表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/162

38.Deadman‘s Cllection~死せる剣聖帝の贖い~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(8/10話)】

 「……“我に与えよ、死せ(Deadman‘s )る剣聖帝の贖い”(Cllection)――……」


 頭上に諸手を掲げた(バンザイをした)異世界監視人の、指先から真上へ、幾重にも魔法陣(パドレア)が昇っていく。それは煙草の煙か、水族館のイルカが泡で作るバブル・リングを思わせ、やがて――……遥かな高みで、ぱきん、何かが割れる音がして。

 剣刃(けんじん)(きらめ)きが降り注ぎ、俺の立つ周囲の石畳に次々と突き立った。二つばかりが落ち様に“その子”の両腕、ドラゴンの頭と尾を切り裂き、虚空(こくう)が震えるような唸り声を上げさせた。


 「……“かくて、死せる剣聖(ロア)の墓所は(あば)かれり”――……」


 「絶界の至宝、獅子王剣(レーヴェ・クオレ)エスカ=レイツィア……」

 「薔薇の白銀剣(セイヴ・ザ・クイーン)アルヴェ・ロージュ……」

 「神器火剣八雷神(ヤクサイカヅチノカミ)……」

 「対巨神機巧兵装“終ノ型・凱歌(ツイノカタ・ガイカ)” ……」

 「弟殺しの黒水晶刀(セカンド・シン)……」


 「そして、再臨せよ! 天羽緋緋色“(アマハヒヒイロ“ア)荒神切”桜花(ラガミキリ”オウカ)――……」


 最後に降って来て、俺の真正面に屹立(きつりつ)したのは、奈落に落ちたはずの桜花(おうか)だった。我を忘れ、思わず伸ばした手が――



 全身が、ぎくりと硬直した。

 鎖衣(シリヨン)の下を――冷たい刃が撫でるように――汗が伝う。


 俺を囲んだ()き出しの刀身の、圧倒的な”世界観(イマジカ)”の前で、俺は蛇に(にら)まれる……いや、呑み込まれる(・・・・・・)蛙の気分を味わう。

 獅子王剣、という名は前に監視人の口から聞いた覚えがあったが……

「うーぷす……成功しちまったぜ……」

残る四振りも、いずれ名立たる来歴を背負うのだろう。その前では俺は古兵の集う酒場に放り込まれた小僧、獅子の群れに紛れ込んだ迷子の子猫ちゃんも同然だ。これが、戦いにおける年季が違う、というやつか。

「るああ。桜花も上手く呼び戻せたよーだな……」

ルシウが浮かべた笑みも、心なしか引き()っている。

「いひひ、それぞれ1本ずつに叙事詩(オデュセイア)が書かれてるクラスを、カルーシア中から掻き集めてやったぜ。好きなのを、好きなよーに使っちまえ、ユーマあ」

本当に価値の判る人間が見たら、憤死しそうだな。



 「るああ。10……いや、7分頼むぞ――……」

異世界監視人(クストーデ)はそう言って、視界の背後へ引き下がった。



 神器名刀の雨垂れに穿(うが)たれた“闇の子”の両手は、また集って凝って、ずるずると奇妙に長い巨人のそれへ変じ、朽ちかけた祭壇(さいだん)を左右から(つか)んだ。俺とルシウはまるで、銀の盆に置かれた洗礼者(ヨハネ)の首か、トレイに乗ったハンバーガーセットか。


 “生きた闇”のその動きに、俺は、手を伸ばした桜花の柄ではなく――




 ***********************************


 獅子王剣(エスカ=レイツィア)に手を掛けた。


 それを目にした誰もが、“聖剣”という言葉(エクスカリヴァ)を想起するだろう。“封鎖区”に武器を持ち込む時にルシウが、

「ユーマには、切れ味に勝る桜花の方がいいよ」

とこっちを()さなかったのも納得の、俺が取り回すには重厚に過ぎる両手持ち剣(ツーハンデット)。柄を握ったものの、よもや資格がなければ抜けないかと一瞬危ぶんだが、幸い杞憂(きゆう)だった。腰で構えた獅子王剣は、大聖堂を丸ごと担ぐような見た目の印象よりは軽かったが、やはり打ち刀とは扱い勝手が違う。


 下手な小手先の技巧なんか、意味はない。

「よォいしょおッ!」

体半分持っていかれながら、力任せに水平に振り抜く。そして俺は知る。


 ミサイルの発射ボタンは、押すだけ(・・・・)なら、3歳児にも押せるのだと。


 使い手の未熟を補って余りある、内なる魔法力で、獅子王剣は“生きた闇”の左腕から胴、右腕をひと振りで上下に断ち分けた。あまつさえ、勢い余った力が彼方まで環状に広がっていき、やがて空間の遠くで小さな閃光を咲かせる。


 どうやら、“世界(オルト)”の果てに衝突したらしい。



 が、“世界(オルト)”とは“その子”だ。

 聖剣とて一撃で“世界”を破壊することは(あた)わない。


 獅子王剣の切り残し、足場に残った闇の手首から、無数の小さな子どもの手がぞろっと生えた。大振りした直後の刀身を、逃さず取りついてくる。

「くそ、離せ……」

焦って柄を引く。剣の力に()かれながら、しかし闇の手は無頓着に、無尽蔵にエスカ=レイツィアに絡みつき、まるでオモチャの取り合いの(てい)になる。



 「なーふ。構わねえ。くれてやれ、ユーマあ」



 背後からの声に、一秒逡巡(しゅんじゅん)し、聖剣から手を離した。“絶界の秘宝”とやらの価値がいかほどのものか、知る(よし)もないが、今の俺にとっては異世界監視人の言葉こそ真実だ。


 手を離した途端、闇に奪われた剣(エクスカリヴァ)が、ふっと消えた。


 ()るべき場所に戻ったか――そうであれと切に願う――いずれにしても「好きなのを好きなよーに使え」、ルシウたんの言う通りに従えば間違いない。




 ***********************************


 二本目、 対巨神機巧兵装を、石畳から引っこ抜く。

 担ぐと同時に、致命的な失敗、首に縄が掛かったのを悟った。


 獅子王剣(オモチャ)を取り上げられた無数の闇の手が、一斉に俺に向かって伸びてきた。機巧兵装は聖剣に輪を掛けた、機械仕掛けの超重量級鉄塊。八方から数えきれない悪意の殺到する瞬間には、最悪の選択だ。


 どうする、どうすればいい? 思考が空回りする俺は――……


 ……――祭壇に刺さった(・・・・・・・)凱歌(ガイカ)の柄を掴んでいた。



 何事が起きたのか、一瞬の混乱を経て、俺は理解する。この感覚、間違いない。“お節介な(トリビアル・)時間干渉”(タイムリープ)が発動した。



 眩暈(めまい)を振り(ほど)いて、咄嗟(とっさ)に隣の火剣八雷神(ヤクサイカヅチノカミ)に持ち替えて、来ることを知って(・・・)いる“一瞬先の未来”へと振り(かざ)す。


 柄と刀身に接ぎのない、古代銅剣様をした八雷神はその名に(たが)わず八叉(やまた)の雷撃、神話に黄泉津国(ヨモツクニ)伊邪那美(イザナミ)神の(しかばね)に生じたという雷の八相――大雷(オホイカヅチ)火雷(ホノイカヅチ)黒雷(クロイカヅチ)咲雷(サクイカヅチ)若雷(ワカイカヅチ)土雷(ツチイカヅチ)鳴雷(ナルイカヅチ)伏雷(フスイカヅチ)――を(ほとばし)らせ、(つか)み来る闇をことごとく焼き落とす。



 どっと汗が噴き出た。窮地を脱したこと、“お節介な時間干渉”が発動したこと、その両方にだ。



 “お節介な(トリビアル・)時間干渉”(タイムリープ)――……


 異世界転移(オルト・トランジ)で獲得した俺のスキル、その効果は、攻撃を受けるとひと呼吸分ほどの時間が巻き戻ること。戻る時間は僅かだが、()わばある種の未来予知、相手の手札を盗み見る能力だから読み合いでは滅法(めっぽう)強い。

 だが、監視人の“権限”(エルーカ)と同じで、外のスキルは“封鎖区”には持ち込めない……はずだ。それが発動したってことは、つまりそういうこと(・・・・・・)だ。



 真っ二つに裂けた“生きた闇”が、それぞれ違うカタチを取る。

「……うあ……」

思わず(うめ)く。上の半分は聖母(マール)、残りが鬼女(カリイ)。形は対の女神達だが、彼女らのいずれも(ネーロ)より深い漆黒(エスクデオ)のお揃い。


 左手で傍らを探り、触れた柄を迷わず取る。




 ***********************************


 アルヴェ・ロージュ(セイヴ・ザ・クイーン)、波打った刀身は、確かフランヴェルジュというんだっけ。桜花に匹敵する軽さは、八雷神との二本持ちでも立ち回れそうだ。部活で顧問に免許皆伝(グーパン)を貰った、我が二刀流を披露する時が来た。

 闇のカリイが声もなく笑い、二つの曲刀(スパーダ)を振るうのを、白銀剣で右の刃を叩き、片割れにぶつけてもろともに()ね上げる。

「だから、お腹出してるのは良くないって、姐さん」

大広間ではルシウの氷槍が貫いた鬼女の腹部へ、八雷神を突き入れる。


 鬼女の()き出しの腹に、聖母が障壁(イスクト)を張るが――


 “死せる剣聖帝の(あがな)い”で召喚された最高峰の剣の前では、そんなもの、絶対防壁の幻想ごと打ち砕かれる。

「……温めといた方がよくない?」

障壁を薄氷同然に破り、闇のカリイの臓腑(はらわた)を火の剣が蹂躙(じゅうりん)する。


 腰からちぎれかけ、ぶち撒かれた闇が空間を流れて八雷神にびちゃびちゃと(まと)わりつき、また取り込もうとするが、俺の手は既に柄を離れている(・・・・・・・・・)

「欲しいか? やるよ……火剣八雷神、“元いた場所へ還れ”」

応じて去り際に、火剣の雷は腕で(かば)った俺の視界をも、白く奪う。



 薄目を開けると、神代(かみよ)の剣は己を呑まんとしたモノの、内側から存分に荒れ狂って、“生きた闇”の半分から生じたカリイを、更に半分に引きちぎり、たぶん黄泉(よみ)の国だかに戻っていった。




 ***********************************


 代わりに抜いたのが、柄まで磨き上げられた黒い水晶(モリオン)でできた剣だ。


 弟殺しの黒水晶刀(セカンド・シン)に触れた瞬間、反射的に手を振り払いそうになった。精神を引きずり込まれそうな、火傷をしそうな冷たさ。目利きでなくとも触れば判る。


 こいつは……呪われた剣(マレデーネ・ダオレ)だ。


 強烈な“世界観”を振りまきつつ、聖器物に属していた四振りに対して、こいつは何て性格が悪いんだ、黒水晶刀。まるで悪意の塊じゃないか。

 まあ、いいさ。だったら、お前と気の合いそうな、ぴったりの女の子を紹介しよう。剣役の相方を失くした闇のマールが、硝子片を繋ぎ合わせ、俺の前後左右に壁を作る。透明の(おり)に閉じ込めようというのか。


 かつて“その子”を、真っ暗な部屋にそうしたようにか――


 白銀の薔薇(アルヴェ・ロージュ)が閃いて、硝子の(おり)を幾千の花びらに砕き散らす。



 黒い聖母(オカアサン)が、まだ“その子”の幻想か、それとも既に単なる模倣(もほう)かは判らない。俺はただ渾身(こんしん)のオーバーハンドで、闇の聖母目掛け、呪われた剣を投げつけた。

 黒い水晶刀(セカンド・シン)黒い聖母(ネーロ・マール)に直撃すると、どちらからだろう、呪詛(じゅそ)のような低い(うめ)きが尾を()いた。ママがサタン(・・・)にキッスした、なんてな。弟殺しの剣に子殺しの聖母、お互い似たもの同士、ま、仲良くやってくれ。



 鬼女も聖女も(それぞれが)神剣魔剣の”世界観(イマジカ)”を丸ごと浴び、四散してなお、(うごめ)きながら集おうとする。さっぱりダメージにはなっていないな。“生きた闇”は“世界”だ。切っても叩いても、精々カタチが変わるだけ、足止め(・・・)にしかならないだろう。


 けど――……こっちは手を止める(・・・・・)訳にはいかねーんだな。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ