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36.エスクデオ・オー・ニント~闇の子~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(6/10話)】

 石畳が泥の沼と化したかのように、荘厳(そうごう)な彫刻を(ほどこ)した石柱がひとつ、またひとつと(かし)ぎ、床に沈んでいく。

 柱が支えていた天井も、壁も、果ては床そのものまで、広間が――“封鎖区(セラド)”が崩れ、()ちて、飲み込まれるように落ちていく、暗黒の底(エスクデオ)へ――



 崩壊を始めた“世界(オルト)”へと向かって――……



 俺は闇の中に唯一残った、辛うじて原形を保つ祭壇(さいだん)に腰を低くし、呆然とする。両腕が首に回されていなかったら、ルシウもずり落ちるに任せていただろう。

「ルシウ、これは“封鎖区”を破壊できた……のか?」

「なーふ……いや、そーじゃねえ……」

明るいのか暗いのか、それすら判然としない奈落(アビス)を、俺とルシウは浮石のような台座の残骸(ざんがい)に立ち、漂う。ヒトのカタチをした闇は、いつの間にか俺の前にはいない。


 「るああ……“破局の因子”(エンデ・イマジカ)が発動したかな……?」


 滅びの(“エンデ”)世界観(“イマジカ”)――……もたらす者、破壊神……過ぎたる力、禁呪……人の愚かさ、古代兵器……いわゆる、そういう類のモノ(・・・・・・・・)。ある“世界観”において、“世界”そのものを消滅に導く“可能性を持つモノ”、それが“破局の因子”。そいつが発動したのなら、陳腐(ちんぷ)な文句だが、あえて言おう。


 “終わり”の“始まり”だ――と。


 「“核”(コルア)を始末したのとは違うんだよな?」

 「なーふ。“爆弾処理”と“大爆発”の差だと思え」

 「おおう……」



 崩れかけた祭壇(さいだん)を残して、広間も城も、何もかも虚空(こくう)の闇へ落ちていった。ここは装飾を全て()ぎ取った、“封鎖区”の本質、“その子”の内面世界、この空間の全てが“その子”の中だ……

「うーぷす……どうやら“魔王”とか“災害”なんかの段階すっ飛ばして、ダイレクトに”世界(オルト)”が崩壊しそうだぞ……」

“核”の内側の“世界”で、何ができる? 何を切ればいい?


 もはや、俺にできることはない……?

 急激な展開に、俺のキャパシティが(あふ)れかけた、その時……



 虚空(こくう)に、揺らぎ、闇、思念が()り、形を作り始めた。


 どうやら、二人の女神(オカアサン)をぶった切られて、よほど頭に来たらしい。セラドが終わりを迎えようという時になって、俺だけは直接握り潰すつもりのようだ。



 “その子”が、質量のある闇(エスクデオ)でヒトのカタチを成した。


 右の手には黒い女神(ネーロ・デオーサ)を、左の手には白い女神(ブラン・デオーサ)を握っている。人の輪郭の闇は、体形は子どものそれだが、

「……ちっちゃい子って、すぐ大きくなるって聞くけど本当だな……」

凝集した闇の質量は、女神達で人形遊びをするまでに、()る。生きた闇と、鬼女(カリイ)聖母(マール)の大きさの差の意味するところは、すぐ理解できた。

 好きなように出来る(・・・・・・・・・)大きさだ……かつて、自分がされていた(・・・・・)ように。


 終わる“封鎖区”(エンデ・セラド)の空間に、“その子”の具現化した形が現れた。これで標的は出現した、のではあるけれども。やっぱり俺にどうこうできる相手じゃない気がする。



 “その子”の右手が、閉じ始めた。ゆっくり、ゆっくり、力を込めて(ゆっくり)。まもなく拳からはトマトジュースが滴って、鬼女の(しぼ)(かす)は開かれた手から捨てられ、“その子”の“世界”をどこまでも無限に、ゆっくり、ゆっくり、堕ちていった。

 左手のマール、大好きなママは“その子”の胸にぎゅうと抱かれた。ゆっくり、ゆっくり、力を込めて(ゆっくり)。サンドイッチの具は、やがて潰れ、それでも闇に挟まれて、“その子”の中へ、ゆっくり、ゆっくり、押し込まれていった。


 “その子”――……“闇の子”が、俺を見た。


 “封鎖区(セラド)”の”世界観(イマジカ)”、作り上げた幻想が破れて、“その子”が生きていた頃の、何をどこまで思い出したのかは判らない。少なくとも今のを見る限り、もう“オカアサン”のことはあまり好きじゃないことは確かだ。

 そしてもう一人、間違いなく嫌われている奴がいる。


 「……俺は目玉焼きか、スクランブルエッグってとこか……?」


 こっちもそう易々と、ヘルシーな朝食(モーニング)セットに加わる気はない。



 足場が更に崩れた。落ちてるか昇ってるかも、もう判らない。彼方の巨影に向けて届かぬ桜花(カタナ)を、片手正眼、人の構えに据えた。




 ***********************************


 不思議と恐怖心は薄い。訳の理解(わか)らない異空間で、訳の理解(わか)らないモノと対峙する構図、現実離れ極まれりだが――ゲームから構築した “封鎖区”の“世界観”で見れば、これこそ極めつけというか、最後の戦い(ラストバトル)の絵面だと思う。


 首に回された手首を軽く叩く。

「ルシウ、次はどうする?」

「次……? うーぷす、次、次なあ……」

片手が離れて、銀色の髪をくしゃくしゃ掻き回す音がする。

「こうなっちまったら、アタシが“核”になるしか手はねーだろ」

俺は左手を肩越しに伸ばすと、

「なーふ。今度は納得してくれよ(ひてふれよ)ユーマあ(ひゅーまあ)

少女の柔らかい褐色の頬を指で挟むのに成功した。


 「それは却下だ。“核”(コルア)を壊せれば、まだ何とかなるか?」


 幼女の頬っぺをぷにぷにしながら、俺はまだ足掻(あが)き方を探している。

Narf(にゃーふ)今ならまだ(ひまならまら)……離せっ! 今ならまだ、間に合うかもしれねーが、お前、切れねーだろーがあ、あんなデカくてワケワカランの」

「だよなあ。幾ら桜花(おうか)にチート上乗せしたところで……」



 「「当たらなければ、どうということはない」」



 言ってる場合か。

 後ろの、幼女が頭を掻き、喉を鳴らす不機嫌な音が、ふと止まった。

「なーふ……そうだな、“ウゥルカヌスの鉄敷(かなしき)”なら……」

「よし、それで行こう」

ルシウが膝を使って、上手いことレバーに蹴りを入れた。

「なーふ、テキトー言うな。いいか、“ウゥルカヌスの鉄敷(かなしき)”は“切れないモノが切れ”、“切れるモノが切れなく”なる術式(アリーテ)だ」


 「術対象(ユーマ)の“干渉”の性質を反転させる……魔力(マギカ)精神(クオレ)みてーなモノを断ち切れる代わりに、物理的には切れなくなるから、本来は桜花の長所(ウリ)の切れ味を殺しちまうんだが……なーふ。今の状況にはガチッと噛み合うのか……」


 後ろでぶつぶつ言っていたルシウは、やがて、得心に至ったらしい。

「届く届かないは考えるな。剣を振る動作は、結果を発現させるただの儀式だ。この術式下では、お前が“切る”と思った場所が“切れる”からな」

「なるほど……うん、“世界観”(イマジカ)を使うのに通じるものがある……やれる気がする。時にルシウ、ひとつ気になることがあるんだが……?」

「るあ……?」

「その、何とかの鉄敷(かなしき)では、白い女神(ブラン)は切れんかったん?」

「えっ」


 「……えッ?!」


 背中側から、聞きたくなかった響きの声がした。

「う……うーぷす……あの、白いのは”世界観(イマジカ)”で“不滅属性”が付いてるから、単純に干渉反転しても、たぶん(・・・)、切れなかったと思ぅょ……」

背中に伝わってくる鼓動がヤバいんですけど。



 と、異世界監視人(クストーデ)が、背中で体を揺すった。

「るああ! そんなことより、いい加減下ろせ!」

うわっ、逆切れした。最悪だ、この子。

「この方が、“がんばれ”るんだけど」

「なーふ! まだ言うか!」

幼女は()け反り、俺の頭を叩き、脇腹を蹴ってさんざ暴れてから、最後に無理くり前に身を乗り出して……


 俺の右頬に小さな(ちゅっと)音を鳴らした。

「ふん……こ、これでもっと“がんばれ”るだろー?」

「おっけぇ、チャラにしてやる」

少女を床に下ろす。お兄ちゃん、もうひと踏ん張り出来そう。

「るああ。いっこ言い訳すっとな……使えるかどうか微妙なんだよなー。こういう事象の性質、“世界”の構文をイジる系の魔法は、“権限”(エルーカ)に近いから」


 「なーふ。でも、ま、いっちょやってみますか……」



 「るああ……“(トロヴァ)” ”(ダオレ)“ ”火山(ボルカン)“ ” (れん)ぜ、鍛冶神(ウゥルカヌス)の鉄敷(・インクゥス)“――……」



 手にした桜花の、“何か”が変わった気がした。崩壊する”世界(オルト)”の内側の、俺の手の中で、桜花の“世界観”(イマジカ)が反転する――……




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