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25.ドラギオ・エ・イグニス~赤い竜と火の息吹~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~虚構の城~”(4/9話)】

 前言撤回(ウソです)ドラゴン(ドラギオ)火炎(ブレス)はマジ洒落(しゃれ)んなんない――……




 ***********************************


 居心地悪い空気のまま、石廊下の尽きるところ、次の扉を開くと――神殿遺跡(レストス)、そんな印象の場所に出た。

 或いはローマの円形闘技場(コロッセオ)を思わせる、中央が空まで吹き抜けになった、広い中庭のような場所だ。外から見た城の大きさに、この空間は収まり得ない。


 遺跡は円を基調に出来ていた。


 そこここに石の円柱が、あるものは立ち、あるものは崩れ倒れている。吹き抜けの下の広い円形舞台を囲んでひと際大きな石柱(ピラト)が円環状に立ち、継ぎ目の全くない巨石のリング(モニュメント)を高く掲げている。舞台の規模はそれこそ剣闘士が試合をできる余裕があった。

 元は12本で輪に並んでいたと思しい円柱群は、向かって右側の幾柱か倒れ、支えていた石環の部分が崩落して月日が経っているようだ。


 或いは、人の心に()って生まれる“封鎖区(セラド)”だから、最初から“古い状態”で“新しく創り出された”のか。矛盾してるよーに聞こえるけれど。



 石舞台(ステイジ)には祭壇(さいだん)らしきオブジェがあり、見上げる天井の開口部もまた(まる)く、夜空には星の(またた)きが覗ける。雲間から差す日の光(エンジェル・ラダー)のように、祭壇(アルターレ)に月明かりが垂直に降り注いでいる。


 ……――いや、おかしいぞ。


 城に辿(たど)り着いた時には、まだ日没までかなり時間があったはずだ。いくら何でも夜更け……まして月が真上に昇る時刻にはならない。

「空間だけじゃなくて、時間の流れまで歪んでいるのか……?」

「なーふ。お前の性的嗜好並みにな」

うわあ。言葉の(とげ)で血が出そう。



 それにしても、この庭……この城の幽霊屋敷然とした雰囲気に比べ、同じ廃墟(はいきょ)でも、神聖感があると言おうか、静謐(せいひつ)な空気に満ちている。

 俺は周囲を見渡しながら、歩を進め、円舞台の縁に足を掛けた。

「……何もいない、な」

「るああ。油断すんな。“封鎖区”だ、いきなりぼっと出てもおかしかねえ」

ルシウは俺の腰を(つか)み、首を縮めてついて来ている。

 とは言え、本当に穏やかなところだ。人工物の痕跡が、自然物に静かに覆われつつある。かつては人々の祈りの場で、今は忘れられ、ゆっくりと原初の姿に(かえ)ろうとしているような……ん?



 ふと、何か聞こえた気がした。吹き過ぎる風の声か、それとも……?


 ルシウも顔を上げる。二人、無言で耳を澄ます――……




 ***********************************


 ばさっ――……



 聴こえた。気のせいじゃない。

 音は次第に、大きく、近く。


 嫌な予感がする。ルシウも顔を見れば、同じこと(・・・・)を考えていることが判る。“羽ばたく”とは“羽撃く”と書くが、まさにそれは風を翼で撃つ音、破滅(エンデ)を告げる者が飛来する音だ。桜花(カタナ)を抜き、夜空を見上げるルシウの肩を抱いて、ゆっくり後退(あとじさ)る。


 「……なるほど、吹き抜けはこいつ(・・・)の出入り口、か……」

 「うーぷす。こりゃあ、また、大物だぞー……」


 一帯に突風ラフィカが巻き起こり、俺は少女に覆い被さるように地に伏せた。さすがにルシウも、黙って俺の下で小さくなっている。


 星空を切り取る円から、まずは尾が現れる……それだけで一匹の生き物のようにのたくりながら……次に後ろ足が……強靭(きょうじん)な爪は大地さえも踏み砕くだろう……前足……鋭利な爪は人などたやすく引き裂く……双翼……大気を叩き伏せるように撃ち……(あぎと)……揺らめく熱気を漏らしながら……眼……王者の睥睨(へいげい)が、小さき者どもを見下ろす――……


 深紅の火竜(クリムゾン・キング)――レッドドラゴン(ルータ・ドラギオ)の降臨だ。



 ドラギオはステージに舞い降りると、瓦礫(がれき)を踏みしめ、咆哮(ほうこう)(とどろ)かせた。登場から一連の流れ、やっぱりドラゴンは絵になる。ゲームのムービーでも、定番のこの構図だ。だが、はっきり言っておく。

 それをカッコいいと喜べるのは、画面一枚隔てている場合に限るからな。舞台に降りた竜は、ちょうど円環石柱の(おり)に収まる形だが、あいにく右側が崩れているから、割と出入り自由だ。


 俺は生まれて初めての本物の竜(・・・・)を見上げて(うめ)く。 

「いやあ……これは無理だろー……」





 ***********************************


 とにかくデカい、それに尽きる。どーやって戦うんだよ、これ。


 博物館で見上げた恐竜の骨格標本(ティラノサウルス)、あれぐらいはあると思うが、ガワがある分ボリューム感がひと回り違う。後ろ脚で立った肩が目測建物の2階超、もたげれば頭の位置は更に上に行く。足元を掻い潜っても、腹に刀は届かない。

 竜の鱗といえば、途轍(とてつ)もなく硬いと相場がきまっているが、仮に桜花(おうか)の刃で切れるとしても、急所という急所が射程範囲外だ。

(待てよ……まず尻尾切断してから、足元立ち回り基本で、転倒→頭の部位破壊狙っていけば――……)


 いけば――……じゃねーよ。


 そりゃ、中高生ならどうしたって、狩猟(モ●ハン)系ゲームを連想するさ。だけど、これは現実(レアレテ)だ。ここが異世界の中の異世界、入れ子の幻想に思えるとしても。頭から“体力ゲージとボタン配置”を追い出せ。


 ゲーム脳もいい加減にしとかないと、結末は“クエスト失敗”じゃないから。



 と、青くとろりとした光(カホル・ルミエール)が周囲に(あふ)れ、俺の体に(まと)わりつき、薄い膜になった。

「るああ。水精霊の加護(デフィーサ)(ほどこ)した。ミスリル銀の防具(ティラトーレ)と合わせ、二重に強力な火耐性が備わったぞ」

ルシウが俺の加護から這い出して、すっくと立ち、ドラギオを見上げる。

「奴の吐く火炎(ブレス)もかなり軽減される。ユーマあ、思う存分やってきな!」

一歩前に出て、びしっと火竜に指を突き付けた。俺は少女のその後ろから――


 両の頬っぺたの肉をぐいっと指で挟んだ。

「るあああああっ?!」

「やってきな! じゃねえよ。お前なあ、軽減されるってのは軽減されるってことで、食らって大丈夫、って意味じゃねーんだぞ」

「るああ、いたい、いたいー」

「そーだよ、攻撃されりゃ痛い、ブレス浴びれば熱いんだ。人間がHP満タンでも残り1でも、同じように動けると思ったら大間違いだぞ、このゲーム脳」

思ってない(おぼってない)……ちゃんと回復魔(ひゃんとはいふくま)法も掛けるから(ほーもひゃへるから)許してえ(ゆるひてえ)……」 

「援護も任すぞ。こっから先、俺の足が止められたら、その時点で……」


 視線を感じた。

 振り向くと、無感情な蛇の目が、二人のイチャイチャを見ている。


 「……二人とも“GAME OVER(ガメオベラ)”だぞ……」



 (あご)がゆっくり開く。その周りで大気が歪む。

「ルシウ、“水の加護”とやらをあの柱(・・・)へ撃て!」

「る……るあっ?!」

叫び捨てて、少女の小柄な体を抱いて、一番近い円柱の後ろへ身を投げる。


 燃え盛る灼熱の火(イグニス)(ほとばし)るのと――

 石柱に青い光の螺旋(マジッカ)が巻き付くのは、ほぼ同時だった。



 石柱の左右を、竜の息吹が吹き抜けていく。

「あ……ぶねえ……」

額の汗を竜革の手袋に吸わせると、我が魔法使いは青く光る柱を仰いでいる。

「うーぷす。柱の方に耐性を付与する(エンチャント)とは、盲点だったぜ……」

咄嗟(とっさ)の思い付きにしちゃ、上出来だろ?」

一発目のブレスを(しの)いで、俺とルシウは顔を見合わせる。微かに、だが確かに、突破口が見えたんじゃないか――



 「よし。頼むぞ、俺の異世界監視人(クステーデ)

 「うーぷす。任せな、アタシの異世界の訪問者(トランジッテ)



 ルシウがにっと笑うのを信じて、柱の陰から飛び出し様に、抜刀するは天羽緋緋色“荒神切”桜花。ドラギオの長い首が、俺の動きを追って巡る。その眼は爬虫類のそれ、竜と言えば高い知性を持つ存在である”世界観”もあるが、こいつの目に知恵と感情は伺えない。


 俺は思う。ルシウと目と目で通じ合った的なノリで飛び出したけど……

 こっちの意図、ちゃんと理解(わか)ってくれてるよね……?


 ドラギオが鼻から黒煙を噴いた。


 次のブレスが来る。最も近い遮蔽物(シェルター)を求める、と同時に――

「るああ! “水の加護(アッカ)よ、(えい)(とな)う”!」

折れた柱の土台が、光の青に覆われた。OK、ちゃんと通じ合ってる。第二のブレスが襲ったが、石材と魔法障壁が盾となり、大部分を弾く。余熱くらいは防具と魔法のおかげで何とか我慢できそうだ。



 ふと――……異臭が鼻についた。竜の火と煙(ブレス)の匂いだ。

「何だっけ……この匂い、どこかで……?」

嗅いだ覚えのある、あまり好きじゃない匂い……いや、そんな場合じゃない。



 魔術的な塹壕(ざんごう)を移動しながら、反撃の糸口を探る。

 戦術的な方針は立った。まず、そこまではいい。問題は――


 どうやって、決定打を食らわすかだ。


 少年バトル漫画でなけりゃ、剣で切れるのは、当たり前だが刀身の長さまでだ。桜花の刃がよしんば竜の鱗を貫くとして、刀身を根元まで二尺三寸押し込んだところで、「痛い」以上のダメージになり得るとは思えない。致命傷を与える……竜を倒すには、やはり急所を撃たねばなるまいが――


 ともあれ、まずはひと太刀入れてみないことには始まらない。柱と柱の間を逃げているだけじゃ、いずれこっちの体力が尽きる……のは理解(わか)ってる、んだけど……



 俺はドラゴンの巨体を見上げた……やっぱ、怖いぞ、この巨大さは……




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