54.獅子髪の傭兵
「おお! ユマ・ビッグスロープじゃねえか!」
その胴間声を耳にして、傭兵ユマ・ビッグスロープは数秒、回れ右して組合の扉から逃げ出すかどうか本気で迷った。
場所は王都カルーシアの傭兵組合。そこそこ傭兵として売れてきたユマは、掲示板の張り出し依頼書だけでなく、ちらほら舞い込む名指しの依頼も確かめに、日に一度はギルドに足を運ぶ。
声の主はユージン・“荒獅子”・ヴァンダルハーツ。筋骨隆々の大男。蓬髪に赤ら顔。腕は確かだがとかく血の気の多い。得手は六角の棒の先に鉄塊を付けた長槌。世に豪傑を描けばかくありなん、というような男だ。
北方の出だそうで、名前もそちら系らしいが、ここ王都では伸ばしの入る名前は女性風に聞こえる。ユマも本名は“ユーマ”だが、縮めて“ユマ”で通している。ユージンは気にせずそのまま名乗り、酒の席で自ら笑い話にする。ライオンと綽名される傭兵の、名前が可愛らしいものだから、これが鉄板でウケた。
ユマは以前、王都から西方の穀倉地域のシュマフはヤティマタの樹海、マンドラゴラの採取依頼でユージンと組んだことがある。
王都からシュマフまで片道3日の道程。その宿場々々で、ユージンは毎夜大酒を食らい、女給の尻を撫で、酔客と喧嘩をして、冗談かと思うような鼾をかいた。ユマは気の休まる時がない。
と、思いきや、“魔の森”とも呼ばれるヤティマタの樹海に足を踏み入れると、ユージンは自慢の大槌をぶん回し、向かってくる狼だろうが猪だろうが脳天に一撃。今度はユマが刀を抜く暇もない。
結局、ほとんど全てを独りで熟し、ユマがしたのは絶叫の根っこを探し当て、呪いを喰らわぬよう適切に抜いただけ。
だがユージンは大いにユマを気に入ったらしく、王都に戻れば報酬はきっちり半分に分け、更に酒場へ誘って、飲み代は自分の稼ぎから出した。
「お前は、ビッグスロープよ、俺みたいな馬鹿相手に、クソ真面目な馬鹿野郎だ」
豪放磊落なユージンの気性からして、ユマの“和”を重んじる性格は好ましく感じたものらしい。ユマの方は、1回で懲り懲りだと思った。
ユージン・ヴァンダルハーツが声を掛けてきたのは、受付脇のテーブルからだった。手元の茶の薄さと、組合長の苦り切った顔を見るに、随分そこに居座って喧しくしているようだ。
さて、面倒な男に引っ掛かったが、さりとて見つかって無視もない。仕方なく傍らに寄ると、座った男と目線の高さはそれほどに変わらなかった。
「……やあ、ヴァンダルハーツ。相変わらず元気そうだ」
「かっかっか、湿気た挨拶だ。景気はどうだ?」
ユージンは体もデカいが声もデカい。組合にいた傭兵達が、何事かと振り向く。
「ま、それなりに食ってる。この前は貴族のお嬢さんの野遊びの御供をしてね、あれは楽で良かった」
「おいおい、そんだけの腕持ってて、随分みみっちい依頼やってやがる」
「養う口が増えたからな。選り好みはしねえのさ」
「は~あ、勿体ねえ勿体ねえ。腰のモンが錆びついちまう。また俺と二人でよお、大暴れするような依頼をやろうじゃねえか」
ユージンは机をばんと叩き、受付に向かって怒鳴った。
「組合長! そういう依頼を回してくれや!」
「おう。回してやるから、いい加減出てけ。ここは茶店じゃねえんだ」
髭面の顎を撫でて不機嫌に言った組合長、ウォック・ボーパルは初老痩躯の男だが、当然元傭兵だけあって射抜くような眼光は衰えていない。
「お前さんみてぇな魔除け像が頑張ってちゃ、依頼しに来る客が逃げ帰っちまう」
そう言うと、ユマの方をじろりと睨み、
「ユマ、今日はお前さんの御指名は来てねえな。悪ィがそこの魔人像みてえなの連れてってくれや」
弾みを食った形で追い出され、ユマは釈然としない思いで組合を後にした。
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傭兵組合を追ン出されると、外は運河通りである。小舟がやっと行き交える幅の運河に、ところどころ橋が架かり、両岸の道に沿って商店が建ち並ぶ、
さて、ユマは予定外に暇ができた。
「ったく、得手勝手な組合長だぜ」
己を、ユマでは手の届かない高さの棚に上げて、ユージンは頭をぼりぼりと掻き、お天道さんに向かって大欠伸をする。この野郎、悪い奴じゃないけどいい奴ではないし、憎めないけれど憎たらしい顔だ、とユマは思う。
長閑な王都の昼下がり、こんな“むくつけき男”と町をぶらついても始まらない。ちょいと一杯引っ掛けるか、と言うには日も高く、それにユージンの酒癖の悪さはユマも身に染みている。
「じゃあ、荒獅子の。仕事にもあぶれたし、俺はこれで失礼……」
「あー! ライオン頭のおっさんだー!」
ユマの言葉は、甲高い声と幾つもの小さな足音にぶった切られた。粉屋のプッセ、鍛冶屋のサジ、仕立屋の姉妹はローザとメアリ、一番チビは料理人の息子のティム坊や。集まってきたのは傭兵組合の周りの、町屋の子ども達である。
「おっさんじゃねえ、ヴァンダルハーツさんと呼べと言っとろうが」
天衝く大男が凄んでも、子どもらはお構いなしだ。年上で腕白なプッセが、あかんべえをして囃し立てる。
「やーいやーい、ぼさぼさ頭のおっさん、やい!」
「この悪ガキどもめっ」
ユージンが足音も荒く向かっていくと、子ども達から楽しげな悲鳴が上がった。毎度の光景に、ユマは思わずにやにやしてしまう。
岩から削り出したような強面の男が、何故か近所の子どもの人気者なのである。当のユージンも何だかんだと構ってやるし、ちょっかいを掛けられても怒らない。これがその辺りの破落戸が揶揄ったなら、革手袋のような拳骨で寝かしつけられているところだ。
前のマンドラゴラ狩りの時の話だが、森でユージンが無造作にちぎった葉っぱを笛にしたところ、肩に小鳥が留まるわ、木陰から鹿が顔を出すわ。
(野獣みたいな面をして、白雪姫みたいな真似しやがる……)
ユマを驚き呆れさせた。
町でも、カオリンチュがこの男の後をついて歩くのを見たことがある。
(まあ、結局あれだな……)
つまるところ、この男、子どもか動物みたいなものなので、向こうも仲間と思って寄ってくるのだろう、と、ユマも酷いことを考えている。
ま、少々ガサツだが、悪い奴じゃないし憎めない男なのだ。
さて、と。予定もないことだ、自分も子どもの相手をするかな。両脇にプッセとティム坊やを抱えて、きゃあきゃあ笑わせているユージンに、
「じゃあな、ヴァンダルハーツ。俺も帰って、妹にメシ作ってやるとするよ」
ユージンはキョトンとし、二人を地面に下ろさず持ち上げて両肩に乗せた。
「お前、メシとか作るのか」
「ナメるなよ。シチューなら、2回に1度は食えるモンが出来上がる」
ユージンが顔を顰て嘆息した。
「その腕で野菜を切ってちゃ、宝の持ち腐れもいいとこだ。魔物とか山賊とか、もっと面白いモノを切れ」
「馬鹿を言う。ならず者と玉葱が一緒くたになるか」
ユマは苦笑して、挨拶の手を上げた。
「また、その内にな」
「おう。そん時ゃ、一緒にデカい依頼をするぞ、ビッグスロープ」
そう言ってユージン・ヴァンダルハーツは豪快に笑った。あまり体を揺するものだから、子どもら二人が落ちないよう、
「って、いててて! こら、ガキども、髪を掴むんじゃねえ!」
必死にライオン頭にしがみついた。
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数日後。
今日も今日とて、ユマは律義に組合に足を運ぶ。妹と二人なら、当座は食っていける蓄えは実はある。だからと言って、金が尽きるまで適当に遊んで暮らそうという気にはならない。そういうところは、我ながら意外と日本人的だな、と思っている。
傭兵仕事、異世界生活を楽しんでいる、というのも、大きな理由だ。
運河通りに差し掛かり、ユマは先を行く壁のような背中を見つけた。見間違い様もない、ユージン・ヴァンダルハーツだ。
「おーい、荒獅子の!」
運河通りでこっちに背を向けているなら、行き先は同じだ。声を掛けるというと、ユージンは振り返り、厳つい面に悪意なさげな笑みを貼り付けた。
追いつくと無意味に肩をばんばんと叩かれ(普通に痛い)、ユージンが例の“デカい依頼”の話をひと頻り打つのを聞きながら連れだっていくと、前方で何やら人集りができている。
「お、何だ何だ? おう、ビッグスロープ。何だろうな、ありゃ?」
「さあ……喧嘩か何かじゃないのか?」
「ちょっと見に行こうぜ」
そう言うと、ユージンはのっしのっしと騒ぎに近づいて、人垣を押し退けて輪の中に入っていった。心の赴く儘かよ……ユマはため息をつき、自分も人集りに向かっていった。
近づくと、ユージンの様子がおかしいのがひと目で判った。何しろ、人の群れから頭ひとつ抜けている。いつもは騒々しいその頭が、微動だにしない。
(何があった……?)
ユマは気を引き締め、そっと人の間に分け入った。
「あ、ビッグスロープさん」
「傭兵の旦那」
ユマは王都でそれなりに名が売れているし、この界隈では顔も知られている。道を開けてくれる人々に愛想をしながら、傍らに寄ったユージンの横顔は、作り物のように無表情だった。石像のごとく身動ぎをせず、足元を見下ろすユージンの視線を追って、ユマもまた顔が凍りついた。
ユージンが見ているのは、横たわる子どもだった。
粉屋のプッセだった。誰かが持ってきた毛布に寝かされたプッセは、全身が濡れそぼっている。ほんの数日まえ、傭兵に舌を出して囃し立てた口は、もう息をしていなかった。
眠っているように閉じた目は、今にもぱっと開いて、
「引っ掛かったな、ぼさぼさ頭のおっさん、やい!」
と飛び起きそうだった。だが、ユマはそれが叶わぬ望みだと知っている。プッセはもう二度と目を開かない。
「どうやら、遊んでいて運河に落ちたらしい」
後ろから誰かがそう言った。
ユージンはしばらくプッセの亡骸を見下ろしていたが、やがてしゃがみ込み、少年の濡れた髪をくしゃくしゃと撫でた。そして立ち上がり、物も言わずに振り帰ると、取り囲む人の輪がざっと割れた。
ユージン・ヴァンダルハーツは、ざっざっと石畳を靴で掃くように歩いて行く。何だかその背中がいつもよりひと回り小さく見えて、ユマは遣り切れない思いで、ユージンの後を追った。




