61.【上巻】白雪姫ト三冊ノ本
るあ――……?
よう、奇遇だな。何か調べものかい? こんなとこで何してんだって? 逆に、図書館で本読む以外、何をすることがあるんだってーの。
Oops。「本読むのか?」だとお。失礼な奴だな、めっちゃ読むわ。そもそも図書館は“物語”が――“世界観”が集まる場所だ。異世界監視人のアタシには商売柄、関わりの深え場所なんだよ。
Raa。今日も実のところ、仕事で来てるのさ。
Narf。ちょっと、この本を見てみなよ。
実はこの本な――……
器物に封印した“封鎖区”なんだ。
うーぷす、逃げんな逃げんな。
おっかなびっくりしなさんな。
大丈夫だってそう危険な”封鎖区“じゃない。たかが知れているから、こんなとこに置いてるんだから。”破局の因子“のあるセラドなら、もっと慎重に扱ってるさ。本当にヤバい”封鎖区“は、処分するのもひと苦労だからね……
まあ、それはそれとして。
この“封鎖区”は単純に“世界観”が変わっているだけだ。いやもう、この“世界”に端っから馴染まねえ、異物としか言いようのない“世界観”なんだけど……ああ、そうだ――……
何なら、読んでみるかい?
「いいのか」って? 別に構わんぞ、減るもんでもねーし。
ただし……なーふ。お前も知ってると思うけど、“封鎖区”ってのは“核”があって構成されているもんだ。で、“核”は例外を除いて、誰か人間の“世界観”だ。
理解るよな? つまり、その本を読むのは、心とか記憶とか、そういう一人の人間の“内面”を覗き込むことを意味するんだ。
さあ、どうする……くくく、「読む」ってか。だよなあ?
いひひ。まあ大きな声じゃ言えねーが、こんな面白えこともねーよなあ? じゃあ、残りの巻も出して来る……るあ? ああ、この本一冊じゃない。続き物なんだよ。つっても、三冊しかねえから、ちょいと待ってな――……
……――あったあった。
ほらよ。これが“上巻”。
そんで、これが“下巻”と“下巻”な。
……るああ。バカを見る目で、アタシを見るな。
言い間違いじゃねーよ、その本っつうか“世界観”は、結末が二つある物語なんだよ。“封鎖区”の主が優柔不断だったんだろーな。
なーふ。これが“封鎖区”になったのは、“世界観”が妙ちくりんだってのもあるんだけど、一番はこの、物語のおかしな構造が理由だよ。
うーん、そうだな……
お前、折角読むんだ。どっちの結末が良かったか、お前、選んでやっちゃあどうだい? と言っても、既に終わった“世界”だけどな?
るあ? どんな“世界”かって?
そうだなあ……おとぎ話と見せかけた、陰惨で悪趣味な暗―い話ってとこかな? まあ、そんなイヤそうな顔すんなって。
この異世界監視人ルシウ・コトレットが読み聞かせてやっから。
いいかい? むかーしむかし、あるところに――……
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むかしむかし……あるところに――……
遠い遠い国に、カルーシアという町がありました。
ある冬の日。空から白い羽のように、雪がひらひらと舞い降りてくる日のこと。若く美しいお后が、黒檀の窓辺に腰を掛け、刺繍を拵えておりました。
レジナはひと針縫っては落ちてくる雪を見上げ、見上げてはひと縫いしておりましたが、ふとした拍子に、うっかり針で指を突いてしまいました。
すると血が、降り積もった雪に滴りました。
お后は真っ白な雪の上の真っ赤な血の染みが、はっとするほど美しく思えました。そこで、
「ああ、この雪のように白く、血のように赤い子どもに恵まれれば、どのように素晴らしいでしょう」
そのような子どもが授かるように、神様にお祈りしました。
王様が城仕えのお医者から、お后がお子を授かったと告げられたのは、それからまもなくのことでした。
この雪のように白く、血のように赤く――……
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汗と脂と薬湯で、蒸せ返るような部屋で――……
お后の寝所を慌ただしく出入りする、産婆とお医者、傍仕えの女達。いち様に顔が険しいのは、お后の尋常ならぬ難産のせいです。苦しげな呻きと、抑えきれなくなる悲鳴が、夜通しお城の廊下に響いておりました。
さて、お后の口から上がったひと際大きな叫びが、断末魔の音と気づいたお医者は、傍らの助手を肘で突きました。
突かれた助手は、隣の部屋で気を揉んでいた王様の前に飛んでいくと、急いで申し上げました。それを聞いた王様は、目を見開いて立ち上がり、真っ青になり、真っ赤になり、最後に死人のような土色になって、ひと言、
「良きように」
と呻きました。
また助手が、大急ぎでお医者のところへ戻っていくと、王様は椅子に崩れ落ち、肘掛けに預けた腕に顔を埋め、声を殺して泣きました。
王様の許しを得て、お医者は嘆く産婆を押し退けて、お后のお腹をナイフで裂きました。死んだお后の中から、生きている子どもを取り上げるために。
そうしてお后から取り出された子ども、お后の願い通り――
雪のように白く、血のように赤い子どもでした……
子ども――生まれたお姫様は、丸々と太って、よその赤ん坊の二人分も大きな体をしておりました。が柔らかな産婆が産婆に包んで抱いてきたお姫様を見て、王様の土色の顔は、冬の海よりまだ黒い凍りついた顔になりました。
それはお姫様が、雪のように白く、血のように赤い子どもだったからです。
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その肌と髪の毛、それは雪の白さでした。王様の腕の中で、お姫様は右と左の大きさの違う目で見上げておりましたが、その目と、●●●●の唇は血の赤の色でした。王様は、赤ん坊の口の中に、もう歯が生え揃っているのを見ました。腕は曲がっており、足には毛が生えており、背中はひどい●●●でした。
王様が見たところ、お姫様の体には、ひとつとしてまともなところはないように思えました。
そして、王様は間違っておりませんでした。
王様は、本当はお姫様に名を与えたくはありませんでした。このようなお姫様に名前をつけて、呼ぶことなど、できはしないと思いました。けれども、そうも参りません。やっぱりお姫様には、お姫様に相応しい名前がいるのでした。
ああ、しかしながら、このような子どもには、どのような名前が相応しいというのでしょう。
お姫様を讃える名にしようにも、お姫様は讃えるべきものを、何ひとつ持たずに生まれてきました。名前に願いを託そうにも、どのような神様がこのお姫様の祈りを聞くのでしょう。古い王族や聖人から名を頂くにも、このお姫様には釣り合わないのです。
そこで、このかわいそうな●●●のお姫様は、ただひとつ、美しいと言えないこともないだろう透き通った白い肌をして、こう呼ばれることとなりました。
雪のように白いお姫様、“白雪姫”と――……




