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26.ドラギオ・エ・クオレ~赤い竜と作り物の心~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~虚構の城~”(5/9話)】

 思い出すなあ、狩りゲー初めてやった頃。


 初めて大型モンスターと戦った時、傍に近づくのも超怖かったもんな。リ●レウスの部位という部位全破壊できるようになっても、思えば、あの時のドキドキ感が一番楽しかったかもしれないな。


 それが今の僕です。ちっとも楽しくねーや。


 いっそ強引に切り込むか? 頭の中でそう(ささや)く奴がいる。最悪一発貰っても、最悪ベースキャンプ送りで、まだ2回チャンスが……ねーわ、アホンダラ。危ねえ、またゲームとごっちゃになってるよ。

 俺は頭を振り、ゲーム脳を封印しようとして――

「ゲーム……いや、そうだ、ゲーム(・・・)……?」

ふと、ある(ひらめ)きに足を止めた。

「るああ。どうした、ユーマあ?!」

何事かと呼び掛けるルシウと、近い柱を手で合図した俺の間を、炎の壁が(さえぎ)る。防御魔法の青い薄明光と竜の赤い熱閃光が、俺の周りで交錯する。



 柱の陰で熱風を頬に受けながら、俺は竜の挙動を観察している――俺の考え(・・・・)は、たぶん正しい。竜の肺活量(ブレス)が尽きた。焦げた草を踏み、熱気の中へ走り出す。

「ルシウ! しくじったら、看護婦さんを頼む!」

「るあっ? 白衣着ろってこと……??」

着てくれる気があるなら、是非見たい。




 ***********************************


 真っすぐに突っ込んで来る小さい奴を、ドラギオの縦に細い瞳孔がじいっと見つめている。無視だ。円形舞台の縁を踏み越える。深紅の暴君(ルータ・ロワ)の姿勢が前傾し、謁見(えっけん)に威を誇示する。

「うーぷす! ユーマあ、来るぞ!」

まだ無視だ。俺は構わず間合いを削る。


 竜の吐息に濃い煙が混じり出した……まだ行ける、はず……頭が僅かに上下に揺れる……1回(エン)……2回(トゥエ)……3回(ウルア)……



 ……――ここだ、来る!



 ドラギオの口が開く……喉の奥から白熱の光が迫り上がる――俺は体を左方向へ投げ出す――炎塊が、一瞬前まで俺がいたところ(・・・・・・・)を飲み込んだ――地面を転がり、俺はそのまま環状石柱に沿って心臓に(むち)をくれる。


 全速力で竜の無防備な側面に回り込む。



 前庭の巨人(ヒガンテ)晩餐会(ばんさんかい)死人達(グール)


 どっちも扉のこちらまでは追って来なかった。まるでゲームのようだと、その時の俺は思った。たぶん、その印象は的を射ている。

 ルシウは言っていた、この“封鎖区(セラド)”は「いい加減な”世界観(イマジカ)”で出来ている」と。ここの“世界観”の持ち主は、おそらくゲームから得たイメージで“世界”を構築している。モンスターは“敵キャラ”だから、エリアを(また)ぐことはしないし、倒しても次から次に出現する。


 そして、ドラゴンにも――……


 行動に明確なパターンが、3回首を振ってから炎を吐く“癖”があるんだ。



 しかも、ブレスを吐く間は、体の向きを変えない。


 元の世界にいた頃、よく言われたな。「ゲームばっかり上手くなって、何の役に立つの」って。ここを生き延びるために、ちょっとは役に立ったよ、母さん。


 ただ……現実がゲームと違うことがひとつあって、人間はいつまでも全速力で走り続けられない。マズい、さすがにそろそろ息が上がって……



 突如、ふっと体が軽くなった。肺腑(はいふ)に新鮮な空気が染み渡り、心臓の鼓動が怖いくらい静かになる。何ぞ、これ? 話に聞くランナーズ・ハイというやつか?

「るああ。ユーマ、もういっちょ行くぞ!」

遠くからルシウの声がして、俺を熱い光(ルーチェ)が打つや、肩と腕の筋肉がバンと張るのを感じた。俺が切り込む気だと察して、強化魔法(ラフォルツェ)の援護だ。いいね、以心伝心、お兄ちゃんは嬉しいよ。



 ルータ・ドラギオの眼が、ぎろりと俺を追う。

 だが、その肺の中身(イグニス)が尽きるまで、お前が動かせるのは視線だけだ。

 俺は、竜に迫る、迫る、迫る――


 ……って、何だよ、このバカデカいトカゲは。



 近づけば理解(わか)る。作りモンだけど、生きている。


 こんなモノが現実にいるなんて。そんなモノと戦っているなんて。ほんの数か月前までは、それこそゲームの“世界”の話だったのに。

「まったく、冗談みたいだぜ……」

そう言や、作られた“世界”である“封鎖区”って現実(・・)なんだろうか? カルーシアって……“異世界”って現実(・・)なんだっけ……?



 ごちゃごちゃ考えている間に、俺は二本の足に運ばれ……


 竜に迫る。前屈みでも、竜の頭の位置はまだまだ高い。


 桜花(カタナ)を片手から両手持ちに切り替え、大上段に振り上げるや、跳ぶ。これ、部活中に仲間で編み出し、主将(パイセン)からケツに竹刀(しない)食らった“大冗談”の技だが――


 「まったく、“冗談”じゃねーよなッ!」


 桜花(おうか)の刃が渾身(こんしん)の弧を描く。その刃、竜の鱗に弾かれるか、切り裂くか――……




 ***********************************


 天羽緋緋色“荒神切”桜花――……俺の(つたな)い剣の腕を補って、その刃はドラゴンの鱗を裂き、肉を切り、骨を断った。そのまま、後ろも見ずに走り抜ける。


 ……――どさり。


 重いモノが落ちた音は、人の二の腕ほどもある、竜の指。命懸けで紅蓮の巨竜(クリムゾン・キング)に特攻して、致命傷どころか、手傷とも言えない、たかが指一本。


 されど、指一本。まずは、ひと太刀だ――



 竜の首(アーチ)の下を潜って、前方の柱まで駆け抜け、そこでやっと振り返る。竜の足元に丸太のような指が横たわり、前脚からの熱い血溜まりが、石舞台にもうもうと湯気を上げる。俺の戦果だ。

 息を吐き切った竜は頭を巡らせ俺を見るが、痛がっているやら、怒っているやら、さっぱり判らない。虚構(ゲーム)から作られたドラゴンの心に、感情はあるのだろうか。一撃与えた達成感は大きいが、奴を倒すにはまだまだ遠い。

「……次は首を貰うぞ」

俺は桜花の峰を肩に担ぎ、肩越しに赤き竜を()め上げた。

指切り(・・・)げんまん……ってな」

相手に理解(わか)らないのをいいことに、そう(うそぶ)いて、柱の陰に引っ込む。



 剣を持つ手に震えが来た。大きく息を吸って吐き、己の頬をひとつ張る。


 よし、桜花の刃は通用する。次は決定打を入れることだ。持久戦は分が悪い、時間を掛けるほど俺の首が締まる。やっぱり、何とかして転倒させ、頭をぐさりとやるのが現実的だと思うが……柱から様子を(うかが)う。


 ドラギオの姿が思ったより近くにあった。


 その意味に気づき、身構えた瞬間、ドラギオの巨体が石柱にぶつかり、へし折った。くっ、そりゃそうだ。竜は火を吐くだけの固定式砲台じゃない。奴は第二次世界大戦ドイツ軍、VIII(マウス)級の超重戦車だ。()めて掛かると俺の方が針千本飲まされてしまう。


 地面が揺れ、思わず膝をつく。


 石柱の高さは竜の頭よりある。幸い倒壊する方向は逸れたが、支えられた巨石環(モニュメント)が崩れ、ひと抱えはある塊が幾つも落ちてくる。

「やばい……」

膝を屈した姿勢、咄嗟に出来るのは、手の物で打ち払うことぐらい。


 ただしその手の物(・・・・・)、天羽緋緋色“荒神切”桜花――


 夢中で振った刃は、あろうことか石の塊に音もなく入る。一刀両断――手には、こつん、と小石の当たった感触しかない。俺の左右に落ちた石材の断面は、まるで磨き上げた大理石だ。

「……マジか……」

刀に刃毀(はこぼ)れはおろか、紋の(くも)りすらない。まさか石さえ切るか、東方七つ秘宝イスト・シエテ・バオル


 呆れ俺の周りに崩れ落ちる石柱、舞い上がる粉塵(ふんじん)に包まれる。

 その奪われた視界の中で、不意に、脇腹に衝撃を受けた。



 やられた(・・・・)……永遠と思える一瞬、()けるような痛みさえ感じた気がした。




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