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21.セメテリ・エ・カステーロ~墓場の町と遠望の古城~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~監視人の依頼~”(8/8話)】

 21.セメテリ・エ・カステーロ~墓場の町と遠望の古城~




 古ぼけた手鏡(ミラ)を俺に手渡し、ルシウは行き止まりを指さした。

「鏡越しに、そこの張り紙してる辺りの壁を見てみな」

「おー……鏡、温かけー……」

「るああ! お前、もう、マジで最悪だな!」

鏡を頬につけると、またレバーを殴られたが、ミスリルの鎖衣(くさりごろも)が打撃を打ち消した。いいな、これ。

 ジト目で(にら)まれて、俺は鏡を覗き込む。薄暗い路地、横手は古い民家の勝手口。奥の石積みの壁の、風雨で色褪(いろあ)せたもうやってい(コメディア・)ない芝居物(デッラルテ)の告知を映す……


 「うん……?」


 映ら……ない。鏡の“世界”には壁がなく、その先に下り坂が続いている。顔を上げると、鏡の外の壁も消えていて、別の“世界”への道が口を開けていた。

「るああ。“信じずの鏡”だ。本来はまやかしを見破るための魔法具だけど、アタシは隠し道の(クレ)に使っている。覗いた女が、それ(・・)を自分の顔だと信じない、ってのが名前の由来だ」

真実を信じず、か。何て言うか、その、いろいろ深い話だよな。



 ルシウが隠し道に足を進める。俺もゼ●ダの(「フフフフ)謎解き音(、フフフン」)を口ずさみながら後を追う、と、その下りの石段に足を踏み入れる寸前、少女は向き直り、両の手を俺に突き出した。

「どうした?」

俺が立ち止まると、ルシウはフードをぱさっとうなじに落とした。顔から、ここまで一緒に歩いて来た、打ち解けた表情が消えていた。

「るああ……ユーマあ」



 「ここから先は、“封鎖区”(セラド・オルト)だ」



 赤銅色(コプレ)の頬を引き締め、白銀色(アルジェ)の髪を風に遊ばせて、俺をじっと見つめる紅玉色(ルータ)の瞳。

「ここを越えたら、後戻りはできねー。逆に言うと、今なら間に合う(・・・・・・)

ルシウは“世界”の檻を背に、俺を向き合う。

「るああ。もう一度、ここで、よく考えてくれ。“封鎖区(セラド)”では何が起きるか判らねー。命の保証もねー。異世界監視人(このアタシ)でさえもな。その上……」


 「たぶん、人を殺させる。そんな仕事だ」


 俺は監視人の向こう、隠し路の先に目を凝らしたが、暗い訳ではないのに、何故か様子を(うかが)い知ることが出来なかった。まるで異世界の中の異界が、俺の認識がすることを拒んでいるかのように。

「うーぷす。なあ、ユーマあ。アタシはさ、お前がここまで来てくれただけで、もう結構嬉しーんだぜ? もしかすっとさあ、アタシ、ただ見送って欲しかっただけかもしんねーなあ。いひひ、ただの寂しんぼだなあ……」

そう言って、ルシウは真っ白(ブラン)な歯をにかっと光らせた。

「だから、やっぱここで帰ってもらおうか、なあ?」



 確かに……


 この仕事、この先に踏み込んでしまうと、俺自身が“世界観”を崩壊しかねない。それに“封鎖区”を放っておくとヤバいと言われても、“世界”が滅びるのと自分が死んでしまうの、主観で考えたら”同じ結末“なんだよなあ……


 俺はしばし目を閉じて天を(あお)ぎ、中指と親指で眉間を()むと――……



 少女に向かって手を伸ばし、フードを被せて目元まで覆い隠してやった。

「うーぷすっ?!」

「お前さあ、自分がどんな顔してるか判ってんのかよ」

「るあ……」

ルシウは頭巾を上げようと慌てたが、俺の言葉を聞いて、両手でスカートの膝をぎゅっと(つか)むと、鼻を(すす)った。

 確かに、俺の“世界観”には、これは全く大事過ぎる。俺の“世界観”なんて、精々格好つけて、困ってる奴を見過ごせないってくらいの、安っぽいヒロイズムだ。



 だから今、この少女(ルシウ)(ひと)りで行かせてしまったとしたら――


 俺は二度と、俺の““世界観”(イマジカ)に顔向けできない。



 腰を軽く揺する。すっかり軽い剣帯に、まだちょっと慣れていない。

「つまんねーこと言ってないで、行くぞ?」

「うーぷす。本当にいいのか?」

「何を今更」

俺はルシウの肩をぽんと叩くと――

「可愛いルシウちゃんに泣かれちゃったら、お兄ちゃん、何だって言うこと聞いちゃうよー?」

黙っていても“同じ結末”が来ちまうなら、こっちからぶっ壊しにいく方がいいに決まってる。俺は――……“封鎖区”に足を踏み入れた。


 「るああ……」


 背後でもう一度、大きく鼻を(すす)り上げる音がしたかと思うと、ルシウがとーんと石段を三段跳び越えて(ジャンプして)、再び俺の前に出た。

「うーぷす。お前、やっぱチョロ過ぎだぞー。酒場で言ってやったはずだぜー、悪い女に騙されねーよーに気をつけろってよー」

少女は俺を追い越し様に、そう毒づいていったが――……



 どんな顔をしていたかは、残念ながら見逃した。




 ***********************************


 その一歩で、”世界(オルト)”が変わったと肌で感じた。

 ふっ……と日が(かげ)ったようだった。


 感覚としてはそれだけ(・・・・)のことなんだが、何なんだろう、本能に訴え掛ける違和感がある。例の怪談の決まり文句、「やだなー怖いなー」は、たぶんこういう感じのことなんだと思う。

「うーぷす。それが“世界観”(イマジカ)ってやつさ」

それとなく、気づかせないほど僅かに、“世界”の目盛りを“不快”の方へ回されたような。

「なるほど、性格の悪そうな“世界か……んなっ?!」

「ユーマあ!」

石段の途中で何かを踏みつけ、ずるりと足が滑った。咄嗟(とっさ)にルシウが腕を(つか)んでくれたのだが――


 ……支え切れない。


 引っ張られて落ちたルシウを、胸に抱き込んで尻もちをつく。幸いにも四段ばかり尻で滑落しただけで、二人の体は止まった。

「ふーい……しんぞーバクバク……」

「うーぷす。参った。ユーマあ、助けるつもりが助けられちまった」

ルシウが己の両手をまじまじと見つめた。


 「なーふ……ここまで弱まっちまう(・・・・・・・・・・)のか……」

 「そうか、“権限”(エルーカ)が切れたのか……」


 管理外の“世界”の異世界監視人は、“封鎖区(セラド)”に入ってしっかり“権限”を失い、腕力も見た目相応しかなくなったようだ。

「少し慣れるまで、注意しねーとな」

俺は膝の上のルシウの頭巾を撫で、ふと、自分の踏んづけたモノを確かめた。

「……こいつはタチの悪そーな“世界観”だわ……」

自分の靴跡のついた、ずぐずぐに腐った動物の死骸(カオリンチュ)に、さすがに顔が引き()った。



 いきなりセラド・オルトの洗礼を浴びた感があるが、とにかく気を取り直し、幼女を立たせてスカートの埃を払う。街並みは王都と変わらないが、理解(わか)る、ここはもう別の“世界”だ。

「それで、監視人さん(クストーデ)“核”(コルア)ってのはどうやって探す?」

人、物か、“封鎖区”を破壊する要となるもの――“核”。それさえ壊せば“封鎖区”も壊れるとルシウは言うが、当て所もなく世界中を探すとなると、かなり骨が折れそうだぞ。ところが、

「るああ。探さなくても良さそーだぜ……見な」

そう言って異世界監視人が、音高く手を打つと――


 ぐにゃりと、“世界”が変容した。




 ***********************************


 二人が立っているのは、街を高台から見下ろす石段の半ばだった。


 王都ではない見知らぬ街並み。薄暗く、吸血鬼でも出そうなゴシックでホラーな雰囲気、街が丸ごと外国人墓地であるかのような、クリスマス(ハロウィン)悪夢の映画(ナイトメア)を思わせる。人の営みは全く感じられない。

「これは……!」

「なーふ。ユーマあ、ここが王都みてーに見えてたかい? なら“世界観”を引きずってたんだ。これが“封鎖区”の本当の姿、そいで……あれが見えるか?」

眼下の街は、今いる高台を起点に扇状をしている。石段を下りきるとそのまま、中央の大通りに出られるようだ。


 ルシウの指差す先に遠く、灰色の空を背に浮かび上がるは、如何(いか)にもな、絵に描いたような、あからさまな、これが魔王の城でなくて何だと言わんばかりの、おどろおどろしい古城の影(カステーロ)だった。



 割と近い、そう思った。


 あれなら小一時間ほどで行けてしまいそうだ。せめて途中に迷いの森(イベント)的なの挟めよ。完全一本道じゃねーか。遠望する城がまた、崖に突き出た地形の先端にあるのも、ありがちでげんなりする。

「ルシウ……やっぱ、あそこか……?」

「るああ。たぶんな。この“封鎖区”、”世界観”は貧困だし、規模も小さい。この街とあの城しかねーし、あの崖がこの“世界”の果てっぽい。一人の人間の、それもかなり(つたな)いイメージを拠り所にして“()”る“世界”のようだなー」

「だったら、まあ、“そいつ”さえ見つけて切ればいい……ってことか」

俺が桜花(おうか)の柄に手をやると、ルシウは幼い横顔を難しくした。

「るああ。どんな姿でいるか――人の姿か、それとも魔物と化しているか、何か品物になって自らを隠してるかもしれない――それは判らねーが、ともあれ見つけ出して壊して(・・・・)しまえば、セラド”は存在を保つことができなくなる」



 「ただし、”世界(オルト)”として“()”ろうという執着は、相当強えぞ。油断は禁物だからな、ユーマあ」



 幾分わざとらしい演出のように、陰鬱(いんうつ)に沈む街から吹き上げる風が、竜の頭巾と少女の外套をはためかせた。言われるまでもない。


 こんなところに来て油断できるほど、俺の肝は()わってはいない。



 “封鎖区(セラド)”の街にも住人はいた。或いは襲ってくるかと思ったが、その様子はなかった。活気はなく、話し声もなく、ただただ生きた影のように歩き回っている。その内、俺はそいつらの動きに、全く目的というものが感じられないことに気づいた。これじゃあまるで、ぜんまい仕掛けの人形(ゲームのNPC)だ。


 ぞっとしたのは俺の前を通り過ぎた男が、こちらに顔を向けた時だ。そいつは俺を見た、しかし見ていない。ガラス玉のような目が、ただこちらの方を向いているだけだった。

「なーふ。あんまり見るな」

ルシウが肘で脇腹を突いた。

「ただの舞台装置くらいに思っとけ。あの手のモノは、深く見ると心を削られる」

俺はそいつから目を逸らした。そいつはしばらく無表情に俺――を透過したどこか彼方を見つめていたが、やがてまた物も言わず歩き出し、村人Aの役に戻った。


 俺は思う。ドロドログチャグチャな怪物より、ほんの少しヒトニタリナイモノ、そういうのが、たぶん一番怖い。



 追われるような気分で人形達から逃げ出し、町を抜けて、俺達は遥かに見える尖塔を目指して歩き出した――……

                              挿絵(By みてみん)

              ~“封鎖区~監視人の依頼~”・完、次章へ続く~

【次章“封鎖区~虚構の城~”】


突入した“封鎖区”の城は、構造もデタラメなら、モンスターも出現する“異世界(オルト)”の中の“異世界(オルト)”だった。さて、どうする、チート無しの(ユマ・ビッ)異世界転移者(グスロープ)


挿絵(By みてみん)

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