73.【下巻/サイド・レアレテ】白雪姫ノ罪ト罰
むかしむかしあるところに――
雪のように白く、血のように赤い、お姫様がおりました――……
王様はぎょっとして、まるで幽霊を見たようでした。王様が魔女の言葉の意味を飲み込み、体が凍って動けなくなっている間に、七人の小人は黒い棺を取り囲み、呪いを唱えました。
ようやく息を吐いて、玉座から立ち上がった王様は、もう王様には見えず、ただのちっぽけな年寄りにしか見えませんでした。
(ドワーフどもは、呪います)
立派な王様の衣装に押し込められた、滑稽芝居の道化のようによたよたと、王様は小人どもを止めようと、二歩ほど歩み出ましたが、衣の裾を踏んでばったりと倒れました。
(ドワーフどもは、呪います)
王様は威厳をもって命じようとしましたが、口から出たのは、哀れな泣き言だけでした。
(ドワーフどもは、呪います)
「やめよ。余は、そのようなもの、見とうない」
ドワーフどもは、呪います。魔女の高笑いが、広間に響きました。
王様の、お城の人達の祈りは届きませんでした。
***********************************
白雪姫の目が開きました。リトル・ジョンが素早く、白雪姫の口から先生の薬草を抜き取ると、姫の唇に血のような赤色が戻りました。死者が棺からむくりと身を起こすと、誰も口が利けず、身動きもできず、気の毒なことに気を失うことも出来ませんでした。
誰も彼もを舞台に上げて立ち上がると、白雪姫の目は赤い矢のように飛んで、意地悪な継母を一直線に射抜き、射止めました。白雪姫は意地悪な継母を指差して叫びました。
「猫殺し、人殺し。さあ、お前の罪を数えろ――……」
沸いた薬缶のような、呼び笛のような、長い長い悲鳴が広間に尾を曳きました。意地悪な継母の悲鳴はまるで泣き妖精の声のようでしたから、そこにいた人々は気が触れないように、耳に二本の指を突っ込まなくてはなりませんでした。お后にスカートに黒い染みが広がり、床に小さな水たまりを拵えました。
やがて悲鳴が止むと、お后は今度は頬を掻き毟りながら、げらげらと笑い出しました。お后はいつまでも笑い続けて、きっと、死ぬまで笑い続けるのだろうと思われました。
ハンプティ・ダンプティ、塀から落ちて、お后はすっかり壊れてしまって、医者にも職人にも、割れた卵二度と元には戻せませんでした。
***********************************
王様はあまりのことに、頭の中で楽隊が太鼓を打ち鳴らして、何も考えることができませんでした。生き返った娘は立ち尽くす父親に歩み寄って、
「お父様、私が無事に戻って、さぞお喜びでしょうね」
と言いました。王様は白雪姫を見て、正気を取り戻しましたが、ほんやりと、
「うむ」
と言ったきりでした。そこで白雪姫は、
「それでは、もっと喜ばせて差し上げましょう――……」
「お父様、私のお腹には、赤ちゃんがいるのですよ」
これを聞くと王様、いっぺんに目が覚めて、白雪姫を見ました。王様は煮えたぎる油のように熱く、井戸水のように冷たい汗をかきました。
このような●●●の娘に、よもや子が出来るとは思わなかったが、なんと恐ろしい、なんと罪深い。生まれながらの罪深い子は、どのような姿で生まれてくるというのか? そこで王様は、白雪姫にこう訊ねずにはいられませんでした。
「姫や。その子の父親は誰なのだ?」
白雪姫は、冬のお月様のように微笑みました。その微笑みは、鷦鷯の卵を見つけた蛇の笑みのようでもあり、幼子を抱いたマリア様の笑みのようでもありました。
「さあ――……」
白雪姫は七人の小人を順繰りに見回して、首を傾げました。
「そればかりは、この子が生まれてみなければ判りませんが、生まれてみれば誰が父親かは、きっとひと目で判りましょうね」
王様はドワーフども(或いは●●●者ども)を一人ずつ見つめて、それから喚き出しました。王様とお后は二人並んでわめくやら笑うやらでしたから、それはたいしたどんちゃか騒ぎでした。
王様はその夜のうちに、広間で首を吊りました。
***********************************
こうして賢いお姫様は、お城と国をそっくり手に入れて、新しい女王様になりました。
白雪姫の戴冠式には、国中の●●●者や物乞いが招かれて、みんな心から新しい女王様を祝福しました。そして宴席に招かれた偉い人達は何も知らなかったので、振舞われた御馳走を、こんなに美味しい御馳走は食べたことはないと、すっかりたいらげてしまいました。テーブルの下に投げられた王様の骨は、犬がどこかに咥えていきました。
それから忠実な七人の小人(或いは●●●者達)は、高い身分と立派な御屋敷、褒美もたんまり貰って、ひとつ目男の先生と魔女の娘は大臣になり、残りの者は公爵様になりました。
公爵様のお屋敷には入り用のものは何でも揃っていて、●●●者の公爵様達は、一番の上等の服を着て、一番上等の御馳走を食べ、一番上等の葡萄酒を飲んで、死ぬまで豪勢に暮らしました。
焚き火の七人はひと角の者になり、それに人々はドワーフ達をたいした魔法使いだと思っておりましたので、●●●者の公爵様をばかにする者は一人もありませんでした。
こうして●●●者達は梯子のてっぺんまで登り詰めて、とうとうお月様に手が届いたのでした。
***********************************
そうそう、あの意地悪な継母、悪い魔女がどうなったのかと申しますと――……
悪い魔女に相応しい罰といえば、真っ赤に焼いた鉄の靴を履かせ、死ぬまで躍らせることでしょうが、レジナがすっかり気が触れたのを見て、心の優しい白雪姫は憐れんで、自分の部屋に連れて行きました。
そして白雪姫は、レジナを人形のように、お気に入りだった翡翠の目の黒猫のように愛でました。
白雪姫は、レジナに金と銀で出来た服を着せ、白い絹の靴を履かせ、蜂蜜色の髪を梳かし、薔薇の頬に紅を差し、エメラルドの瞳を見つめました。レジナは拵えさせた大きな鳥籠に入れられて、白雪姫のために微笑み、歌を歌いました。
ところが、白雪姫はお妃に白い靴を履かせておりましたが、白い靴はすぐに赤い靴なって、幾ら新しい靴に取り換えても、やっぱり赤くなりました。
と申しますのも、首切り役人に鋸で挽かせたお后の右の足首から、いつまでも血が流れ続けたからでした。
それで悪い魔女は、真っ赤に焼いた鉄の靴を履いて踊ることは赦されましたが、赤い血の靴を履いて、ひょこひょこと踊るように歩かねばなりませんでした。
***********************************
さて、女王様になった賢いお姫様、白雪姫はお城と金の冠を手に入れて、本物のお姫様の幸せを手に入れて、国中で一番の高みから、蔑んでいた者達みんなに報いを与えることができました。
やがて白雪姫は、可愛らしい王子を産み、末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
ああ、白雪姫の赤ちゃんの父親が誰だったかは、私は聞かず終いで知りません。ただ――……
その子は、雪のように白く、血のように赤い、赤ん坊だったということです。
***********************************
るああ。めでたしめでたし、だ。
これがこの“封鎖区”の物語の、それなりに現実的な結末だ。
なーふ。現実的っつっても、魔法的なのがないイマジカってだけで、それ以外はめちゃくちゃだけどな。ま、カルーシアの“世界観”を外れてるから“封鎖区”になるんだ、って話だけどな。
ところでさあ。
るああ。お前、このセラド”の“核”が“誰”だったか、判ったかあ?
なーふ、白雪姫? そう思った?
うーぷす。正解は……今言うのは止めとこうかな。いっひっひ、勿体つけるんじゃねーけど、次に会った時のお楽しみにしとこうぜ。
いずれにせよ、お前は現実と幻想の結末を読んできたんだけど、なーふ、どっちの結末がお気に召したかな?
るあっ、まだこっちしか読んでない?
あれ、そうだっけ……? おかしいなあ……うーぷす、やっぱりかあ。
実はさあ、アタシ、お前にこの話すんの二回目なんだよ。
うーららあ、お前ってさあ、影響されやすい方? うーぷす。分裂構造のイマジカ、二つに分かれたセラドに触れて、どうやらお前の“世界観”も二つに分かれちまったみてーだな。
るああ。アタシがさっき話したのは、もう一人のお前ってことか。
なーふ。まあまあ、大丈夫だって。別に問題ないと思うよ。お前がもう一人いるったって、 別の“世界”にいるんだ、顔を合わせることはねーよ。それに、世の中には同じ顔してる奴が三人いるって言うし。
これも、“異世界転移”の ひとつってことで。
てな訳で、アタシはまだ仕事があるからさ。お前も自分の“世界”に戻りなよ。まあ、どっちに戻るのかは知らねーけどさ、いっひっひ。
るああ。それじゃあ――……
また別の時に、違う場所で――……
~“まっくらくらいの白雪姫【サイド・レアレテ】・完~




