52.番外・パイロ、愚者の黄金(1)
紛い物は所詮、紛い物。どうしたって“本物”にはなれねぇンで。
ああ、今なァ此方言。ほんの一般論で。アタシ? 名乗るほどのモンじゃあ……なんて決まり文句で啖呵切ったところで、隠すほどの名でもねえや。
親がくれた名ァ、パイライト。仲間内じゃパイロ、人間様にゃあ“黄色い狼”なんてので通ってる。毛の色、見たまんまですな。いえね、アタシゃこれでも人間様に知られるくらいにゃ幅ァ利かせてこともございやして。
こう見えて、群れの頭だったんですぜ、アタシ。
お前さん、ロボって名前を知ってますかい?
そうそう、そのカランポーの魔獣のこって。
実を言うとね、アタシのいた群れのボスってのが、その魔獣だったんで。いやいや、ホントのハナシ。まあ、身内褒めるってのも口幅ってえが、ロボって御仁は、そりゃあもう立派な御頭でねえ。へえ、名君ってやつで。
へえ、ロボの噂は聞いたことがある?
けど、そんな作り話みたいな立派な狼が実在するとは思えねえ?
ま、そう思うのが普通でござんすな。
ですが、実際いたんだから驚くじゃねえですかい。そりゃあもう、噂通りの凄え御方でござんしたよ。ロボの御頭がボスである限り、怖えもんも食いっぱぐれもねえ。御大に従ってりゃあ間違いはねえんで。へえ。
でもねえ……それってどうなんですかい?
そりゃあね、腕っぷしは強い、知恵も回る。いざとなりゃあ群れンために手前の命も惜しくねえってんだから、頭が上がらねえ。いい男だァね。おまけに奥方も別嬪でね、ボスとしちゃあ、そりゃあ頼もしい御方だ。
けどね、同じ雄とすりゃあどうです?
そういう、非の打ちどころのねえ御方ってえのは?
羨ましいですかい? それとも、妬ましいと思いますかい?
そもそも御頭ァ代々ボスの血筋でね。ボスになるべく生まれた訳だ。もちろん、そんじょそこらの七光り、凡百のボンクラ坊ちゃんたあ違って、実際あれほどボスに相応しい御方もおりますまいて。
ただね。
生粋のボスだけに、育ちが良過ぎるんでしょうかねえ。群れンために体張んのも当然、周りが従うのが当然ってェ、疑いもしねえんで。そういう、何てェか、真っ当なんですな。
悪かねえ、悪かねえんだが、あんまりにも正しくて、真っ当な御方ってなァ、何てェか、ねえ?
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そこへいくと、ボスの弟さんって方は、面白い御仁でした。
滅法頭の切れる方でねえ、合理的ってんですか? 要る要らねえをすっぱり分けて、ばさばさと切って捨ててくようなところがありやした。
そのせいか、決して情の薄いんじゃねえんだが、どっか冷てえように見られることもおありのようでしたな。
で、この方ですがね。御大の弟なんだから、当然ボスのお血筋なんで。器量ったってェ、決して御頭に引けを取らねえ。けど、ボスにゃなれねえのさ。
御頭ァ生まれながらにボスになる定め、弟さんはなれねえ定めだ。
御本人がどう思っていたか、アタシなんぞにゃ知る由もねえが、寡黙な御仁でしたからねえ、どうなんでしょうなァ、そういうのって?
アタシは弟さん小さい時分から存じてますが、ただ粛々と腹ァ見せるような気性じゃねえ。かと言って、実の兄ィ蹴落として、ボスの座奪ってやろうって御仁でもねえんで。
群れにいるにゃあ、ボスに従うか、ボスになるか、二つにひとつしかねえんですから、面白えたあ思いやせんかい?
で、どうなったかって?
言いやしたでしょう、あの方ァ合理的だってね。
従いたくねえ、ボスにもなりたかねえ、押して通りゃあ道理の引っ込む無理難題、あっさり三番目の道選びなさってね。自分から群れェおん出ちまったんで。
群れェ切って捨てちまったんですな。何ともあの御仁らしい、見上げた潔さじゃあねえですかい。
けど、まあ、御頭ァ怒ったねえ。
御大、弟さんは当然片腕として、自分を支えて群れェ盛り立ててくれると思ってらしたんですな。理想家なんでしょうなァ。それだけ信頼していたんだとも言えますがね。いずれンせよ、御頭にゃ弟さんの気持ちゃア、どうしたって理解りゃあしねぇでしょうや。
と、まあ、これがお家騒動にもならねえ、兄弟喧嘩の顛末ってェ訳で。
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え? アタシがその始末、気に入らねえんじゃねえかって?
いやいやいや、滅相もねえ。怖ェこと言うねぇお前さん。
ロボの御頭ァちいとお固いとこはござんすが、畢竟、あの方ほどボスに相応しい狼はいねえんで。
まあ……そりゃあね、アタシに言わせりゃ、多少屈託のある御仁の方が面白味があったりするんでね、ちょいと弟さんに肩入れしてるとこもありやすが。ま、ちいとばかり退屈でも平穏無事が結構なンでございますよ。
(………………)
……――あんた、おっかないね。
おうおう、桑原桑原。お前様、随分と察しがいいじゃござんせんか。
へっ、仰せの通りさ、気に入りやせんや。そんな型に嵌めたようなボス、面白くも可笑しくもござんせんでしょうや。
折角カルーシアまで転移して来たんだ、面白可笑しく生きなくッて、いってえ何の異世界転生だってハナシで――……
……――や、何でもござんせん。ほんの此方言でして。
ああ……いや、そう大それたこたァね、致しやしねえ。別に面白くねェってだけで、御頭に含む筋があるでなし。アタシだって、言ったところで手前の群れは大事なんでござんして。
なァに、ちいとばかり、悪さをしたってェハナシですよ。
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ロボの御頭の奥方ってェのはね、真っ白な毛並みをした、そりゃあ別嬪さんでねえ……あッ! いやいや! 違えますって、人聞きの悪い。ソッチの“悪さ”じゃあござんせん、そういう色気のあるハナシじゃありやせんので。
奥方様ァね、御頭の弟さんを、実の弟のように可愛がっておいででね。それが群れェはぐれたってンで、すっかり気ィ落とされなさった。そこで見かねたアタシがチョイと気晴らしにお誘いしたって訳で。へえ。
ナニ、ちょっとした遊びでさァ。
あの頃ァ、今じゃあすっかり増えた人間様の牧場だが農場だかが、縄張りの隅っこに出来始めた時分でねえ。アタシゃ奥方ァ焚き付け……お誘い申し上げて、そこな牧場の羊ども片っ端から噛み殺してやったんで。
え、それなら聞いたことある?
あ、結構有名なハナシ? へえ、そいつァ知らなかった。
へ、一晩で二百と五十? いやァ、そいつァ流石に盛り過ぎってもんだ。
奥方と二匹で精々が百、それったって若かったからやれたんで、今じゃあ無理だねえ。そもそもやろうって気が起きねえや。実際、あんな無茶ァあれッきりでね。
そう、端から一回こッきりのお遊びなんで。けどまあ――
その一回で、人間様の怒ったの怒らねえの。
アタシ達の群れァ、人間達から目の敵にされたんで。
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アタシも奥方も、ロボの御頭にこッ酷くドヤされやしたがね。しかしこの一件を切っ掛けに、御頭ァ家畜を襲うことに決めた。確かにね、人間様ンところに押し込むなァ危ねえ。命懸けサア。けどネ、面白ェンだ。野ッ原で兎だぁ鼠だぁ追っ掛けるより余ッ程ね。
そうこうしてると、人間様のお怒りも募りゃア、悪名も鰻登りってェ具合でしてね。え? ああ、いや……アタシらじゃねえ、ロボの御頭の名が、でさァ。
そりゃあそうさァ。ロボの御頭あっての群れでっしょう?
白い狼が悪さしたァ、黄色い狼が悪さしたァ。そいつらみィんなロボの手下、糸引いてンなァ頭のロボだ。みィんな御頭の“手柄”ってワケですようゥ。人間達ゃあ大騒ぎで、ヤレ魔獣だあ、ソレ悪魔だあッて、いやあ、大変でござんしたねェ。
たった狼一匹に、人間様ァ天手古舞たァおッかしいじゃねえですかい――……