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01.路地裏の扉と黒頭巾の少女

挿絵(By みてみん)

【ユマ・ビッグスロープの場合(1/3話)】

 後ろ向きに引っ繰り返り掛けた俺は、背中を空き家の扉にぶち当て――……


 ぶち破り――……


 結局、盛大に空き家へと転がり込んだ。



 仰向けに倒れた俺は、空き家と見た部屋に、灯りが灯っていることに気づいた。と同時に……


 「Raa(るああ)?」


 奥から鼻に抜けるような声がした。驚き、または悲鳴にしては緊張感がない。俺は首を逸らして、上下逆様の部屋の奥に目を()らす。

Oh la la(うーららぁ)、まーさか、この部屋に入って来るなんてさー。ありえねー」

部屋の青白い照明に、両側から照らされて浮かび上がる、伝法(でんぽう)な言葉遣い、抑揚のない口調。声からすると、どうやら女らしい。


 頭から黒頭巾をすっぽり被った、顔の下半分、口元が皮肉っぽく笑う。

「これだから、運とトラブルに全振り(チート)してる奴は困るんだ」



 黒頭巾の女の奇妙な物言いを怪訝(けげん)に思いつつ、俺は床を転がり、身を起こした。まず思ったのが、女の背丈が思いの外低い、ということだった。ぶかぶかのローブで体つきが隠れ、被ったフードのせいで顔も定かではないが、小柄で、華奢(きゃしゃ)。少女、いや、むしろ……


 「幼女……?」


 そう呟くと、黒頭巾は上目遣いに俺の顔を見た。覗き見えた顔立ちが、やはり幼く見える。そして……彼女の瞳は、はっとするような赤い色をしている。

「幼女ぉ?」

頭巾の下から、ジト目が光っている。何だか(さげす)むような目つきだ。

「うーぷす。お前、いい趣味してんなー」

声も幼い、だが口調は明らかに俺をバカにしている。


 しかも俺が口を開こうとすると、

「よいよい。。別にどー見えてよーが(・・・・・・・・)

しっしと追い払うような手振りをして、さっさと背中を向ける。さすがにむっとしたが、そこで俺はようやく室内の様子が目に入り……


 開き掛けた口は、言おうとしていた言葉を失ってしまった。



 目に映った光景を、頭が理解するには少し時間が要った。薄暗い部屋、少女を淡く照らす青白い光……窓か方形の照明かと思ったそれは、全てモニターの画面が発する光だったのだ。


 左右正面の壁一面、上から下までモニター画面が埋め込まれて並んでいる。


 「何だ、これ……」


 この“世界”、俺の暮らす“王都カルーシア”は中世ヨーロッパ的な世界観をしている。蒸気機関さえ、この世界にはまだない。それなのにこの部屋の設備はまるで現代のビルのセキュリティ室、時代考証どうなってんだ。

「何だ、ここは? お前は、いったい……?」

俺は呆然としたまま誰何(すいか)する。



 幼女(?)はしばらく帳簿に何やら書き込んでいたが、やがて大儀そうに向き直った。両手で髪を掻き上げるように、うなじに黒頭巾を落とした。


 「るああ。アタシはルシウ・コトレットだ」


 黒い頭巾の下から、真っ赤な瞳と、淡い銀色の髪が(あふ)れ出た。




 ***********************************


 俺の名前は、逢坂悠馬(オウサカ・ユウマ)という。異世界転移者だ。


 カルーシアの言葉で、世界は“オルト”、異邦人は“トランジッテ”。異世界転移者はさしづめ”オルト・トランジッテ“ってとこだろう。


 生まれは駅前にイ●ンとG●Oを標準装備する地方都市、高校1年生が本来の身分(ジョブ)、そしてこっちでは傭兵(メルセナリオ)のユマ・ビッグスロープで通っている。


 ユマ、とは王都風の発音だ。


 カルーシアでは“ユーマ”のように伸ばしが入ると、女性名に聞こえてしまう。俺に言わせれば、“ユマちゃん”の方が女の子みたいなんだけど。

 ちなみに“ビッグスロープ”は、逢坂=大阪=“大きい坂”だ。百人一首を授業でやって以来、“大阪”があだ名なんだよ。蝉丸のせいで。


 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関――……



 そんな俺が“異世界転移”したのは、体育の授業中、見失ったバレーボールが顔面直撃した拍子だから、もはや屁をこいた勢いでも“転生”しそうだ。いずれスマホ弄ってるだけで“召喚”されたりするんだろうよ。

 俺が最後に見た現実世界の光景は、10本の指を広げた間からの、体育館天井の水銀灯だった。不幸中の幸いは体操服の上にジャージを着ていたことだろうな。 少なくとも、“すぐ死ぬ奴(スペランカー)”で有名な“彼”より貧弱な初期装備で、ゼロからスタートは免れたのだから。



 けれど、途方には暮れたよ。


 “異世界転生”、“異世界召喚”。自分に何が起きたのかは割とすんなり理解した。ラノベでもアニメでも“タイトル長いの”は流行だし。

 正直、自分にもいつか起きないかなあ、とか思ったことがないと言わない。みんなだってそうだろ? でもね、言っておくよ。


 いきなりとか、マジでないから。


 最近は最初に女神様とか出てくるの(チュートリアル)がデフォだって聞いてたんだけど。オープニングないとか、スーパーモンキー大冒険だから。「ながいたびがはじまる……」じゃないから。


 異世界の雑踏(ざっとう)に放り出されると、驚くほどいろんなことを一瞬で考えるぞ。


 日本人に到底見えない人達ばっかりが歩いている

  ↓

 外国にワープしたんじゃないの

  ↓

 服装が古風なのに加え、剣とか普通に持っている

  ↓

 大昔の外国にタイムスリップしたんじゃないの

  ↓

 周りの人たちが日本語喋っているように聞こえる

  ↓

 コミケなんじゃないの

  ↓

 レ●りんがいないよ

  ↓

 OK、だったらたぶん異世界だ。いても異世界(ル●ニカ)の可能性あるけどな。



 呆然、混乱。夢を見てるのかと周りを見回す。頬をつねる、を人生初めて実際にやってみる。夢じゃない、あれもこれも。

 思うに、異世界転移して即行動に移れる奴は、たぶん物ッ凄いアホか、何も考えていないんだろう。普通は何もできねえよ。俺の場合、できたのは教会だか聖堂だかの石段に、ぺたんと腰を落とすことだけだった。


 「君、珍しい恰好してるね」


 少年のような喋り方に顔を上げた鼻先に、差し出されていた小さな花(フラール)と、飾り気のない笑顔。彼女――アーシャとの出会いだった。

 後になって思えば、ジャージ姿が異世界の町で悪目立ちしていたことが、俺とアーシャを巡り合わせた訳だ。ありがとう、□□高校の学年ごと3年ローテーションする色の内、ハズレと評判の()頓狂(とんきょう)な緑色のジャージ。



 こうして異世界の少女、アーシャ・ノエル・ロランに手を引かれ、俺の異世界生活は始まった訳だが――……




 ***********************************


 さて、異世界の美少女と知り合った直後、お約束(ベタ)というかご都合主義というか、俺は路地裏んとこでガラの悪そうな3人組に絡まれた。


 異世界転生初の“イベント”スタート。

 マジか。展開さくさくだな。



 が、やってて良かった中学高校と剣道部、道場になら小学校入った頃から通ってる。そして傍らに冗談のように落ちてある俺の初期装備(デッキブラシ)

 今までケンカなんて(ろく)にしたこともないが、試合だと思えば多少は経験がある。ブラシを踏んで起き上がってきた柄を(つか)む。よし、ここまではかっこいい。俺はブラシ近くを両手で握り、3人を向こうに柄を正眼に据えた。


 「「「そっち側持つのかよ!」」」

 「そっちの方持つの?!」


 前後から突っ込まれたが、剣道だもの、重心が先端にあるとやりにくい。

「ふざけやがって……」

リーダー格っぽいのが凄むと――



 右側の男が、すっと前に出た――……のを見た気がした(・・・・・・)



 「……?」


 男は動いてはいない。あれ、気のせいか?。


 と思うや男が、今度は本当に殴り掛かって来た、が、注目していたものだから、咄嗟に出会いがしらをいいの(・・・)を見舞ってしまう。面、一本!

「なっ、てめぇ……!」

気色(けしき)ばむ残りの二人も、勢いと物の弾みで叩き伏せる。

「「「覚えてやがれっ!」」」

あ、その捨て台詞、本当に言う奴いるんだ?



 男達が支え合うようにして退散すると、俺はブラシを取り落とし、肩で息をした。アーシャ腕を取って、揺すってはしゃぐが、言葉も耳に入らない。

 道具を使ったとはいえ、瞬く間に、人相の悪いのを3人……一番びっくりしてるのは俺自身だから。異世界転移、初日にどれだけ人生初をぶっ込むつもり……



 右の頬っぺたに、ちゅっ、柔らかい感触。

 えー……と、はい、これも初めてです……



 こうして――俺の人生初を重ねる日々、異世界生活(オルト・レーベン)が幕を開いたのだった。




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