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41.アーチェ・エ・ローヴェ~「ありがとう」と「さようなら」~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~エピローグ”(1/2話)】

 年代物(アンティーク)のソファに(もた)れ、天井を眺めて呆けている。


 ここは狭いながらも楽しき我が家、“封鎖区”(セラド)での一夜ないし9日間から週がひと巡りしてなお、俺、ユマ・ビッグスロープ は傭兵を休業している。




 ***********************************


 新市街(ノーヴォ)のカイエン区にある部屋には、アーシャの祖父・クリストフ老人の紹介で寄せてもらっている。家主は、文無しの異邦人に、古い部屋だからと出世払いでいいと言ってくれた、目と足は悪いが人のいい老婦人(アヴィア)だ。


 それなりに稼ぎのある今も、まだ家賃を取ってくれない。

「いいんだよ。ここに住んでくれるだけでねえ、名の知れた傭兵(ユマ・ビッグスロープ)の家に、押し入ろうってのはいやしないだろう? 貴族様じゃあるまいに、お抱えの用心棒がいるなんて、贅沢な話だよぅ」

にこにこしたお婆ちゃんにそう言われ、恐縮しつつ厚意に甘えている。


 「手狭で汚くて、申し訳ないけどねぇ」


 なんて、お婆ちゃんは言うけれど。狭い古い、というのはカルーシアの感覚の話で、二度と戻れない実家の六畳間からすればかなり広い。手入れは行き届き、調度が古いってのは裏を返せばアンティークな訳で、見様によっては、女の子が(あこが)れるような部屋かもしれない。



 クリストフ老は只者ではない。


 小さな商店を営む枯れた爺様(アーヴォ)は、しかし、街のあっちこっちに恐ろしいほど顔が広い……らしい。傭兵ギルドに口利きしてくれたのも老人だ。訊く機会を逃しているが、どうも王室(ロアーレ)にまで伝手(つて)があるらしく、まったく得体が知れない。


 それでいて、俺みたいな胡散(うさん)臭い余所者(よそもの)にも親切だ。これは根拠のない、憶測に過ぎないのだけど、俺は……


 老人は、“異世界”について何がしかを知る人ではないか、と踏んでいる。




 ***********************************


 サイドテーブルから、カップを口に運んだ。


 部屋からは窓越しに中庭が見える。毎日お婆ちゃんがゆっくり、たっぷり時間を掛けて手を入れている、下宿人しか目にしないのがもったいない秘密の庭だ。

「……今日も王都は全てこともなし。ああ……いい天気だ」

目を転じて、飾り気のない部屋に眺めるものと言えば、どうしても唯一の装飾、壁の刀置きに引き寄せられる。そして飽きもせず、頬が緩む。



 壁に掛かる刀の銘は、天羽“黒革(アマハ“クロカワヅツ)包拵”槌籠(ミコシラエ”ツチグモ)と云う――……



 異世界監視人(オルト・クストーデ)曰く、天羽(アマハ)というのは日本で言う備前や美濃のような、刀剣造りの盛んな東方国(エステ)の地名なのだそうだ。

「るああ。槌籠(こいつ)桜花(おうか)より下った時代のモノだが、直系弟子筋の作でな、埋もれた逸品というヤツさ。どことなく、桜花の面影のあるヤツを、わざわざ見繕(みつくろ)ってきてやったんだぞ」

周りには家を空けた数日、実は大きい隊商(コメルシアンテ)の依頼を受けていて、槌籠(つちぐも)は盗賊を撃退した腕前を買われて、さる豪商から譲られた品だと触れ込んである。三割くらいは、真実だと思う。


 (くだん)のレイス・“武具に(うるさ)い男”・オランジナは、「ちょっと見せてくれ」と槌籠(つちぐも)ひったくるや、なかなか返してくれなかったが、

「ふうむ……これは良いものだ。ようやく貴君も、友人の忠言を聞き入れてくれる気になったと見える。これなら(けい)の手に不足ということはないだろう」

えらい上から品評してくれた挙句、にやりとしたものだ。

「なるほど、東方国(エステ)の刀剣か。いかにも収集癖(しゅうしゅうへき)(うず)く逸品だが、これは(けい)の腰にある方が私としても喜ばしい」


 「出来ればこれを抜いた(けい)と、手合わせしてみたいものだ」

 「……やめておこう。次期近衛兵長と、刃の入ったものでやり合っちゃ……」


 「さすがに腕が何本あっ(・・・・・・)ても足りない(・・・・・・)


 袖にすると、妙に熱っぽい目つきで笑う。

「ふっ……それは(けい)と私、どちらの腕の心配かな……?」

ったく、惚れられるなら、面倒な男より可愛い女の子がいいよ。


 俺は、出来れば“人間”は――それがヒトのカタチをしてるだけのモノでも、ヒトのカタチをしていない闇でも――本当は、切りたくないんだ。


 ただ一人……切りたいと、思った人間もいたけれど――……




 ***********************************


 もし……“その子”の母親という人間が、元の世界(アルタ・オルト)で、のうのうと生きているんだったら、話の結末(エンデ)としてすっきり(・・・・)しない。夜明けの街、“封鎖区”からの道すがらルシウに言うと、

「るああ。この“世界”は物語(ラコンテ)じゃねーのさ」

そう言葉が帰ってきた。


 そう……かもしれない。そう、なんだろうな。


 でも……俺はガキだから……この寂しいおとぎ話(ラコンテ)結末(エンデ)では、悪い魔女は狼に食われて欲しかったんだよな。



 そんな俺の顔を見て、監視人は深くため息を吐いた。

「なーふ……なあ、異世界転移(オルト・トランジ)転生(ナシェレ)って言葉、判るよな? 管理局(ウチ)では細かい定義があるけど、どっちもまあ、“特異な自然現象”……だと思いなよ。でもな、異世界間の行き来には、もひとつ自然現象(そう)じゃねーのがあるんだよ」


 「それが、異世界召喚(オルト・サマンス)さ」


 「何が違うって、召喚だから、意思が介在するんだな。偉い魔導士(ジジイ)とか高次存在(バカ)がいらんことするたびに、管理局(アタシら)の仕事ばっか増えるんだ……あ、こほん」

後半が愚痴(ぐち)になり、ルシウは咳払いで話を戻した。

「ま、おいそれと使える術式じゃねーし、管理局(こっち)に申請も必要だから……」

「届け出が要るんだ……」

「一応ウチも役所みてーなもんだからな。で、異世界召喚はそうホイホイとやれちまうことじゃあねーんだけど、やっぱり何事にも例外ってやつはあってな」


 「“世界”の意思(オルト・ヴィレ)人を招く(・・・・)ことがあるのさ」


 「……?」

いまいちピンと来なかった俺に、幼女があからさまに呆れ顔をする。

「なーふ。呑み込み悪いな。いいかあ? “封鎖区”(セラド)“核”(コルア)は、意志を持つ“世界(オルト)”そのものなんだぞ?」

少し考え、鎖衣の下でぞっと肌が粟立った。

「まさか……?」

ルシウは少し暗い目で頷いた。



 「るああ。“封鎖区”(あれ)は子どもと母親、“二人の世界”だったのさ」



 “あの子”の母親は、封鎖区に召喚(オルト・サマンス)、引きずり込まれていた……? あの薄暗い廃城、それとも虚ろな住人の彷徨(さまよ)う町に、たった一人の人間として、その母親は閉じ込められていた、と?

「いいや。会ったぜ、何度も(・・・)な」

「え?」

ルシウは左手の指を折りながら数えた。

「るああ。庭の巨人(ヒガンテ)だろ? 食堂の死者(グール)の群れ、レッドドラゴン(ルータ・ドラギオ)黒い女神(ネーロ・デオーサ)。ありゃみーんな、“あの子”の母親が別の姿で現れたものさ」

“封鎖区”は、母親が“あの子”に与えた“世界観”から構築された“世界”だ。ならそこで怖いモノの役(モンストロ)を演じるのは、やはり彼女にこそ相応しい……ということか。


 ああ、そうか。俺は、もう切って(・・・)いたのか。

「俺が戦ったのは、全て“あの子”の母親の影……」

白い方の女神(ブラン・デオーサ)は違うけどな。あれだけは、子ども自身の幻想だ」

オカアサンの象徴だけが、オカアサンではなかった、か。救われない、やり切れない話だな。

「るああ。まあ、そういうこった。あの母親についちゃ、帳尻は合っているんじゃねーかな。いろんな見方があるとは思うけどさ。どっちにしろ……」


 「“封鎖区”もろとも消えちまったからな。それも含めて、ちゃんと終わった(・・・・・・・・)ことなんだよ、ユーマあ」


 ルシウは少々早口に、言い聞かせるように締めくくった。

 返す言葉は思いつかなかった。


 “その子”の母親に、それなりの報いがあったと知っても、俺は彼女を(ゆる)せる気持ちにはならない。と言って、ざまあみろと、溜飲が下がりもしない。


 そもそも俺は、(ゆる)す立場になければ、罰する権利もない。



 ただどっちつかずの割り切れない思いだけが、(おり)のように心に残った――……




 ***********************************


 追想から覚め、コーヒーカップを傍らの丸テーブルに戻す。

「……ふう。今日も王都は全てことはなし……だ」

珈琲(カフエス)のように苦い笑い、焼き菓子レンバスをひとつ(つま)む。

「“世界”は物語(ラコンテ)じゃない、か。確かに、現実ではすっきり納得のいく結末(エンデ)、ってのは、そうそう訪れるもんじゃないのかもしれないな」

そう呟いて、老婦人の庭を眺めるともなく眺めると……



 「なーふ。そーだな。アタシも納得いかねーからな、この状況には」



 俺の膝の上で、ちょこんと胡坐(あぐら)に肘をつき、頬を支えたルシウが応じて、お菓子を二ついっぺんに口に放り込み、がりがりと噛み砕いた。




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