表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/162

32.グラーヴォ・エ・シルト~鬼の剣と聖なる盾~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~破局の因子~”(2/10話)】

 カリイ(鬼女)のすっかり()えてしまった腹に、腹癒(はらい)せの革靴の底を蹴り入れて間合いを離す。互いの命に刃の届かない距離で、俺は桜花(カタナ)を正眼に据え、黒い女神は左の曲刀を上段に、床の剣は素足の指で拾って高々と差し上げた。

「なーふ。ズルい」

肩越しに見ると、ルシウが唇を(とが)らせている。

 刀と魔法――俺とルシウで鬼女をもう一歩、いや半歩まで押し込んだが、聖母(マール)のおかげで仕切り直し。言うなれば、勝負に勝って試合は引き分け(ノー・コンテスト)ってところだ。


 だけど……全く収穫ゼロって訳でもない。


 剣戟(けんげき)の音の余韻(よいん)、臓物を掻き混ぜた感触、倒したと思った落胆。綯交(ないま)ぜになった感情を()って、「もしかして」という予感が走る。


 二体の女神、(ネーロ)(ブラン)“剣”(グラーヴォ)“盾”(シルト)――……“封鎖区(セラド)”の”世界観(イマジカ)”、“核”へ至る鍵は、たぶん彼女らが“対”だってとこにある。




 ***********************************


 ところで、ゲームは好き?


 RPG(ロープレ)の中ボスで、攻撃タイプと回復タイプがセットで出てくるパターン、よくあるじゃん? 回復役がいる限り、攻撃役はなかなか倒せない。要するに、倒す順番が重要なんだ。

 この“封鎖区”はゲーム的な“世界観”で出来ている。攻撃役である“剣”の黒い女神を掻い潜って、まず回復役である“盾”の白い女神を倒す。それが、このゲームの攻略法……のはずだ。



 分は悪くない。こっちだって(ひと)りじゃないんだ。


 “権限”(エルーカ)が使えなくても、ルシウの魔法は、竜の息吹を防ぐ力があるし、今だって鬼女の剣を弾いて突進を押し戻した。

 俺だって、強化魔法でだいぶ盛ってはいるものの、鬼女と渡り合うことはできている。剣を交えた感触では、今の俺ならそう易々と力負けはしないはずだ。


 二人なら、ルシウとなら何とかなるかも……いや、何とかなる!



 それと……“これ”は勘違いかもしれないんだけど……



 いや、“不確かな要素”を勘定(かんじょう)に入れるのはよそう。俺は黒い女神(ネーロ・デオーサ)に向けられた刃から目を()らさず、左手で、少女に背中の陰に入るよう合図をする。

「ルシウ、あの(ねえ)さん達だけどな」

「るああ。黒いの(ネーロ)白いの(ブラン)

白いの(ブラン)からやる。仕掛けるから援護頼むぞ」

理解(わか)った。黒いの(ネーロ)のアタシが足止めする」

「いけそうなら、そのまま“核”(コルア)まで狙う」

ざくっと打ち合わせ、桜花(おうか)を両手持ちに、立てて右肩担ぎ気味の野球の打者の構えに引く。八相、すなわち“陰の構え”は、抜き身を抱えて戦場(いくさば)を駆ける型。言うまでもないが、剣道で使うことはない、実戦用の構えだ。


 部活の合間に仲間と遊びで乱戦(チャンバラ)して、八相で走り回ることはあったけど。顧問に尻竹刀(バチコーン)食らったのも、今となってはいい思い出だ。


 まさか本当に真剣担いで走り回るとは、あの頃は思いもしなかったが……



 背後でルシウが、深く息を吸って、吐いて、両手の拳をきゅうと丸めた。

「るああああああ――……」

少女の足元から緩やかな旋風が巻き起こり、銀色の髪、黒頭巾の縁、外套(がいとう)とローブの裾がはためいた。

「あ、アニメとかで見たことあるやつだ……」

へえ、気やら魔力やらを集中すると、本当にばさばさってなるんだなあ。ルシウが左右の拳を開くと、淡い光の小さな紋様――魔法陣(パドレア)が、指で(かたど)(かご)の中に幾重(いくえ)にも生じた。


 手の中に、小さな魔法陣を閉じ込めて、ルシウは俺に(うなず)いた。

 それを合図に、俺は黒い女神に向かって床を蹴った。



 さあ、行くぜ、仕切り直し。ラウンド・ツーの始まりだ。




 ***********************************


 異世界の傭兵(メルセナリオ)は桜の刀を構え、地面を蹴った。異世界監視人(クストーデ)魔法陣(パドレア)を手の中に、剣士の無事を祈った。

「これで決めるぞ、ルシウ……!」

「るああ! 骨は拾ってやるぜ、ユーマあ……!」

待ってましたとばかり、(ねえ)さんはにっこり耳まで裂けた笑みをくれて、熱烈な投げキッスを寄越してきた。口から灼熱(しゃくねつ)の火炎弾だ。


 「るああ! “風よ(ヴィント)” “氷よ(ケラハ)“ ”凍てつきの棘を成せ(コンヘラル・エピヌ)“!」


 詠唱(えいしょう)、先行する俺の首筋を、脇腹を頬を(かす)めて、馬上槍(ランス)見紛(みまが)うような氷柱が追い越していく。黒い女神の吐いた火と食い合い、()ぜた蒸気を、今度は俺が追い抜いて駆ける。

「ユーマ! さすがに全部は(さば)き切れねーぞ!」

「もう2発(トゥエ)頼む!」

真正面の炎を桜花で切り払い、追加注文(オーダー)する。

 肉迫された鬼神が足で(つま)んだ曲刀(スパーダ)横薙(よこな)ぎに、右手の(ダオレ)を唐竹に振るうのも、後ろから来るルシウの二つの氷槍(スティリア)も――


 俺は今、つぶさに“()”て取っている。


 切り下ろしの縦の線は軸をずらし、足蹴の横の線は桜花で(しの)ぐ。

 そして後ろから飛んできた氷の刃に、指を這わせ、僅かに射角を修正する。


 氷の切っ先は、アンバランスな曲芸ポーズのカリイの喉元を突く。火を吹いて溶かすか、歯で噛み止める気か、口を大きくかっと開いた黒い女神の目が――瀬戸際で俺が放とうとする二の太刀に気づき、左腕で氷柱を横殴りに叩き落とし、桜花から大きく身を()け反らせた。おっと、これは大失敗だ(・・・・)……

冷たい物(アイスクリーム)はお嫌いかい? だったら……」


 ……――アンタの失敗(・・・・・)だよ、オネーサン。



 桜花を八相に担ぎ直し、跳ぶ。


 カリイの反り返った胸を足掛かりに、バストを失礼、更に上へ体を運ぶ。黒い女神の頭上を越えた時、彼女は俺が背中に隠(・・・・・・)していたもの(・・・・・・)を見ただろう。一秒先の未来に、己の腹に深々と突き刺さる、ルシウの放った最後の氷槍を。

「女の子はお腹冷やさない方がいいらしーぜ?」

カリイと背中合わせに着地して、そう(ささや)いたが、あまり調子に乗ってる暇はない。うかうかしていると、またリセット押され、鬼女の傷を(ふさ)がれてしまう。


 これはこの世のことならず、死出の山路の裾野なる――


 幼く死んだ子どもは、(さい)の河原に()くという。そこには鬼がいて、子どもが罪滅ぼしの石を積むたび、それを崩しに来ると聞くが、“封鎖区(ここ)”では石を崩す(・・・・)のは、鬼ではなく慈悲深そうな顔をした女神様らしい。タチが悪いな。さあ、どうする?


 知れたこと、鬼も神も、”荒神切“でもろともぶった切るまで――……




 ***********************************


 黒い女神(ネーロ・デオーサ)を切ったはいいが、ぐずぐずしてるとまた復活させられる。同じことを繰り返して(たま)るか、その前に白い女神(ブラン・デオーサ)を倒して元を断つ。

 祭壇(アルターレ)へ走る背後で、鬼女がよろりと向き直るのが“視”えた。腹に氷柱が刺さって、敵ながら痛々しい有り様だ。


 ……――ああ、判っている。おかしいこと(・・・・・・)を言っているのは。


 しかし、言い違いではない。俺には今、視界の外側が“()”えている。勘違い(・・・)かと思っていたけれど、やっぱり、確かに“()”えている。感じる。僅かにだが俺の中に残る少女のキス、“権限”のチートを。



 “封鎖区(セラド)”を(あざむ)き、“逢坂悠馬”を“ユーマの世界”だと見立てて、その中に“権限”(エルーカ)を発現させた監視人のイカサマ。

 竜の頭を地に(ぬか)づけたチートほど、(たが)の外れた力じゃないけれど、鬼神と互角以上に戦えてるこの状態も、俺が強化魔法で届く境域を明らかに超えている。“ユーマの世界”にルシウが行使した“権限”(チート)は、俺の意識が“ありえないこと”だと、“世界観”から追い出して消えたはずだが……


 自分自身でも判らないが、あってもいい非現実とならない現実の境界、そこまでいったらナシだけど、ここまではアリ的な俺の“世界観”の線引き(ライン)が、存在するんだろうか……? で、“ここまではアリな力”が、消えずに残っている、と。


 我ながら、どんだけいい加減なイマジカなんだよ。けど、この際細かいことは気にすんな。使えるもんは何でも使え。



 白の女神(ブラン・デオーサ)を目指す。腹に氷柱(つらら)刺さったまま追い(すが)る健気な黒の女神(ネーロ・デオーサ)だが、

「なーふ! 行かせるかよ、“石と泥(ペトラ・エ・バロ)” “歩みを奪え(クネロ・)、楔の逆鉾(ヘニット)”!」

うわ、酷え。俺の駆け抜けた後に、石の(とげ)が生じ、針の山と化して、カリイの踏み出した素足を容赦なく貫いた。何かこういう、お札投げながら鬼婆から逃げる昔話があった気がする。カリイが床に足を()われて、つんのめったところへ――


 「お前はそこにいな。“打ち据えろ、金剛の槌(デアマン・アダマス)”」


 追い被せる詠唱(えいしょう)は、床と壁、天井から、石材の(つぶて)雨霰(あめあられ)と飛ばす。腹に氷、足に石の刺さった鬼神は、機関銃掃射を浴びたように、一瞬その場に棒立ちになる。


 その“一瞬”で、俺は完全に黒い女神(ネーロ・デオーサ)の手を逃れる。



 祭壇(さいだん)の石段を駆け上がる。白い女神(ブラン・デオーサ)が、“核”(コルア)を背に隠すように、儀式を(ほど)す聖女のように前へと進み出た。その眼前に向けて、空いた左手の人差し指と中指を立てて――


 「臨兵闘者、(リンヒョウトウジャ・)皆陣烈在前(カイジンレツザイゼン)――……ッ!」


 素早く縦横に空を切る。対して聖母(マール)は両手を重ねて掲げると、声はなく口だけ動かして、防御魔法を行使した。ふわり、光のベールが聖母子像を包み込む。


 掛かった……!


 俺の意味ありげな仕草に、マールが対術式防御(アンチ・マジック)を唱えたが、あいにくこっちは術なんざ知らねえ。小学生の時に忍者の修行が流行って、九字(くじ)の切り方を覚えてただけのブラフだ。


 俺の狙いは、聖母が魔法を空撃ちする、無駄な一手、その“一瞬”。

 ルシウのくれた“一瞬”、俺の作った“一瞬”。それで隙間をこじ開ける。



 修道女の衣と聖女の風貌、少々罰当たりな気もするが、所詮はお前は偽りの神聖――斜め下から(すく)うように、壇上の腹を目掛けて桜花を突き入れる。白い女神(ブラン・デオーサ)が伸ばした手と、刀身(ダオレ)が行き違い、切っ先が背中まで突き抜ける。


 「――……ッ?!」

 「――……ァ!!」


 俺が違和感に襲われたと同時に、“核”(そいつ)が叫んだ。



 “核”が叫んだ言葉(・・)頓着(とんちゃく)する余裕はない、しかし、その言葉(・・)は心にガリッと引っ掻き傷をつけた。その傷こそが、最後に”世界(オルト)“を破壊する(くさび)になることに、この時の俺はまだ気づいてはいない――




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ