53.番外・パイロ、愚者の黄金(2)
カランポーの眠りを覚ます、狼王。
たったひと吼えで夜も眠れず、なんてねェ――……
人間様ァ頭にきてなさるが、群れの連中は腹が膨れるようになって万々歳で。そうなりゃあ現金なもんで、初めからこうしてりゃあ良かったァなんて、御頭の苦労も知らずに無責任なもんでねェ。
御大、少々御髪に白いモンが増えておられやしたなァ。
一度なんざ件の弟さん、ひょっこりこっそり戻ってこられて、御頭に忠言のひとつも呈して行かれたようだが――……
群れァもう、後戻りのできねえとこまで来ておりやしたんで。
え、そりゃあ全部アタシの描いた絵だったんじゃねえかってェ?
お前さん、そいつァ買い被りですや。アタシなんざ所詮の小物、何の絵が描けましょうや? 描いたところで絵に描いた餅、大物化かして盤の差し手気取る器じゃござんせんや。
アタシのしたことと言やァ、ただ坂の上の石ころチョンと突いただけのこと。どこをどう転がっていくかなんざ、知る由もねえ。ただじぃッと転がる先ィ見てるしかねえんで。ホント……
悔やんでも悔やみ切れませんやな。
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ロボの御頭ァ、伊達に魔獣呼ばわりされてねェ、神出鬼没で用心深く、いかな人間様たってぇ、そう易々とふん縛れる相手じゃねえのさ。怖いネェ。
けど、怖いのは身内にも言えるこって。
狼王が率いてンだ、御頭に従ってりゃ滅多なこたァねえ、って裏ッ返しゃあ、誰に御頭に逆らう度胸がありますかッてハナシよゥ。従いやすよ、怖えんだもン。
ただの一匹、別にしてねえ。
何のこたァねえ、他ならぬ奥方でござんすよゥ。惚れた弱みってェ奴なんでしょうかねえ? 男女の仲ってのは、アタシみてぇな朴念仁にゃピンと来ねえが、ま、カランポーの魔獣ともあろォ御方が、女房様にゃあちいと甘え顔、なんて聞きゃあ微笑ましいたァ思いやせんか。
ところがこいつが裏目ンに出たねェ。
手下ン中にゃ御頭の言いつけに背く奴ァいねえ。ンなことしてみなせェ、こッ酷い目に遭わされまさァ。ところが奥方ァ話が別よゥ。
件の“百匹”ん時だって、奥方一緒だったんでアタシもお叱りで済んだんだ。
てなもんで、奥方ァ時々勝手をなさる。御頭も苦え顔するばかりでね。
その日も奥方、御頭に断りもなくプイと出掛けて――
人間の罠に掛かっちまったンだ。
御頭がついてりゃあ、いやさ、御頭の言いつけ聞いてりゃあ、罠になんざ掛かりゃあしなかったろうに。
それで御頭ァどうしたって?
いやはや、あんな御頭、初めて見たねェ。
奥方様が捕まったって聞いて、御頭ァ取り乱しましてねぇ。まさか大胆不敵の御大が、って群れの連中も吃驚仰天さァ。
まァね、昔ッから英雄が身ィ滅ぼすなァ、色と相場が決まっておりやして、御頭も御多分に漏れなかったんでございますな。群れェおッ放り出して、半狂乱で奥方探し回ったァ挙句――
とうとう御頭までとッ捕まっちまったんでございます。
これがカランポーの魔獣、稀代の狼王、ロボの最期なんでございますよ。
惚れた女ァ助けに行って、討ち死にされちまうなんざ、あんまり芝居掛かってるもんだから、群れの連中もポカーンとしちまってね。こう、作り事みてえで実感が湧かねえんでござんすな。
まあ、そう言って御頭ァいねえワケでね。頭がいねえじゃ群れが立ちいかない。仕方ねえってンで役ゥ振られたのが――
憚りながら、アタシってワケで。
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何のこたァねえ。年の功とちぃとぱかし小知恵が回るッてんで、面倒事ォ押し付けられた塩梅でね。それでも、まァ、正直嬉しくねえこともなかったんで……最初の内は、ねェ?
やって理解った身に染みた。群れのボスってェのは、やってくれるッて御方にお任せすンのが一番だってねェ。
いやはや、聞いて極楽生き地獄、ボスってなァ傍目で見てるほど結構なもんじゃござんせんぜ。責任だァ何だ、乗ッ掛かってくるモンばっか重くって、いざとなったら命懸け、返ってくるって言やァ尊敬だ信頼だ、屁の突っ張りにもならねえもんばっかで。腹も膨れねェや。
群れの食い扶持も、ましてや仲間の命も、そうそう抱え切れるもんじゃねえ。それを抱え切って当然、取り落とすと文句が出てくんのがボスなんで。アタシゃ器じゃなかったんだねえ。思い知ったというワケさァ。
それで気づいたンだ。
アタシゃ転がってく石ころの先ィ見たかったんで、手前が石ころになりたかったんかじゃなかったんだって、ネ。
と、ここまでが先だってのオハナシだ。
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こっからが今日のオハナシでね。
ボスだ御頭だと担ぎ上げられてまだ日もねえんだが、アタシゃもうすっかり嫌ンなっちまッてましてねェ。いやさ、そうじゃなくッてね……
大変なァ大変だ、辛ェのも辛い。けどネ、アタシゃ何より飽きちまッたンでさ。思ったより面白くなかったンで。ロボの御頭、よくもまァこんな面白くも可笑しくもねえの、真面目にやってらしたや。
それでねェ、もうヤメちまおうかな。誰かに押し付けちまうか、群れェおっ放り出してやろうかしらん、なんてね、一匹で森ィ歩いてたんで。
するってェと、誰に会ったと思いやす?
それが奥方様なんで。
そりゃあもォ、驚くの驚かねえの。
腰ィ抜かして、お助け、迷わず成仏ッ、てなもんで。
でもまあ、気ィ取り直して脚ィ数えてみりゃあ、 ひいふうみのよの、ちゃんと四本揃ってござる。何をどうやったか知らねえが、奥方、人間様ンとこから生きて戻ってらしたんで。
口ィあんぐり開けてると、こっちゃあ陰になっていたからか、奥方様ァアタシに気づかず通り過ぎていちっまった。けど、アタシは気づきましたネェ。
奥方様、腹にお仔がいらっしゃる。
嬉しかったネエ。すぅーっと気持ちが軽くなりましたよゥ。
奥方ァ身持ちが固え。奥方様の腹にお仔がいるなら、御頭のタネに間違いねェ。御頭ァ跡目をちゃあんと遺していかれたんで、こんな嬉しいことはねェや。アタシも群れに不義理せず、御役御免に与れやすからね。
本当なら、ボスの座ァ奥方にお返ししてネ、二代目後見して差し上げんのが筋かとも存じますがね、やっぱり草臥れちまってね。新しい石の転がる先、見てみてェ気もするが、このまま楽隠居決め込んじまおうかッてね。
ですからね、御親切は有難えが――……
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……――その肉ゥ、知ってて食おうとしてましたんで。
人間様の置いたモノだとね。ま、そういうこッてございます――
これがこの世の食い納め、いやさ浮世の悔い納め。止めて下すったアンタの御親切、一生恩に着ると言いてェところだが、生憎幾らも残っちゃいませんや。
吝嗇な野郎の繰り言世迷い言、これを最期の仕舞い言、お付き合い頂きまことにありがとうござんす。それじゃア、これにて――……
御免なすって――……
(次ァ何処の“世界”へ行きやしょうかねェ――……)
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Pyro[パイロ]:
「火の」、もしくは「熱の」の意
Pyrite[パイライト]:
黄鉄鉱。ハンマーで叩くと火花が散る性質から、ギリシャ語で「火」を現す“Pyr”に由来する。
真鍮色をしているところから黄金と間違われることがあり、別名“愚者の黄金”とも呼ばれるが、所詮は価値のない紛い物でしかない。
~“番外・パイロ、愚者の黄金”・完~




