68.【下巻/サイド・レアレテ】白雪姫ト七人の――……
百万のルビー、千万のダイアモンド。
本当に埋まっているのやら、運を天に任せて掘り続けるのさ!
「さあ、次に紹介するは、パックとペックだのう。二人は兄弟で、繕いや拵え物をするんよ。飾りから籠から、器用ないい指をしておるよ。その代わり、足がちといかんのだのう」
そう言われ、パックとペックを見ると、さすがの白雪姫もあっと叫びそうになりました。と言うのも、兄と弟は二人で一人、一人で二人、腰から上は二人分揃っているのに、胴が腰でくっついていて、そこから下は一人分しかなかったのです。
「俺達ゃ兄弟、バックと」
「ペック。とっても仲良し」
「いつでも一緒。何をするにも」
「どこへ行くにも、いつでも一緒の」
「仲良し兄弟。だって俺達、どうにもこうにも」
「「離れられない間柄!」」
同じ顔、同じ声、ひとつの体で二人は笑い、白雪姫も平気な顔をしているのが楽ではありません。リトル・ジョンが首を振り振り、
「奴さんらを初めて見りゃ、誰だって仰天するさ。俺だって、てめえの●●●、棚に上げて腰抜かしたもんさ。喚き散らさないだけ、人間ができてらあ」
「それで、奴さんらや先生の拵えた物、俺達の掘った物を、町で食べ物やら入り用の物と換えてくるのが、あっこの隅に座ってる奴の仕事なのさ。俺達ん中では、一等見てくれが上等だからな」
そう言われたのは、焚き火から少し離れて胡坐をかいた髭面の男。なるほど、顔に斜めに傷跡が走るのと、左の手首から先がないのとを除けば、まともな人間と変わらない見目をしておりました。白雪姫は、たぶんこの男は刑罰を受けた罪人だろう、と見当をつけました。
男は白雪姫をちらりと見ると、こう名乗りました。
「ガタゴトうるさい柱小僧だ」
白雪姫はぽかんとしましたが、そんな名前は小鬼のもの、からかわれたのだとすぐ気づき、口元に微笑み、目で咎めてやりました。すると男も、姫の利口なことを知って、恐ろしげな面相に思いがけない人懐っこい笑みを浮かべて、恭しく会釈をするのでした。
白雪姫はリトル・ジョンに訊ねました。
「けれども、その隣に座っている人は、もっと見目がいいのに」
手なし男の横におりましたのは、金色の髪の一本も損ないのない、●●●者達と一緒にいるのが不思議な、きれいな若者でした。
若者は静かに微笑んで、焚き火の揺れるのを見つめておりました。けれどもリトル・ジョンはまた首を振り振り、
「ああ。あれはばかのハンスといって、頭が弱いんだ。あれは自分の鼻も見つけられねえばかだから、商い事はハンスの仕事じゃないのさ」
そう言いました。見るとなるほど、ハンスは幸せそうな顔をして、自分のズボンの中に小用を足しているところでした。
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こうして焚き火の七人は仲間の紹介を終えると、今度はお客の娘さんのことを知りたがりました。そこで姫は、まず隠し事したことを詫びました。
「驚かせると思い、申しませんでした。私は白雪姫、この国の王女です」
そう明かすと七人は騒ぎ出し、リトル・ジョンが身を乗り出して叫びました。
「知っているぞ、知っているぞ。この国のお姫さんは俺らと同じ●●●者だと、町方の衆が話すのを聞いたことがある。あんたが噂の●●●姫の白雪姫か」
リトル・ジョンがまじまじと姫の顔を覗き込んだものですから、鼻欠けが小人の頭をこつんとやり、
「失礼じゃねえかい。お姫様を、そうじろじろと見るもんじゃない、この礼儀知らずめ。しかし……なんだな。●●●者といってもお姫様なら、俺らとは違って、みんな大事にしてくれて、美味い物も食えて、さぞ幸せなんだろうな」
しみじみと言いましたので、白雪姫はお腹の中でほくそ笑み、顔に悲しみを浮かべました。
「いいえ、王族に生まれた●●●者なぞは、何にもまして惨めなもの――……」
そうして白雪姫は精一杯哀れな様子で、お城を追われることとなった顛末を語りました。疎むのは実の父、嘲るのは家来達……白雪姫は人の心の掛け金を外して、するりと内へ入り込むことを心得ておりましたので、お城での辛い暮らし、意地悪な継母、あわや王様の罠に殺されかかった経緯を、一幕の物語のように語って聞かせました。
ですから身の上話が終わる頃には、七人のお人好し達は、もうすっかり白雪姫に同情して、一人残らず姫の味方になっておりました。
こうして勇敢な賢いお姫様は、まずは少しだけ、焚き火の七人の心の扉を開いてみせました。
白雪姫の身の上話を聞いた焚き火の七人は、もうすっかりこの可哀そうな女の子に同情しておりました。
ひとつ目の先生は黙って話を聞いておりましたが、やがて立ち上がりますと、目に涙さえ浮かべて姫を抱き締めました。
「もう心配はいらんよ、お姫様。ずっとここにおればいい。ここの連中は見目は拙いが、みな親切だから、お前さんに辛く当たる者はおらんよ。だから悲しいことは忘れて、わしらと楽しく暮らすといい」
先生が言ったので、残る六人も口々に、一緒に暮らすように言いました。
白雪姫は女の子だから、お料理と糸紡ぎができるでしょう。白雪姫がここに住めば、七人ももっと暮らし良くなるでしょう。
リトル・ジョンが喜んで言いました。
「みんな、町暮らしが嫌で集まった口だ。そりゃあ森の中はお城と同じって訳にゃいかないが、なあに、住めば都ってなもんさ」
「歌がある。踊りがある」
と声を上げたのは鼻欠け。
「雨露をしのぐにゃ、見捨てられた古い教会がある。後は酒がありゃあ言うことなし。何より仲間がいる。これ以上、何を望むってんだ?」
そう言うと●●●者達は肩を組んで、体を揺すって歌い出しました、
サヴァンも笑って、白雪姫の肩を叩きました。
「ここには幸せがある。●●●者が町では見つけられなんだ、幸せがここにはあるのじゃよ」
ところがです。
白雪姫はこの気のいい連中をぐるりと見回すと、ふんと鼻で笑って、罰当たりにもこんなことを言ったのです。
「幸せですって? あんた達は、こんな暮らしで満足していて、幸せだって言うの?」
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●●●者達の歌が止みました。焚き火の七人は用心深く白雪姫を見ました。
「何て言ったんだ?」
今だ、と白雪姫は思いました。
飛んできた鳥を捕まえるように、この時を捕まえなくちゃならない。巧くやってのけなくちゃならない。この連中を舞台に上げて、踊らせて、しっかり心に楔を打ち込んでやるには。さあ、心して掛からなくちゃならないぞ、と。
「だって、そうでしょう。そりゃ、町にいた頃と比べたら、ここでの暮らしは幾らかましでしょう。けれど、町で一番貧しい男だって、あんた達ほど惨めじゃない」
「こんな森の奥に追っ払われて、木の実を集めて暮らしていて、それを幸せと言っていて満足なのかしら?」
「もう口を利くんじゃないよ、お嬢さん」
焚き火の七人は怒り出しました。
「お前は、俺達がここに逃げ込むまで、どんな辛い目に遭ってきたか、ちっとも知らないじゃないか。そりゃ、あんたは確かに可哀そうなお姫様だろうさ」
●●●者達は腹を立て、親切の気持ちをすっかりなくしてしまいました。
「けれども、お前さんは食うに困ったこともなけりゃあ、寒さに震えたこともない。お前さんは、本当に辛いことを何ひとつ知らないくせに、よくもそんな口が利けたもんだ」
焚き火の七人はこの恩知らずな娘を、今にも暗い森に叩き出さんだかりでした。
けれども白雪姫は、平気な顔をしておりました。
さあ、お前は背中をしゃんとして、しっかり肝を据えないといけないぞ。飛んできた鳥を捕まえろ、舞台に上げて踊らせろ。白雪姫は立ち上がると、七人の険しい目つきを跳ね除け、逆に睨みつけました。
「ああ、私は知らない。あんた達が遭ってきたという、辛い目なんて、ちっとも知りはしない」
「けれども、私は知っている――……●●●者達が幸せと呼んでいるものなんて、たかが人並みの暮らしにも及ばないってことを。一国の王女に生まれる幸せは、よその●●●者よりましってくらいのものでは、ないことを」
焚き火の七人は、お姫様の堂々とした振る舞いに驚いて、腹を立てていたのを忘れ、話に聞き入りました。白雪姫は首尾よく舞台を支配したことに、満足しながら続けました。
「そなたらは、不幸せの泉にとっぷり浸かって、心まで●●●になりかかっているのだ。私は違う。私は諦めない。私は本物の王女の喜びを、私を見下した者どもに、全て報いを与えることを諦めない」
「けれども、私の望みを叶えるのは、私一人の力では足りないのだ」
姫がずいと踏み出したので、焚き火の七人は、慌てて後ろに下がらねばならず、太っちょのビッグ・ジョンなどは尻もちをつきました。白雪姫は声高く言います。
「私は報いる――……」
「私は必ず報いる。仇には仇、恩には恩で。私はそなたらの助けが欲しい。私はそなたらを梯子の下まで連れて行こう。しくじったら奈落の底まで真っ逆様だけど、登り詰めればお月様にも手が届く」
そう言って、焚き火の七人を見据えた白雪姫の、掛け値なしの王女の威厳を見て、●●●者達は王様の前に引き出されたような気持ちで、畏れにぶるぶる震えるしかありません。
「さあ、選びなさい。このまま一生鼠みたいに森を這い回り、凍えて惨めに死んでいくか、それとも、今の小さな幸せをそっくり失う覚悟で賭けて、そなたらには望むべくもない高みを目指して、私についてくるか」
白雪姫が口上を終うと、●●●者達は静まり返り、焚き火にくべた枝がぱちぱち鳴って、八つの影を無気味に揺らしました。七人の●●●者達は顔を見合わせて、ばかのハンスさえ、神妙な顔で押し黙っているのでした。
誰も何も言えずに、長いこと立ちました。
すると出し抜けに、先生が笑い出しました。仲間達がぽかんとしているのを尻目に、サヴァンはお腹の底から、さも愉快そうに笑いました。
「気に入った!」
サヴァンは叫びました。
「まったくもって、気に入りましたぞ、お姫様。あんた様はまったく、たいしたお人、畏れ多いお人ですわい!」
残りの者達も、サヴァンと同じ気持ちでした。焚き火の七人は、もうすっかりこの●●●者のお姫様に、心の内に入り込まれておりました。
こうして白雪姫は、七人の小人と仲良くなり、一緒に暮らすことになりました。