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63.【上巻】白雪姫ト意地悪ナ継母

挿絵(By みてみん)

【まっくろくらいの白雪姫・上巻(3/6)】

 東のお空にお日様(ソレイユ)昇りゃ、西に向かって影伸びて。

 東のお空にお月様(セレイネ)昇りゃ、夜に向かって日が沈む。



 白雪姫は、ひと目見た時から、新しいお(きさき)が嫌いでした。神様(デイオス)の作られたもので、白雪姫とお妃は、全くの正反対だったからです。

 美しいものと(みにく)いもの、幸せなものと()まわしいもの。同じ数だけ与えられた、祝福と(のろ)いと。白雪姫が手の(ほどこ)しようもないでき損ない(カジモド)なら、お妃は非の打ちどころのない芸術品(アーティー)でした。

 白雪姫は、初めて(ミラ)を見た日から、自分の見てくれに、かけらほどの希望も持ってはおりませんでした。賢いお姫様は、深い(あきら)めの中で生きることを受け入れておりました。


 けれども――……


 少女(フィーユ)は、己の(みじ)めさを今一度思い知らされるような、不幸せ(ミザリー)の言葉の意味も知らない者が目の前にいることを、許せるほど強い心を持ってもいませんでした。



 何より白雪姫を傷つけたこと、それはお后が自分と同じ人間――黄金の薔薇(ばら)とカオリンチュの死骸(しがい)ほどに違っていても、それでも同じ人間であることでした。もしもお后が妖精(エルフ)天使(アンジェ)であったなら、どれだけ美しくあろうと、白雪姫は寂しく笑って、また(あきら)めの(おり)でそっと目を閉じたでしょう。


 ですが、お后が人であること――それは白雪姫にとって許せないことでした。


 なぜなら、お后が人であるなら、その美しさ(エルモソ)はことによると、自分にも望めたかもしれないからです。妖精や天使のようには、人は美しくなれません。けれどお后は白雪姫と同じ肉の体を持ち、同じ色の血が通っているのです。

 あの蜂蜜のような髪も、エメラルドの瞳も、林檎のような頬も、濡れて甘やかな唇も、もしかすると、もしかすると手が届いたのかもしれない。


 亡き母上(メーレ)は美しい人だったという。自分は何かの手違いで、●●●(カジモド)の体に閉じ込められてしまった。もしかすると(・・・・・)、私は美しく生まれていたのかもしれない。


 せめて、人並みの(まともな)体に生まれていたかもしれない。


 遠い幼い日に、心の奥の誰にも知れないところへしまい込んで、鍵を掛けて、その鍵も捨ててしまった、そんな思いを、どうして思い出してしまったのだろう。


 白雪姫は思いました、それはお后の(せい)だと。


 白雪姫は思いました、お后が犯した(クレム)は、(つぐな)われなければならないと。意地悪な継母(ままはは)は、(バネシネ)を受けなくてはならないと。




 ***********************************


 元から、人が自分を見る目を(うと)み、自室から出ることを避けがちだった白雪姫(ブラネージュ)でしたが、新しいお后がお城に来てからというもの、ますます一人で閉じこもるようになっておりました。

 ひとつには、お后の美しさを見て、お后に(みにく)さを見られるのが嫌でしたから。もうひとつには、お后にはどんな報いが相応(ふさわ)しいか、ゆっくりと思案するために。


 白雪姫は絹で張った椅子に腰掛け、膝に乗せた小さな黒猫(ネーロ・カッツェ)の背中を撫でながら、来る日も来る日も考えました。黒猫は白雪姫の何より大切な宝物で、姫の顔を見て笑ったり怖れたりしないただ一匹の友達でした。

 黒猫(カッツェ)はビロードの毛並みを持ち、翡翠(ジェード)の目を持ち、右の前脚の足首から先を持たない猫でした。猫の足は、白雪姫が首切り役人に頼んで、落としてもらったものでした。


 そうすれば猫も、姫と同じように、小踊りするように(ひょこひょこと)歩いて見えるからです。


 白雪姫は、今度は誰かに頼むことはできない、と思いました。

 今度は、自分の手で成し遂げなければならない、と。


 賢いお姫様は、欲しいものを得るには、待っていてはいけない。自分の手を伸ばさなくてはならない、と知っていました。ただ願うだけでは、誰も助けてくれないし、幸せは訪れないのです。ことに、自分のような娘には。



 これは白雪姫(ブラネージュ)がまだ幼かった頃のことですが――……




 ***********************************


 ……――お城に意地の悪い女中(セルバンジェ)がいて、人のいないところでこっそり姫をぶったり、腕にピンを刺して(いじ)めておりました。女中は、

「もし人に言いつけたりしたら、殺してやる」

と姫を(おど)かしていましたので、白雪姫は女中が怖くて堪らず、ただただ我慢して神様に祈ること、救いを願うことしかできませんでした。

 白雪姫は祈りました。あんな意地悪な女中(セルバンジェ)は怪我をすればいい。病気になればいい。いなくなればいい。或いは――


 「死んでしまえばいい」



 姫の願い(エテレイン)は叶えられました。


 その日はお城に食べ物や飲み物、いろいろな道具に兵隊さんの武器まで、様々な品物が運ばれてくる日でした。王都でも指折りの商人、ヨシフ・オーキッドの商隊といえば、ちょっとした見もので、白雪姫も部屋の窓辺で町から続く荷馬車(ワーゲン)の行列を眺めておりましたが、不意に馬車馬(カヴァル)の一頭が暴れ出して、大きな木箱が運悪く傍にいた、意地悪な女中(セルバンジェ)の頭の上に落ちてきたのです。


 女中はあっと言う間もなく、(フロシュ)のように潰されてしまいました。



 白雪姫は心から怖れました。


 意地悪な女中(セルバンジェ)折檻(せっかん)よりも、怖くてなりませんでした。幼い姫は、女中は自分が悪いことを祈ったから死んだのだ、と思ったのです。白雪姫は、自分の口から飛び出した言葉が刃になって、女中を死なせたように思えました。

 女中を死なせたのだから、きっと私は(ろう)に入れられてしまう。白雪姫は幾晩も、泣きながら神様に(ゆる)しを乞いました。



 けれど、それは幼い頃のことで――……



 大人になった白雪姫は、それはただの偶然だと――さもなければ、セルバンジェへの当然の報い(バネシネ)だと知っておりました。


 白雪姫は、もうおとぎ話を信じる幼子(ニント)ではなく、ましてや、夢見るお姫様(プリンツェスィン)ではありませんでした。ただ眠っていれば王子様だか(プランシュ)がやって来て、幸せな結末(エンデ)を届けてくれる物語(ラコンテ)など、姫にはくだらない(コメディア・)お笑い種(デッラルテ)でしかなかったのです。

 ブラネージュは魔法(マジッカ)を信じるには、“世界(オルト)”の暗さを知り過ぎておりました。白雪姫の心は王女のそれより、老婆に似ていたのです。


 姫は椅子から立ち上がりました。膝から飛び降りた黒猫(カッツェ)が、鈴を鳴らしながらひょこひょこと部屋の隅まで踊っていって、丸くなりました。




 ***********************************


 それから程なくしての朝。


 白雪姫(ブラネージュ)がお城の庭を散歩していて、門の前を通り掛かりますと、いつものように門番(グアルダ)が挨拶をしました。白雪姫も挨拶を返し、珍しく、

「少しお話をしましょう」

と言いました。気のいい門番は、今朝は姫様はご機嫌がいいのだろうと思って、「はい、はい」と頷きました。


 白雪姫は立ち話をしながら、しきりに継母(メーレ)()めました。あんなに美しい人は見たことがない、あれほどの美しさは、とてもこの世のものとは、人間のものとは思えない、と。お人好しの門番は、白雪姫の言うことに、いちいち「そうだそうだ」と相槌(あいづち)を打っておりました。


 白雪姫は言いました。

「あれほど美しいのだから、お義母様は、妖精(エルフ)なのかもしれない」

門番は笑って言いました。

「そうですね。妖精(エルフ)であられるかもしれません」

白雪姫が今度は、

「もしかすると、天使(アンジェ)かもしれない」

と言うと、

「そうですね。天使(アンジェ)なのかもしれません」

と門番も言いました。そこで白雪姫は、少し考えるようなふりをしてから、自分の言うことが門番の心に(とげ)になって刺さるよう、●●●の背中をより丸め、声を潜め、冗談めかしたようで、それでいて秘密めかしたように(ささや)きました。


 「さもなければ、魔女(ウィケッド)なのかもしれない――……」


 門番は少し眉を吊り上げました。が、白雪姫がにっと笑ったのを見て、冗談には過ぎるけれど、たかが●●●者(カジモド)の言うことだと考えて、秘密を分け合った悪党仲間(ピカロ)のような顔で答えました。

「そうですね。お后様は、魔女(ウィケッド)なのかもしれません」

その朝の立ち話を、門番はすぐに忘れてしまいましたが、心の中では自分でも知らないまま覚えておりました。


 それからブラネージュは、誰かに会うたびに少し立ち話をして、新しいお后を()め、そして相手の心にちょっとした(エピヌ)――(クネロ)を打っていきました。



 「さもなければ、お后は魔女(ウィケッド)なのかもしれない――……」




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