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43.ロイド、生まれ変わったカーネ

挿絵(By みてみん)

【“カランポーのはぐれ狼(1/11話)】

 吾輩(わがはい)は犬……だった。名前はもうない。


 何だか明るい温かなところで、ワンワン()えていたことだけは記憶している。


 それと何だか、とても誇らしい気持ちを――

 それとなぜだか、とても悲しい気持ちも――



 「Raa(るああ)? 珍しいなあ、犬だよ」



 犬が珍しい? おかしなことを言う。誰かは笑いながら、吾輩(わがはい)の頭を()()れしく撫でた。無礼な。

 誰かは人間の女だ。ちょうど、吾輩(わがはい)のご主人のあの子と同じくらいの大きさだから、まだ子どもだろう。とうに成犬である吾輩(わがはい)を、断りもなく撫で回すとは実に礼儀を(わきま)えぬ……うむ、そこそこ……その耳の後ろが……


 うー、わんわんわん!


 「いひひ。お前、カワイイなあ」


 うむ。実に勘所(かんどころ)を心得た娘だ。すっかり(たぶら)かされてしまった。

 ところでここはどこで、この娘は誰だろう?



 娘は冬のような色の髪と、秋のような色の肌と、夏のような色の目をしておる。春の色を探したが、見つからぬ。どこか春のような匂いがするようにも思う。

 ご主人のあの子とはあまり似ておらぬ色をした娘であるが、この吾輩(わがはい)とて同じ犬でも、隣のエリザベス(トイプードル)三丁目の角のジョージ(ゴールデンレトリバー)とは似ておらぬ。(ヒト)を犬種や毛の色で差別するのは、立派な犬のすることではない。


 ちなみに吾輩は、ミックスという犬種であるそうだ。


 「それにしても、人間以外が異世界転生(オルト・ナシェレ)してくること、あんまりないからなー。お前、なにか希望はあるかい?」


 オルト……? 四季のような娘は、吾輩(わがはい)(あご)をくすぐりながら、よく理解(わか)らないことを言う。しかしながら、この娘の言うことは不思議とご主人のあの子の言葉より理解(わか)りやすい気がする。初めて会ったというのに。


 そうか。この娘は犬の言葉を喋れるのだ。たいしたものである。



 「Oops(うーぷす)。どうした、何か望みはないのかい?」


 望み? 望みとはどういうことだろうか?


 「るああ。お前はねえ、これからお前の望む世界(オルト)に行くことができるんだよ。お前はそこで人間になることだってできるんだぜ。こう見えてアタシは(カーネ)が好きなんだよ。お前の願いだったら、特別にサービスしてあげちゃうぜ?」


 よく理解(わか)らないが、吾輩(わがはい)は少し考えてこう答えた。

 お肉が食べたい……あっ。


 あの子のところに帰りたい。



 吾輩(わがはい)がそういった途端。

 その娘から、とても大きな悲しい気持ちが、(あふ)れ出した。


 吾輩(わがはい)は慌てて、娘の手を、頬を、口元を舐めた。


 「……いひひ、くすぐってーよ」


 吾輩(わがはい)は何か娘を悲しませることを言っただろうか。


 「るああ。そうじゃないよ、カーネ。残念だがお前を元の場所に戻してやることは出来ないんだ、それでな」


 そうか。良かった。


 「良くはねーだろ、(カーネ)


 そうか? そう言えば良くはないな。残念だ。


 「……動物はいいな、人間みてーに余計なことばっか考えなくてさ。それでだ、戻ることはできねーが、行き先はそれなりに選べる。お前は何処へ行って、何になりたい?」


 なるほど、犬と(そり)は前進あるのみと、駅前の喫茶店のジロー(シベリアンハスキー)も言っておったな。



 何になりたい……そうだな、吾輩(わがはい)は“ロボ”になりたい。


 「うーぷす。ロボ? それって、(カーネ)、ロボットになりたいってことかい?」


 うむ、それだな。


 前の夏だった。カンソーブンとやらを書くために本を読んでおったあの子が、狼の王様ロボットのように強くなれ、と吾輩(わがはい)に言ってな。何でも狼というのは大きくて強い犬なのだそうだ。その王様なのだからたいそう大きくて強いに違いない。あの子はロボットも好きだったから間違いない。


 「Narf(なーふ)。そりゃ“狼王ロボ”だろ、シートン動物記の」


 うむ。それだな。

 吾輩(わがはい)はあの子のために“狼王ロボ”になりたい。


 「そうか……るああ、判った。(カーネ)、お前を(リュコス)にしてやるよ」


 それは嬉しい。


 「けど、王様になれるかどうかはお前次第だぞ」


 理解(わか)った。


 「なーふ、大丈夫かよ。ま、行き先がどんな“世界(オルト)”で、どんな“世界観(イマジカ)”をしているか、行ってみなけりゃ判らねえ。そこで王様になるも良し、別になりたいものを見つけるも良し、何にもならなくたって良しだ」


 良いのか。


 「るああ、いいのさ。じゃあ、行ってきな。ようこそ、異世界(カルーシア)へ、お前の良き異世界生活(オルト・レーベン)を祈ってるよ」


 うむ、では行ってくる。


 「なりたいものになれるといいな」


 うー、わんわんわん!


 「うー、わんわんわん!」


 こうして吾輩(わがはい)は春のような夏のような秋のような冬のような娘に別れを告げ、異世界(カルーシア)とやらに行くことになった。



 そして吾輩(わがはい)は、娘のこともあの子のことも、本当に何もかも忘れてしまったのだった――……




 ***********************************


 ……――生まれ変わった犬(ロイド)は言葉通りの意味で、一匹狼だった。


 個人主義の無法者(アウトロー)という意味ではなく、ロイドは、正真正銘イヌ(カーネ)科の肉食動物であるところの(リュコス)だった。王都カルーシアから遠く離れた、王国領の南の果て。ロイドはカランポ―と呼ばれる地方の、草原を縄張り(テリトリー)にする小さな群れの王様(ボス)の仔に生まれた。


 ロイドには、齢の離れたロボという兄がいた。


 ロボは大きく、強く、賢く、気高かった。公正にして公平、厳しくあり、群れのためならその命も惜しまない覚悟もあった。ロボは統率者の理想を備えた、生まれながらの王様(ロワ)だった。



 ロイドは思う。


 生まれながらの王が、生まれた時から前にいるなら、自分は何になればいい?


 道化(アルレキーノ)か?

 逆賊(トライドール)か?


 ロイドは考える。自分は何になりたいのだろう? どこへ行きたいのだろう?



 (なりたいものになれるといいな――……)



 二匹の父が死んだ時、ロイドは群れを離れる決心をした。選びたくない道を、選んでしまわないように。兄を敬愛していた。崇拝(すうはい)してはいなかった。王の場所を望んではいなかった。服従する気もなかった。


 ロボはロイドにとって、敬して遠ざけるべき異教の神だった。




 ***********************************


 しかし王は、ロイドが離反すると聞いて、怒り狂った。


 ロイドが群れを出ると言った途端、頭ごなしの怒鳴り声が返ってきた。

「バカなことを! お前、いったい何を考えているんだ?」

「まあ、話を聞いてくれ、兄貴。俺は俺で、よくよく考えてのことだ」

ロイドの方もカチンときたが、努めて平静な顔を(つくろ)う。ロボは耳を貸そうともせず、牙を()いて(うな)る。

「ロイド、お前は仮にも俺の弟、(おさ)の一族だ。群れに対する責任というものがあろう。それが言うに事欠いて、群れをほっぽり出したいとは何事だ!」

まさに噛みつかんばかり……あ、本当に噛みつきやがった、こいつ。


 確かに兄は、ボスという重責を背負っている。しかし、その重責の前ではこうも傲慢(ごうまん)になれるものか。それとも、傲慢(ごうまん)であるからこそ、王なのか。

 違うんだ、兄貴。俺が群れをほっぽり出そうってんじゃない。群れにとって、後々の禍根(かこん)となりかねない自分を、群れから取り除こうというんだ。



 ロイドは自分の考えを、不器用な言葉の幾つかに託したが、上手く伝わらなかった。群れのボスとメンバーの口論は、やがて兄と弟の喧嘩となり、互いに声を荒げて、さんざん(ののし)り合った挙句――……

「いい加減にしろ! ロイド、お前はボスである俺の手下(てか)だぞ」

そう言ったロボに――

「群れを出れば関係ない。兄貴、あんたは俺のボスじゃなくなる」

ロイドはそう返した。


 群れの前で、こう言ってしまえば、もう取り返しはつかない。

「……――もういい。勝手にしろ」

ロボが吐き捨てたひと言に、争いは終止符を打った。



 こうしてロイドは、群れをはぐれた。




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