表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/162

50.ロボ、甦る狼王

挿絵(By みてみん)

【“カランポーのはぐれ狼(8/11話)】

 ロイドが地面に穿(うが)ったのは、決して譲れぬはぐれ狼の一線だった。


 あの子は、あの死んだ雌狼と群れの仲間達からの、大事な預かり物だ。約束はなくても頼まれていなくても。あの子を殺させはしない(今度も死なせはしない)。この身に変えても、命がここで尽きるとしても((たと)えトラックが相手だろうと)。


 兄貴、ブランカ。俺に力を貸してくれ。

 ロイドは()えた。



 「ここからは一歩も通さない――……」



 狼王の咆哮(ほうこう)に森が震えた。夜の鳥も虫も、鳴りを潜めた。不意の静けさに、がちん、自ら立てた装填の音におののきつつ、カウボーイ(バケーロ)の一人がそろそろと慎重にロイドに銃口を向けた。と、その肩が後ろから(つか)まれた。

「……何だ?」

狙いをつけたまま振り返り、相手の顔を見た男はぎょっとした。肩に置かれた手の先にある顔は、掲げたランタンの赤っぽい灯りにも明らかに、真っ青だった。

「こんな、馬鹿なことが……」

目を裂けんばかりに見開いて、男は(うめ)いた。


 「ありゃあ、ロボだ」


 仲間(バケーロ)達は顔を見合わせ、ランタンの奥を覗き込んだ。

「ロボって、あの、カランポ―の魔獣(ベスティエ)か?」

「もう何年も前に、ブランカ(カミさん)ともども取っ捕まったと聞いたぞ」

口々にそう言うが、ランタンの男はロイドを凝視して身動きもしない。いや、見れば細かく震えている。男は首を振った。

「俺はなあ、昔この目でロボ親父を見たことがあんだよ」


 「あの化け物みてえなデカさ、悪魔みてえな真っ黒(ディアボロス・ネーロ)の毛並みを見ろ。あんな狼、二匹といてたまるか。間違いねえ、あいつはロボだよ」


 男は猟銃持ちの肩を(つか)んだまま、後退(あとじさ)った。が、撃ち手はその手を振り払う。

「うるせえぞ、ロボ親父(ベスティエ)だか魔獣化した狼(ヴォルダート)だか知らねえが」

狙いをつけ直し――……

「もっぺん撃ち殺しちまやあ、一緒だろうが!」

……――撃った。もう一人のマスケットも、それに続いた。



 遠くアルタの耳にも、銃声は届いた。




 ***********************************


 これまでにもロイドは、銃を撃たれたことはあったが、弾が当たるほど人間に近づいたことはなかった。至近距離から狙い撃ちにされたのは初めてだ。


 もちろん、弾丸が命中したことも。



 一発は右の肩に、もう一発は左の脇腹に。


 小石のような物が刺さっただけなのに、革靴で蹴りつけられる衝撃があった。痛みはなかった。ただ焼けたシュラスコ串でも突っ込んだように熱かった。不快な匂いがした。自分の毛と肉の焦げる匂いだった。その匂いを嗅いだ時、ロイドははっきりと、自分が死ぬのだと悟った。

「……ふっ……」

息を吐こうとした口から、鮮血が散った。


 だがロイドは立っていた。

 大地を踏みしめ、胸を反らせて、人間達の前に立ちはだかっていた。


 バゲーロ達は驚愕(きょうがく)した。撃った弾は確かに黒い塊に吸い込まれた。にも関わらず、塊は倒れも逃げもせず、真っ赤な眼光を燃やしている。

「馬鹿な、何で死なねえ……?」

バケーロは硝煙(しょうえん)のくゆる銃口と、立ち続ける(リュコス)唖然(あぜん)として見比べた。


 仲間の男が、ランタンを取り落とした。足元で、ぱっと灯油が燃え上がった。

「…………亡霊(ガイスト)だ」

ぎくりとしたバケーロ達に、恐怖(たん)の語り部が(わめ)いた。

「お前らも見たろ? 弾が当たってもびくともしねえ。ありゃあ亡霊だ、ロボ親父の亡霊だ。カランポーの魔獣(ベスティエ)が、地獄から舞い戻ってきやがったんだ」

その言葉が終わるか終わらない内に……



 ロボの亡霊(ロイド)が再び吠えた。



 それは力尽きつつある弱々しい咆哮(ルッジード)だったが、伝染病(チフス)のような恐怖に(かか)っていた人間達の尻を蹴っ飛ばすには十分だった。バゲーロ達は手負いのリュコスに屈し、尻尾を巻いて逃げ出した。

 ロイドは狭まりゆく視界に、撤退していく人間達の背中を見た。ロイドは遠吠え(ウルラード)を上げた。勝利にではなく、アルタにもう大丈夫だと伝える、そのために。


 その時の遠吠えが、カランポ―に更なる亡霊を呼んだ。


 自分で勝手に招いた亡霊に追い立てられ、男達はこけつまろびつ、()()うの(てい)でベッドの毛布まで逃げ帰った。

 その後ほどなく、カランポ―のあちらこちらで、夜を彷徨う狼王の(いもしない)亡霊が目撃されるようになったが……それはまた別の物語(アルタ・ラコンテ)



 人間達が去ったのを見届けると、ロイドはゆっくりと崩れ落ちた。戻って来たアルタが見つけたのは、自ら引いた線上に横たわるロイドだった。




 ***********************************


 駆け寄って、ひと目で助からないと理解(わか)った。

「おじさん……おじさん(オンク)!」

ロイドはアルタの方へ眼を動かしたが、焦点が合っていない。口からだらりと舌を垂れ、息も微かだ。浅く上下する脇腹から、真っ赤な血がどくどくと流れていた。

おじさん(オンク)ごめんなさい(オラ・エルト・マイン)……死なないで……」

自分のせいだった。ロイドの忠告を聞かなかった、自分が招いたことだった。アルタは泣いた。馬鹿で、弱くて、子どもだった。こんなことになるなんて、思いもしなかった。

 自分のせいで大切な誰かが命を落とす。それは自分が死ぬより辛いことだった。間に合わない後悔を、背負い生きていくなら。こんなことなら――


 いっそ、自分が死んでいた方が――……



 ……――アルタ(チッコ)が泣いていた。


 ロイドが目を()らすと、アルタが泣きながら、焦げた傷を舐めていた。ロイドは知っていた。この傷の血は止まらない。だから、もうそんなことしなくてもいいんだ。もう痛くもないのだから。

坊主(チッコ)……無事だったんだな、アルタ)

良かった。


 ここからどこか、別の場所(アルタ・オルト)に行くような気がした。

 ロイドは思った。

 行ってしまう前に、もういいんだと、チッコに言ってやらなくちゃならない。


 「……あ…………あ、る……」

 「おじさん!」



 アルタは弾かれたように顔を上げた。おじさんが自分を見ていた。ちゃんと、真っすぐにアルタを見て、ロイドは血に汚れた口を動かした。

「行け、アルタ。行って生き延びろ」

ロイドははっきりとそう言った。その言葉を最後に――……



 ロイドは動けなくなった。


 ロイドは理解した。これが、死ぬということだ。苦しくもなく、寒くもなく、ただ離れていく(アルタ・オルトへ)、それが死だ。

「おじさん!おじさんっ!」

アルタが泣いている。悲しまなくてもいいんだ、坊主(チッコ)

 俺達は生まれて、死んでいく。ロボは死んだ。ブランカも死んだ。お前の母親(メーレ)も死んで、俺も死んでいく。それは自然なことなんだ。

(だから、泣かなくてもいいんだ)

そう言ってやれないことだけが悔やまれた。



 意識は薄れていく。だんだん暗くなっていく。はぐれ狼(ロイド)は考えた。

(俺は、何かになれただろうか?)

生まれた時から、ロイドの前には(ロボ)がいた。(ロボ)の前では、自分は道化(アルレキーノ)逆賊(トライドール)にしかなれないと思った。


 あの崖で草原を見下ろし、幼い頃は何にでもなれると思った。

「おじさん、ねえ、死なないで」

群れをはぐれた。みんな死んだ。俺は。俺は何になれた?

「おじさんっ……お……」



 「……――おとうさん(・・・・・)……っ!」



 おとうさん(ペーレ)。ロイドは笑った。そうか、それも悪くない――……



 はぐれ狼は、“おとうさん”になった。




 ***********************************


 夜が明けた。



 アルタはおとうさん(ロイド)に寄り()っていた。


 ロイドの体温は、少しずつ、少しずつ失われていった。それでもアルタはロイドに寄り添っていた。いっそこのまま死んでしまおうか。アルタはぼんやりと、そうも考えていた、


 そうしていると、やがて、アルタは空腹を覚えた。

 アルタは立ち上がった。


 そして、生き延びるために歩き出した。




 ***********************************


 「……やあ、クストーデ」

 「るああ。よう、(カーネ)。ロイドかな? それともペレかな?」

 「うむ。どちらでもあるぞ。いや、クストーデ」


 「吾輩(わがはい)おとうさん(ペーレ)になったのだぞ」


 「そうかい。なりたいものになれたかい?」

 「うむ。なれたぞ」

 「うー、わんわんわん!」

 「うー、わんわんわん!」


 「るああ。良かったな。じゃあ、次は何処へ行く?」

 「そうだなあ、次は――……」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ