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57.マリーゴールドの夢

挿絵(By みてみん)

【おっさん、カルーシアに行く(1/4話)】

 メリーゴーランドに乗って、娘の笑顔が遠ざかる――……戻ってくる。柵のこちらの俺に手を振りながら、去っていく……やって来る。木馬のペンキもニスも、ところどころ()げかけているが、娘の笑顔はぴかぴかしている。

「めいごうらん、のるのよ」

娘の舌足らずな発音では、メリーゴーランドはどこかマリーゴールドに語感が似ていて、俺にオレンジ色を思い起こさせる。


 オレンジ――暖かな、何となく“幸せ”を連想させる色。



 また遠ざかるめいごうらん(・・・・・・)を見送り、俺は――……




 ***********************************


 「上戸さん……上戸さん、寝てます?」


 事務椅子で組んだ腕に首を落としていた俺は、

「ん……安田か。いや、ちょっと15分だけな……」

後輩の安田の声にうたた寝の夢から覚めた。デスクのスマホに目をやると、4分20秒をカウントダウンしていくところだった……何か少し損をした気分だ。


 時刻は8時半を少し過ぎたところ。言うまでもなく、夜の、である。

 ……――懐かしい夢を見たな。


 俺は椅子に座り直すと、肩甲骨をぐいっと寄せて(ほぐ)した。

「上がりか?」

「ええ、まあ、そろそろ。上戸さんはまだ……?」

「ああ……っても、見積もり2件放り込みゃあ(しま)いだが」

その2件に仮眠が要るのが、おっさん(トシ)ってやつなんだ。


 俺の名は……まあ、別に興味ないだろうが、上戸大祐(ウエト・ダイスケ)。産業資材を扱う中小企業で営業やってる、しがねえ月給取り(リーマン)って奴だ。歳はいつに間にやら37――今喋ってる安田とは社歴10年差だから、ま、自他ともに認める“おっさん”って奴だな。



 会話が途切れても安田の奴が突っ立ってるので、振り向いて、

「気ぃ遣わんと帰れよ、俺は自分で休憩しもってやってんだから」

そう言うと、相手はほっとしたような顔で頭を下げた。

「あ、じゃあ、申し訳ないですけど、お先です」

自分の仕事が終わりゃ、別に堂々と帰ればいいんだが、上の人間が残ってると帰りにくい空気は、日本の会社の悪しき慣習だよな。


 と、安田がコピー複合機の前で振り返った。

「そう言えば、上戸さん、前から思ってたんすけど、何でウチって(いま)だに見積もりFAXで入れてんですかね。今時、メールでもいいと思うんですけど」

「ずっとそーしてるからだろうな」

俺はそう言って肩を(すく)めた。

年寄り(ロートル)はやり方変えるの嫌うんだよ。新しい便利なモン出ても、慣れてる方がいい。俺より上の世代のガラケー率見てみろよ」

「ああー……」

「それと、一定より上の人間は、ちゃんと紙の現物がないとダメなんだ。データだけだと不安らしい」

「マジすかー」

「まあ、そう言う俺も、子どもの頃にはシールとかカード集めてたけど、パ●ドラとかのデータに課金するのはちょっと抵抗あるクチだ」

「マジすかー……」



 話していてもきりがない、手で追い払う仕草をすると安田は笑い、

「じゃ、お疲れ様っす」

頭をひとつ下げて出て行った。これでいつものごとく、社内には俺と、同期入社のコピー機(FAX)君の二人だけが取り残されたのだった。




 ***********************************


 こうしてデフォルト残業で半ば会社の戸締り係を任じているのは、何も俺の仕事が遅いからではない。担当エリアが一番遠場なんだ。誰より遠くから社内に戻ってきて、そっから事務仕事するんだから、そりゃあ遅くもなるってぇの。

 PCで見積もり叩きながら、我知らず深く深くいつまでも息を吐いている。大学出てこの会社に入って、結婚して、娘も生まれて――……


 気づけば37歳(オッサン)で。何なんだ、この“行き詰まり感”は……?



 何で未だに見積もりFAXで入れてんですかね――……それに尽きるんだよな。



 つーかさ、営業って――……商社って、要らねえよな。


 ウチに社是(しゃぜ)ってのがね、“顧客満足”とかね、“感動を創造する”とかそーゆー系でさ、お客さんとの人間関係云々(うんぬん)を吹いてんだけど、営業でする話なんざ結局8割方どんだけ値引きできるかだぞ。

 普通に考えてさ、スーパーとかコンビニでよ、店員が気に入ったからって高いとこで買わんでしょ。ウチは所謂(いわゆる) “工具屋”って言われる業種だけど、俺から買うのとネットで買うのと、正直そんな差はねーと思うぜ?

 たぶん俺のやってる仕事って、見積もりFAXで入れるのと同様の、古き悪しき無駄な慣習でしかない。一定より上の人間が消えたら、その時は……



 生き残るには、誰かがやり方を変えていかなくちゃならねえ――……


 が、組織の体質(・・)ってのは、俺一人が何したところで変わるもんじゃねえ。特に“変えたくねえ”って連中が“上”で踏ん張ってるなら尚更だ。それに俺自身、やる気も愛社精神も、とっくの昔に尽きて0よ。


 ウチの社長ってのは二代目で、その“上で踏ん張ってる世代”だ。“顧客満足”や“感動を創造する”はこの社長の旗印で、「営業は足で稼いで心で売れ」を金科玉条(きんかぎょくじょう)(いただ)いている。

 その上、自己啓発系が大好きで、“人を動かす(カーネギー)”とか“問題解決(マンダラ)シート”とか“ジョハリの窓”とかを聞き(かじ)ってきては、俺らに講釈を垂れるのが大好きだ。どうも、やりがいとかお客様の笑顔が“報酬”だとか、社員にいいことを教えてやってるとか、マジで思ってそうなのがちょっと怖い。


 まあ、ぶっちゃけ邪魔っけなオジサンだよ。古い考え方(アタマ)にくだらねえ金科玉条(キンタマ)ぶら下げてんだから。



 たぶん俺らのいっこ上の世代が(がん)で、俺らの世代がクソだ。


 企業戦士なんて言われていた世代の方々は、確かに今は面倒くさい爺さん達になったけど、じゃんじゃんばりばりこの国の(いしずえ)築いてきただけあって、それでも存在に重みがあるよ。

 始末に悪いのは、若い頃に尾崎豊(笑)に共感して、異常景気(バブル)の真っただ中に新卒社員になった奴らな。何の努力もせずに“甘い()”のお零れ舐めた経験だけあるから、妙にカンチガイしてて、古い価値観で偉そうに語るのよ。


 俺達ゃお祭り騒ぎの去った(メチャクチャになった)後の人間だからな、浮かれた連中をしらーっと見てた、就職氷河期(アイス・エイジ)の生き残りよ。

 上はバブルで下はゆとりで、どーしろってーのよ。冷めた目で世の中(はす)に見て、何の期待もせずに生きてくしかねーじゃん。



 ちゅう訳で、若者たちよ。俺らの上の世代が死んじまうまで我慢しな。俺達世代は無気力で腐ってるけど、上の世代みたいに邪魔をすることはしねーからさ。




 ***********************************


 ほい、と言ってる間に、1件目の見積もり終わり。これ送って値引き要請が返って、予め乗せた引き(しろ)削ってお幾ら万円(・・・・・)でFAかな。

 いや、そのやり取り要るか? 最初から一発価格出しゃいいじゃねえかよ…… まあ、いいや。もう一枚打つ前に、ちょいと一服するか。


 この禁煙分煙のご時世、多分に漏れずウチでもデスクで吸うのは禁止だ。と言っても廊下の隅に灰皿置いて、分煙のつもりだからウチらしいわ。


 娘が生まれて一時ヤメた煙草(マルボロ)も、また本数が増えてきた。



 家庭もまた仕事と同様に、10年を目途に何らかの結果が出ると言える。さっきの居眠りの夢は、もう何年も昔の記憶で、娘の香菜(カナ)は今もまだ小さいが、と言ってメリーゴーランドをはっきり発音できないような齢でもない。


 家庭か――……何か問題があるかっちゃあそんなことはねえが、円満かっちゃあ胸張ってそうだとも言えない気がするな。

 とにかく一緒に過ごす時間が少ないのよ。俺が寄り道ひとつせず真っすぐ家に帰っても、同じ食卓に着くどころか、起きてる娘の顔を見る日のほうが少ない。オネーチャンのいるとこで飲むでもなし――まあ、“俺ら世代”はその手の遊びにそんな興味ないんだが――嫁さんも悪い旦那じゃねーとは思ってくれてるはずだけど、理想のダーリンにゃあ程遠かろう。



 嫁さんとは、仲が悪いってこともないけれど……

 あいつ、最近話す時、あまり俺の方を向かないんだよなあ――……




 ***********************************


 ああ、ヤだねえ――……


 “おっさん”てぇのは、別に年齢のことじゃないね。人生の見通しっつうか、終点っちゅうか――そういうモンが薄ぼんやりと見える場所に辿(たど)り着いちまった奴のことを、そう呼ぶんだろうなァ……


 俺は抽斗(ひきだし)を開けてマルボロの箱を取り、事務椅子から立ち上がる――

「は――……?」

そして俺は、半端な中腰のまま固まってしまった。



 この事務室の、愛想もクソもねえクリーム色の樹脂の、(くも)りガラスの(はま)った見慣れた扉――その隣、あんな位置に、もうひとつ扉ってあったけ……?


 1.上戸さん、あなた、疲れているのよ。

 2.ガチで超常的な何かが現在進行形。

 3.現実の俺は過労で床に倒れてて、最後の夢を見ている。


 椅子に座り直し、くるっと体を扉の方に向け、しばらく(にら)みつける。そいつが幻覚にしろ何にしろ、とりあえず俺の主観的には消えずにそこに()る。


 問題は、それを開くべきか否か――……だろう。


 もし、その扉が俺には理解の及ばない理由で、本当の現実にそこにあるとして、開けば間違いなく、取り返しのつかない……後戻りのできないことになるはずだ。


 何故なら――……



 あの扉のデザイン、そして塗られたピンク色……

 誰がどう見たって、某猫型ロボット(ド●えもん)の“どこにでも行けるドア”だからな。




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