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29.ドラギオ・エ・イリアス~ドラゴン殺しの英雄~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~虚構の城~”(8/9話)】

 「それで……あの力(あれ)はいったい何だったんだ?」


 ひと(しき)り笑った後、俺はルシウの膝元に倒れたまま問い掛けた。ルシウの笑い顔が、ドヤ顔に達した。

「るああ。あれはな、“権限”(エルーカ)だ」

「?……“封鎖区”には持ち込めないんだろ?」

異世界監視人の“権限”は、”世界”を管理する権能だ。ほとんど万能だが、ただし監視人の管理外の“世界”、例えば“封鎖区”では一切使えないと聞いている。


 が、ウチの異世界監視人(クストーデ)さんが、渾身(こんしん)の悪さが成功した小学3年生男子みたいな顔で言うことにゃ、

「なーふ。“世界(オルト)”を(だま)してやったのさ」

“世界”を(だま)す、とは穏やかじゃなく、しかもどこかで聞いたようなフレーズだ。

「るああ。でっちあげたのさ、“ユーマの世界”を」

「俺の……世界?」




 ***********************************


 つまり、こういうことらしい。俺も半分以上理解できないが――……


 “封鎖区(セラド)”は人間を“核”(コルア)にして出来た“世界”だ。


 ルシウのやったのは、ユマ・ビッグスロープという人間を、詭弁(きべん)的に“ユマ・ビッグスロープという人間を核にして出来た世界”であると“見立て”ることで、“世界”の法則を誤魔化し、“封鎖区”を勘違いさせた――のだそうだ。


 “見立て”ねえ……もうこの時点で、よく理解(わか)らんが。


 俺とルシウは“封鎖区(セラド)”にとっては異物の存在、そこを逆手に取り、カルーシアという”世界“の中に生じた“異世界”である“封鎖区”、その更に内側に新たな“異世界” を作り出す――

「いひひ、“ユーマの世界”をでっちあげてやったんだよ」

どうやら俺は”封鎖区“の内側で”封鎖区“になった、らしい。

「やったんだよ……ってお前、そんなのアリなのか?」

“世界”の法則やらルールに監視人以上に詳しい訳はないけど、たぶん、それってムチャの気がする。悪い顔で笑ってやがるし。すると案の定、

「なーふ。アリな訳ねーだろ。んなもん、コジツケのゴリ押しの、屁理屈もいいとこよ。それでも、()じ込んじまえば、“ユーマ”の存在は“カルーシア”に属しているからな。言うなれば、それは“封鎖区(セラド)”のカルーシア大使館で……」



 「”ユーマの世界“は”アタシの管理下にある世界“なのさ」



 ルシウは正座崩れのまま、寝転ぶ俺の胸をきゅうと丸めた拳で叩いた。

「待て。俺って、お前の管理下にあるの?」

「いひひ。幼女に支配されるたぁ、ロ●コン冥利(みょうり)に尽きるだろ、お兄ちゃん?」

そう言ってルシウは手を伸ばし、俺の頬に触れ、口元に指を当てる。

「てな訳で、そこがカルーシアなら、アタシの“権限”は発現する。アタシは“ユーマの世界”、つまり“お前の内側”に、口から“権限”(エルーカ)を押し込んだのさ。うーららぁ、言って見りゃあソフトな房中術ってとこかあ?」

「ボーチュージュチュ?」

「るああ……ゴメン、忘れて……」

聞き慣れない単語を訊き返すと、言った幼女が耳まで真っ赤になって(うつむ)いた。


 え……何なんだ、ボーチュージュチュ……?


 怪訝(けげん)に思ってルシウを見つめると、レバー打たれた。理不尽。



 「と、とにかくだ。アタシは“権限”で“ユーマの世界”の構文の、足の負傷(ダメージ)を“なかったこと”に置き換え、竜を上回る力(パワーアップ)を“あること”として書き加えたんだ」

「う、うーん、何となく理解(わか)ったような気がする、けど……そのパワーアップの方は切れちゃったみたいなんだけど?」

「るああ。それはお前の常識や無意識、つまり“世界観”のせいだ。怪我が消えたことは“あるかも”として“受け入れた”けど、力の方は“ありえねー”って、吐いた息と一緒に“ユーマの世界”から弾き出し(・・・・)ちまったのさ」

うーぷす……これは己の半端に現実的な“世界観”が恨めしい。


 チートは主義に反するが、(こだわ)りってのは、余裕がある時にするもんだ。


 ゾンビやドラゴンのいるこの城で、もはやそんな余裕はない。

「もっかい掛けて貰うのって、出来る……?」

そう言うと、ルシウは渋い顔をした。

「なーふ。単なる強化魔法じゃないんだよ。あれは、“お前”と”世界“を二重に(だま)したんだ。バレたら終わり、お前がそれと意識した時点で、二度は使えねー禁じ手だよ。言っとくけど、一回成功しただけで結構奇跡なんだからな」

残念だが、まあ、奇跡は何度も起きないから奇跡なんだろう、と――



 ふと、気になったことを確認する。

「もし怪我してないのを“おかしい”って思ってたら、どうなってた?」

「そりゃあ……」

異世界監視人が半笑いで目を逸らした。

「そりゃあ、まあ、お前が信じたこと(・・・・・)結果として残った(・・・・・・・・)だろーな」



 ……危ないとこじゃねーか。調子のいい“世界観”してて本当に良かったよ。



 さて、幼女は口は達者なものの、まだ足腰が立たないようだ。その様子からすると、腰が抜けるような賭けだったんだろう。

「まーな。だから、ちっとでもアタシのエルーカが入りやすいよーに、お前の“世界観”をアタシの“世界観”に向けさせただろー?」

ああ、あの「アタシのこと好きか?」は、そういう……

「うーぷす。『好きかな、ルシウが』……だってさ! きゃー!」

くっ……殺せ……!


 頬っぺたのひとつも(ひね)ってやろうかと思ったが、その頬が銅色よりやや赤みがかっていることに気づく。

「そりゃあ、泣きそうな幼女(チッカ)に、好きかって詰め寄られりゃあなあ」

「るあっ?!」

ルシウが両方の人差し指を口に突っ込み、「いーっ!」と歯を()いた。

「なーふ! 演技だし。ばーか、ロ●コン!」

「自分からチューしといて、それはなくない?」

相も変わらず、わあわあと言い合いになる。だけど……


 それでも俺達は、二人なら“竜殺しの英雄(ドラゴン・スレイヤー)”にだってなれるんだ。




 ***********************************


 俺は身を起こして、赤い竜の亡骸(なきがら)(あお)ぎ見た。漫画とかの知識だけど、ドラゴンの鱗や革って、物凄く高額で売れたりするんだよな。これ丸ごとで、実はひと財産なんじゃねーのかな。

 と言っても、(まと)まった量を運べもしないし、欲がないじゃないけど、大金持ちになりたい訳でもない。記念に鱗の一枚くらいひっ()がしてくか、とも思ったが、“世界観”外のモノをカルーシアに持ち帰ってもややこしいことになりそーな気がするので、ここはすっぱり諦めるとにしよう。


 「で、次はどっちだ、異世界監視人(クストーデ)?」


 この神殿の遺跡的な中庭、ぐるりと見渡してみたが、外周壁には入って来た扉さえ既にない。どこへ向かって進めばいいんだ、これ。

「もしかして今倒したのが“核”(ラスボス)だった、とか?」

「うーぷす、チューじゃねーし……」

「それはどーでもいいから」

「なーふ。だとすりゃ、“封鎖区”に何らかの変化が起きるはずだが……」

だったら、この“封鎖区”のゲーム的な “世界観”から考えれば……



 円形舞台の祭壇(さいだん)に仕掛けがある、とか……



 立って、差し出した手を(つか)んだルシウを、引っ張り起こす。


 ともあれ祭壇(アルターレ)を見てみよう。何となくそおっと竜から離れる。死んだと理解(わか)ってても、近寄りたくはならない。祭壇(さいだん)にの仕掛けが王道なら、死せる竜がかっと眼を開くのもまたお約束だ。


 改めて見ると、改めて呆れるほど巨大だ。巨人(ヒガンテ)の時も感じたが、

「この“封鎖区”の魔物のサイズ感さ」

「るああ?」

「デカい奴から(いじ)められる感あるよなー」

そう言うと、ルシウがぎょっとしたように振り向いた。

「……? どうかした?」

「るあ……いや、何でもない」

ルシウが目を()らした。この誤魔化す感じ、一度目じゃないと思う。


 話せないことなら、訊きはしない。彼女は異世界監視人(オルト・クストーデ)、気安く言葉を交わしていても、俺の方から踏み込んではいけない領域があるはずだ。




 ***********************************


 俺は素知らぬふりをして、さっさと話題を変えるべく肩を(すく)める。

「いやあ……にしても、よく勝てたわ、コレに。ったく、ここまで命懸けとはな、何か割に合わない仕事な気がしてきたぞ」

すると、ルシウが首を傾げた。

「るあ? なあ、そう言や報酬(ほうしゅう)の話したか?」

「あれ……してない?」

依頼を受けるかどうかで悩み過ぎて、報酬(ほうしゅう)のことを頭から忘れてた。

「なーふ、どんだけお人好しに出来てんだ」

ルシウは心底呆れた顔をしたが――

「じゃあもう、柱に挟まれた時に見せた、アタシのパンツでいい?」

「いい訳あるか。どんだけ価値あるんだ、お前のパンツ」

「……うーぷす……やっぱり見てた……スケベめ……」

「ブラフ……だと……?」


 俺が項垂(うなだ)れると、幼女は楽しそうに背中をぱんぱん叩く。

「ま、心配すんな。無事に元の”世界“に戻ったら、エルーカでお前の願いを何でも叶えてやるからさ」

「願いを何でも……?」

龍を倒したら、尻尾から剣じゃなくて球が出た。さすがにぽかんとしてると、ルシウが「いひひ」と勝ち誇るように笑った。

「まー、さすがに例外と禁忌(きんき)はあるけどさ、別に王様にしてやってもいいぜ、なりたけりゃな。ま、このルシウさん、魔法のランプにサービスで負ける気はねぇ、たいていのことなら三つ叶えてやんよ」

ナ●ック星の方のボールだな。


 富か名声か、はたまた永遠の命か……降って湧いた幸運に幾つか“そーゆーの”が頭に浮かんだが、よく考えると、どれもそんなに欲しいものでもない。

 

だったら――そうだ、ひとつ欲しいものがある。

「桜花は……ダメ?」

天羽緋緋色“(アマハヒヒイロ“ア)荒神切”桜花(ラガミキリ”オウカ)。俺の思うままの太刀筋を描き、意のままに竜鱗をも切り裂く、黄金より美しい刃、正直言うと、この仕事が終われば手放すことが、惜しい気持ちが既にある。

 監視人がさすがに眉間(みけん)にしわを寄せたが――

「なーふ。どーしてもってなら、うーん……ダメだとは言わねーけど」

「マジ?」

言ってみるもんだ。いいのか、東方七つ秘宝イスト・シエテ・バオルだぞ?

「ただ、十分に考えろよ。それを持つのが、どういうことかってのはな」

「…………」


 ルシウの言葉の重みが、胸を突いた。


 そうだな、桜花は“ただ強い武器”じゃない。正しく使えば、一国を切り取る刀だ。生半可な思いでは、振り回されるのは剣ではなく、俺の方だろう。俺には分不相応、だな。腰を揺すり、剣帯と下げ緒を直す。


 「……やめとくよ」


 そう言うと、監視人は少しほっとした顔で笑った。

「それがいいな。そのクラスの武具は、それ以外の全てを犠牲にして、そうしてやっと持つモノなのさ」

「改めて、俺にちょうどいいのをお願いするよ」

「うーららぁ」

ルシウはきゅうと拳を丸めると、平たい胸をどんと叩いた。

「ユーマには 何度も危ねーとこを助けられたからな、そいつは報酬(ほうしゅう)とは別に、これぞって奴を見繕(みつくろ)ってやるよ」

「一番いいのを、頼む」

そういうと、ルシウは満面の「にっ」を返した。



 そして二人、祭壇(さいだん)の前に立った。




 ***********************************


 俺の腰、ルシウの鳩尾(みぞおち)の高さの祭壇(さいだん)は、石畳の隙間から伸びた(つた)に絡みつかれている。生贄(いけにえ)を捧げる台座のようだ。


 (つた)を少し(むし)り、積もった(ちり)を払うと、天板一面に見たこともない文字がびっしり刻まれている。王都公用語、エクリット文字なら俺も読み書き出来るから、これは古代語か異世界語か、とにかく俺にはお手上げだ。

「読めるか?」

「……読める、読めるぞ!」

「やかましい。目をつつく(バルスする)ぞ」

「るああ……ごちゃごちゃ書いてあっけど、要は、碑文(ひぶん)に手を当てて祈れば、どっか次の場所に飛ばされるよーだな」

(ひね)りがないけど、理解(わか)りやすくていいな」

ここまで来れば躊躇(ためら)いもない。先へ進むだけだ。


 二人(うなず)き合い、祭壇(アルターレ)に手を伸ばしかけて――……



 ふと、何か聞こえた気がした。吹き過ぎる風の声か、それとも……?

 ルシウも顔を上げる。二人、無言で耳を澄ます……


 ばさっ――……


 聴こえた。気のせいじゃない。ルシウと顔を見合わせる。

「……うーぷす……」

「……冗談だろ……」

見上げた吹き抜けを、月光を背にしてゆっくりと降りて来る影がある。その巨大な姿は、見間違えるはずもない。


 深紅の火竜(ルータ・ドラギオ)、お代わり。

「くっそ、マジか“封鎖区”! クソゲー過ぎか、ふざけんな!」

「るああ! ユーマ、祭壇(さいだん)祭壇(さいだん)! とにかく触れ触れ!」

既に尻尾が屋内に垂れ下がってきている。焦りまくりながら、幼女のちっちゃい(てのひら)に、皮手袋を叩きつけるように重ねて、「ここではない何処かへ行きたい」と心の底から願った。


 「「せーの、バルス!」」


 その瞬間、俺の視界は暗転して――……



 暗闇の中(エスクデオ)を、どこかへ運ばれる感覚だけが残された。




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