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39.Deadman‘s Cllection~生ける英雄への戦い~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(9/10話)】


 薔薇(ばら)の剣を足場に突き立てると、白銀(アルジェ)(またた)きをひとつ寄越し、消える。俺は今一度、凱歌(がいか)の武骨な沈黙に両手を掛けた。


 機巧兵装“終ノ型(ツイノカタ)”――神剣の中で群を抜いて異質な鉄塊は、何と戦うことを想定して作られたのだろう。

 形が似ている訳ではないが、何故か、蒸気機関車(デゴイチ)を抱えている、そんな “世界観”がある。武器というより、動力式の工具のようだ。


 “闇の子”もいよいよ収集のつかない(カオスな)状態に(おちい)ってきた。


 その輪郭(りんかく)は辛うじてまだヒトのようではあるものの、そこここから火竜や巨人に食屍鬼の翼や腕が、鬼女と聖母の顔が、果ては城の尖塔や遺跡の柱に至るまで、“封鎖区”のあらゆる要素、“世界観”が浮かび上がり、飲み込まれるのを繰り返す。

 “封鎖区(セラド)”の全ての”世界観(イマジカ)”が、混然と、収束と自壊、破局の完成へと突き進もうとしている。俺とルシウを、道連れにしようと……いや……


 もはや人としての自我や思考が、残っているかどうか……



 崩壊する”闇“から、もう腕とは呼べない名状しがたいモノが飛び出した。俺は凱歌の先端を祭壇(さいだん)にめり込ませ、峰を手袋で支えて腰を落とす。幅広の刀身は、ちょっとしたタワーシールドを構えている具合だ。

 “闇”の噴出は、防壁の正面から直撃した。もはや避ける知性(インテリテ)を失ったのか、全て飲み込む本能(イステンテ)なのか、ただ玩具が欲しいという子どもの願い(エテレイン)か。”闇“は刀身にねとりと絡みつく。


 ところで俺は、この機巧兵装の使い方は全く知らないが、ひとつ気づいたことがある。柄の握りが、ちょうどバイクのスロットル様の機構になっている。

 よくは判らない。けれど男の子たる者、押せるボタンは押す、引けるレバーは引く――回せるスロットルは回す。


 どぅん! 凱歌が手の中で怪獣のごとく()え、暴れて、俺を振り(ほど)いた。二歩後退(あとずさ)って見ると、対巨神機巧兵装は祭壇(さいだん)に突き立ったまま、“生きた闇”に完全に取り込まれ――しかしながら、その内側で猛烈に“稼働(かどう)”しているようだった。

 よくは判らない。“闇”がびっちゃびちゃと、黒い(ひる)みたいな破片になって撒き散らされている。うえ、近寄りたくねえ。どうしたものか、凱歌は“闇”の圧搾機械(あっさくきかい)と化したようだった。



 しばし“その子”の子守りを凱歌に任せ、天から降った六刀の(つい)、最後に残ったひと振りに、俺はようやく手を掛ける。




 ***********************************


 りん――……刃が涼やかな音を鳴らしたように思った。


 その刀剣(カタナ)天羽緋緋色“(アマハヒヒイロ“ア)荒神切”桜花(ラガミキリ”オウカ)

 最後の最後はお前(・・)とでなきゃ、そりゃ、嘘ってもんだろう。



 元々、腰の物にそう(こだわ)りはなかった。友人……の近衛兵、名門貴族の坊ちゃん、レイス・オランジナは、

貴公ほどの剣士(グラデアトル)なら、己が腕に足る剣を取り給え」

などと(うるさ)いが、前にも言った覚えがあるけど、俺としては実際使えれば割と何でも良く、自分が剣士であるという矜持(きょうじ)がそもそもない。道具を云々(うんぬん)する技量があるとは思わないし、単純に良し悪しも判らないというのもある。


 そんな俺でも、”死せる剣聖(Deadman‘s )帝の贖い” (Cllection)のいずれ劣らぬ六振り、これを手に取って “世界観”ががらりと変わった。これほどの剣を振った経験は、これ以上の喜びは――おそらく愛する人(アマーレ)を腕に抱いたとしても――生涯に訪れないだろうと思う。


 そんな愛する刀(アマーレ)が六人もいるとは。立てばドン・ファン、座ればカサノヴァか、とんだモテ期もあったものだ。

 だが、やはり最愛の人(モーリエ)はたった一人を選ばねばな。



 天羽緋緋色”荒神切”桜花、ひやりと冷たく、(てのひら)に柄が吸いつく。桜花(おうか)の方ではなく、俺の手の方が柄巻(つかまき)の形に馴染(なじ)んだんだ。一度でも持てば理解(わか)る、この領域の剣だと、主人は使い手の方ではない。


 俺は使われ手(・・・・)として、桜花をぐっと握り込んだ、が、

「……?」

桜花の柄から、何か不機嫌な波長が伝わってきた。これは……

「えーと……なあ、桜花、何か怒ってる?」

これは……いや、経験はないよ? 経験はないけど、例えば合コンに行ったのが彼女バレした時って、こんな感じなんじゃない?


 あー……これ、別の剣を振り回したのが、気に入らないんだわ。


 え、待って。刀剣ってそういう感じなの?

 何だこれ。面倒くせえ。女の子(フィーユ)か、“荒神切”桜花。


 祭壇(さいだん)の石床から引っこ抜いて、十字に空を切る。この、切っ先まで意識が通うような感覚、心地良い重み。

「可愛いとこあるじゃねーの、桜ちゃん(チリエーソ)

諸手(もろて)正眼に構えを置く。桜花の緋緋色の刀身が、りぃんとひとつ、涼やかに鳴った。波紋の揺らめきが、まんざらでもなさそうに見えるのは、俺の気のせいか。



 手には桜花、背にルシウ。またこの形に戻った訳だ。

 相対するは、凱歌のプレス工程を経て、未だ動きを止めない“闇の世界観”。


 “生きた闇”に向けて、俺は袈裟懸(けさが)けに桜花を振り下ろす――……



 ……――“した”つもりだった。


 気がつけば右片手、“荒神切”の切っ先が己の斜め後ろで静止していた。目の前では“(うごめ)く闇”が、ゆらりゆらり、どこか呑気そうに揺れていて……

 次の瞬間、十の……否、数十(・・)の斬撃を浴びたがごとく、“闇の塊”が細切れ、細切れ、細切れて、見るも無残な前衛彫刻に成り果てる。

お前(・・)、やりやがったな……?」

見事に“使われ手”を使って、桜花は俺の技量を遥かに超えた、神速の連撃を放った……らしい。やった本人が見えてねーんだ。


 りぃん――……桜花が、得意満面の音色を響かせた。


 桜花……何故、ここに来て“萌え”の要素をぶっ込んでくる……?

 お前、最初「力が欲しいか、小僧」とか言ってたじゃねーか。


 だが――……


 俺と桜花、互いの”世界観(イマジカ)”がひとつになっている。今なら”鍛冶神(ウゥルカヌス)鉄敷(かなしき) “を以てして、”封鎖区”を、“時間”と“空間” を、“世界”を切ることさえ――“できる”と思えば“できる”と信じられそうなほどに。



 と、その時だった。背後から、大きな力が吹き抜けた。

 そうか……7分が――……




 ***********************************


 振り向くと、信じられないくらい奇麗で、大きな、女の人(ダミナーレ)がいた。


 やや(まなじり)の吊り上がった、大きな目。真っさらな銅を思わせる、明るい褐色の頬。白に僅かに灰色を溶かした薄い銀髪は、悲しみに満ちたこの暗黒(エスクデオ)で、なお光り輝いている。瞳の色の赤は彼女の心を映して、深く静かな色を(たた)えていた。


 その女の人を見て、俺はなぜか、不意に涙が(あふ)れそうになった。


 異世界監視人(オルト・クストーデ)ルシウは、もう手荷物サイズの幼女(フィーユ)ではなかった。ルシウは俺はおろか、崩壊しかけた“封鎖区”で肥大した“生きた闇”より、遥かに大きい。年恰好も、見慣れたあの幼女(チッカ)、石廊下で見せてくれた少女の姿(フィーユ)のどちらでもなく、もっと大人の、美しい女の人(ダーミナ)だった。


 その姿は、たったひとつの強い”世界観(イマジカ)”へと回帰していく――……



 ルシウの両手が、俺の頭上を越えて、もはや原形もない黒い泥のようなモノに伸びた。“闇”の流体は、近づくものに反応して、粘つきながら表面に、拒絶と怒りの波紋を走らせる。

「ルシウ――……!」

反射的に前へ出ようとした俺に、頭上を覆う手が、留めるような仕草を寄越した。

 すると桜花が(にわ)かに(たか)ぶりを(しず)めた。異世界監視人(クストース)の思いを()んだか、文字通り刃を納めたようだ。刀が武士の魂であれば、心があってもおかしくはない、か。桜花ほどの落ち着きもない俺は、固唾(かたず)を飲んで成り行きを見守る。


 その前で、赤褐色の指が黒い泥に差し込まれ、(すく)い……救い上げられた“生きた闇”はルシウの腕の中で――……



 ……――“その子”になった。



 大きな女の人(ダーミナ)の胸に抱かれた、大きな赤ん坊(ベーボ)に。


 「……オカアサン(マテル)――……」


 “その子”を抱くルシウの姿は、優しく、神々しく、紛い物(ファルシータ)の母親像など、ただ消え去るしかない幻想(パンタシア)でしかない。これは“核”が、“その子”が欲しかったもの……求めて求めて、心から求めて得られなかったもの、消えゆく最期にやっと(あがな)われた、本物の幻想(ブレーソ・パンタシア)――……

「……――お眠り、良い子(ペーデル)よ……(メーレ)の胸、安らぎのレーヌを見て……お眠りなさい、幸せな夢(フェリーシ・レーヌ)に――……」

お母さん(マテル)の腕に揺られる子守唄(ニンアナンナ)。全てを破壊しに来た人の胸に抱かれて。



 俺は……今更ながら異世界監視人(オルト・クストーデ)――ルシウに畏怖(いふ)を抱いた。


 異世界監視人は”闇“を抱いて、ふと俺に目を下ろし……褐色の頬に真っ白な歯を覗かせ、にっと笑った。ああ――……俺も笑った。この人は、“ルシウ”だ。



 「るああ。カルーシア地区異(カルーシア・オル)世界管理局出張所(ト・クーストース)執行人(クストーデ)・ルシウ・コトレットの“権限”(エルーカ)により、この時を以て、当“封鎖区”(セラド・オルト)存在(“世界観”)を“停止”する――……」



 異世界監視人が宣告すると同時に、浮遊する感覚に包まれた。俺とルシウ、“その子”も上の方、明るい方へと向かっていく。やがて光が全てを白の色(ブラン)に染めていき、足場の祭壇(さいだん)もついに崩れ果てたが、浮かび漂う俺に怖れる気持ちはなかった。


 この“世界(オルト)”にきちんと、正しい終わり(エンデ)が訪れたことが理解(わか)っていたから、俺は目を閉じて、真っ白な光に身を委ねた――……




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