69.【下巻/サイド・レアレテ】白雪姫ト秘密ノ目論見
森の深くのその奥に、小人達の棲むと言う。
焚き火を囲んだ小鬼の、影を誰ぞが見たと言う。
「それにしたって、俺達は何をして差し上げたらいいんだい?」
白雪姫をすっかり気に入った焚き火の七人は、姫の考えていること、どうやったら自分達の手が貸せるのか知りたがりました。白雪姫はそれには答えず、手籠から革袋を取り出すと、焚き火の前に中身を空けました。
すると中から銀貨が零れて、焚き火で照らされ白く光りながら、降り積もりました。七人は仰天して、鼻欠けなどは思わず手を伸ばし、リトル・ジョンにぴしゃりとやられる始末でした。
「これで食べ物と飲み物を買ってきなさい。まず、それが手始め。それから、飲んで食べて、歌って踊って、夜毎に大騒ぎをなさい。それが下拵え。ただし、焚き火を囲むのは、ここじゃない……」
「もう少し、森を出て、もう少し、町に近いところ。ひょっとしたら、町の者が迷い込むかもしれない辺り。それが、我々が食べたり飲んだりするところ」
びっくりしたのは七人。
「おいおい。飲み食いはいいが、そんなところで騒いだら、町の連中に見られちまうぜ」
すると白雪姫は隠し事の笑みを浮かべて、
「見られなければ意味がない」
そう言うと、手籠からもうひとつ革袋を取り出して、銀貨の横に空けました。すると今度は金貨が溢れ出て、焚き火に赤く照らされて、それは銀貨の十倍もきれいに降り積もりました。焚き火の七人は言葉もありません。
「ガタゴトうるさい柱小僧!」
呼ばれた傷の顔の男は、冗談で口にした名前を、白雪姫が一遍で覚えていたので飛び上がりました。白雪姫はルンペルシュティルツヒェンに包みを渡しました。罪人が包みを開けると、姫が騎士と御者から剥いだ、剣やら服やら靴やらでした。
「金貨で上等の服と帽子を七人分、靴と腕輪と耳飾りを七揃い……おや」
白雪姫はパックとペックの仲良し兄弟を見て首を傾げました。
「ズボンと靴は、六つでいいかしら。それから、包みの中身は、見目の派手な布と針と麻糸に換えてきて。金と銀の鈴もいるわね。リトル。ジョン。お前は鳥を捕まえて。お前は鳥を捕まえられるかしら?」
「ほい来た、おいらにお任せさ。そんなの小人にゃ、朝飯前」
そう言ってリトル・ジョンは銀貨の山から一枚取ると、丸っこい手の上に乗せ、握って開くと、銀貨は消えておりました。それから鼻の先を抓む仕草をすると、また手の中にコインが現れて、何もないところから掴み出したように見えました。
白雪姫は小人の器用なことに感心して、これなら満足な仕事をするだろうと思いました。
「おやおや、たいしたものね。お前、お城の道化師になれるわね。それじゃあ、パックとペック。お前達は鳥の羽で羽飾りを作って頂戴。お前達は羽飾りを作れるかしら?」
「ほい来た。俺らにお任せさ。そんなの」
「俺らにゃ朝飯前! 細工も仕立ても」
「お手の物。だって俺らはパックと」
「ペック。仲良し兄弟、手が四本! けど、どうすんだい?」
「羽飾りなんて作ってさ?」
七人は白雪姫を見つめました。きれいに着飾って、飲み食いしたり歌ったり踊ったり、それでどうすればお月様に手が届くのでしょう? 白雪姫はただ笑っているだけです。
「さあ、どうするのかしら? そうね。やってみれば、判るんじゃない?」
それから、少し考えて、こう付け加えました。
「そうね。私達のような●●●者が、真夜中の森の中、派手に装って踊っていたら、もしかすると人間には見えないかもね――……」
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さて、焚き火の七人が八人になって、しばらくして、カルーシアの町では子どもらがこんな戯れ歌をするようになりました。
森の深くのその奥に、小人達の棲むと言う。
粉屋の主人の言うことにゃ、
焚き火を囲んだ小鬼の、影を誰ぞが見たと言う。
木樵の親方の言うことにゃ、
見るもおかしないでたちの、小人の踊るを見た言う。
森の深くのその奥に、小人達の棲むと言う――……
近頃では、町の人々は顔を合わせれば、森に住むという妖精、ドワーフの噂をしておりました。
鹿を追って森へ入り込んだ狩人が、不思議な香りに誘われて行くと、羽飾りの帽子を被り、体のあちこちに鈴を結わえたドワーフ達が焚き火の周りで、跳んだり跳ねたりしながら歌っているのを見て、命からがら逃げてきた、というような話がそこここで囁かれました。
ある行商人なぞは、小人相手に商いをしたそうな。
商人の話したことにゃ、馬を牽いて森を抜けようとしていると、出し抜けに木陰から子どもほどの身の丈の小人が飛び出して、酒を売って欲しいと言ったそうな。
「このたびドワーフの女王様が、森に帰っていらした。だから、祝いの酒が欲しいんだ」
行商人は恐れて酒瓶を差し出し、貝殻の髪飾りを、どうぞ女王様に差し上げてくださいと渡しますと、小人は大喜びで、空中から魔法のように金貨を抓み出して気前よく払ってくれ、こう言ったと。
「お前さんさえ良ければ、お礼に宴に招待しよう」
これを聞いた商人、飛び上がって逃げ出しましたが、背中から小人の笑いを浴びせられ、町に辿り着くまでまったく生きた心地がしなかったと。
それから商人は町の人々に小人の金貨を見せましたが、間違いなく本物の、上等の金貨でした。
話は瞬く間に広まって、みんな小人の女王様の噂で持ち切り。商人は話を聞きたがる人々に品物を売りつけ、大いにポケットを膨らませました、とさ。
こうして、噂は口に乗り風に乗り――……
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やがて、お城にも届きました。
白雪姫のいなくなったお城では、新しいお后の病もすっかり良くなって、誰もが幸せに暮らしておりました。王様も、お后が元気になり、美しさを取り戻したことを喜んでおりましたが、その心には人知れず、小さな棘が刺さっておりました。
王様の気掛かりとは、帰らぬ騎士、もたらされぬ知らせ。王様は、騎士は白雪姫を殺したものの、恐ろしくなって逃げたのだ、姫は確かに死んだのだと、自分に言い聞かせておりました。
それに、もしも白雪姫は生きていたとしても、二度とお城には戻るまい、自分の前に姿を見せるまい、そうも考えておりました。
ところが……
ドワーフの噂が耳に入り、王様は青ざめました。白雪姫が消え行った森、森から迷い出た小人の女王の影。
まさか、まさか。されど、まさか……
白雪姫が、生きているのかもしれない。
ドワーフの女王とは、白雪姫なのかもしれない。
白雪姫が化け物どもを引き連れて、復讐にやって来ることを恐れました。王様は眠れない夜を重ね、やっと訪れた短い眠りに、恐ろしい夢を見ました。白雪姫がドワーフの兵隊を率いて、お城に攻めてくる夢を。叫んで飛び起きた王様は、何とかせねばと思いました。
森からドワーフどもが攻めてくる前に、何ぞ手立てを打たなければ。
森からドワーフどもが攻めてくる前に、ドワーフの女王を殺さねば――……