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34.ユーマ・エ・ルシウ~僕と君のお別れを~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(4/10話)】

 その母親は、ヒステリックに叫んで“その子”を平手打ちしたのだろうか。


 “その子”はまともに食事を与えられていなかったのだろうか。煙草の火で虐待されていたのだろうか。夜中に(ひと)りで家に放置されていたのだろうか。


 この“封鎖区”(セラド)は、殺された子どもの“世界(オルト)”。この“封鎖区”での出来事は、“その子”の痛みの追体験――……


 “世界”の構造の単純さ、稚拙(ちせつ)さは、幼い子供の“世界観”、知識に()っているからだと言われれば納得がいく。中高生がゲーム知識を基に“世界観”を構築すれば、もうちょっと“それらしい世界”になるだろう。“その子”は、ゲームを見たことはあっても、したことはないんじゃないか。


 そして、鬼女(カリイ)聖母(マール)の二体の女神(デオーサ)は――……


 “その子”が母親に持つ、相反する二つの”世界観(イマジカ)”――“母親(マテル)”という存在の記憶(リコルド)から生み出した怪物(モンステル)なのか。


 鬼女(カリイ)は、“コワイオカアサン”の化身だ。


 手を上げる母親の姿は、幼い子どもの目にそう映ったのだろう。何よりも怖いモノとは、何よりも強いモノだ。“その子”は自分を傷つけるモノのイメージを、恐怖を、武器に変えて、敵の方へ向けた。理には適っている。だけど、その意味はあまりに悲しい。


 聖母(マール)は、“ヤサシイオカアサン”の象徴だ。


 それが幼い子ども願望か、実際の母親にあった一面なのか、俺には知る(よし)もない。少なくとも、彼女の本質ではなかったようだ。だが作られた聖母は“その子”を愛し、護り、(いつく)しむ。この“封鎖区”でそれは、真実以上の真実に違いない。



 こいつは重いな――……



 少女の頬が強張(こわば)った。知らず思いが言葉に漏れたらしい。気遣わしく歪みかけた幼女の眼差しを、手袋で隠すようにして前髪を撫でる。

「違うよ。そういうこと(・・・・・・)じゃない」

「るああ……?」

“封鎖区”の背景、“核”の”世界観”には同情して余りある。そういう意味でも、確かに痛ましく、重い。だが、ここまで来れば……

「この”世界観(イマジカ)”、壊すのには“重い”って意味だ」

ルシウがぽかんと口を開けた。


 ここまで来て、俺は自分の中の思いがけない非情さを自覚している。生き残るために、自分と少女さえ良ければいい。今だけは、テレビで見る戦争をタニンゴトだと思える無神経さを、(ゆる)してください。


 もし生きて帰れたら、その時は、“その子”を思って少し泣こう。

 誰かの都合で再び犠牲になる、“その子”のことを思って。



 俺の”世界観(イマジカ)”では、足の大怪我が消えることは“ある”。竜を屈服させる力はもう“ない”けれど、カリイと渡り合う力ならまだ“ある”。”封鎖区”の”世界観”には、不滅の母親像が“ある”。

 自分の内に“権限”を宿して理解したことだが、“ユーマの世界”やこの“封鎖区”のように人間一人を“核”にする“世界”は、意思や観念(イマジカ)顕著(けんちょ)に反映する。“核”が“ある”と考えるものはその”世界“の真実となり、”ない“と思えば偽りとなって消える。


 異世界監視人は黒頭巾の陰から覗くように、俺を見上げた。

「うーぷす、イマジカを壊すだってぇ……?」

「そーさ、”世界観”ってのは、案外いい加減なもんだぞ?」

“核”が“ない”と否定したイマジカは、消える。

「るああ……お前、ムチャクチャなこと言うなあ……」

聖母の不死性(ヤサシイオカサン)を、“その子”に否定させられば――……

「なーふ。“核”(コルア)を説得でもすんのかあ? そりゃ、本来の姿は人間だろーけど、今のあれを見るに、自我っつうか……人間性が残ってるかどーか怪しいぞ?」

ヒトのカタチをした揺らぎを(にら)み、ルシウが(うな)った。バケモノのカタチと化した子どもを見て、俺は首を振る。

「いや、心はあるよ」

俺が白の女神を刺した時、“その子”は悲鳴を上げたんだ。オカアサンを(いじ)めないでと泣いたんだ。


 “その子”に人間としての心は残っている。


  “その子”の“ヤサシイオカアサン”は本当は “いない”。けれども“その子”は、“いる”と信じていた。

 それは幻想でしかないのだとしても、最後の心の()りどころだった。 “世界”が望むなら幻想は真実になり、“ヤサシイオカアサン”は、永遠に微笑んでくれる。


 だったら、まず、その幻想(パンタシア)からぶっ壊す――……




 ***********************************


 ……――しなくてはいけないんだけど。


 この“世界”の原初の“世界観”、子どもの中に()る、母親という存在。

 “封鎖区”の“核”の“核”と言うべきそれを、どう壊せばいい?


 俺は異世界監視人に振ってみた。

「どうしたらいいと思う?」

「なーふ。どーにもできるか、そんなもん」

にべもない返事が返ってくる。

「俺の元いた世界に、“無理だと言ったら、そこでゲームオーバーだぞ”、的な言葉あってだな」

「そいつァ名言だが、実際、ガキの心の根っこの一番固えとこ、どうやって折るよ? 『お前の愛してる母ちゃんはいねえぞ』『お前の作り出した幻だぞ』って、納得するまで言い続けんのか、安●先生?」


 返答に詰まる。


 折る、説得……はできなくとも、せめて一瞬”世界観(イマジカ)”が揺らげば、付け入る隙ができるかとも思うんだが……



 鬼女と聖母の動静を(うかが)う。肉体の修復を終えたらしく、カリイは母の愛の癒し(グアリーレ)を打ち払い、左右の曲刀を構え、挑発するよう俺に向けて軽く振った。


 こりゃまた、剣呑(けんのん)なラブ・コールもあったもんだ。


 俺の方も肩が()え、一見双方仕切り直しのようだが、無理に傷を(ふさ)いだ反動か、体に妙な(きし)みが残る。

「参ったなあ……」

本当は存在しない。存在しないから、切ることが出来ない。存在しないから、何度でも生き返る。空っぽは、空っぽがゆえに、潰せない。



 桜花(カタナ)でカリイにウインクを返し、ルシウの肩を引き寄せる。

「どうする? いっそ、一回退却するとか?」

「うーぷす、お前、知らねーのか?」

異世界監視人が、自虐的な笑みを寄越した。

「大魔王からは逃げられない」

こいつ……結構こっちの漫画知ってるんだな……


 ちょっと気の緩んだ俺の抱える下で、ルシウがきゅうと両の拳を丸めて、目元から額、頬から首元を撫でて、「ふー」と鼻から息を吐き出した。

「なーふ。でも、そーだな……ここらが潮時かもな」

「うん? って、本当に撤退するのか?」

窺った黒頭巾の下で、口元が寂しそうに(にやっと)笑った。



 「るああ。ユーマだけな――……」




 ***********************************


 問い返す間もなく、ルシウの肩に置いた手が、見えない圧に押された。


 これは、ルシウの魔力(マギカ)、か? 広間を満たす腐った果実の甘さとは違う、清涼感のある匂いが吹きつけてくる。

「おい……?」

「るああ。今から、お前を“封鎖区(セラド)”の外に転移する。アタシはここを内側から“再封鎖”するから、出たら、できるだけ急いで距離を取れ」

「ちょ、待て……まだ、俺がやれることが……」

ルシウの肩に触れた左手に、光の粒がくっつき出して、慌てて身を離したが、手首、腕と術式の紋様が上がってくる。


 焦る俺に、ルシウはいつもの笑みを見せた。


 赤い瞳を細め、真っ白に僅かに黒色を溶かした銀色の髪を(なび)かせて、異世界監視人である少女は、磨いた銅の色の頬に、生意気そうな笑みを浮かべる。

「るああ。お前には言ってなかったけど、最初から、“核”(コルア)の破壊が難しそうならこーするつもりだったんだ」

その笑みは、幼く儚くて、今にも壊れそうで。

「アタシが “封鎖区(セラド)”の新しい“核”(コルア)になって、“破局の世界観”(エンデ・イマジカ)を安定させる」

「“核”になる……?」

「なーふ。このやり方は時間掛かるからなー、出来りゃあ手っ取り早く“核”を始末したかったんだけど……いひひ、相手が悪かったぜ」



 「ルシウ、俺はまだ――……」

 「るああ。ユーマは十分やってくれたさ」


 「アタシだけじゃ、ここまでも来れなかったからなー」


 「ありがとな、ユーマあ」

 「く……時間掛かるって、どれぐらい掛かんだよ……?」



 ルシウの転移術式(トランジ)は、肩に達して、左半身を覆おうとしている。

「んー、この規模なら、100年は掛かんねーとは思うんだけどな……って、ああ、そうか……」

少女は、少し言葉を迷って、俺の目を見て微笑んだ。

「うーぷす……人間(ユーマ)には、長い時間なんだな……」


 「るああ。そうか――……お別れだな、ユーマあ……」


 ルシウの笑顔が、そこで壊れた。



 「ふ……ざけん……な……あッ!」


 天羽緋緋色“荒神切”桜花を、目の高さに(かざ)すと、短く、肺腑(はいふ)の息を全て吐く、その瞬間、走らせた意思が、“ぱきんッ”、異世界監視人の術式を打ち砕いた。

「な……? ユーマ、お前……?」

ルシウが愕然(がくぜん)と顔をしたが、それでいい。



 酒場に俺を(たず)ねて、依頼を持って来た“時”。カルーシアと“封鎖区”の境界に立って、俺を戻そうとした“時”。死者の晩餐(ばんさん)から逃れて、石壁の廊下で、美しく成長した姿を見せてくれた“時”……



 ルシウの見せた、寂しそうな、少し泣きそうな笑顔……

 それが見たくなくて、俺は今、ここにいるんだ――……



 転移魔法(トランジ)を破った左手で、ルシウの右手を取った。


 心を(とら)われた闇の領域で、俺は彼女の手を見つけるのに、10年掛かった。二度とこの手は離さない。(たと)え、重ねた手を桜花で刺し貫いても、

(ひと)りにするかよ、一緒にやろーぜ」

「……っ!」

少女は赤い瞳を丸くし、顔を背けると、(そで)で乱暴に目元を擦った。

「う、うーぷす……何カッコつけてんだ、似合わねーんだよ、ばーか!」

うるせーよ、ばーか。


 お前が笑っていない“世界(オルト)”だったら、そんなもの、なくなっていいんだよ。俺が何もかもぶった切って……



 全て消して(“ない”にして)やるさ。




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