表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/162

58.メルセナリオの剣戟

挿絵(By みてみん)

【おっさん、カルーシアに行く(2/4話)】

 「しょッ、と!」


 左手で胸倉を(つか)む、と同時に右で襟首(えりくび)を吊り上げ、(あご)殴りつけ(アッパーし)ながら男に背負い投げを仕掛ける。相手は俺より余程ガタイがいいが、投げ(・・)は力じゃねえ。コツさえ知ってりゃあ、大男だろうがデブだろうが――

「ぐうっ?!」

――宙を舞う。さっきまで調子に乗って俺に突っ掛かってきてた若いのは、テーブルの間に巧いこと転がしてやると目を回した。

「なあ、(あん)ちゃんよ」

俺は足で椅子を引っ張り出し、若い男の頭の上で膝を組んだ。


 「悪いことは言わねえ。傭兵(メルセナリオ)贔屓(ひいき)の店で()め事起こすのはヤメときな」


 奥から店の主人(オヤジ)猪首(いくび)を更に縮こめて、恐る恐る出てきた。

「アヴェルトさん……()っちまったんですかい?」

「人聞きの悪いこと言いなさんな。ちょいと伸びてるだけだよ」

丸っこい親父は若い奴の様子を確かめ気弱そうに笑った。

「いやあ、助かりましたや、アヴェルトさん。この若造、こんところ毎日のように店に来ちゃあ、強請(ゆす)(たか)り掛けてきやがってね。それで、アヴェルトの旦那……」

親父は一層背中を丸め、上目遣いに俺に愛想笑いする。

「お礼はいかほど包ませてもらっちゃあ……?」


 俺は後ろ髪に指を突っ込んで掻き回し、

「いいよ、馴染(なじ)みの仲じゃねえか。店で客が喧嘩した、そんだけのことよ」

「や、しかし、旦那。それじゃあ私の気が……」

そう言いつつ、腹の中で算盤(そろばん)弾いてんのが見え見えだ。元営業ナメんなよ。

「まあ、そう言ってくれンなら、今日の酒飯(しゅはん)だけ(たか)らせてもらうぜ、親父」

「や、何を(おっしゃ)るんで旦那、今夜はお代を頂ける訳がねえでしょうや! お好きなだけ飲んでってくだせえよ」

ぱちんと珠算(たま)を弾いて、荒事の手間賃にゃ随分安上がりだろう。店の親父は相好(そうごう)を崩して、俺の前に麦酒(エール)を並々注いだジョッキを置いた。




 ***********************************


 あの夜――……会社の事務所に出現したど●こでもドアを開けて、この妙な世界(カルーシア)に――この中世ヨーロッパ的(ド●クエみたいな)世界に来た俺は、その瞬間から何故か“傭兵”の職業(ジョブ)に就いていて、オマケに“武具扱いの達人(アームズ・マスター)”の能力(スキル)を持っていた。


 いやまさか、自分がこうも思い切った転職(・・)に成功するとはなあ……


 名を問われ、「ああ、上戸だ」と答えたら「アーウェート? アヴェルト?」と問い返されたので、この世界でフツウの名前ならそれでいいやと、上戸大祐(ウエト・ダイスケ)は“ダイス・アヴェルト”になった。

 傭兵組合(ギルド)に行ったらすんなり仕事が貰えて、“武具扱いの達人(アームズ・マスター)”の能力で触ったこともねえ剣や弓が自在に使い(こな)せて、あれよあれよという間にそこそこの金と名声が手に入った。



 元の世界で、缶ビール片手に何気なく見たくだらねえ深夜アニメで知ってる、こういうの、“異世界転移(オルト・トランジ)”とか“転生(ナシェレ)”って言うんだ。

 しかしそういうのって、中高生(ガキ)の身に起こるもんなんじゃねえのか。昔からアニメで世界の危機に直面するのは、子どもって相場が決まっているだろう。今日日(きょうび)はおっさんも、異世界転生とかするもんなのか?


 それとも……前に“おっさん”は“人生の終点が見え始めた奴”だとか言ったけど、この先なんざ全く見えない世界に来ちまった俺は、もう“おっさん”じゃなくなったってことなんだろうか……? 



 そして、この異世界だかに来て早3年ばかりが過ぎた。



 ってことは、恐ろしいことに俺もとうとう不惑(40)を超えた計算になるが、こっちで傭兵なんざやってるせいか、体力と見てくれ的には、むしろ30代の時分より若々しいんじゃないだろうかと思う。少なくとも、気持ち的に若返ったのは確かだな。


 元の世界に心残りがない訳じゃあねえ。


 会社や仕事には蚊の小便ほどの責任も感じねえが、やっぱり家族、特に可愛い盛りだった娘、香菜(カナ)はどうしているか、それだけは気掛かりだ。もう小学校も高学年になってるはずだ。元気にやってるんだろうか――……


 ……――とは言っても、向こうの様子を(うかが)い知るすべも、ましてや戻る手立てがあるではない。ただ俺は家族の無事と幸せを願いつつ、この世界(カルーシア)で生きていくより外はない。お父さんはそれなりにやってるよ、お前も元気でな。



 昌美(ママ)の言うこと、ちゃんと聞くんだぞ――……




 ***********************************


 「ほう――……あのガキ、オランジナの坊ちゃんに勝ちゃあがった」


 剣術大会控室側の通路で、俺は(あご)無精髭(ぶしょうひげ)(てのひら)(さす)った。まさかまさかの番狂わせに、競技場は割れんばかりの歓声に包まれ、しばらく収まりそうにない。


 王宮主催の剣術大会、第3試合。


 会場の期待を引っ()げて登場するは若き近衛兵(グローディア)、レイス・オランジナ。刺突剣(レイピア)の名手にして、武門オランジナ家の嫡子(ちゃくし)、加えて金髪碧眼のタカラヅカみたいな美男子とくりゃ、非の打ちどころのない貴公子だ。

 こなた、近頃傭兵市場(メルセナリオ)で名が売れつつある異邦人の剣士、名をユマ・ビッグスロープ。歳は少年に近いような若さだが、カルーシアでは見たこともない不思議な剣術を使う、今大会のダークホース。


 それでもレイス・オランジナ優勢だろうとの、大方の下馬評を(くつがえ)し、試合開始とほぼ同時に、貴公子の疾風のような突きは軽々と()ね上げられ、手を離れて高々と舞った試合用剣(レイピア)は遥か後方に突き立った。


 まさに一瞬の出来事、しんと静まり返った客席から――……


 女達の悲鳴、男どもの喝采(かっさい)――呆然とした王子様に静かに一礼し、ユマ・ビッグスロープは控室へと(きびす)を返した。



 入退場口で観戦していた俺は、通りかかったユマに声を掛ける。

「よ、今の一撃は良かったねえ」

「ありがとうございます」

ユマが頭を下げた。(やっこ)さんとは時たまメシくらいは行く見知った仲だが、試合の緊張でか今日は態度が固い。

「……――俺が次勝てりゃ、そん次はお前さんと当たるよ」

そう言うと、真面目腐った顔で頷き、控室へと消えて行った。


 いやあ、若いねえ……


 腕は立つし、腹も()わってるが、たぶんハタチになってない……ってこたあ、ちょっと待て。あいつ、俺の半分以下か(汗)。黒い髪と瞳をしていて、どっか世間知らずで、笑うと不意に幼い顔をする。そんでから――……



 たぶんだけど、あいつ“異世界転移者(オルト・トランジッテ)”だ。



 顔立ちがアジアンっつうか純日本人だし、あの太刀筋も剣道っぽい。それにさっきの試合――あいつも俺と同じ、何か能力持って(ズルやって)やがるな。

 あの()ね上げは、突きが来るのを知っていて(・・・・・)、狙って打ったとしか思えねえ。と言って、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)ってツラでもない。俺の見たところ……


  “数秒ばかり先が判る予知能力”……ってとこじゃないかな?


 さあて。齢は倍違うし傭兵稼業でも先輩な訳だし、ここであの小僧に負けたら面目が立たんよなあ。予知を使う奴相手に、うーん、どうやって勝つかねえ……?




 ***********************************


 控室の長椅子に転がしたユマが、ようやく目を開いた。きれいに一発で落としてやったから、後に残るダメージはないだろう。


 さっきの試合、面と向き合ったユマの奴は中段、いわゆる正眼に木剣を構えた。やっぱりスタイルは剣道ベースで間違いないようだ。俺をひたと見据えて、仕掛けてくる気配はない。こちらの出方を(うかが)っているか、或いは――数秒先の俺の動きを“()”ようとしているのか……


 ユマにマジで予知能力があるのか、だったらお前、どーしたって避けられちまうじゃねえか。そこで俺の取った手は、手とも呼べねえ単純な方法だった。



 来ると知ってても(・・・・・・・・)避けられねえ速さ(・・・・・・・・)で打ち込む、ただそれだけのことだ。



 頭に大きなコブをこさえたユマは、自分がどこにいるのか判ってないようで、俺の顔を見て不思議そうにしている。そうしてると、思った以上にガキっぽいな。

「お前さんの剣は気持ち悪いなあ。オランジナの坊ちゃんみてぇに、なまじ修練した(ちゃんとした)剣を使うほど、お前とはやり辛えかもしれねーなあ」

そう言うと、ユマはやっとこさ何があったか思い出したようだ。

「アヴェルトさん……俺、負けたんですか?」


 身を起こしたユマの頭を、ぽんと叩いてやる。

「俺もまだまだ若いモンには負けねえよ――……と言いたいとこだが、もう何年かすりゃあ、お前さんやレイスにゃあっさり追い越されるだろうよ」

そう言って、ユマのコブを親指でぐいっと押してみた。

「あいたた……」

「ふむ……ま、たいしたこたァなさそうだ。それはそうと、お前さん、坊ちゃんに()れられたろうから、精々覚悟するこった」

ユマに敗れた時の、レイスの悔しそうな顔。俺とユマの試合を観覧席から見ていた、食い入るような表情。


 「ああいうタイプは深情けだぞ」


 ユマとレイス、いいライバルになれば、お互いもっと強くなるんじゃないかな。いやあ、若いっていいねえ。青春だねえ。

「ま、若人(わこうど)同士切磋琢磨(せっさたくま)して、より一層の高みを目指したまえ……じゃ、おいちゃん、これから決勝戦なんで、ちょっと行ってくるわ」



 ま、もうしばらく今んとこは、おっさんも現役で頑張っちゃうけどね。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ