20.アルマ・エ・ミラ~伝説の武具と魔法の鏡~
古都に足を踏み入れても、小道や路地裏を行ったり来たり。同じような街並みが続き、実際同じところを繰り返し通るものだから、いつしか不思議の国にでも迷い込んだような、ふわふわした気持ちにもなってくる。
隠された道を求め、ウサギの足跡を辿って駆けるアリスを追いかけて、
「そう言えばさー、そもそも何で俺なの?」
俺は手持ち無沙汰に黒頭巾を抓み、引き下ろした。
「るああ?!」
「異世界管理局はカルーシア中を監視してるんだろ? 幾らでもいるだろ、何て言うか、チート な“世界観”の奴が」
「るああ! 放せ、放せっ!」
人差し指と親指を輪っかにして、後ろから銀髪を二つ括りに捕まえると、幼女が頭を振って抵抗した。
ふはは、バカめ! もがけばもがくほど、お兄ちゃんのちょっかいはより強く貴様の髪を締め付け――
「るあっ!
「うぼっ」
レバー殴られた。
ルシウは俺の戒めから逃れると、水浴びした犬のように頭をぶんぶん振り、髪を手櫛でざっざと整えながら、真っ白な歯を剥いて睨んでくる。
「なーふ……まずカルーシアの人間はダメだ」
「“世界”が幾つもあるって概念は、異世界転移者は仕方ねーとして、やっぱあんまり知られてーことじゃねーんだよな。ユーマには、不本意ながら管理局の存在を知られちまったから、そういう意味では適任だってのがひとつ」
そこで言葉を切ると、今度は頭の上でひとつ纏めにした俺の手を振り払う。
「なーふ! それと、お前くらい強い転移者は、そうはいねーんだよ」
「持ち上げても何も出ねーぞ。異世界転移してきた奴が他にもいるんなら、それこそ“チートスキルで異世界最強!”みたいなのいるんじゃん?」
「うーぷす。ダメなんだよ、そーゆー奴は」
「”封鎖区”に“自分設定”――”世界観”は持ち込めねーんだ」
ルシウは両方の指で、俺に乱された銀髪を撫でつける。
「るああ。アタシの“権限”と同じことさ。チート能力だの、ステータス最強だの、セラドではそんな“薄っぺらいの”は通用しねーの」
納得したらしく毛繕いを終えたが、正直あんまり変わってない。
「いわゆるチートで後付けた力は、”世界観”に属している。だから別の“世界”には持っていけない。けど、鍛えた剣の腕、学んだ魔法の知識は、その所有者に紐づいてる。どんなオルトへ行こうとも、持ち主から切り離されることはねえ」
髪を直してやろうと手を出すと、幼女に威嚇された。
「なーふっ! お前の持つ”力“は、バカ正直に訓練して、クソ真面目に経験積んだ成果。今時の異世界転移者で、ちゃんとレベル上げする奴は意外といねえ」
「褒められてる気がしねーな」
そう言うと、ルシウはちょっと真剣な顔で首を振った。
「“封鎖区”では偽りや紛い物は全て見破られ、残るのは本物だけ。ユーマあ、お前は”世界”に打ち克つ“可能性”なのさ」
少女は赤い目をきゅっと細め、白い歯を見せて笑う。その笑みのまま、とことこっと俺を置き去りにして、小走りに数歩行って、外套とスカートを翻してくるりと舞う。
「あ、そうそう。“お節介な時間干渉”は持ち込めねーから」
満面の笑顔でそう言った……マジか。
“お節介な時間干渉”――……異世界転移で備わった、俺唯一の固有スキル。効果は“攻撃を受けるとひと呼吸分の時間が巻き戻る”こと。相手の出方を見てからやり直せる、事実上の予知能力、カードを覗くイカサマだが……
無事使用禁止。幼女にからかわれるバカ正直のクソ真面目だから、戦い方は、スキル頼りにはならないように心掛けてはいるけど。
ううん。ないとなると、急に不安になる……
俺の戦力ダウンに、幼女はすごい悪い顔で笑っている。えーと、お嬢ちゃん? 他人事じゃないって理解っているのかな?
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と、不意にお嬢ちゃんが真顔に戻り、大きな釣り目を見開いた。
「うーぷす! “持ち込めねー”で思い出したぞ!」
「?」
怪訝な顔で先を促すと、輝くようなドヤ顔が帰ってきた。
「ユーマあ、“そんな装備で大丈夫か”!」
「……“大丈夫だ、問題ない”……?」
「フラグが立っちまうじゃねーか」
いきなりのフリに戸惑いつつボケ返すと、ルシウは妙に高いテンションで――
何もない宙空から、ひと振りの、朱塗り鞘の刀剣を引き出した。
おれにはあまり道具の拘りはない。
命を預けるのだから、軽んじはしないし手入れは欠かさないが、特に物を選んではおらず、使えれば割と何でもいいと思っている。と言うか、まずモノの良し悪しが判らない。
俺を剣敵視してい……こほん、親切な知人の名門貴族の坊ちゃん、レイス・オランジナは、それも気に入らな……こほん、心配してくれるようで、
「腕に見合った得物を持て」
と忠告をくれるが、大きなお世話……こほん、“大丈夫だ、問題ない”。
そんな俺だ、刀剣なんて拵えがどうとかさえ判らない。
だけど、そんな俺にさえ理解る――……
この刀はヤバい。
この空間に現れた瞬間から、場の空気が震えている。
「装備を“一番いいの”にしとこーぜ。武器の性能もそれ自体の性質だからな、“封鎖区”に持って行ける。いひひ、別の世界に奥の手持ってく裏技だぜ」
ルシウが“一番いいの”とやらを差し出した。
練習用の木刀と同じくらい、長さ的に打ち刀になるだろう。もちろん真剣を持ったことはなく、しかもこの刀、明らかに只事でない鬼気を放っていて、鞘の上からでも指を持ってかれそうで怖い。躊躇いつつ、刀剣を受け取る。
「え……こんなに軽いものなのか? 竹刀ほどしかないぞ……?」
確か日本刀って1kg以上、竹刀の3倍くらいは重いと聞いた覚えがあるが……
「天羽緋緋色“荒神切”桜花――……」
監視人が、何やら呪文のような言葉を口にした、
「ア……アマハヒヒイロ……?」
「アラガミキリ、オウカ。この”世界”に存在する、最も切れる剣だ」
『……小僧、力が欲しいか……?』
「待って待って、何か言い出した」
「るああ。気のせいだろ」
そうか……じゃあ、鞘越しに「ウォォン」って刀身が唸ってるのも、たぶん気のせいだな。
右手で柄を取り、左手で鯉口を握って、ゆっくり袈裟懸けに振ってみた。普段使っている細身軽量の片刃剣と比べても、格段に軽い。
「るああ。魔力なら“絶界の至宝・獅子王剣エスカ=レイツィア”の方が上かもだけど、ありゃ重いし、剣術使いのユーマには、切れ味で勝るこっちがいいよ」
「どっちもすげえ名前だけど、やっぱ、謂れのある武器だったりするの?」
「なーふ。実在すら定かではないとされ、世界中の冒険者が追い求めて止まないという、東方七つ秘宝がひとつ。そのひと振りで国が買えるクラスだな」
「マジか……てか、持ってきちゃっていいのか? みんな探してんだろ?」
「るああ。アタシは何処にあるか、全部知ってるからなー」
「台無しだな、いろいろと」
俺は“荒神切”とやらを、改めて掲げ見た。
このひと振りで、国ひとつ……使っちゃっていいものなのか、コレ……? 価値半減しない? 抜く決心もつかず、鞘に納まったままの桜花を弄ってると……
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「るああ。そんで、これ防具な」
ふわりと布が頭に被された。手に取ると腰丈ワンピというのか、鈍色をした長袖のシャツのような衣服である。
「ユ●クロのヒ●トテックくらい薄いんだけど……」
「ティラトーレの鎖衣――かの名高きエルフの賢君、“運命王”フォルティシモ・デクレシェンドに、ドワーフにこの人ありと謳われた工匠、グリトグラ・“ヘパイストスの槌”・ガラガラドンが献上したと伝わる、ミスリル銀の微細な鎖で編まれた神器クラスの逸品だぞ」
「鎖……うわ、本当だ。編み目ぇ全部、超細かい鎖だ、これ」
「るああ。並大抵の刃は通さねーし、打撃も分散するから、巨人族にドツかれてもたぶん大丈夫だ。魔法や火炎に対する耐性もあるから、レッドドラゴンが出ても安心だな。その革服の下にでも着込んどけ」
「それはもはやチートじゃないのか?」
「るああ。作り手の技術と鉱物の性質だからセーフだ」
「その辺りの境目が、もう俺にはよく判らん」
「それから、こいつは“忘れられし民”ニカ族が、黎明竜レーゼの革と鱗から作り上げた……」
「伝説の装備過ぎだろ。俺のステータス画面どうなるんだ」
こうなった。
E.武器:天羽緋緋色“荒神切”桜花
E.防具:ミスリル銀のチェーンメイル
E.兜 :黎明竜レーゼの革頭巾
E.盾 :黎明竜レーゼの革手袋
「るああ。元の装備はアタシが預かっとくなー」
ルシウは某猫型ロボットよろしく、腰のポーチに装備一式を押し込めた。
「仕事が終わったら返す。申し訳ねーが、そっちの装備は謝礼に譲りてーのも山々なんだけど、さすがにそのまま世に出しちまっていい代物じゃねーからなー」
いいと言われても貰えるか。いや、もうマジでいらない。
何かこう……何だろう。
RPGやってて、鋼の剣とか買おうかってくらいの時に、いきなり裏技で最強装備を全部手に入れてしまったような、この腑に落ちない感じは。
「うーぷす。いいから着とけって。危ないから」
ちょっと寒い日に厚着させようとする母ちゃんか。
うーん……俺の異世界生活、チートを使わないことに、ちょっと自負があったんだけどな。
だが理解る。自分が確実に強くなったことが。
何より身が軽い。武器の重量から解放され、かつ防具の性能が保証されるなら、それで戦術は一変する。籠手を小型盾に代える戦い方ひとつ取って、竜革の手袋が信頼できるほど、もう一歩深く、迅く切り込めるだろう。
それに……剣帯に、桜花の下げ緒をちょいと結んで、侍気取り。正直心躍る。
「うーららぁ。似合ってるぜ、ユーマあ」
「応っ!」
思わず返事も漢字になる。
そうして意気を上げながら――……
お、幼女の外套と頭巾も、いつのまにか黎明竜仕様になってるな……と思いつつ角を曲がる先導に続くと、はたしてそこはまたも袋小路であった。
「おい、ルシウ……」
「うーぷす。幾らアタシでも、同じ冗談は二度やらねー」
幼女はぐいっと平たい胸元に手を突っ込むと、何かを引っ張り出した。
それは見るからに曰くありげな、古びた小さな手鏡だった。