23.モルトウエ・エ・コシーナ~飢えた死者とお料理~
ルシウを膝に、足を投げ出した俺の息が整い、乏しい明るさに目が慣れると、城の内部の様子がはっきりしてきた。石造りの壁にぼろぼろの紋章旗、打ち捨てられて並ぶ甲冑。左右には階段が対の弧を描いて、招かれざる客を誘う。
外観に輪を掛けて、実にステレオタイプな廃城の赴きだ。
そして真正面には、鉄の枠が嵌った大扉。ご丁寧に両脇の壁に赤々と燭台が燃えていて、まるっきり某探偵アニメのCM前後のあの扉だ。
「灯りが目印……順路ってことかな?」
「なーふ。まあ、そーなんだろーなー」
ほぼ暗闇のエントランスに、光源はこの燭台だけで、「こっちです」の案内とばかりに扉をライトアップしている。
ルシウは身を起こすと、ローブの膝をぱんぱん叩いた。
「うーぷす。思った以上にいい加減な”世界観”だ。まあ、言われた通りに進んだら、どこかしらには辿り着きそうではあるがなー」
俺は扉から、二階廊下に視線を上げた。
「何となくゲームっぽいんだよな、この“世界”……どうする、そう大きな城でもなさそうだし、一応上も調べとく?」
「なーふ。外観と内側に、整合性があるとは限らねーぞ。城ん“中”に“屋外”があっても不思議じゃない。それに――」
ルシウが城内を値踏みするように、ぐるりと見回した。
「たぶんだけど、この城、細かいとこまでちゃんと作ってない気がするよ。余分な部屋の中とかはさ、遊園地のお化け屋敷みたいに」
構造が異次元的とか、内部が書き割りとか、もはや何でもありだな。そう言うと、ルシウが笑う。
「何でもありさ、“封鎖区”だもの。で、どーすんの? どーしてもって言うなら、お宝探しに付き合うけどさ、装備は最強だし、ここの宝箱から出てきた回復薬とか、お前飲む?」
「うん、無理だな。じゃ、宝探しはまたの機会にするかな、っと」
俺も勢いをつけて立ち上がる。
そこで、ふと訊いてみた。
「ところで、どんな奴なの? この“世界観”の持ち主は」
ルシウは俺の顔を見上げ、また視線を扉に戻した。
「……知らない方がいいと思うぜ。それを誰かだと考えちまうと、いざって時に刃を迷っちまう」
俺を見上げた少女の赤い目が、その一瞬に大きく揺らいだ。だが俺は、追及することはしなかった。
甲冑が襲ってくるというお約束を警戒しながら、大扉の方へ。
「さあて、鬼が出るか、蛇が出るか」
「なーふ。扉の向こうが海の底でも、アタシは驚かないね」
扉に手を掛ける。決まり事のように派手に軋みながら、開いた先は――
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食堂の大広間――……
今宵は墓場の骨食いお化け――食屍鬼の晩餐会、頃はちょうどメインデッシュが運ばれてきたところだった。つまり、“俺達”が。
「うわああああああああああああっ!!」
「るあああああああああああああっ!!」
生ける死者の白濁した腐れ目の注目を浴びて、反射的に間近の一体を突き飛ばし、ルシウを引っ張って柱の陰に転がり込む。
「お、お、お……驚いてるじゃねーの……」
「アホか……あんなもん、驚かねー奴いるかよ……」
俺は再び呼吸を鎮めて、抜刀、意を決して食屍鬼の宴に身を躍らせる。
目指すべき扉は長大な食卓の向こう。
魔法使いの援護を背に切り進む。ちょっとした廊下の幅はあるテーブルに飛び乗り、腐った料理の皿を踏み散らして押し通り、利き手側の足元の首を三つばかり刎ねる。そのまま主席の裏へ身を投げて、ここでひと呼吸。
ルシウの火炎魔法が焼いた死体が臭い。
「はあ……やっぱやめとけば良かったかなあ……何で俺、こんなところにいんのかなあ……?」
ダメだ。ここで回想シーンを入れると、16話冒頭に戻ってしまう。
椅子の背凭れに手を掛け、立ち上がり、残り数を確かめる。切って燃やして、ひい、ふう、みい……残りはおそらく7か8体。歩く死体の群れ、数だけはいるが動きは鈍く、俺を追って右往左往するだけだから、
(やられることはなさそうだけど……)
相手にする意味もなさそうだ。殲滅したところでレベルが上がるでもなし、ともすれば前庭の巨人のように、際限なく現れないとも限らない。
さっさと切り上げた方が賢明だな。
テーブルの向かって左側に回り、さっき頭から上を失くしてまだ動いているグールを、桜花でさっさと解体してしまう。
「ルシウ、こっちから来い! ここを出るぞ!」
叫ぶと、異世界監視人の黒頭巾がひょこっと柱の陰から覗き、俺が掃除した側を走ってくる……って、遅っそ。
ルシウ、“封鎖区”じゃ本当にただの小学生だ、これは……
見ていると、何か一生懸命走っている。可愛い。
さて、お客様達のご様子を伺えば、2体ほど排除すれば扉に届きそうだ……と、ようやくルシウが俺の前にやって来た。
「るああ。ユーマあ、お前、思った以上にやるなあ」
「なーに、お姫様を守るのはナイトの――……!」
少女がにっと笑っている、その足元で――
テーブルクスロスが不自然に揺れたのを、視界の端に捉える――……
「……く……」
「ユーマ!」
テーブルの下から飛び出したグールの顎に、咄嗟にルシウを庇った俺の右腕が、ぎっちりと食い込んだ。
「……ナイトの役目だよ、お姫様」
桜花を左に持ち替え、彼と我との胸の間に差し入れる。胴を上下に切断するのにさほど力はいらなかった。
振り払うとゾンビの上半分はテーブルをごろごろ転がっていき、下半分は倒れて踵で床を叩いた。立ち上がるには、上は足が、下は腕が足りない。
ルシウが顔色を変えて、俺の腕を取る。褐色の肌でも、血の気が引くのは判るもんだな、などと思う。
「るああ、ユーマ……腕……」
「よっと」
「るあっ?!」
腕を返して幼女の体を脇に抱え込み、扉に向けて走り出す。またこれだ。
立ち塞がった奴を肩から斜めにし、異世界監視人を運ぶ俺は、扉を背にして桜花を構える。ルシウの頭は扉側、俺は抱えたお尻に向かって、
「ルシウ、扉開けて!」
叫ぶと、わたわたした動きが伝わってきて、やがて――
ギィ――……
俺はゆっくりゆっくり迫ってくるゾンビの群れから後退り、扉を押し込めるように閉じて――……
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……――逃げ延びた。即座に向き直る。
ひんやりとした地下道のような場所だ。
壁のところどころに灯りが燃えていて、薄明るい。
桜花を左手で突き出し、迎え撃つ構えで10秒を数える――何者の気配もない。石廊下は静まり返っている。
巨人と同じく、死者達も扉を開けては追って来ない。エリアを移動すると逃げ切り、というゲーム的な謎ルールがあるのか、異空間的な内部構造が理由か、単にグールに扉を開ける知性がないだけかもしれない。
脇を開く。幼女がぽとっと床に落ちる。
「うーぷす。アタシ、お荷物になってんなー」
まあ、今は確かに文字通りに、だけど。桜花を右手に渡して鞘に納める。そう言えば、こいつには国を買えるほどに価値があるんだっけ。いいのかな、腐乱死体を切っては捨て切っては捨てしていたが。
と、ルシウが俺の右腕を持ち上げ、裏に表にぺたぺた確かめた。
「るああ。大丈夫か、その、噛まれたところは……?」
確かにただ一撃食らったのとは話が違う。アンデットに噛まれた者は、自分もアンデット化する。吸血鬼の伝承からゾンビ映画まで共通の例の感染だが、幸い俺の腕は無事だ。
鎖編みのミスリル銀の上から、竜の革手袋で覆ってある。死者の歯ごときが、文字通り、立つ道理がないのだ。もちろん、ルシウのチート装備がなければ肘から先を、骨付きケイジャン・チキン代わりに、晩餐の肉料理の皿に美味しく頂かれてたかもしれないが。
まあ、そこまで考えてルシウを庇ったのではないけれど。
何も考えず、まさに咄嗟に手を出しただけだった。
そう笑うと、幼女は心配顔から、呆れ顔に表情を変えた。
「うーぷす……お前、どんだけ真っ当な“世界観”してんだ。助けてもらっといて言うんだけどさー、そんなんじゃお前この先、腕が何本あっても足りねーぞ」
生意気な口を叩くが、その実、“権限”の力がないことで、足手まといになっていると感じているようだ。そこで俺も右腕をぱしんと叩いて、勢い軽口を返す。
「なーに、惚れた女のためだったら、腕の2本や3本惜しくねーさ」
ん……? ちょっと待て、俺は今、何を口走った……?




