02.ユマ・ビッグスロープの異世界生活
もしこれがラノベなら、俺は結構なテンプレ主人公だろう。ベタな事件に次々見舞われ、あれよあれよと半年で、今や名の知れた傭兵なのだから。
俺が異世界カルーシアに来てから半年を、少し話そう。
髪は肩までの栗色、瞳は悪戯っぽい鳶色。年の頃は俺と変わらなく見える。面倒見がよくお節介、よく笑い、よく怒り、あまり泣かない。異世界の少女、アーシャ・ノエル・ロランと出会った直後、ガラの悪そうな3人組に絡まれ、冗談のように落ちてたデッキブラシで撃退した。
元々運動神経は悪い方じゃないが、どうやら異世界転移で身体能力に補正が掛かったらしかった。加えて、この時は発動したことすら気づかなかったが、俺も多分に見れず特殊能力ってやつを習得していたのだ。
異国の剣術を使う、腕っぷしの強い流れ者。
新市街で小さな商店を営むアーシャの祖父、クリストフ老人の伝手で、俺はそんな触れ込みで傭兵ギルドに食い扶持を得る身となった。成り行きに流されるままに、俺の異世界生活が幕開けたのだが……
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と言っても、駆け出しの頃はカオリンチュの駆除くらいの便利屋仕事が大半だったけど、齧った程度の剣道も、何とか食うだけの金にはなった。
ちなみにカオリンチュってのは、ビーバーみたいな齧歯類で、どこにでもいて、おとなしくて、おとなし過ぎて何にでも食われて、しかも繁殖力が強いものだから、放っておくと自分達も捕食者も際限なく増やす厄介者だ。さすがに食う人間はあまりいないけれど……
場末の怪しい安酒場に行ったことあるなら、知らない間に口にしてるかもな。
そんな俺の名が売れたのは、城主催の剣術大会で、近衛兵団の若きエースに、うっかり大金星を取ってしまったからだ。傭兵ギルドの元締めが、
「こういう大会は、駆け出しの傭兵にはいい営業になるぞ」
と言うものだから、軽い気持ちで参加したのだが。
第一第二試合と無難に勝ち進め、第三試合で当たったのが近衛兵でのレイス・オランジナ。レイピアの名手である上、名門貴族の坊ちゃんで、しかも金髪碧眼の絵に描いたような貴公子だ。何か、男としての格が違う。
レイスの試合を観てみたが、評判通りの剣の腕とイケメンっぷり、いずれも到底俺の及ぶところではなかった。
そして迎えた第3試合。間近で見るとますます美形で、ここまでくると悔しいという気も起きない。癖で剣道の一礼をすると、
「ふっ、礼儀正しいな。卿の2試合を見せて頂いたが、面白い剣を使う。手合わせするのが楽しみだ」
レイス・オランジナは余裕の微笑みで礼を返した。
開始の合図と同時に、レイスは疾風のような突きを繰り出した。これは避けられない。試合用の木剣とはいえ、この刺突を食らったらしばらくは息さえできないだろう。そして、次の瞬間――……
レイスは疾風のような突きを繰り出した。
一度目と変わらず、速い。だが、その軌跡は目に焼き付いている。後はただタイミングを合わせれば……レイスの剣は高々と宙に撥ね飛んだ。
沈黙、そして会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
これが俺の能力、“お節介な時間干渉”だ。
異世界転生してスキルが付かなかったら怒っていいが、あんまりチートがついてもどーかと思う。俺の場合は程よく“ちょうどいい”スキルだった。
ざっくり言うと、“攻撃されると、ひと呼吸1秒くらい時間が巻き戻る”という能力だ。少なくとも、俺はそう感覚している。
異世界転移最初のイベント戦、ゴロツキとのケンカで、男が殴り掛かってくる前に、あいつが足を踏み出す“1秒先の未来”を“視”たのが、思えばスキルの片鱗だったんだ。
能力を把握していない内は、“お節介な時間干渉”が発動すると、
「相手が攻撃してきたと思ったら、もう一度やり直しになった」
「何を言っているのか理解らねーと思うが、俺も何が起きたか理解らなかった」
「勘違いだとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった」
と、ポ●ナレフになったものだった。
何しろ自動発動だから、慣れない間は自分自身のリズムも狂い、つんのめったりもした。だが、使いこなせば……
たかが1秒、されど1秒。ジャンケンで後出しするようなものだから、1対1ではかなり強い。かと言って、異世界無双できるほどチートでもない。
場合によっちゃ、使っても負けることはある。
このちょっと強めでゲームスタートする感じが、俺にはぴったり“ちょうどいい”だったんだ。
レイス戦の次の試合で俺を負かしたベテラン傭兵のアヴェルトさんが、
「お前さんの剣は気持ち悪イなあ、ユマ」
控え室で目を覚ました俺に、髭面でにやりと笑い掛けた。
「オランジナの坊ちゃんみてぇに、なまじ修練した剣を使うほど、お前とはやり辛えかもしれねーなあ」
確かに、見慣れない異国の剣の太刀筋は、カルーシアの剣では対処し辛いらしい。これは俺の強みのひとつだ
「お前さん、坊ちゃんに惚れられたろうから、精々覚悟するこった」
そう言うとアヴェルトさんは、俺のコブをぐいぐい押し、笑いながら出て行った。
ちなみに大会はちゃっかりアヴェルトさんが優勝した。
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ともあれレイスに勝ったことで、俺の名前は一気に売れた。今では傭兵仲間もすいぶん出来た。 アーシャとの仲の進展が意外と遅いのが悩ましいが……
アヴェルトさんの預言通り、レイスににライバル認定、ご執心されていたり……
町で出会ったワガママな少女が、実はお忍びのお姫様だったり……
まあ、ベタな展開もひと通り消化してきた。正にラノベのテンプレ、まさに異世界転生の王道。それが俺の半年間だった。
カルーシアは、“お節介な時間干渉”、そして異世界転移というそもそもの“非現実”を抜きにすれば、比較的“現実的”な世界観をしている。少なくともこれまでは魔法やドラゴンのような、ファンタジー要素にはお目に掛かっていない。
今日、何の変哲もない路地裏の空き家に転がり込み、赤い目をした黒頭巾の少女に出会う、この時までは。
今日この時まで俺は“異世界転移”をして、最初の衝撃も乗り越えて、つまるところ油断していたんだと思う。ああ、こんなもんか、何とかなりそうだぞってさ。
俺は知らなかったんだ。異世界の奥の奥には、まだ見ぬ“異世界”が入れ子細工のように潜んでるってことなんて――……