71.【下巻/サイド・レアレテ】白雪姫ハ胸ニ林檎ヲ
トランプの王様は、逆様にしても同じ顔。
王様そうして呑気にしてたら、道化が山札から飛び出したとさ!
魔女の娘は謀り事を見抜かれて、汲み立ての井戸水に肩まで浸かったような心待ちでした。けれども可哀そうな娘は、ここには死にに来たのだと思い出し、自分の傍らに大鎌を担いだ年寄り――死神が立っているのを見た思いで、ひと思いに林檎の酒を飲むことにしました。
ところが、瓶の口が魔女の唇に触れるや、四本指の手が飛んで、酒を払い落としました。地面に転がった毒に、驚いて顔を上げた魔女を、白雪姫はまじまじと見つめました。
「なぜ、飲もうとする? それは毒の酒なのだろう。そのように、躊躇いもなく自ら命を絶とうとする、その諦めの理由は何だ?」
「何だって、毒の酒だって」
白雪姫の言うのを聞いた焚き火の七人は、びっくりして騒ぎ出しましたが、姫は本当に連中の女王様であるように、ぴしゃりと黙らせました。
白雪姫は恐ろしく歪んだ面相を、ずいと魔女の娘に近づけて言いました。
「話せ。いずれにせよ、お前はここで死ぬのだ。訳を話せば、せめて苦しまぬよう殺させよう。毒を飲むよりは、楽に死ねるようにしてやろう」
哀れな娘はいよいよ死神が鎌を振り上げたと見て、胸の掛け金が外れ、閉ざした扉が軋みました。
魔女は心の箍が外れて、わっと泣き出すと、白雪姫と七人の小人に、これまでのことを洗いざらい打ち明けてしまいました。
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魔女の娘の身の上を聞き、親切な●●●者達は情けを起こしました。白雪姫は考え込むよう、黙っておりました。先生が口を開きました。
「どうだろう、姫様。聞けば、気の毒な娘さんじゃないか。この娘さんを、ここに置いてやってもいいのじゃないかね」
白雪姫は左の眉を上げました。
仲間達は先生の言うことに賛成しかかりましたが、ガタゴトうるさい柱小僧は顔を顰めて、手首のない腕を振りました。
「俺は反対だ。いいか、ここは●●●者の集まった●●●者の国だ。けれど、そこのお嬢さんは、まともな人間だ。まともな人間は、●●●者の国じゃあ●●●さ。ここに置いとけば、良くないことを招きかねんよ」
みんなは、ルンペルシュティルツヒェンの言うのも一理ある、と唸りました。
これを聞いていた魔女の娘は、この気味の悪い人達はドワーフなんかじゃない、とうてい人間には見えないけれど、それでも人間なのだ、町で暮らせず追われてきた、●●●者なのだ、と理解りました。
そこで魔女の娘は、もし自分に残された居場所があるなら、ここをおいてはありえないと思って――
「見てください、私も●●●者です、私も●●●者です」
言いながら服を脱いで、みなに背中を見せました。七人の小人は息を飲み、白雪姫は右の眉も上げました。魔女の娘の白い背中には、惨たらしい責めの跡と、魔女の目印、捺された焼き印が付けられていたのです。
七人の小人は声も出ず、恐ろしい仕打ちから目を背けましたが、白雪姫は目を逸らさず、やがて薄笑いを浮かべました。
「ふうん。城と教会の年寄りどもか、連中のやりそうなことだ。あはは、これはいい。この国の王に、この国の法に、この国の人間どもに、●●●にされたか。あはは、あはははは……」
白雪姫は笑いながら、この娘は私の役に立ちそうだ、と考えました。
心に深い傷を負った者は、必ず私の役に立つ――……
焚き火の七人を振り返った姫の顔からは、もう笑みは消えていました。
「この娘は●●●者さ。立派なものだ。何しろ、魔女は一等の罪人で●●●者だ。この娘は、ここに置く。不服があれば、この国の王女が聞きましょう」
そう言うと、姫は魔女の頬を、四本指と六本指の手で包みました。
「ここにいなさい。お前を●●●者にしたのが私の父であれば、お前はこの私の妹です」
白雪姫の言葉は、林檎の酒の毒のように、魔女の心に甘く沁み込みました。七人にも文句のあるはずはありませんでした。
ルンペルシュティルツヒェンは魔女の娘に会釈をして、紳士のように暖かな教会の中に招き入れました。
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さて、古い教会に入り、椅子に腰を落ち着けるが早いか、口を開いたのはまたもルンペルシュティルツヒェンでした。
ルンペルシュティルツヒェンは後ろ手に扉を閉ざすと、用心深く声を落として、
「しかし、こいつは厄介なことになったぞ」
と言いました。
「お城から人が差し向けられたってこたあ、王様、俺達を始末しようって肚だぜ。今はこんな娘さん一人だったが、次は兵隊を丸ごと率いてくるかもしれない。そうなりゃ、俺達みんな」
ルンペルシュティルツヒェンは、ある方の拳を首の後ろに回し、見えない縄を引っ張り上げる仕草をしました。
「吊られちまう」
「ううむ、どうしたものかのう」
先生が仲間達が青くなっているのを見て、
「姫様、抜け目ないお方、何ぞ考えとりゃせんかね?」
長い顎髭を指で捻りながら、白雪姫に水を向けました。さしもの知恵者の老人も、人々の恐怖と好奇心を裏表に操り、噂を逆手に取って森から遠ざけた白雪姫の賢さには畏れ入っていたので、今も姫なら良い考えがあるまいか、と思ったのです。
白雪姫は首を傾げると、教会の外に出て、ウィケッドの落とした酒の瓶を見つけました。瓶は割れずにおり、酒も半分ほど残っておりました。そこで白雪姫は瓶を拾い上げると――……
「そうね。私はこの酒を飲もうと思うの」
そう言いました。仰天したのは七人の小人。魔女の娘も慌てて、
「いけません、白雪姫様。それは毒とご存じでしょう? 死んでしまわれます」
と止めましたが、けれども白雪姫は笑って、
「そう。私は死ぬのよ」
と言いました。その微笑みはいつか焚き火に照らされていた、森を●●●者の領地に変えた、あの魔法の笑顔でした。
そして白雪姫が笑みを打ち消すと、その時その場所は白雪姫のもの、みな舞台に上げられておりました。
何もかもが、白雪姫の合図で踊り出そうとしておりました。
「お前達、追い詰められたと思っているな? 違うぞ。今こそ好機なのだ。サヴァンよ、お前の知恵で、地面にしっかりと根を張った木を転ばせられるかな?」
「ううむ。そいつは難しいのう」
「ビッグ・ジョン、お前ならどうだ? お前ほど力のある男なら出来るだろう?」
「だっだっだめだ。おれ、でで、出来ない。むむっ」
大男が顔を真っ赤にすると、姫はにっと目を細めました。
「そうだ。根を張った木は転ばせられない。けれども、木が地面から足を抜いて、歩き出したらどうだろう?」
「八人、いや、九人で掛かれば、やってやれないことはない。毒林檎の魔女よ、妹よ。お前にはさっそく、ひと働きしてもらうことになるぞ」
ウィケッドはたじろぎましたが、唇を血の気が引くほどきつく結ぶと、こくりと頷きました。その覚悟の顔を見て、姫は満足げに頷き返しました。
「肝が据わっているな。いい子だ。これなら巧くいく。いいか、よく聞け、我が愛する●●●者どもよ――……」
「今、城でこの国の王が企てをしている。年寄りめ、地に根を張っていればいいものの、自ら地面から足を抜いた。だから、今だ。頭の上に気を取られた、お留守になったその足元を掬ってやって、一切合切ひっくり返してやれ。いいか、しくじるな。この一世一代の大芝居、巧くすれば一足飛びにお月様に手が届く」
「ひっくり返そう、何もかも。道化者に王冠を被せろ、王様の尻を蹴っ飛ばせ。何から何まで真っ逆様の、●●●者の国を作るのだ」
「さあ、行進だ!」
さあ! パレードだ――……




