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40.マーノ・エ・マーノ~僕の右手と君の左手~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(10/10話)】

 気がつくと俺は、カルーシアと“封鎖区(セラド)”の出入り口のある、旧市街(ヴェリオ)の袋小路に立っていた。時刻は定かではないが、暗い。

 行き止まりは“封鎖区”への下り階段ではなく、壁だ。近寄って確かめてみても、まやかしではなく、正真正銘石積みの壁だった。そこに張ってある既に終わってし(コメディア・)まった芝居物(デッラルテ)のポスターに見覚えがある。


 手に握っていた桜花(おうか)は、いつの間にか(さや)に収まっていた。

「……戻って、きたのか……」

思わず(ひと)りごちた。“封鎖区(セラド)”は、きちんと破壊されたのだろうか。なら、この壁の向こうにあった“世界”は、今はもうない(・・)ということだ。

「……ルシウ……」

石壁に手袋を触れて、俺はようやく我に返った――と。



 「なーふ。何とか終わったなー、ユーマあ」



 弾かれたように振り返ると、ルシウが、いつもの小生意気そうな幼女(フィーユ)の姿で、よそん家の上がり段に尻を下ろし、ひらひらと手を振った。

「るああ。お疲れさん」

白い歯を見せてにっと笑うルシウには、あの“美しい人”であった時の、神々しさは微塵(みじん)もなかった。

「ルシウ……ちゃんと終わった(・・・・・・・・)のか?」

桜花の柄を撫でつつ、そう問うと、

「ああ。ちゃんと終わった(・・・・・・・・)よ。お前のおかげさ」

ルシウが頷いた。


 ちゃんと、終わる(コレクト・エンデ)


 ひとつの”世界”、一人の“人間”にとって、それはどういうことを意味するのだろう? “あの子”にとって、“封鎖区”、あの心の映し絵はいったい何のために()ったのだろう? 


 俺は結局、“あの子”に何をしたんだろう……?


 ……――少し疲れたな。

 俺は壁に寄り掛かると、そのままずるずると腰を落とし、膝の間に(うつむ)いた。



 そうしていると、肩に小さな手が置かれた。見せられる顔じゃなかったので、上げずにいると、

「あの子のために泣いているのか……」

ルシウはそう言って、俺の頭を抱き寄せた。

「るああ。ユーマ、お前の“世界”は優しいな」

少女の手が、革頭巾越しに俺の頭をゆっくりと撫でた。傍目には、大の男が幼女に慰められる(よしよしされる)の図、だと承知しているが、ルシウの柔らかいお腹に顔を埋めているのは、とても心が安らいだ。“あの子”も、こんなふうに抱かれて眠れたんだな。

 それは……良かったな。本当に良かったなあ。閉じた目から最後のひと筋、涙が頬を伝った。



 お母さん(マテル)、か……




 ***********************************


 どれくらい時間が経っただろう。俺は少女の抱擁(ハグ)から身を離して、鼻を(すす)り、ふうと大きな息を吐いた。ルシウは俺を間近に見下ろし、ぽんぽんと頭のてっぺんを叩いた。

「るああ。落ち着いたか?」

「うん……いい匂いがしたし、柔らかかった」

「るあっ?!」

幼女の隙を突き、腰に腕を回して、再び引き寄せて深呼吸(クンカクンカ)する。

「はああ……(いや)される……」

「るああああっ! ヘンタイ! お前、これハンザイだぞ、ヘンタイっ!」

きゅうと丸めた拳でぽかぽか叩かれたが、うん、安いものだ。


 堪能(たんのう)してから監視人(クストーデ)を解放すると、爪先で正確にレバーを射抜かれた。そろそろ最後かと思うと、これも名残(なごり)惜しくある。ルシウは頬を紅潮させて、ちょっと涙目で俺を(にら)む。解る

「うーぷす……照れ隠しのタチが悪過ぎる……」

ぶつぶつ文句を言うのを尻目に、立ち上がり、空を見上げる。


 さっきより、薄明るくなってきたようだった。


 東の空には古都の街影が、濃紫を背景に浮かび上がる。

夜明け(サリタ)か……」

長かったような短かったような、不思議な夜が終わった。ちゃんと、終わった。たぶん、一生に二度はない、そんな一夜だったと思う。


 そう感慨(かんがい)(ふけ)っている、と。



 「あ……」


 同じく夜明けを見上げていたルシウが、口を開いた。

「あれ……? 何か、10日くらい経ってるよーな気がする……」

首を傾けて、妙にデカい懐中時計を引っ張り出した。横から覗くと小さい文字盤(インダイアル)が幾つもあり、針も何だか多い。読み方が判らない。

「えーと……Oops(うーぷす)。今、“封鎖区”に入って9日目の朝だ」

「マジ?」

「なーふ。あっちとこっちで時間の流れ方が違ったらしいな。うーん、まあ、何十年とズレなくて良かったと言うべきか……」

それって、そういう可能性もあった、ってことだよな?


 ……まあいいや、深く考えるのはよそう。



 呆れることで衝撃を(おお)って、俺は革頭巾の上から頭を(さす)った。

「やれやれ、何も言わずに来たから、アーシャ、心配してるかカンカンか……」

ルシウの赤い目が、薄明かりにきらりとした。

「こっちで出来た、いい人かい? 済まねーな、心配掛けさせて」

「大事な家族さ。まあ、大丈夫だろう」

俺は真面目くさった顔でこう言った。

「彼女は幾ら怒っても、曲刀(スパーダ)両手で追っかけて来るような、おっかない女じゃあないから」

ルシウが吹き出した。


 俺も笑顔を返すと、腰の剣帯に手を伸ばして――

「異世界に飛ばされて来てもさ、大事なものは少しずつ増えて、それで時々手を離したりして、生きていくんだよ、きっと。カッコつけたようなこと言うようだけどさ、何か、そう思うよ」

下げ緒を解くと、天羽緋緋色“(アマハヒヒイロ“ア)荒神切”桜花(ラガミキリ”オウカ)――その鞘を(つか)んで、監視人(クストーデ)に差し出した。

「とうとう、こいつからも手を離す時が来たかー」

ルシウは捧げ持つように、朱塗りの(さや)を受け、俺の顔をじっと(うかが)った。


 名残惜しさと、心からのありがとう(オーリ・アーチェ)笑ってさようなら(ローヴェ・オータ)。そして、ちょっぴりの未練を残しつつ、指を開く。


 ルシウが微笑み、頷くと――……


 ”死せる剣聖(Deadman‘s )帝の贖い” (Cllection)の宝刀達と同じく、本来()るべき場所へ(かえ)っていった。最後に、りん――……微かな音を聞いたのは、或いは気のせいか。



 「ありがとうな、桜花……」




 ***********************************


 幾許(いくばく)かの腰の寂しさがありつつ、俺は白みつつある空に両手を突き上げる。

「んッ……よォし! 終わった終わった」

己の中にひとつ、区切りをつけるために声に出し、大きく足を踏み出す。

 ルシウと擦れ違い様、黎明竜(れいめいりゅう)レーゼの革頭巾を外して、

「るあ?!」

少女のフードの上からかぽんと被せる。

「さあて、帰りますか。それぞれの“世界(オルト)”ってやつに」

異世界監視人(オルト・クストーデ)異世界の高校生(オルト・トランジッテ)、ここから帰る場所は、別の“世界”(アルタ・オルト)だ。同じカルーシアにいるとしても、俺と彼女は、異なる”世界観(イマジカ)”のカルーシアにいる。


 道々でティラトーレの鎖衣(シリヨン)黎明竜レーゼ(アマネセル・ドラギオ)の手袋を外せば、今度こそ、もう会うことはないだろう。



 と、服の裾が、後ろからきゅうと(つか)まれた。



 つんのめって振り向くと、(うつむ)いたルシウの顔が、黒頭巾で半分隠れている。

「なーふ。その……何だ。10日近くも(こんだけ)遅くなっちまったら、その、もーちっとくれー遅くなっても一緒じゃなくねえ? つうか……」

「……?」

もごもご言ってよく聞き取れないので、身を屈めると、幼女は視線を外し、唇を(とが)らせて言った。

珈琲(カフエス)1杯くらい、飲んでく時間あるくない?」

だから、そういう顔をされたら……

「そうだな……」

お兄ちゃん、断れないじゃないか。



 「じゃ、朝の1杯、御馳走になってくか」



 そう言うと、俺はルシウの手を取って走り出した。後ろから「わっ」とか「るあっ」とか聞こえたが、すぐに悪戯っぽい(いつもの)「いひひ」笑いに変わった。

 夜明け直前の街を、二つの足音が駆け抜ける。別々(アルタ)の道を来て、別々(アルタ)の道を行く二つの足音は、今だけは同じリズムを響かせて。

「るああ。異世界管理局(オルト・クーストース)まで――……」



 「もうちょっとだけ、アタシの(マーノ)を離すなよな――……」

                              挿絵(By みてみん)

               ~“封鎖区~破局の因子~”・完、次章へ続く~

【次章“封鎖区~エピローグ”】


“封鎖区”での冒険を終えて、カルーシアでの日常に戻ったユマ。監視人の依頼の報酬“三つの願い事”で、ユマが叶えたこととは……?


挿絵(By みてみん)

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