まずは怪物を見つけ出せるかどうか。

「ユマ。その“鉄屑街”とやらに案内頼めるか?」

すると我が相方は、首を横に振った。 

「いや。こういう場合、手順ってのがあってな、先にやることがある」

「と、言うと?」

ユマは(きびす)を返し、肩越しに私に笑い掛けた。


 「もちろん、腹拵(はらごしら)えさ」


 ユマに連れられた店で、肉団子入りの麺料理(マカロニ)で簡単な夕食を済ませた。

「しかし、悠長に食事などしている場合では……」

「レイス、腹が減っては戦はできぬと言うだろう。荒事(あらごと)(のぞ)むのにメシを軽んじてはいけないぞ」

こう言われてはぐうの音も出ない。なるほど、宮廷で護衛を(もっぱ)らとする近衛兵とは違い、傭兵にとって“補給”は戦略戦術のひとつか。



 肉と(めん)がしっかり腹に溜まって体を温め、何より肩に入っていた力が抜けた。




 ***********************************


 腹も太り、今度こそいよいよ“鉄屑街”へ向かう。ユマが言うにはここから程近い貧民街(トゴリオ)では“傭兵ユマ・ビッグスロープの顔”が利くから聞き込みに具合がいいのだと。私にはこの手の経験はないから、ここはユマに従うが良かろう。

「すっかり日が暮れたな。少し急いだ方がいいのではないか?」

「なァに、貧民街(トゴリオ)とお化けは、夜になってからが本番さ」

なるほど……狼男を退治する以前に、まず探そうという段階で私一人では手詰まりになっていたな……と――



 「お、珍しい組み合わせだな」



 聞き覚えのある声は、傭兵のダイス・アヴェルト殿だった。飄々(ひょうひょう)とした御仁だが相当な手練(てだ)れで、(くだん)の剣術大会でユマを負かし、優勝したのがこの人だ。

「ご無沙汰(ぶさた)です、アヴェルトさん。娘さんはお元気ですか?」

ユマの姿勢と言葉が、少し改まった。

「ほう、アヴェルト殿には娘御(フィーリア)がおられるのか」

「おかげさんで、元気過ぎて大変なくらいさ。まだこんなくらいでね」

腰より下で、高さを示す。

「可愛い盛りって奴さ」

そう言うと、傭兵殿はにやりと人の悪そうな笑みを浮かべ――


 「時にオランジナの。今夜はやっと想い人が(なび)きましたかい?」

 「な……?!」

 「いや、あんまりしつこいんで、口説き落とされちゃって」

 「ユマ?!」


 二人が大らかに笑った。む……冗談か。

「実は仕事で、これから鉄屑街なんですよ」

「ほう、こんな時間から。夜盗でも捕まえにかい?」

「いや、狼男です」

「……はあ?」

おかしな顔をされてしまった……やはり馬鹿馬鹿しい話ではあるよな……



 掻い(つま)んで事情を語ると、

「そうか……ま、噂は聞いてるが、まさか本当に退治に行く奴がいるたァな」

アヴェルト殿は呆れたようだったが、にやっと笑い、

「もし捕まえたら、話聞かせろや」

「いいですよ、そん時はアヴェルトさんの(おご)りで。レイスも来いよ」

ユマが軽口を返して背中をばんとどやしつけれられた。


 こんなやり取り、近衛隊の上司と部下では考えられないな。私は思わず笑いを漏らすと、アヴェルト殿から激励(げきれい)に肘鉄を頂戴(ちょうだい)した。




 ***********************************


 さて、アヴェルト殿と別れ、鉄屑街への道すがら――……

「お化けと言えば、狼男のことを少し教えてくれないか」

そう言った。異国の民であるユマは、どうやら“狼男”というもの自体、あまりよく知らないらしい。と言って、私とてそう詳しい訳ではないのだが。

「端的に言えば、普段は人間、正体は獣の姿という魔物(モンステロ)だな。いわゆる獣人、人狼、カルーシアでは“獣の悪魔(ベステート)”などという呼び方もある」

「ほう、ベステート?」

「そうだ。“(ベスティエ)”と悪魔(フェルテート)が合わさって出来た言葉だと聞いている。それと、カルーシアでは”人狼“とは、狼男に限らず獣人を全般に指す言葉だ」

「ほう」


 ユマが子供のように面白がるので、こちらも(きょう)に乗る。

(カッツェ)の獣人なら“猫の人狼(・・・・)”というふうにな、言葉として矛盾しているようだが、カルーシアではそういう言い方をするのが習わしだ」

「ふうん……」

ユマはひとつ(うな)ると、少し真剣な視線を私にくれた。

「それで、レイス。異邦人の無知な問いなら笑ってくれ。その“人狼”という魔物、カルーシアでは実在するモノなのか?」

そう言われてしまうと、私自身が見たことがある訳ではないが……

「そうだな。竜だ妖精だと言われれば、どこまでが物語(ラコンテ)やら、おるともおらぬとも私には断言できない」


 「しかし、少なくとも吸血鬼(ヴァンピーロ)人狼(ベステート)については、“神に背く者”と国教会(レギリーオ)が認定しているからな。信仰の上でも単なる迷信とは片付けられない」



 異国の剣士は何やら考え込んでいるようだったが、やがて頷くと、

「では、魔法(マジッカ)は? この国で“魔法”は使われているか?」

更なる問いを投げつけてきた。

魔法(マジッカ)か……錬金術や占星術ならば、城にも研究している学者殿(サヴァン)もおられるが、物語のように、杖を振って姿を消したり、空を飛んだりというようなのは、私もまだお目に掛ったことはないな」

私の答えに、ユマは何か得心したふうに、また二つ三つ頷いた。



 そこで今度は私から訊いてみた。

「ユマ、(けい)……君の生まれは東方国(エステ)かな?」

ユマは一瞬の間を置いて、にっと笑った。

「ああ。東方でも東の最果て、ニホンという小国から来た田舎者さ」

ニホン……聞かない国だ。我が国と東方国の間には大洋を挟む。私の東方地域(エステ)についての知識など、(ちまた)で目にする交易品と、書物の上のものに過ぎない。

「君のあの不思議な剣捌(けんさば)きも、ニホンの剣術という訳か」

「ああ。北辰一刀(ほくしんいっとう)流というんだ(大嘘)」

ホクシィット流――あの円の剣の流儀は、ホクシィット流というのか。


 遥かな異国の地で、人々はどのように暮らしているのだろうか。また機会があればユマの故郷の話など、ゆるりと聞いてみたいものだ。




 ***********************************


 他愛もないことを話しながら歩いているうちに、何となく、街並みの雰囲気が変わってくる。背後に残してきた(よい)の活気とは対照的に、うらぶれて、どこか荒んだような印象が漂う。

「この辺りから、そろそろ鉄屑街だ」

ユマが小声でそう(ささや)き、肘で私の腕を突いた。


 「懐の巾着(サイフ)には気をつけとけよ」


 私は少々むっとして、服の上から革袋を叩く。

「見くびるな、仮にも近衛兵だ。追剥(おいはぎ)破落戸(ごろつき)に遅れなど取るか」

言い返すとユマはくっくっと笑い、

「そりゃそうだろうが、気をつけるのは巾着切り(スリ)だよ。あっちは争う気がないから殺気がない、お前ほどの剣士でも不意を突かれる」



 と、ユマは不意に立ち止まり、一歩、私と歩調をずらすと――……



 見知らぬ子どもの襟首(えりくび)を掴んでいた。

「ッ! 何すんだよ、放せよ!」

「特に子どもは敏捷(はしこ)いし、相手も油断するし。ちょっとした暗殺者(アサシン)さ」


 ……――これだ。この一瞬の先読み、これが怖いのだ。


 唖然(あぜん)とした私に、ユマは苦笑した。

「それ、やめとけ。獲物の場所を教えているようなもんだぞ」

ユマに言われるまで、私は服の(ふく)らみに手を当てたままだった。



 気を取り直し、「放せ放せ」と(わめ)く少年を子細にする。


 粗末な風体と薄汚れた頬をしている。まだ年端もゆかぬ(12くらいの)子どもが他人様の(ふところ)を狙うとは、貧民街(トゴリオ)、油断できんな。

「どうする、ユマ? 手間だが警吏(アジャンテ)の詰め所に連れて行くか?」

「いや……」

ユマは首を振って、(つか)んでいた少年の(えり)を放した。

「放せ放せ……って、あれ?」

「これから手を借りるのに、鉄屑街(ここ)の住人と()めるのは避けたい」

ぽかんとした子どもの頭を、ぽんぽんと叩く。

「行きな、坊主(チッコ)。こっちの兄さんは、怒るとおっかないぞ」

少年はユマを見上げ、私を見て首を(すく)めると、野良猫のようにぱっと逃げ去った。その後ろ姿を見送りながら、私は言った。


 「今の少年に訊いても良かったのでは?」

 「とも思ったが、大人が出て来たからな」


 ユマが指さした先には、騒ぎを聞きつけたのだろう、男が三人ぶらぶらと向かってきていた。これがいわゆる、貧民街(トゴリオ)の住人というやつか。



 なるほど、いずれ劣らぬ人相と目つきの悪い連中だった。




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