71.【下巻/サイド・パンタシア】白雪姫ハ胸ニ林檎ヲ
悪魔の裁判はお手並み鮮やか、あっという間に木槌が鳴る。
なぜなら死人に口なし、被告も原告も喋りやしない! ホーホーホウ!
気がつけばいつの間にやら、大広間の壁という壁から本物の炎が噴き出して、王国旗を燃やしておりました。もう城が赤く染まっているのは、赤い雲の見せるまやかしではありませんでした。
王様とお后、大臣と騎士達と残りのご家来衆がいるのは、もうお城の広間ではなく、炎に包まれた法廷でした。王様の足元にあるのは、玉座でも、ふかふかの絨毯でもなく、お后と肩を並べて絞首台に立たされておりました。
大臣も騎士達も、隊長から女中や馬飼いまで、みな縛られて被告席に座らされておりました。
そして法廷の正面の七つの席には、立派な判事の服を着て、判事の帽子を被った、七人の悪魔がおりました。
悪魔達の後ろの壁では、王国旗と逆さに掛かった十字架が燃えておりました。
悪魔が木槌が打ち下ろすと、法廷には身の竦むような、こぉーんという音が響きました。
「静粛に、静粛に。これより審判を執り行い、汝らが罪を裁くにあたって、我々は汝らの罪を知る証人を召喚する。証人よ、己の良心と神の御名に懸けて、真実のみを話せ」
判事が“神の御名”というところを皮肉っぽくばかにしたように言いますと、残る六人は片目を瞑って舌を出しました。裁判官が咳払いすると、六人の悪魔も人差し指と中指を交差して、神妙な顔で頷きました。
王様達が見ますと、証人席にあったのは悪魔達の担いで来た黒い棺でした。 「証人よ、前へ!」
悪魔達が高らかに呼ぶと、棺の蓋が天井高く跳ね上がり、中から立ち上がったのは生きている人間とは思えないほど美しいお姫様でした。
その髪は闇より黒く、唇は鮮血よりも赤く、粉雪より白い頬をしたお姫様は、胸に二口齧られた赤い林檎を抱いておりました。
ああ、その人は天使の言いつけを忘れ、神様の言葉を待たず、悪魔の呼びかけに目を開いてしまった――……
王様も、お后も、ご家来衆も恐ろしさのあまり声も出ません。そのお姫様は芋虫が蝶になるように、皆の知る●●●者の姿とは似ても似つかぬ美しさになっておりましたが、それでもそのお姫様が誰なのか判らぬ者はありませんでした。
ブラネージュは紅玉の瞳で、法廷の罪人達を見渡しました。白雪姫はまず継母を見て、次に王様を見て、身分の高い者から低い者まで一人残らず見て、美しくも氷の笑みを浮かべ、みなを指差すと、炎の中で高らかに笑いました。
それが証言の全てでした。王様達は心底肝を冷やして、生きた心地がせず、姫が生きた人とも思えませんでした。
証言が終わり、フェルテート達は頷いて、またマレッタが打ち下ろされました。
「静粛に、静粛に。罪人どもよ、今こそ悔い改めよ。そして裁きを受け入れよ」
人々の恐れるあまり、法廷は真夜中の墓地より静まり返りました。
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すると一人の堕天使が歩み出て、判事と法廷にお辞儀をし、それから証人にお辞儀をしますと、絞首台の下からお后を見上げました。悪魔は懐から筒にした書状を出すと、封蝋を切り、声高に読み上げました。
「この者、己の美しきを誇り、人の醜きを笑い、●●●者を蔑み、哀れな娘を追い立てた。このような者の罪は何か?」
「傲慢――」
「傲慢の者、いかにすべき?」
「七つ罪の手に委ねるべき――」
悪魔達が口々に叫ぶ声が、地鳴りとなって響きました。
罪と罰を言い渡されたお后が、何やらぞっとして振り返ると、いつ現れたか初めからいたか、百の冬を経るより冷たい目をした人が立っておりました。
その人は、かつて神様の恩寵を一身に集め給うた天使でした。その人は、かつて天の御座に座ることを望んで、天から投げ落とされた悪魔でした。
その人は傲慢の主、悪魔ルスフルでした。
ルスフルは光を失ってもなお美しく、けれども黒く渦巻く悪い心を持ち、お后を見て、喜びのかけらもない微笑みを浮かべました。
「驕る者がどのような目に遭うか、お前は知っているか? 私は誰よりよく知っている――……」
そう言うや、ルスフルはお后の頬を両手に挟み、長い爪を立てました。お后のすべすべした薔薇の頬に、幾筋もの赤い傷が刻みつけられました。
「……――天から奈落に堕ちるのさ」
ルスフルは、お后の何より大切な美しさを奪うと、痛さと驚きで声も出ないお后を己の衣に包み込んで、彼の住む暗く冷たい場所へ連れ去りました。ルスフルが消える間際、やっとレジナの口から悲鳴が迸って、法廷に響き、尾を曳いてやがて途絶えました。
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悪魔の裁判は続きます――……
王様は愛するお后と、王様の宝でもあった妻の美しさを奪われ、しばらくの間、口を閉じることも忘れるほどでした。お城の人々は、悪魔がここに何をしに来たかが判って、生きた心地もせず、足が萎えて立っていられません。
けれども、情けの心を持たない悪魔の裁判は、少しの容赦もなく進み、次の告発は王様に向かってなされました。
「この者、女の美しさに迷い、淫らな心の虜となり、血を分けた娘さえ手に掛けんとした、このような者の罪は何か?」
「色欲――」
「色欲の者、いかにすべき?」
「七つ罪の手に委ねるべき――」
悪魔達が口々に叫ぶ声が、地鳴りとなって響きました。
宣告がなされるや、法廷の床を割って、噴煙とともに現れたのは、牡牛と牡山羊と老人の三つの顔を持つ人でした。
その人は、“破壊する者”という意味の名を持っていました。その人は罪の道の案内人であり、色の道の語り手でした。
その人は色欲の導師、悪魔アスマーデでした。
アスマーデは三つの頭を王様に近づけ、六つの目玉をぐるぐると回しました。
「淫らな欲望と快楽を楽しんだか。ならばそなたは、“いと高き方”ではなく、我が信徒となるが良かろうな」
そう言うや、王様を真っ二つに引き裂いて、ばらばらにして床に撒き散らしました。すると床の裂け目から、たくさんの小悪魔が這い出して、王様の体を取り合って、投げつけ合いして、笑いながら運び去ってしまいました。アスマーデは最後に残された、王様の頭を拾い、深刻そうな顔をぐいと近づけて問い掛けました。
「何か、最後に言いたいことはあるかね?」
王様の首は、大臣や隊長に目を向け、
「助けてくれ、助けてくれ」
と喚き、泣き叫びました。王様の声には、もう少しも王様らしい威厳は残っておりませんでした。アスマーデは青ざめる人々に、にやりと片目を瞑って見せて――
「だいたい、みんなそう言う」
笑いながら、王様の頭を抱えて、床の裂け目に飛び込みました。
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悪魔の法廷には、また静寂が戻りました。聞こえるのは、炎が燃えるぱちぱちという音と、自分達の心臓が打つ音だけでした。お后は連れ去られました。王様は引き裂かれました。
悪魔達は木槌を打ち――……
そして白雪姫は炎の中で笑っておりました。
これからどうなるのか、大臣にも隊長にも判りませんでした。ただ、判っていることは、悪魔の裁判には一切の慈悲はなく、そして、裁判はまだ始まったばかりということだけでした――……




