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18.セラド・エ・イマジカ~『封鎖区』と『世界観』~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~監視人の依頼~”(5/8話)】

 “封鎖区”――……?


 上を向いたルシウの褐色(かっしょく)の頬を、淡銀色の髪がさらさらと流れた。少女の横顔は幼く、赤い瞳は反射光で紫に染まり、口にする言葉はどこか音楽的で、見惚(みと)れている俺の心に()み込んでくる――……



 「るああ。”世界(オルト)”ってのは休みなく変わるもんだ。ある部分は成長する。ある部分が(おとろ)え滅びもする。それは場所に、自然に、現象にも、人にだって、あらゆるものについて言えることさ。まるで、ひとつのオルトがいっこの生き物であるかのよーにな」


 「だけど(まれ)に、異質なモノ(・・・・・)が生まれることがある」


 「それは、”世界”とは調和できねーものだ。異質過ぎて“世界”の一部にはなれねーで、周りを押し退けて、自分の場所を作ろうとする。それは”世界”の内っ側に、“別の異世界”(アルタ・オルト)が生じるようなもんさ」


 「なーふ。そして内側にできちまったオルトは、外側の“世界”にいい影響は与えねえ。じくじく根っこを腐らせるか、構造を歪めちまうか。るああ。”世界”にとっちゃ、タチの悪ィ病気みてーなもんなんだ」


 「だからアタシ達は“異質の異世界(セラド・オルト)”を空間的、時間的にガッチガチに隔離する。この“世界”に存在はしているけど、誰にも行けねー場所なのさ」


 「それをアタシ達は“封鎖区”と呼んでいる。そこにあるのは“世界”の(おり)で……」



 「底にあるのは“世界”の(おり)さ――……」




 ***********************************


 ……――俺はいつしか、催眠術に掛かったように前後に体を揺らして、ルシウの言葉に耳を傾けていた。


 気づけば腕を取られ、少女の方へ大きく体を傾けている。そして幼女は爪先立って、俺の耳を唇であむっと挟んでいた。

「……って、うわあっ?! 何してますの?!」

「るああ。こーするとハナシの伝わりがいいんだよ」

ルシウが顔を離し、唇に人差し指を当てて笑う。

「脳に直接イメージが焼き付くのかなあ?」

「さらっと怖えこと言うなよ」

俺は耳を指で引っ張りながら顔を(しか)めたが、触ったら判る。


 これ、めちゃくちゃ赤くなってる奴だ、両耳とも。


 ルシウも判ってるな。知らんふりしてるけど、目ぇ笑ってるし。

「るあっ?」

「クソめ……まあいい。その、“封鎖区”か? ヤバそうなのは何となく理解(わか)ったけど、俺に何をしろと?まさかカメラが壊れたから――」

俺は壁の映らないモニターを見上げた。

「配線(つな)いで来い、ってんじゃねーんだろ?」

ルシウも同じ黒い画面を見上げて、きゅっと目を(つむ)り――



 再び開いた赤い目は、もう笑みを(たた)えてはいない。斜めに俺に向けられた視線に、瞳の赤と青の光が混ざり合う。

「るああ。実はなー、これ旧市街(ヴェリオ)なんだよ、映ってんのは」

「ヴェ……って、お前、王都のか……?」

旧市街はカルーシア建都からの地区、新市街は近年になって……いや、そんなことより、その不発弾みたいのが、この王都にもあるって?

「それは、ヤバくないのか?」

「なーふ。もちろん魔術的に隔離してあるから、誰にも行けねー、見えねー、存在を感じることもできねーよーになってはいる」

「ヤバくないのか」

「いや、実はそーでもねーんだ」

「ヤバいのか」

ルシウは小さな手をきゅっと丸め、猫のように頬を擦った。

「うーぷす。普通の“封鎖区(セラド)”だったら、管理局の管理下に置けば、まあ、とりあえず大丈夫なんだけどさー」



 「そのセラドは、“破局の因子”がある”世界”なんだ」



 ハキョクの、インシ……?


 意味は何となく察するが、不穏な響きを恐れるべきか、中二病的な香りを突っ込むべきか。監視人の顔を見る限り、真面目な話のようだ。

「るああ。”世界(オルト)”ってのー、それぞれにそれぞれの“様式”っての? 在り方っていうかさ……そうだな、お前には“世界観”って言った方が伝わるかもしれねーな」



 “世界観”(オルト・イマジカ)

 異世監視人(クストーデ)曰く、”世界(オルト)”は”世界観(イマジカ)”で出来ている。


 或いは、魔法とドラゴン(Fantasy)の存在する”世界観(イマジカ)”――……

 或いは、奇怪な機械文明(Steampunk)の発達した、”世界観(イマジカ)”――……

 或いは、夢物語と幻想(Fairytale)に彩られた”世界観(イマジカ)”――……

 或いは、歴史と戦争(Chronicle)の織り成す”世界観(イマジカ)”――……


 “世界”はそれぞれ”世界観(イマジカ)”を持ち、”世界観(イマジカ)”が”世界”を構成している。



 「なーふ。“破局の因子”(エンデ・イマジカ)ってのは、その“世界”そのものを滅ぼしちまう属性の“世界観”のことだ。魔王だ災害だ古代兵器の暴走だ、何だっていいけど、あるだろ? そいつを何とかしなきゃ世界滅亡ENDになっちまう、“そーゆーの”が。旧市街の“封鎖区”はその手の“世界観”を持った“世界”なのさ」


 “滅びの世界観”――“破局の因子”(エンデ・イマジカ)の行き着く先に“世界”そのものの消失がある以上――……

「なーふ。勝手にブッ飛んじまう分には、却って手間が省けるんだけどさあ。と、アタシ達だって“世界”ひとつ完全に抑え込める訳じゃない、隔離したっつっても、100パー安全とはいかねーからさ。何かの拍子に“封鎖区”の“世界観”が外に漏れてきちまうことだって、ねーとは限らない」

……――“封鎖区”が“世界”と共存することはできない。

「その状態で、ガソリンに火が点きゃあ……」

ルシウは握った拳を俺に突き出すと、「ぼんっ」と言いながら、(てのひら)を上に向けて咲かせるようにぱっと開いた。

「そこでアタシ達は、当該“封鎖区”を完全に“廃棄”しちまうことに決めた。前置きが長くなったけど、お前に頼みてーことってのはそれなんだ」



 「ユーマあ。”世界(オルト)”をいっこ破壊するから手伝ってくれ」




 ***********************************


 ルシウちゃん、本日一番の笑顔で、両手を胸の前できゅうと組んだ。

「……大きく出たなあ」

俺は嘆息した。幼女の依頼(おねだり)が異世界でインフレ過ぎる。ルシウちゃんが笑顔を固定している。さて、何から正したものか。

「なあ、異世界監視人。それって、人間にどーこーできるレベルの話じゃないだろう、もはや」

それこそ魔王か古代兵器、或いは中●隆聖(フ●―ザ)辺りを使うべきだ。

「るああ。破壊っつっても、丸ごとドカンとやる訳じゃねえ。その“世界”の“核”(コルア)というか、(かなめ)になる部分をピンポイントで崩すんだ。コツさえ知ってりゃ、そこまでの力は要らねーんだ」

固いビンの蓋の開け方かよ。


 「ユーマとアタシの二人なら、やれるはずだ」

 「急に、そんな“長い冒険を共にしてきた”感を(かも)されても困る」


 いや、そもそもの話よ。

「お前の、エルーカだっけ? それ使えば一発で済むんじゃないの? 要らないだろう、俺の剣なんか」

監視人の“権限”は、この“世界”の(ことわり)をも支配する、究極の魔法であることはさっき実演済み。()わばお前が大魔王だろ。今更傭兵の手が必要とは思えないんだが。

 俺の指摘に、ちょっと唇を尖らせたルシウは、俺をからかう小悪魔幼女でも、異世界監視人でもなく、

「なーふ。それが済まねーから頼んでんだよ、ユーマあ」

赤い瞳を少し伏せた、ただの頼りなげな少女(フィーユ)に見えた。



 その口元、表情に見覚えがある……


 そうだった。この依頼を持ってきた頭巾の陰に、この口元と伏せた目を見たから、俺は、今日異世界管理局(ルシウのところ)に来たんだ。ルシウは銀色の髪に指を突っ込み、後ろ頭をわしわしを掻き回した。

「るああ。実はセラドには二つ厄介な点があってな……」

幼女がびしっと俺に二本指(トゥエ)を突き付けた。

「まず、”世界観(イマジカ)”は人の心が“核”になって生まれるもの。“封鎖区”を破壊するのに壊さなくちゃならねー要の部分っつうのは、たいていの場合……」 


 「……人間・・なんだよ」


 “人間”を“壊す”……それって、つまり……

「第二に……これがお前に手を借りてぇ一番の理由なんだが、アタシは“封鎖区”では“権限”が一切使えねぇくなる」

ルシウは空中で(つま)むような仕草をすると、三叉の捩じれたフォークを取り出した。少女がそいつをひと振りすると、今度はすっぽ抜けず、スプーンに戻った。

「“封鎖区”はアタシが受け持っているカルーシアとは“別の世界”だ。要するに、アタシには“封鎖区(そこ)”を管理する“権限”がない」

異世界監視人の“権限(チカラ)”は“封鎖区”では失われてしまう。

「るああ。そこではアタシは、歳相応の可愛い女の子でしかねーんだよ」



 Oops(うーぷす)。ルシウははっきりと、自分を“可愛い女の子”と言い切った。




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