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62.【上巻】白雪姫ト素敵ナ結婚式

挿絵(By みてみん)

【まっくろくらいの白雪姫・上巻(2/6)】

 望みを叶える(エスペラーサの)井戸、願いを言えば(エテラインが)たちまちに。

 ちょいと飛び込めみゃ救いが訪れる(レスカーテ)愛して、愛して(アモール、アモール)。誰か、今すぐ。



 季節は移り、時は流れて――……


 神様が作り(そこ)ねたような白雪姫(ブラネージュ)の体は、姫が大きくなるにつれ、ましになるどころか、ますます●●●(カジモド)がひどくなるようでした。


 そして十四の歳を数える頃には――


 お姫様は、この世のものとは思えないような、(みにく)い娘に育っておりました。


 猪首(いくび)でずんぐりした体つきは、ひどい猫背と相まって、まるで(ロッカ)から無造作に彫り出したかのよう。優雅な振る舞いは望むべくもなく、右と左で足の長さが違うので、姫が歩けばひょこひょこと、まるで小踊り(ダンス)をしているようでした。

 老婆のような白い髪(ブラン・ハウル)兎のように真っ赤な目(ルータ・オリオ)は、微笑んでも愛らしさのかけらもありません。


 ですから白雪姫(ブラネージュ)と初めて会う人は、驚きと怖れを隠すのにひと苦労。二度目に会う人は、姫がどちらの手を差し出すか、冷汗をかく思いをしました。挨拶のキスをしなければならないのは、四本指(クアル)の右手か、それとも六本指(セース)の左手なのか……



 それで王様(ロワ)は、実の子(ペーデル)でありながら、白雪姫を(いと)しく思ったことは一度とてありませんでした。むしろ(うと)ましく、いっそ流行り病(ペスト)か何かで死んでくれはしまいかと、願っておりました。

 そもそも、あの恐ろしい白雪姫を、カルーシアで一番の美しさと(ほま)れ高かったお(きさき)が、生んだとはどうしても信じられません。

 王様は、あれは妖精の取り替え子(チェンジリング)悪戯(いたずら)な妖精が本当の子どもを(さら)ってしまい、代わりに置いて行った小鬼(ゴブリン)なのではあるまいかと、半ば本気で思っておりました。


 家来達(サバント)にしても、姫を自分より上と見るか、下と見るべきか、どちらとも決めかねておりました。お姫様ですから、身分は(とうと)くはありますが、白雪姫は人とも見えないほどの●●●(カジモド)なのです。

 ですからお城の人々は、うわべでは白雪姫にお辞儀をしておりましたが、心の中ではある人は(あざけ)り、ある人は哀れみ、そして誰もが(さげす)んでしました。


 お城の門番(グアルダ)などは気のいい男で、毎朝散歩をする白雪姫に礼儀正しく、笑顔で挨拶をし、冗談のひとつも言ったりしましたが、姫の顔を見るたびに、

「夜中に見回りをしていて、もし夜の散歩をしている姫様に、ばったり出くわそうものなら、自分は(はか)らずも剣に手を掛けずにはいられまい」

胸の内でそう呟くのでした。



 けれども、白雪姫を(とら)える多くの残酷(クルエラ)の中で、最も残酷(クルエラ)なこと――




 ***********************************


 それは白雪姫(ブラネージュ)が、愚か(トプシー)ではないことでした。


 白雪姫の体は、どこもかしこも()じれてしまっているのに、頭だけはまともであったのです。

 ですから姫は、お父上(ペーレ)である王様が自分を嫌い(うと)んじていること、お城の人々(サバント)がへつらいながら自分を笑っていることも、知っておりました。人から見れば、自分の姿がどのように思われるかも、知っておりました。


 そして、何もかも知っていることを、人に知られればどのようなことになるかも理解(わか)っておりましたので、賢い白雪姫は何も知らない愚か者(トプシーテ)のように振舞っているのでした。



 しかしながら――白雪姫(ブラネージュ)幸せでは(・・・・)ありました。



 王様(ロワ)の娘である姫は、●●●者(カジモド)であったとしても、指を差されて笑われたり、()し様に(ののし)られたり、石をぶつけられたりすることはありませんでした。

 白雪姫のような子どもが、もし下々に生まれていれば、(いと)われ追われて、世の中(オルト)の底のそのまた底で、見世物(スペッタ)物乞い(エンベッタ)になるよりなかったでしょう。

 いえいえ、その前に生まれた途端、斧で頭を割られていても、不思議ではありません。白雪姫は同じような●●●(カジモド)と比べれば、信じられないほどに恵まれていて、幸せに暮らして(フェリーシで)おりました。


 そのことも、白雪姫(ブラネージュ)は知っておりました。そして――……


 白雪姫(ブラネージュ)は知っておりました。白雪姫は自分の、一国の王女(プリンツェスィン)として生まれた自分の幸せが、●●●者(カジモド)にしては幸せ――そんなものでしかない(・・・・・・・・・・)ことを。


 お姫様に相応(ふさわ)しい幸せ(フェリーシ)は、本当はそんなもの(・・・・・)ではないということも。




 ***********************************


 さて、そんなある日のこと、白雪姫(ブラネージュ)のお父上である王様に、縁談話が持ち込まれました。


 この国(カルーシア)の人々に王様(ロワ)のことを訊ねれば、誰もが口を揃えて、情け深くて立派な王様だと申しましたが、最後にひとつ、「ですが気掛かりがございます」とつけ加えました。それは王様のお子が、お后の忘れ形見の白雪姫だけで、お世継(よつぎ)――つまり国を継ぐ王子(プランシュ)のいないことでした。


 お城の大臣(ミネスト)家来(サバント)は、国の為に、王様が新しいお妃(レジナ)を迎えてはくれまいか、と願っておりました。

 けれども家来達は、王様が亡きお妃(モルテ・レジナ)を心から愛していたこと、今も忘れられずにいることを知っておりましたので、新しいお后(ヴェリオ・レジナ)を迎える話など、とてもではないけどできずにおりました。亡きお妃は、王様の心の中に住む、美しいけれど悲しい幽霊だったのです。


 王様の心の部屋のひとつは、遠い昔に閉ざされて、ずっとそのままになっておりました。けれども、だからこそ、お城の大臣ら家来達は、下働きの女達までも、このたびの縁談は王様のために、ぜひとも実るべきだと思っておりました。



 新しいお后にと選ばれたのは、隣の国のお姫様でした。


 隣国の姫君は亡きお妃に劣らず美しいばかりか、とても心優しく清らかな方であるとの評判でしたから、立派な王様には相応(ふさわ)しいと、みなが口々に言うのでした。


 王様の心の中で、死んでいるのに生きている古いお后(モルテ・レジナ)、生きているのに死んだような白雪姫(ブラネージュ)――二つの亡霊に()かれる王様には、(なぐさ)めとなる伴侶(はんりょ)がなくてはならなかったのです。


 そればかりではありません。


 王様と姫君が結ばれ、王子が生まれれば、二つの国の結びつきはより強くなりますので、王様だけでなく国のためにも、この婚姻(こんいん)には大きな価値がありました。それでお城のご家来衆も町の人々も、隣の国のご家来衆も町の人々も、隣の国の王様とお妃も、この縁談話に期待を寄せ、成り行きに固唾(かたず)を飲んでいるのでした。




 ***********************************


 さて、十三人の騎士(カヴァリオロ)にかしずかれ、隣国から馬車(カレーシュ)でやって来た姫君の美しさは、道中で国の人々を残らず(とりこ)にし、お城で王様を(とりこ)にしました。


 謁見(えっけん)の間に初めて見た隣国のお姫様に、王様は目を奪われ、会食の席での木漏(こも)()のような微笑に心を奪われました。

 亡きお妃(モルテ・レジナ)を思い、縁談に乗り気でなかった王様も、姫君をひと目見るなり居ても立ってもおられなくなり、金の鈴のような声を聞いては喜び、頭の上で大聖堂(セントアリオ)の鐘がディン・ドンと鳴っては、別れの際にはとっくに古いお后(ノーヴォ・レジナ)のことは忘れておりました。



 隣国のお姫様にも、王様との出会いは胸の高鳴るものでしたし、語らいのひと時も相手を()しからず思わせるものでした。生まれた国を離れることは寂しく思いましたが、同じくらいに新しい日々(アルタ・レーベン)への(あこが)れがありました。


 それにお姫様は、自分が我が国のために果たす大任を、たいへん誇りに思っておりました。姫君は平和の使者(メセニエロ)であり、国家の調停者(メデアドール)であり、それは女の身に生まれては願うべくもない晴れの舞台で、そのことを思うと頬が熱くなるのでした。

 見様を変えれば、お姫様は安寧(あんねい)を買う対価、同盟の代償であり、隣国への(ささ)げ物とも言えましたが、そのことには思い至らなかったので、姫君は幸せな気持ち(フェリーシ)でおりました。



 けれども、お姫様には、ひとつ気掛かりがありました。

 それは王様の、前のお后のお子、白雪姫(ブラネージュ)のことでした。



 隣国のお姫様は心優しく、物乞い(エンベッタ)●●●(カジモド)も、(あざけ)ったり()み嫌ったりせず、(あわ)れむ心を持っておりました。

 お姫様は時折、馬車の中(カレーシュ)から御者(ぎょしゃ)に命じて、街角の異邦の民(トランジッテ)金貨(オウロ)を与えてやったり、お城の料理番(コシネッロ)に命じて、貧しい人々に食べ物を恵んでやったりすることを喜びました。


 もちろん姫君は、(あざけ)りと吐きかける(つば)と一緒に投げられる金貨、泥の上に()かれた残飯、それを人々がどんなふうに拾うかは知りませんでしたし、また知らなくて良いことでした。

 どんなふうであれ、姫君が慈悲を楽しめば、それに(すが)るよりない者は救われるのです。お姫様というものは、(けが)れなく清らかに、屈託(くったく)なくにこにこと微笑んで、恵まれぬ者を窓越しに見下ろしていれば、それで良いのです。



 どころが、白雪姫(ブラネージュ)は王女でした。



 白雪姫は姫君が初めて出会う、(とうと)い身分にある“恵まれぬ者”でした。隣国の姫君には●●●者(カジモド)が同じ部屋にいること、同じテーブルに着くことなど、考えられないことでした。あまつさえ、王様と結婚すれば、継子(ままこ)とはいえ白雪姫は姫君の娘(フィーリア)の間柄になるのです。


 お姫様は戸惑い、白雪姫にどう話し掛けてやればよいのかと考えました。いっそ幼いなら、巧く扱ってやれましょうに、十四ともなれば、大人の娘といっていい年頃なのです。

 けれどもお姫様は、●●●者(カジモド)はきっとばか(トプシー)だから、子どものように遊んでやればいいし、もし物狂い(ロッコ)であれば、王様が近づけないようにしてくれるだろう、と思いました。



 それでお姫様は、いよいよ心を決めました。




 ***********************************


 王様とお姫様の結婚式(ノッツェ・セレモネ)は、二つの国を挙げて執り行われ、お祝いの宴(バンケット)は幾日も続きました。町の通りという通りに、鶏の丸焼き(ガルニャ)砂糖菓子(リコレット)、そして焼き林檎(レインガゥ)の匂いが漂い、葡萄酒(ヴァン)の空き(たる)が積み上げられ、誰かれなく御馳走が振舞われました。


 道化者(アルレキーノ)()り出して、花火が打ち上げられ、異邦の民(ジプシー)が舞い、町から音楽が絶えることはありませんでした。大臣(ミネスト)兵隊(ソルダート)(さかずき)を掲げ、親方と小僧が肩を組み、二つの国の人々が歌いながら行進しました。(カッツェ)(トッポ)さえ、この時ばかりは追い掛け合わず、気のいいカオリンチュの周りで踊りました。


 乞食(エンベッタ)にはパンが与えられました、罪人(クレミネオ)には恩赦(おんしゃ)が与えられました。誰もが喜び、笑い合い、王様とお姫様の結婚を――新しいお后(ヴェリオ・レジナ)を心から祝福しました。



 ただ一人、白雪姫(ブラネージュ)を除いては……




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