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65.【上巻】白雪姫、嘘ヲ吐イテイルノハ誰?

挿絵(By みてみん)

【まっくろくらいの白雪姫・上巻(5/6)】

 魔女を探せ、魔女を探せ。指差した子には金の鈴(オウロ・トインカ)

 見つけた魔女ウィケッドは、火にくべろ。



 さてさて、渦中のお城の中で、ひどく心を痛めていたのは王様(ロワ)でした。


 王様はお(きさき)を心から愛しておりましたし、お后が魔女(ウィケッド)だなどと、少しばかりも疑っておりませんでした。王様はもう二度と、愛する者(モーリア)を失いたくないと思いました。王様は、魔女の影に悩む王であり、妻の身を(うれ)う夫であり、僅かに、ほんのちょっぴりではありましたけれど、娘を気に掛ける父でありました。


 そしてことがお后が(やまい)()せるに至っては、もはや捨ててはおけず、王様は城中の者を広間に集めました。



 大臣(ミネスト)隊長(カピタン)から女中(セルバンジェ)馬飼い(バケーロ)まで、家来達(サバント)が残らず集まったのを見ると、王様は今は座る者のない、玉座の隣の座を指差して、

「これは誰の座か」

と訊ねました。

「お后様の座でございます」

すると大臣はそう答えました。これを聞いた王様、

「さよう。そなたらの讒言(ざんげん)(はずかし)めに、(やまい)()た我が妻の座だ」

そう言うや、腰の短剣を抜くが早いか――


 自らの左の(てのひら)を切りつけました。


 見る見る床に広がる鮮血(サン)に仰天し、慌てて駆け寄る家来達を血濡れの手(ルータ・マーノ)で制し、王様は額に怒りも(あら)わに言いました。

「そなたらに問う。その不遜(ふそん)な目は、証あればこそか」

いいえ(ノーエ)

「その恥知らずな口は、正当の理由があってか」

いいえ(ノーエ)

「重ねて問う。后を、こともあろうに魔女を(そし)るは、(あかし)あってのことか」

いいえ(ノーエ)

そこで王様は、血の流れる拳を握り締め、高々と掲げると、雷鳴(トロヴァ)(とどろ)くごとく叫びました。

「なれば、余は王の血に、后の潔白(けっぱく)を宣言する! 今後何人(なんぴと)たりとも、公にも陰にも、(つま)を疑うことは余が(ゆる)さぬ。異があれば今この場にて申し出よ。さもなくば永遠に沈黙せよ」

王様はぐるりと、家来達(サバント)の顔を見回しました。


 誰も申し出る者がないと見ると、王様は壁の王国旗(パンデーラ)をむしり取り、手の傷に巻き付けて、そのまま後も見ずに大広間を去りました。


 残された者は、誰もひと言も口を利くことができませんでした。




 ***********************************


 こうしてレジナの身の(あかし)を立てた王様(ロワ)でしたが、安堵の息はつけません。


 なぜなら、騒ぎは治めど、魔女のことは収まらず。

 王様は真夜中の広間に一人、考え事をしておりました。


 白雪姫の黒猫(ネーロ・カッツェ)を手に掛け、(まじな)いをし、スープに目玉を浮かべた、本物の魔女(ウィケッド)はどこなのやら。お后に罪を着せ、王家(ロアーレ)に刃を向ける、本物の魔女(ウィケッド)は誰なのやら。それほどに、レジナを憎むのは誰なのやら……


 あの時、白雪姫(ブラネージュ)のスープに目玉を入れられた(・・・・・)のは、誰なのやら――……



 王様は不意に目を見開き、玉座から立ち上がりました。唇がわなわな震え、握り締めた手から血が(したた)るにも気づかぬ有り様でした。それどころか、その考え、心に浮かんだ恐ろしい考えに、息をするさえ忘れ、心臓も打つのを忘れるほどでした。

「まさか……」

王様は呟きました。誰もいない広場に、呟きが(うつ)ろに響いていきました。


 自らの声におののき、王様はその考えを打ち消しました。けれどもそれは亡霊(ルヴナン)のように、追い払って追い払っても(ささや)きかけてくるのでした。王様は玉座に腰を落としました。

「まさか――……」

その夜、王様は少しも眠ることができませんでした。




 ***********************************


 あくる朝、王様と廊下で出会い、挨拶をしようとした白雪姫(ブラネージュ)は、お父様(ペーレ)の目に、小さな小さな光を見ました。それは今までに幾度も、実の父が娘を見る目に(またた)いては消えた、馴染みのあるフォでした。


 しかし今、王様の目の炎(イグニス)は白雪姫が見つめても揺らぎはせず、小さいながら赤々と燃えておりました。ブラネージュは素知らぬ顔で会釈(えしゃく)して、ひょこひょこと擦れ違いました。

年老いた蛇(ヴェリオ・セルペンテ)め――……)

父上(ペーレ)が覚悟を決めたのならば、私もそれ相応の覚悟をしなければならない。ああ、それこそ、何もかもヴェリオ・エ・ノーヴォ失う覚悟を。


 ブラネージュは振り向きもせず、ひょこひょこと歩いていきます。


 だが、私が覚悟を決めたなら(・・・・・・・・・・)、みなも相応の報い(バネシネ)覚悟しなけれ(・・・・・・)ばならない(・・・・・)。ブラネージュの目にもまた、小さく赤く、揺るぎない火(イグニス)が灯っておりました。




 ***********************************


 さても珍しいことに、その日、白雪姫(ブラネージュ)の部屋に王様(ロワ)がやって来ました。


 王様が自分に言葉を掛けることも滅多にないことの上、その目にあの火を灯していては、ブラネージュはもし王様が腰の剣(ダオレ)に手を伸ばすならば――と、傍らの燭台(ケルツェ)に目をやりました。


 ところが王様は、思いがけず優しげな様子で微笑み掛けました。

娘よ(フィーリア)。先の魔女の騒ぎ、ひとまず収まって姫も安心したことだろう。されど、そなたは()でていた(カッツェ)を殺され、母上(メーレ)を魔女と(そし)られ、さぞ辛い思いをしたことであろうな」

はい(イア)お父様(パテル)

白雪姫は従順げに答えながら、王様に気は許しません。ですから、お父様(パテル)と呼ばれた王様の顔が、微かに(しか)められたことに、ちゃんと気づいていました。



 しかし王様もさる者、すぐに笑顔の仮面をつけて、姫の四本指の右手を優しく取りました。

「だが、フィーリア。このように部屋にこもり、鬱々(うつうつ)としていては、身の毒ぞ。なれば我が信厚き者を供につける故、ひとつ野遊びにでも興じてみてはどうか。そなたは部屋を出ることも滅多にない。時に城を離れ、野の花に遊べば、きっと気も晴れようというもの」

王様は自分の名案に、うんうんと頷きました。

「今は気が進まぬやも知れぬが、きっと後悔はせぬはずだ。いやいや、父上(パテル)は姫の身を案じればこそ、そなたが気乗りせずとも、無理にでも連れ出させよう」


 ああ、そういうことか――……ブラネージュは思いました。


 父上の勧めに従えば、たぶん夕刻(タルデ)くらいに、城に“不幸な知らせ”が届くかもしれない。そう、自分が崖から落ちた、というところか。父上は嘆き悲しみ、供の者(サバント)を責に首を()ねるか――いや、違うな、死ぬまで牢に閉じ込めるかもしれない。牢番ドーダは空の牢を見張り、幾許(いくばく)かの銀貨(アルジェ)が牢番の口を閉ざすのだ。

 そして明日の朝には、ポケットを金貨(オウロ)で膨らませた誰か(・・)が、街道を歩いているのが見られるかもしれない(・・・・・・)……



 白雪姫が窓の外に目をやると、折よく雨粒が木の葉を叩いておりました。そこで姫は言いました。

「まあ、それはまことに良い考えですし、お父様のお心遣いも嬉しく存じます。ですが、ご覧ください。今朝は雨……」


 「これでは野辺(のべ)の遊びも興を(そこ)ねます。折角のことでございますなら、雨が上がるのを待つことに致しましょう」


 王様はこれを聞くと姫の言うことももっともだ、と思いました。“待てない狼は()えて死ぬ”の(たと)え、白雪姫も気乗りしている様子であれば、王様はその日はそれで引き下がることにしました。



 白雪姫は、少しの時間を得ることができました。




 ***********************************


 次の日。


 雨は上がっていましたが、空は雲に覆われ、日の光はひと筋も差しておりませんでした。そこで白雪姫は、再び部屋を訪れた王様に訴えました。


 「ああ、今朝は雨は上がりましたけれど、お日様は雲に隠されております。この薄暗く寒い日に、野に出て何の気が晴れるでしょう。もう一日待てばきっと太陽も顔を出しましょう。私は、楽しみにしているのです」


 王様はこれを聞くと、やっぱりもっともだと思いました。白雪姫が快いように連れ出してやれば、それだけ事も首尾よく運ぼうというもの。そこで王様は、また約束を一日送りにしました。



 白雪姫はまた、少しの時間が許されました。




 ***********************************


 さて、そのまた次の日。


 空を覆っていた雲は去り、太陽が誇らしげに王国中を照らしておりました。鳥は歌い、木々の緑は濃く、風は洗われて澄んで、もう白雪姫がお城に留まる理由は、ひとつもありませんでした。


 そこでブラネージュは、三度(みたび)部屋を訪れた王様に言いました。

「さあ、参りましょう! この日を逃してなりません。馬飼い(バケーロ)馬車と御者(カレーシュ)を、下働きの女達(セルバンジェ)には(かご)と敷物を、料理番(コシネッロ)にはパン(パーネ)葡萄酒(ヴァン)を用意させましょう」

王様はこれを聞くと喜んで、すぐさまみなに命じて姫の支度(したく)をさせる傍ら、密かに忠実の騎士(カヴァリオロ)を呼びつけて、そちらにも支度(・・)をさせました。


 王様は立派な馬車(カレーシュ)御者(ぎょしゃ)()いてこさせ、白雪姫にパンと葡萄酒、焼いた肉に果物、美味しいものをたっぷり詰めた(かご)を手渡し、騎士を共につけると、森へと送り出しました。



 これでもう、二度と娘の姿(フィーリア)を見ることもない、そう思うと何やら立ち去り難く、王様(ペーレ)は小さくなっていく馬車を、いつまでも見送っておりました――……




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