00.異世界管理局のコトレットさん
この物語は、狂言回し役のコトレットさんが『縦糸』、各章の主人公が『横糸』を演じる群像劇。
各章の登場人物の物語は“コトレットさん”を軸に少しずつ繋がり、やがてひとつの大きな絵を紡ぎ出していくことでしょう。
そこにはいったい、どのような“世界”が描かれるのやら。
長の口上、失礼致しました。それでは、本編をお愉しみください――……
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【プロローグ(1/1話)】
「は――……?」
「Oops、3人? 今日だけで3人ってか、ふざけろよ、入管課。“監視人”にばっか皺寄せしてねーで、ちったあ仕事しろよ、仕事ぉ」
書き物机の前で書類を振り回し、悪態をついているのは、言葉遣いからは想像のつかない可憐な容姿の少女であった。
少女は室内にも関わらず、黒いローブを纏い、頭巾を目深に被っている。その姿は小さな魔法使いか可愛らしい魔女、或いは赤ずきんならぬ黒ずきんちゃんといった様子だろうか。
頭巾から覗く細い髪は、純白にほんの僅か墨を垂らしたような、儚げな銀色をしている。対照的にその頬は磨き上げた銅の色、夏休みの子ども達の肌の色だ。
しかし彼女の最も印象的な部分は、ちょっと勝気そうな大きな釣り目の、信じられないような赤い瞳だった。
少女の顔の向きに伴って、瞳はルビーからガーネットへ鮮やかに色を変えた。
ただ、少女の歳の頃なのだが……
不思議なことに、判らない。彼女の姿は、はっきり目に映っているというのに。
少女どころか、幼女と呼べる歳に見える。花も恥じらう若き乙女にも見える。初めの印象通りの少女にも、妙齢の婦人にも、老婆にさえも……目を凝らすほどに、彼女の像はぼやけていくようだった。
諦めて睨むのを止めると、彼女はまた少女の姿に戻った。
彼女の名は、ルシウ・コトレットといった。
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さあ、目を閉じて数を数えて……1、2、3。
ああ、今のは “この世界”の言葉さ。さ、目を開けて――……
目の前に近世ヨーロッパ風、これぞファンタジーという景色が広がっているのが見えるだろうか。ここはいわゆる“異世界”だ。君達の世界とは別の世界、とある国の王都、ここはカルーシアという町だ。
この王都カルーシア、何が変だって、次から次へとやって来るんだなあ。何がって、異世界転移者がだよ。
それも、どいつもこいつも銘々勝手な“世界観”やらスキルやらチートやらを持ってくるもんだから、このカルーシア、相当ややこしい“異世界”になっている。
王都の新市街と呼ばれている地区、目抜き通りを一本外れた路地裏に、只今コトレットさんが憤慨している部屋の扉がある。
ただし、行けばいつでもその部屋がある、とは限らない。その部屋は“どこにでもあってどこにもない”――そういった類の場所だった。
その部屋を、カルーシア地区異世界管理局出張所といった。
コトレットさんは、ひと頻り文句を言い尽くすと、床板を軋ませながら椅子を引き、立ち上がり、
「Raa――……」
何事かを呟いた。
別にカルーシアの言語ではなく、ただの少女の口癖だ。コトレットさんは思ったことをすぐ口にするだけでなく、言葉にもなってない感情の揺らぎを、音にして口から漏らす癖がある。
奥の壁を背にした机から、さほど広くない部屋の真ん中に出てくると、コトレットは目の高さに手を上げて、“結んで開いて”をやった。
その“作業”に気を取られていたものだから――
コトレットさんは背後の扉、その向こうの裏通りで何やら話し声がしていることに、ちっとも気づいていなかった。
“プロローグ・異世界管理局のコトレットさん”・完、本編へ~