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28.ドラギオ・エ・ヴェゼ~赤い竜と祈りの口づけ~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~虚構の城~”(7/9話)】

 身構えたほどの音はしなかった。


 どん、どん、と遠くの花火大会のような、腹に来るやつがほぼ間を開けず4回。ぱらぱらと、細かな破片が顔に、肩に降り掛かる。

 赤い竜(ドラギオ)も、奴が心や感情を持つのかは判らないが、それでもぴくりと反応して視線と鼻先を宙に巡らせた。

「ぐあ……」

みしり……不穏な(きし)みを合図に、革手袋で革頭巾を抱え、石舞台の外へ跳ぶ。

「……()し潰されろ――……」



 四本の石柱(クアル・ピラト)の倒壊が始まった。



 思惑を逆に裏切っ(ソレイル・シャ)て、期待した以上(ンテ・デオーサ)の瓦礫が竜の頭上に降り注いだ。巨石リングの爆撃を受け、(ひる)んだドラゴンに2本の石柱が斜交(はすか)いに倒れ込んで――

「「圧し潰せ!」」

二人で叫ぶ。空の王者(アエロ・ロワ)大地(アルド)に屈服させる。


 ついに暴君が頭を垂れた。既に俺は地面を蹴っている。



 ドラギオがいるのとは、反対の方向へ――……



 押し潰された巨竜が、苦し紛れに振った尻尾――その八つ当たりを食った円柱のひとつが、倒れる向きを変えたのを、俺は見ていた。その方向には……


 ルシウ――……


 伸ばした手が、少女の控えめな(ふく)らみに触れた。

 突き飛ばした。

 見開かれた真っ赤な瞳(ルータ・ルネル)が、褐色の頬(マラン・ジュー)が、白銀の髪(アルジェ・ハウル)が離れていく。


 良かった――……



 直後、両足が激痛に食われた。




 ***********************************


 そのまま地響きと粉塵に飲み込まれる、視界を失う、が、自分の脚がどうなったかは、見えなくても理解(わか)る。間違いなく、理解りたくないこと(・・・・・・・・・)になっている。


 うつ伏せの下半身は、石柱の下敷きになっていた。おぞましいのは、倒れた柱と地面の隙間がほとんどない(・・・・・・)ことだ。もはや折れたかどうではない、原形を留めているかが怪しい。

 それで“痛い”で済んでいるのは、ダメージが大き過ぎて感覚がマヒしてるんだろう。この状態では、むしろ神様の慈悲かもしれない。


 悲劇的な下半身から目を背けると、真正面でルシウが尻もちをついていた。


 いろいろと無防備(・・・)なことになっているが、あいにく幼女のパンツを(たしな)んでいる余裕はない。呆然自失の異世界監視人は、

「……怪我はないか……?」

俺が声を掛けると我に返り、這うようにして俺の肩に手を当て、治癒魔法(グアリーレ)の光を注ぎ込んだ。その手首に触れ、何とか笑ってみる。

「……何本あっても足りないのは、腕じゃなく、足の方だったな……」

「バカ言ってる場合かよ!」

真っ青な顔と真っ赤な目で怒られた。



 「奴はどうなった?」


 「柱2本に潰された、さすがにすぐには出て来れねー。けどユーマあ、何もお前まで下敷きにならなくてもいいものを」

言葉はひどいが、ルシウは目に薄っすら涙を浮かべていた。

 そんな顔をさせたくなくて、こんなところまで来たってのに。俺はかなり姿勢に無理を強いて、少女に手を伸ばし……桜花(カタナ)を差し出した。

「ルシウ……お前がやってくれ……」

「る、るあ……アタシが……?」

少女は目を丸くした。


 「ちょいと頭に刺してくる簡単なお仕事だ、子どもの力でも桜花(おうか)ならやれる」

 「いや、でも、お前の手当てを先に」

 「あっちが先だ。急いでくれ」


 「柱から逃れられたら終わりなんだ、今しかない」


 精一杯腕を突き出し、ルシウに手の物を押し付ける。

「やってくれないと、桜花で足を断って這っ(シ●トロハイム)て行かないと(やらなくちゃ)ならない」

そこまで言うと、少女はおずおずと刀の柄を取った。それでいい……



 ドラゴンが死んで、プリンセスを守れれば、それがナイトの勝利なんだ。




 ***********************************


 俺の下半分は、既に感覚がない。


 痛みが生からの警告なら、さしずめ死に足首を(つか)まれたってとこか。寒い。崩れた柱の下、見えないとこで、たぶん致命的な量の血が流れている。

 治癒魔法を切って、ルシウが戻るまで持つかは判らないが、監視人に人間である“核”は壊せない。今回はクエスト失敗、“GAME OVER”だ。


 今は死ぬのが怖くないのではなくて、ちゃんと理解(わか)ってない、ただ実感がないのだとは判っている。下半身は冷たい。痛みもない。目の前に竜がいる、現実感もない。じゃあ、死ぬのとガメオベラの区別がつかなくてのも、ゲーム脳のせいじゃないよな。だったら……できれば、俺が怖さに気づくその前に――……


 それに、このまま二人、共倒れになるなら……


 「行け、ルシウ。行って生き延びろ」


 ルシウだけでも助かれば、それで御の字だと思う。俺の傍らに膝を着くルシウは、そしておもむろに――



 桜花を地面に置いた。

「るああ……イヤだ。ユーマ、お前を死なせるのはイヤだ」

今度は俺が見張る番だった。クソめ、やべーのがバレている。

「だ……けど、このままだと二人ともやられてしまう。俺は気合で持ち(こた)えてるから、まずは(とど)めを刺してこいって……」

「ユーマ……!」

説き伏せようとした言葉が、真剣な声で(さえ)られた。見上げれば、涙を抱えた緋色の瞳、その赤い目に掛かった薄銀の前髪、震えている赤褐色の頬。そんな……悲しそうな顔をしなくてもいいのに。


 目の前で膝を立てた少女のスカートの内側、それが最期に見る光景なのだとしたら、人生はそう悪い(サヴィ・ヴ)ものではないの(ィ・クーテ)さ。そう考えた俺に、ルシウが静かに、しかし強く問うた。


 「ユーマ。お前、アタシのことが好きか?」



 えぇ……今それ訊くの……?


 しかし少女の視線は真剣そのものだ。けど、まあ――……

 死ぬかもしれないって時だ、言い残す言葉があってもいい。


 「……そうだな。好きかな、ルシウが」


 俺がそう口にするや、ルシウの瞳が強い光(ルーチェ)を帯びた。おれは理解する。

 異世界監視人(オルト・クストーデ)の問いには、遺言(ゆいごん)を聞くより先の、意味があると。



 ルシウはばっと地面に這いつくばり、俺と顔と顔を突き合せた。

「るああ。ユーマあ、こっち向いて、できるだけ口を大きく開け」

「何、口……?」

「いーから黙って言われた通りにしろ」

有無を言わせない語気に、歯医者の治療よろしく思い切り口を開く。


 異世界監視人(オルト・クストーデ)は唇に、親指の(サン)をさっと擦り付けると――……



 首を傾けて、俺の口に自分の口を、ぐいっと押し付けた。



 それは厳密にはキス(ヴェゼ)――……ではなかった。

 唇を重ねている訳ではない。


 俺の開いた口に、ルシウが口を突っ込んできているから、する側される側が逆になった心肺蘇生、人工呼吸の形だ。といって、ルシウは息を吹き込んで来ることもなく、ただ、彼女が何事か呟いているのを感じる。

 何をしているか訊こうにも、訊けない。と、ルシウが音量を上げて、

「るああ。いいか、アタシが口を離したら、余計なことを考えるな」


 「石柱を退かし(・・・・・・)て足を抜け(・・・・・)。それから、桜花(おうか)(つか)んでドラゴンをぶっ殺せ。全て終わるまで息は吐くな(・・・・・)理解(わか)ったな?」


 頭の内側で声が響く。妙な感覚だ。俺は力を振り絞って頷きを返す。



 判った。理解(わか)らないが判った。何も理解できないが、この状況だ、お姫様(プリンツェスィン)にやれと言われりゃナイト(カヴァリオロ)は何だってやるさ。ルシウがまた声を落とす。少女の(ささや)きが脳に焼き付く。頭を満たす。脳を焼き尽くす。心を支配する。


 やがて、少女(フィーユ)の口が口から離れた。感覚のない両足に、最後の悪あがきを命じる、すると、巨竜(ドラギオ)をも押し潰す石柱は、天井高く跳ね上がり――


 円形舞台に突き立つ勢いで落ちていった。



 ……――は?



 今……何が起きた?


 身を起こし、(いまし)めを解かれた足を探る。圧し潰された(ミンチになった)はずの足は、骨が折れているどころか、傷ひとつ、痛みさえもない。同時に全身を包んでいた寒さが消え、逆に温かく……いや、むしろ熱い、革手袋の中が汗ばむほど体が火照(ほて)ってくる。何なんだ、これは……


 力が(あふ)れてくる……?

 これが、話に聞く”覚醒(かくせい) “とかいうやつなのか――……?



 立ち上がると、ルシウも続く。訊きたいことは山とあるが、黙って差し出された桜花を握る。今の俺には、“息を吐くより先”にやることがある。


 足を踏み出すと、走るより速く歩くことが出来た。


 石舞台に足を掛ける。ドラギオが斜交(はすか)いの円柱、石の首枷(くびかせ)から頭を持ち上げ、喉も裂けよとばかり咆哮(ほうこう)、閃光とともに炎の息(イグニス)を吐いた。



 これまでで最大級の火炎塊を正面に、俺には確信があった。

 今の俺(・・・)にはそれ(・・)さえも可能だと。


 桜花一閃――左薙(ひだりな)ぎのひと振りは、竜の息吹を切り払う。



 そして瓦礫(がれき)から脱しつつある竜の鼻先を(つか)み、難なく円形舞台に叩きつけ(キスさせて)、石畳を砕く。左手に竜の頭を押さえ、右に桜花を掲げた俺は――

「…………」

気の利いた台詞のひとつも吐きたいところだが、息が吐けないから仕方がない。俺はただ黙って、静かに桜花を竜の眉間(みけん)に突き入れ、(ひね)った。



 火竜はかっと眼を見開く、瞳孔が収斂(しゅうれん)する。全身を硬直させ痙攣(けいれん)して、そして弛緩(しかん)する。尻尾だけがしばらく往生際(おうじょうぎわ)悪く跳ね回ったが、それもまもなく止んだ。




 ***********************************


 俺はとうとう、本当に、レッドドラゴン(ルータ・ドラギオ)を殺した、らしい。

 桜花を引き抜き、切っ先を振るうと、赤い飛沫(しぶき)が石畳に染みた。


 革服の袖で刀身を拭い、(さや)に納める。桜花がなければ詰んでいた。礼の言い様もないけど、酒でも供えて拝もうか、無事にカルーシアに戻れたら。

 そこで不意に緊張の糸が切れた。両腕をだらりと天を(あお)ぎ、大きく息を吐く。

「……あ……」

そして俺は“全て終わるまで息は吐くな”の意味を理解した。


 振り向くと、ルシウが駆け寄ってくる。少女は俺の顔を見て立ち止まると――

「るああ……上手くいったあ……」

泣き笑いのような顔で膝から舞台にへたり込んだ。

「おい、ルシウ……」

呼び掛けた途端、よろめいて、足がもつれて、俺も石舞台に倒れ込んだ。仰向けに転がると、そこには真っ白な歯、ルシウのにっとした笑みがあった。


 こうして下から見る笑顔には見覚えがある。初めて異世界管理局出張所(オルト・クーストース)を訪れ、ルシウと出会った日――少女にぶん投げられ、床に転がって見上げたのがこの笑顔だった。



 そして二人、声を上げて笑い出した。




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