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35.エンデ・エ・アーファ~世界の終わりと破局の始まり~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(5/10話)】

 俺が握っていない手を丸め、頬を(こす)って、ルシウが表情を(つくろ)った。

「るああ。それにしても、何をしたんだ、今のは?」

俺が監視人の術を無効化したことだろう。ルシウの白銀の髪をくしゃくしゃとやって笑ってみせる。

“世界観”(イマジカ)とか“権限”(エルーカ)とかに触れて、コツが判ってきた。なまじっかの魔法破るくれーは、気合だ」

「マジかー……脳筋極まれりって感じだなあ……」

「それよりルシウ、ちっと思いついたことがある……」


 鬼女が(しび)れを切らして襲ってこないかと警戒しつつ、俺は早口にルシウに“考え”を耳打ちした。異世界監視人は目を丸くする。驚きと疑い半ば、の顔だ。

「うーぷす。え……どーだろ? 理屈は理解(わか)るが上手くいくかあ……?」

「さあな。だから、最後の悪足掻(わるあが)きさ」

桜花(カタナ)の切っ先を、()えた肩からまっすぐに、片手正眼に差し上げる。

「ダメなら、仲良く“封鎖区(ここ)”で暮らそうか」

「いひひ。それなら、ずっとこの姿でいてやっよ、お兄ちゃん」

いいね、そいつは大サービスだ。だったら、サービスついでに……



 俺は軽く口を開いて、ちょいちょいと指を差した。



 ルシウは怪訝(けげん)そうに眉を(ひそ)め、首を(かし)げる。

「るあ……?」

「ちゅーだよ。ちゅー」

俺がそう言うと、

「え……ええ? 何で? “がんばれのチュー”して欲しーの??」

幼女がテンパって何か言い出した。

“権限”(エルーカ)でチートしろってんだよ、ばーか」

「るああ!」

何度目だろう、安定のレバー打ちが来た。


 赤銅色の頬をより赤くして、ルシウが睨み上げる。

「クソめ……つーか、二度はできねーつったろー?」

「それが、“残って”んだよ、前の“権限”のチートが、“ユーマの世界”に」

「う、うーぷす……そうなのか?」

オルト・クストーデにも思わぬことだったようだ。

「るああ。確かに強化魔法(ラフォルツェ)にしちゃ、効き過ぎてるような気はしてたけど……」

「“ある”と信じれば“ある”、“世界観”の(ことわり)だ。今の“ユーマ”になら“ルシウ”は入るぜ。信じてるからな。まあ、よしんば上手くいかなくても……」

「るああ、いかなくても?」


 「“がんばれ”る」

 「なーふ! るああっ!」


 ルシウが顔を真っ赤にして、(すね)を蹴っ飛ばした。それでも俺が身を屈めると、そっぽを向き、舌打ちし、(ののし)った末に――……



 口移しに“強さ”(エルーカ)をくれた。



 やや(まなじり)の上がった大きな目。真っさらな銅を思う明るい褐色の頬、白に僅かに灰色を溶かした薄い銀髪。赤い瞳が、すっと俺の顔から離れる。

「なーふ……何でガン見なんだよ。で、どーだよ?」

「やーらかかった」

「お前、マジ黙れ」

「“がんばれ”そう」

「マジで」

フードの奥でジト目で(にら)む少女、彼女はちゃんと、俺の中にいる。



 石柱を吹っ飛ばし竜を地べたに叩きつけた力は、(たと)えれば、体内に燃える石炭をくべられた感じ。白と黒の女神達との切り合いで、“ユーマの世界”に残っていた力は、疾風に乗って、体を運ぶような感覚。

 そして今は――体の奥深くに泉があって、静かに、尽きない力が滾々(こんこん)と湧き出てくるようだ。自分で“信じられる限りの力“が、ちゃんと自身のものになっているのが理解(わか)る。

「これでダメなら、二人で始める“封鎖区生活”(セラド・レーベン)だ」

「なーふ。願い下げだなー、何とかしよーぜ」

「俺は二人暮らし(それ)も悪くないけどねー」


 背中を向けて、膝を着くと、ルシウは素直に体を預けてきた。ルシウの両手が両肩から突き出す。幼女砲(ルシウ・キャノン)セット、パーフェクト・ユーマの完成だ。

「しっかり(つか)まれ。振り落とされんなよ、お姫様(プリンツェスィン)

「るああ。(カヴァル)は黙って走りやがれ」

騎馬戦状態の二人、祭壇(さいだん)下のカリイの荒々しい笑みが、心なしか苦笑にも見える。桜花(おうか)を構え直すと、黒い女神も両手の剣を振り(かざ)し、すっかり傷の(ふさ)がった素足で床を蹴った。



 迎え撃つ俺は、ゆっくりと足を踏み出す。




 ***********************************


 次の瞬間、曲刀(スパーダ)を握ったままの腕が二本、天井まで()ね飛んだ。

(はや)い――……!」

耳元の(つぶや)きも、既に後ろへ置き去りにしている。


 カリイを3歩と進ませず、歩いて眼前へ(はく)したことには、我ながら驚いたが、速さと強さは完全に掌握(コントロール)している。黒い女神が腕を断たれたと、気づくより早く、右手ひとつで切り上げた柄に、左手を添えて、閃――


 鬼女の胴を、上下二つに払う。


 黒い女神(ネーロ・デオーサ)は、刹那(せつな)、そのまま立ち尽くしたが、ぐらり、上半身を揺らし――腰から下を残したまま、ゆっくり仰向けに倒れていく。

 すれ違い様、ちょうど面と向かう位置に落ちてきたカリイに、俺は一瞥(いちべつ)と吐き捨てる言葉をくれた。


 「俺はお前が嫌いだよ」


 “その子”を知ってる訳じゃない。鬼女も、本人(・・)ではない。それでも、こいつは、我が子を殺した母親(コワイオカアサン)の化身、“その子”の悲しい記憶にカタチが宿ったモノだ。


 俺は心底、お前が嫌いだよ――……


 祭壇(さいだん)を見上げると、白い女神(ブラン・デオーサ)が形ばかり慈悲深く微笑んでる。そうだな……アンタのことも、あまり好きじゃあないな。



 祭壇(さいだん)の段に足を乗せると、目の前に、幾つもの薄氷片が浮いていた。マールの使う障壁(イスクト)だ。今度は聖母から仕掛けてきた。この前は“その子”を目前に桜花を阻まれたが、今度こそは――

「……“砕く”!」

“壊れない”と認識してしまえば、“壊れない”。だから“砕ける”と確信して俺は桜花の刃を――俺自身の“世界観”を打ち込む。

 超硬結界(サンクレット)は一瞬、俺の一撃(イマジカ)を受け止めたかに見えたが、切っ先が食い入り、亀裂が走り、ついに粉々に砕き散らした。


 と、開いた左半身に沿うように、肩から小さな(てのひら)が伸びて――

「るああ。”音の象りよ“(パレセール・シーニョ) ”還れ、言の葉に“(トルナーレ・オノマ)

手遊び歌のように、“結んで開いて”した。ガラスに石を投じるごとく、ぱん、ぱん、ぱん、障壁が呆気なく割れる。ルシウ・キャノン炸裂だ。

「なーふ。結界は無理くり砕くより解呪(デスペオリ)した方が早え」

やはり物事には相性がある。叩き割るのはひと苦労なものも、幼女砲で小気味よく割れる。

「あ、そこの手前の1枚、割らずに残して」

「るああ! 判った!」



 雪の結晶(ネージュ)のように舞う破片の中、ひとつ残った障壁を足場に――跳ぶ。

 祭壇(さいだん)の聖母と“その子”を天地逆さに見下ろす高みから――……



 全体重を乗せた天羽緋緋色“(アマハヒヒイロ“ア)荒神切”桜花(ラガミキリ”オウカ)は、白い女神が掲げた護魔法陣(パドレア)をぶち割り、そのまま脳天から股下まで、刃に“切る”という意志(イマジカ)を渡らせて、打ち下ろす。


 が――桜花は(むな)しく実体のない幻を素通りする。


 桜花の刃は、聖母の幻像(パンタシア)を僅かに乱すにしか及ばず、祭壇(さいだん)に突き立った。真下から見た神は、偽りの母の顔で微笑んでいる。


 存在の全てが“虚構”に過ぎず、それでいて頑なな“真実”。


 そこへ向けて、異世界監視人(オルト・クストーデ)の手が突き出された。

「るああ! これ(・・)を見ろ!」

その手にあるのは、古ぼけた小さな(ミラ)。名を、“信じずの鏡”という。



 その小さな鏡は、“封鎖区”への鍵だ。


 カルーシアの旧市街(ヴェリオ)、或いは古都(パライオン)と呼ばれる地区のとある路地裏で、信じずの鏡を覗くと、突き当りのまやかしの壁が映らず、壁は鏡の外でも消えて、”封鎖区”への入口が開かれる。

 鏡の名の由来は、“真実を信じず”――鏡を見た女性が、そこに映る己の顔を、真実と信じないからだとか。


 信じずの鏡は、“真実”のみを映し出す魔法の道具(マジッカ・アーテ)だ。

 信じずの鏡には、実在しない“虚構”は映らない。



 ルシウが鏡を突き付けている先は、聖母ではない、“その子”だ。“その子”が覗いた鏡には、聖母(マーレ)の姿は映らない(・・・・・)


 『……オ……カアサン…………?』


 “その子”が見失った一瞬、聖母は“封鎖区(セラド)”の“世界観”(イマジカ)から(こぼ)れ落ちる――……



 祭壇(さいだん)から引き抜いた桜花が、ついに聖母の実体を捕らえた。


 食らいついた(ダオレ)――技術は無視した力任せの切り払い――は皮を破り、肉を裂き、骨を砕き、(けん)を断って、マールの首を()ね飛ばす。仮にもヒトのカタチをしたモノを切る感触が嬉しいのは、これを最後と願いたい。



 白い女神の首級(しるし)が、足元に転がった。受肉した首から下は、祝福するのか救いを求めるのか、両手を差し伸べながら後ろに倒れ、石段を半ばまでずり落ちて動かなくなった。

 背後で黒い女神も二つになって、痙攣(けいれん)する下半分は(かかと)で石床を叩き、仰向けの上半分は恨めし気な薄笑いで俺を見つめている。お前はできるだけ長く、そこでそうしていろ。これで……



 ついに――……“核”(コルア)を守るモノはなくなった。




 ***********************************


 俺の仕事と“その子”の過去に、終止符を打つ時が来た。”封鎖区”のイマジカを切り、“その子”を殺し、この“世界”を破壊するため、俺は自分の心を殺す。



 “核”へ、刃を向ける。“その子”の(オリオ)が俺を見ていた。



 子ども(ペーデル)のカタチをした空間の揺らぎだった“核”が、気づけば、子ども(ペーデル)のカタチをした凝集する闇(エスクデオ)と変じていた。

(その内側へ、”世界“が堕ちていく(・・・・・)――……)

考えたのではなく、そう感じた、


 必然的に“真っ暗な部屋”を想起し、立ち(すく)んだ俺を、黒い粘液(タール)のような闇に浮かぶ、二つの子どもの瞳が、きょとんとして見つめている。

 生きた闇――その子”が小さな手を伸ばすと、距離と空間を無視して、右の指は黒い女神(ネーロ・デオーサ)残骸(ざんがい)に、左の手は白い女神(ブラン・デオーサ)亡骸(なきがら)に届いた。


 両の手に、二つの壊れた玩具(おもちゃ)を握り締めて――気がつけば、“その子”は無限に肥大しようと、生きた闇が“封鎖区”を圧しようとしていた。二つのオカアサンを抱いて、“その子”は――



 絶叫した――……



 その叫びとともに、”封鎖区”(セラド・オルト)終わり(エンデ)が始まった。




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