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42.ラコンテ・エンデ・ヴィ・フェリーシ~めでたし、めでたし~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~エピローグ”(2/2話)】

 俺は膝に乗せた幼女の、淡い銀色の髪を撫で、指で軽く()いた。

「ご機嫌斜めだな?」

「なーふ。斜め30度だよ。何でアタシがこんな目に……」

テーブルから、上等な皮紙のチケットを取り、ひらひらさせる。

「それはお兄ちゃんが報酬に“ルシウちゃん一日お膝券”を“願った”からだぞ」

「判ってるわ、クソめ! 本当、マジ最悪だ、お前は」

肘でレバー打たれた。ティラトーレの鎖衣は返したから、ちゃんと痛い。


 異世界監視人(オルト・クストーデ)ルシウ・コトレットの依頼の報酬は、願いを三つ(エテレインを)叶えてくれることだった。そのひとつ目が、これだ。

「うーぷす。もっと、こう、あるだろ? 無駄遣いにも程があるぞ……」

「旨い珈琲とお菓子、膝に可愛いルシウちゃん。これ以上何を望む?」

「何でも望めよ」

「あ。“お膝券”だから、俺が膝枕してもらうのもありか?」

「ねーわ。くたばれ」


 はは、楽しい。これって結構、悪くない願いだと俺は思うよ。



 “元の世界”だったら、もうちょい欲かいたかもなー。まあ、金とか?


 けれど、カルーシアでは、それはただ興を削ぐことでしかない。俺はこの異世界で生きること、異世界生活を楽しんでんだから。だから、チートは使わない(ズルはしない)。あれはクセになるしな。


 切り札に取っておく……も少し迷ったけど、同じ理由でヤメにした。


 もしかすると、後悔するかもしれない。何か、届かなかった何かに、指が届くよう願いたい(・・・・)瞬間が、この道の先に……けれど、切り札があってしまう(・・・・・・)と、その瞬間はたぶん無限に増えるだろう。だったら俺は、その時はその時と、呑み込めるように歩いていこうと思う。


 だから俺は、願いはぱっと使ってしまうことにした。


 結局この仕事で実入りになったのは、槌籠(つちぐも)のひと振り――しかもこの刀、願いではなく、純然たるルシウからの好意だ――だが、まあ、はっきり言って十分過ぎる。何と言っても、桜花の血統なのだ。


 それに、ルシウはああ言うけど、俺は無駄遣いしたとは思わないよ。



 “ルシウちゃん一日お膝券”を――


 “最後にもう一度だけお前に会いたい”と、“願った”のは――……




 ***********************************


 少女(フィーユ)も観念したか、背中を預けて、お菓子に手を伸ばす。土産に持って来といて、自分の方が食っている。ふと、ルシウは顔を真上に向けて俺を見た。

「るああ……そう言や、“ミシェル”は元気にしてるかい?」

「ああ。最初はちょっと人見知りしたけど、すぐアーシャにも懐いて、この時間はたいてい爺様の店にいる。仕事で空ける時も、喜んで預かると言ってくれてな」

少女の額を、ぽんぽんと軽く叩いた。

「もうすっかり、家族の一員(ハミリオ)さ」

俺の肩に仰向けに(もた)れ掛かるようにして、ルシウは、真っ白い歯をにっと見せた。

「るああ……そうか。それは、良かったなあ……」



 ミシェル・マール・ブランシェ――“白い聖母”のミシェル。



 故あって、俺が引き取ることになった、幼い少女(フィーユ)の名だ。5歳くらいのこの少女を、手元に置くことになった経緯(いきさつ)は、俺が“この子”の幸せを“願った”からだ、と言っておく。

「仕事の縁だ……」

子細ありげに(にご)せば商売柄、周りは勝手に何か察してくれるらしくて、都合がいい。こうして愛らしい少女は、無事に俺の(イルマ)という、新しい位置に収まった。クリストフ老人の店の、屋根裏部屋がお気に入りで、たいていそこで丸くなっているから、アーシャらは“屋根裏の少女(ミシェル)”と可愛がってくれている。


 家族の縁の薄かった子だから、今度こそ幸せにしてやりたいと心から“願う”。



 今度こそは――……



 と、微笑んでいたルシウの顔が不意に(くも)り、ジト目が真下から(にら)み上げてきた。

「るああ……待てよ。よく考えりゃあ問題ねえか?」

「何がよ?」

ルシウは仰向けで眉間に(しわ)を寄せ、握った拳で銅色の頬を撫でた。

「うーぷす。お前にミシェルを預けてることだよ、お兄ちゃん(・・・・・)

「は? そりゃあ、どういう……」

ふと(かえり)みれば、ソファに(もた)れた俺に、しな垂れ掛かる幼女。あー、はいはい。そういうことね。完全に理解したわ。


 ルシウの後ろ頭をぐいっと押して、あらぬ疑いに、異を唱える。

「あのなあ。さすがに俺も、未就学児(ヒトケタ)は射程外だぞ」

「なーふ。いずれ大きく(フタケタに)なるんだぞ、未就学児(ヒトケタ)だって」

「あー……そう言えば、そうかあー……」

言葉にジャムった。生じた間に、ルシウの顔が険しい顔で身を(ひるがえ)す。

「うーぷす。やっぱ心配だぞ、お前のとこに置いとくの」

ルシウは俺の膝の上で肩から振り返ったが――


 「俺は、あの子を不幸にするようなことはしねーよ」

 「るああ。そーか……そうだよな――……」


 ……ちょんと座り直し、また俺に背中を預けた。




 ***********************************


 二人黙ったまま、ゆっくりと時間が過ぎていった。陽が中庭を横切って、部屋に少しずつ、影と陰が訪れた、やがて外の街並みに橙色(オラッセ)が差して、時間が来たことを知らせた。

「るああ。手紙(レトル)は書けたのか?」

「ああ。これだよ」

丸テーブルに置いてあった本の間から、封筒を引き抜き、ルシウに手渡した。その手紙を届けることが、異世界監視人に頼んだ三つ目の願いだった。

「うーぷす。確かに」

ルシウは肩越しに受け取った手紙を、(ふところ)にしまい込んだ。


 「るああ。これで最後(エンデ)、だな」

 「ああ。これで最後(エンデ)、だ」



 「ありがとう(オーリ・アーチェ)――……」

 「さようなら(ローヴェ・オータ)――……」




 ***********************************


 部屋の外、家の玄関が開く音がした。

「ただいまあ!」

廊下をどたどたと、しかし軽い体重の足音が走ってくる。部屋の扉が、当然のようにノック無しで開け放たれる。

「あー、ずるいー! ミシェもおにいちゃんのおひざにすーわーるう!」

部屋に転がり込むや、ミシェルは叫びながら突進してきたものの、

「……あえ?」

途中で立ち止まり、小さく首を(かし)げた。

「おにいちゃん、いま、だれかおひざにいなかった?」

「いや」

俺はテーブルからカップを取って、

「今日はお兄ちゃん、ずっと(ひと)りでいたよ」

すっかり冷めた珈琲の残りをぐいっと片づける。


 ミシェルは不思議そうにしていたが、すぐ気を取り直し、俺の膝の上、彼女の特等席へよじ登った。他の誰かが座ったと知ったら、頬を(ふく)らませるに違いない。


 流れる蜂蜜のような金色(オウロ)の髪、名前に(たが)わぬ真っ白(ブラン)の肌。どこかの誰かを思わせる紅玉色(ルータ)の瞳で、ミシェルは向かい合わせに俺の顔を見上げた。

「じゃあ、ミシェがいなくてさびしかった?」

「そーだなー」

俺は幼い妹(イルマ)の髪をくしゃくしゃと撫でて、日の沈みゆく窓の外を眺めた。



 「少し、寂しいね――……」




 ***********************************


 しばらくしたある日――……


 大家の老婦人(アヴィア)から、小さな郵便屋さんが俺宛ての手紙(レトル)を届けてくれた。自分に郵便が来ることもあまりない上、その何の変哲もないクラフト紙の封筒には、ただ“ユウマ・ビッグスロープ様”と記してあるだけで、宛先の住所が書かれていない。どうやって届いたんだ……?


 と、俺は目を見開いた。


 何の変哲もないクラフト紙の封筒……カルーシアに白い紙の封筒(・・・・・・)。片仮名で、“ユウマ”。ユマでも、ユーマでもなく、悠馬(ユウマ)と書いた、その線の細い字には見覚えがある。ああ、そうか――

 これは思いがけない、異世界監視人(オルト・クストーデ)からの贈り物(サービス)。出した手紙に、まさか返事まで届けてくれるなんて。


 郵便屋さん(ミシェル)から封筒を受け取ると、指に何か触れて、裏っ返すと小さなメモが貼っ付けてあって……


 俺は思わず吹き出した。



 「おてがみ、だれからあ?」

ミシェルが背伸びして袖を引く。メモの方を渡して、友達からだよと答える。

「いいなあ。ミシェもお手紙欲しい」

うーん…それじゃあ、お兄ちゃんが仕事でよその町にいったら、そこからミシェルに手紙を出そうか。

「ほんとに!」

けど、手紙が着くより先に、お兄ちゃんが帰って来てしまうんじゃないかな。

「いいよ! ミシェ、おにいちゃんとおてがみまつもん」

判った、約束だ。今日もお爺ちゃんのお店に行くのかい?

「えーと、きょおはいちばに、アーシャおねえちゃんとおかいものにいくの!」

俺はミシェルの小さな手に、銅貨(コプレ)を一枚握らせた。お小遣いだよ。お菓子でも買うといい。落とさないように気をつけてな?

「うん! おにいちゃん、ありがとう! おてがみ、やくそくね!」

エプロンのポケットに硬貨を大事そうにしまって、上から手で押さえながら、ミシェルはばたばたと出て行った。


 ……どうも甘やかしてしまうな。苦笑して、ソファに腰を下ろす。



 手紙の封を切ると、長い時間を掛けて、繰り返し繰り返し読んだ。俺にとっては既に異世界(アルタ・オルト)になった、遠い”世界(オルト)”から届いた手紙を。




 ***********************************


 やがて立ち上がると、封筒に手紙を戻し、書き物机の抽斗(ひきだし)に落とし込んだ。大事なものは少しずつ増えて、それで時々手を離したりして、俺は生きていく。



 捨てて――ミシェルのように――忘れるべきことがある……

 失くして――俺のように――覚えていたいこともある……


 手を離して、二度と触れられなくても、たぶん想いはどこかにあって――……



 壁から黒革包拵(ツチグモ)を取ると、剣帯に下げ緒を結ぶ。腰を揺らし、据わりを正す。桜花と比べれば少々目方があるが、既にこの重みがしっくり腰に馴染(なじ)みつつある。市場……コンツラート通りなら、今からでも追いつくだろう。

 少し先だが、次の仕事が入った。北方(ノルド)(とりで)に行く輸送隊(カルバン)の護衛だ。長く留守を任せるにあたり、荷物運びのひとつも買って出て、ミシェルとアーシャの機嫌を取っておくのもいいだろう。


 いや、言い訳はいい。

 ただ俺が今、二人の手を握りたくなっただけなんだ。


 封筒に張り付けてあった小さなメモを、もう一度見つめて、封筒(レトラ)に重ねて抽斗(ひきだし)を閉じる。扉を開けて、午後の日差しの中へ足を踏み出す。



 “封鎖区(セラド)”……暗闇の部屋、魂の檻で……深い闇の中(エスクデオ)で互いを探して、見つけて、(つか)んだその手(マーノ)はもう離れてしまったのだと思ってたんだけどな――……




 ***********************************


 『――ユーマお兄ちゃんへ。何かあったらまた頼むぜ。いひひ。

        カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース) ルシウ・コトレット――』

                            挿絵(By みてみん)

                      ~“封鎖区~エピローグ~・完~

【次章“カランポーのはぐれ狼】


自然文学の名作“シートン動物記”の一篇“狼王ロボ”――かの狼王に、弟がいたことは知られていない。異世界の草原を舞台に送る、生と死、人と狼の物語――


挿絵(By みてみん)

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