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27.ドラギオ・エ・カジオ~赤い竜と石の檻~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~虚構の城~”(6/9話)】

 と、気づく。ぶつかった衝撃は柔らかい。

 手探りで確認し、ぶつかったもの(・・)を把握する。


 もうこれで何回目だろう、灰色の闇の中で軽い体を(すく)い上げ、お姫様抱っこで竜の叫びの反対の方向へ、じりじり後退する。円舞台の縁を踏み外し、後ろ向きにステップを踏んで、ルシウもろとも手近な物陰に倒れ込んだ。


 少女を傍らに下ろす、と、手足を引っ込めて縮こまる。

「…………」

「…………」

「……変なとこ触った……?」

「……うーぷす……触った……」

「……ごめん……」

「……るああ……」

お巡りさん、こっちです。待って。俺が幼女にイタズラしたみたいな感じになってない? 俺は思う。だったら、おっきいルシウさん(おっぱい)の方が良かったよ?


 口にしたら、たぶん一生口利いてもらえなくなるけど。



 いや、だから、今はそんな場合じゃねーんだって。


 ルシウが俺の胸に(てのひら)を当てた。「お返し?」とアホなこと考えた俺の体から、意識していなかった痛みが消える。知らない内に、崩れた柱の破片を結構被弾していたらしい。

「るああ。で、どーだ? ひと太刀浴びせた手応えは」

「切れたは切れたけど、指なんか全部落と(ド●えもんに)しても(らち)が明かない。桜花(おうか)が石材さえ切れるっつっても、相手があれじゃあ一寸法師の針の刀だ」

「なーふ。いっそ食われて、腹の中から突っつくか?」

「そりゃいよいよ最後の手段だな……なあ、ルシウ。魔法であいつに頭下げさせるか、寝ッ転がらせるか、できないかな?」

「なーふ……あのデカさだろー。今のアタシの魔法の威力じゃ、何撃っても(ひる)ませるので一杯一杯じゃねーかな……あ、そうだ」


 ルシウが竜の折った柱を見て、ふと顔を上げた。

石柱(ピラト)をあいつに倒すってのは、どーだろ? 相当な重量(あれだけ)の柱が倒れてくりゃ、さすがにあいつも押し潰されるだろ。お前が桜花で切れ込み入れてといて、アタシが爆破すりゃ、たぶんイケると思うぜ」

ルシウが、深紅の竜、環状石柱、桜花(カタナ)と順繰りに指差した。


 う……うーん、どーだろう……?


 発想的には悪くないように思う。現実的かには疑問が残る。

「倒したとしてさ、都合良く当たるかあ、位置取りとかさあ? 相手もバカじゃねーし、倒れてくる柱をさあ。“うわー、倒れてきたー”って待ってないだろ?」

指摘すると、ルシウの赤褐色の頬が赤くなった。

「なーふ……じゃあ、自分で考えりゃいいだろー……」

()ねんなよ、子ども(ガキ)か」

「うーぷす。幼女(ガキ)が好きな癖に、このロリコ……」

「ちょ、言葉が過ぎますわよ」

そりゃ、命中さえすけば、ドラゴンの“伏せ”を拝めるかもだが……俺は円形舞台と竜を囲む環状石柱群を吟味(ぎんみ)する。

「そうだな……一本じゃまずダメだろうけど、あの辺まとめて倒せば、あわよくば巻き込める……かも?」


 俺とルシウは、柱の台座の両側からそっと顔を覗かせた。




 ***********************************


 竜は動物園のライオンのように、並んだ石柱の檻の内側にいる。三本か四本爆破すれば、支えている巨石環も崩れることを計算に入れて、よほどタイミングをミスらない限り、まさか(かす)りもしないってことはない。()し潰せなくとも、それなりのサイズの瓦礫(がれき)が降り注げばさすがに無傷では済むまい。

 まあ、運任せは否定できないが、俺が(おび)き寄せれば、一か八かよりは目があるだろう。他に手があるでなし、やってみる価値はある。

「“異世界監視人(ルシウ・コトレット)の名の下に(えい)(とな)う”……」

“加速”(アテレラ)“防御”(デフィーサ)の魔法が撃ち込まれた。強化魔法(ラフォルツァ)もだいぶ重ね掛けしていて、何となく体に悪そうな気がする。


 ルシウは自分にも幾つかの強化魔法を使うと、

「うーぷす。一度に倒すには、ちっと“仕込み”が要るからな。石舞台のあっちに引きつけて、合図したら連れて来てくれ」

「簡単に言ってくれるよな」

「うーららぁ。信じてるんだよ、相棒」

ルシウは歯を見せて笑うと、親指を噛み、血を滲ませた。

術式(アリーテ)に使うのか? 言ってくれりゃ、桜花を貸したのに」

「なーふ。アタシの指も落ちてしまうわ」

ルシウが血の流れる親指を立てた。俺は竜より深く息を吸って吐き、桜花の峰を肩に置いた。


 そして目を見交わし、頷き合うと――



 王を(ぬか)づけるべく、円柱の後ろから身を投げた。



 ルータ・ドラギオが、俺の目には少しのんびりと頭を巡らせた。“加速の加護(アテレラ)”を受けると主観的には、自分が速くなったより相手が遅くなった、と感じる。たぶん身体(ハード)だけじゃなく、感覚(ソフト)的にも速くなってるんだろう、よく判らないけど。


 環状円柱のひとつに取りつき、(くさび)状に刃を入れる。


 気分は「また詰まらぬものを切ってしまった」の人だ。切り落とした石材が、水の中のように、妙にゆっくりと地面に達する。火竜が、完全に向き直る。


 柱に体当たりさせちゃダメだ。先手に折られちゃ元も子もない。



 身を(ひるが)して柱を離れ、桜花を構えて走る。ゲーム的“世界観”(イマジカ)に縛られた竜は、俺の接近に“思考ルーチン”が切り変わったらしく、前脚を交互に振り下ろしてくる。(おの)ずと頭の位置も下がってくるが、攻撃を狙うほどの余裕はない。

 近接のパターン行動をあしらいつつ、当初の計画通り次の柱、また次の柱と、同じ場所へ目掛けて倒れるよう計算しつつ、祈りつつ、桜花を振るっていく。


 何か、桜花には申し訳ない。一国を(あがな)う価値の刀剣も、作業工具(ハンドツール)扱いされるとは夢にも思わないだろうに。


 剣の心に思いを()せていると、太い尻尾が宙に持ち上がった――打ち下ろされる。石畳が砕ける。怖いは怖いが、そんな大振り食うものか。巨大な竜にすれば、周りを小虫が飛んでいるようなもんだ。鬱陶(うっとう)しいだろ。ざまあみろ。


 そうして予定の柱四本全てに、木樵(きこり)の斧の切れ込みを入れると――……




 ***********************************


 「こっちはOKだ、頼む!」


 円形舞台の逆側へ走る。お次はルシウの番だ。

 緋竜の足元を擦り抜け様、軽く桜花でひと撫でしていく。


 竜の怒りを買う、ルーチンが変わる。ここからの役目は(おとり)だ。



 ルシウの準備の時間稼ぎに、ドラゴンの足元を立ち回る。魔法使いは細工した柱に駆け寄り、さっと噛んだ親指の血を擦りつける。言っていた術式の仕込みなのだろう。しかし……“ドラゴンの足(・・・・・・)元を立ち回る(・・・・・・)”、か。

 よく考えたら、とんでもないな。ちょっと現実感が乖離(かいり)しそうになるが、とにかく、足を止めなければ、勝てないが負けもしない。古い箴言(しげん)にこんなのがある。

「当たらなければ、どうということはない」

と思っていると……


 ドラギオが俺目掛けて、しゅっと(つば)を吐きつけた。

「熱ッ!」

こういう行動パターンもあるのか。芸の細かい真似しやがって。


 知らなかった。ドラゴンの(よだれ)、超熱い。そして超臭い。茶色くて、べたべたしてて、しかもどこかで嗅いだ覚えのあるこの異臭……この匂いは確か……



 あ……思い出した、高校の体育教官室……煙草だ――……


 通ってた高校の体育教師が、教官室で、水入れたインスタントコーヒーの瓶に吸い殻捨てていて、ニコチンだかタールだかで真っ茶色になった、あれと同じ匂いがするんだ……でも、何で煙草――……?



 「るああ! いいぞ、ユーマあ!」


 ルシウの叫びに我に返る。そうだ、余計なこと考えてる場合じゃない。目線を送ると、ルシウは手を振りつつ頷いて、円形ステージ、環状石柱の外側へとたとた走って行く。また出番交代、俺のターンだ。

 ドラギオの前脚を(かわ)し切りつけながら、すこしずつ退き、奴を誘い込む。倒れる柱のできる限り近く、崩れる石環を最も浴びる位置へ。



 立ち構える。太刀構える。俺を叩き潰さんと、赤き暴君が迫る――叩き潰されるのは、お前だ……!


 「針千本飲―ます、だ。やれ、ルシウ!」

 「るああ! “風と火よ(ヴィント・エ・フォ)” “弾けて混ざれ(イクスプロテ)”――……!」




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