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17.カフエス・エ・フィーユ~珈琲の黒と真っ黒幼女~

挿絵(By みてみん)

【“封鎖区~監視人の依頼~”(4/8話)】

 途端、俺はやたら優雅な雰囲気の(エレガントな)応接室にいた。



 アンティーク調というかヨーロピアンクラシックというのか、柔らかな照明が降り、壁には暖炉まで(しつら)えてある。いままでいたモニター部屋より明らかに広い。ともかく、身を(よろ)った傭兵は実に場違いである。これは……俺達が“移動”したのか、それとも空間を“入れ替えた”のか……?


 いずれにせよ、“魔法(マジッカ)”だ。この幼女、あっさり使ってくれやがったが、この異世界には”魔法“がある……てことは、やっぱりドラゴンもいるんだろうか?

「るああ。まあ、折角だから茶でも()れよう。座りなよ」

椅子を勧められたが、これまた優美かつ上等そうで、武骨ないでたちが傷をつけまいかと冷や冷やする。

 背凭(せもた)れに身を預けないよう気を(つか)っていると、テーブルにカップが置かれた。強い芳香が鼻をくすぐった。


 おっ、こいつは……コーヒーじゃないか!


 王都では紅茶(テア)はピンキリで流通しているが、異国品の珈琲(カフエス)はあまり出回らず、そして高価だ。転移してから飲んでないから、これは素直に嬉しい。

「こっちじゃなかなか口にしねーだろ?」

ルシウがにこっと笑った。こうしてると、フツーに可愛いのにな……

「るああ。そう言やさ、コピ・ルアクって知ってる? ジャコウネコのフンから採れるコーヒー豆」

「聞いたことあるな。高級品なんだっけ」

「そうそう。えーとな、ある男がコピ・ルアクを何回もジャコウネコに食わせると、もっと高級なコーヒーになるんじゃねーかと考えたんだよ。それで出てきた豆をまた食わせるんだけど、三回目に食わせたところでジャコウネコが死んじまうんだ。で、ネコの腹を裂いてみるんだけど、うーぷす、そこにはフンしか詰まっていませんでした、と」

「何の話だよ?」

「別に。何となく思いついただけ」


 カップに口をつける。ああ、旨いな。



 ***********************************


 さて、幼女(フィーユ)のお茶とお菓子のおもてなし、という絵本的なこのひと時アリス・イン・ワンダーランド、もったいないけどそう楽しんでもいられない。


 今の瞬間移動で、俺は”何を“依頼されるのかより、”どうして“依頼をするのかに疑問が変わった。

「なあ、ルシウ。お前やっぱり魔法を使うよな? それと、思い出したんだが腕っぷしも俺より強い。前は投げ飛ばされた上、部屋から放り出されたんだからな」

「うーぷす。そーだっけ」

幼女が悪戯っ子のような顔で笑う。

「とぼけんな。その、異世界監視人か? そいつがどれほどの力を持つかは知らないが、ただの人間に、何を頼みたいことがあるんだよ?」

結んで開いてで空間を転装することができる魔女っ子が、たかがちっと名の売れた傭兵風情(ふぜい)に?


 ルシウはカップの把手(とって)じゃないところを、両手で挟み、ふうふうと息を吹き込んでから、珈琲をひと口。にっこり可愛い笑顔を浮かべた。

「るああ……その“頼みたいこと”なんだけどさあ」



 「もしかすると、人殺し(・・・)……になるかもしんない」



 人殺しになるかも、と来たよ、この真っ黒幼女は。俺は珈琲を(すす)る。ええと、悪魔のように黒くて、地獄のように熱くて、天使のように純粋で……byタレーランだったっけ。


 可愛い顔して笑いやがって。にっこり(暗黒微笑)だよ。


 俺は仕事で人を切った経験はあっても、命を取ったことはまだない。そもそも傭兵のシノギは護衛や捕り物が大半で、本気で人間と殺し合うのは、非正規軍に入って金で戦争に行く奴ぐらいだ。

 とは言え、人が死ぬところ自体は、もう何度か見てはいる。慣れたとは言わないし、慣れることはないだろうが、高校生が初めて死を目にした時の衝撃……前の世界の常識は、さすがに昨日に置いてきた――が。


 (……人殺しに、なるかもしれない……)


 まだ何も聞いていない。事情も、理由も、目的も。だが、その全てを納得したとして、俺に、人を殺す覚悟ができるんだろうか。



 異世界監視人は俺の顔をしばらく見つめていたが、カップを置くと、スプーンを取り、ぱくっと口に含んだ。

「るああ。確かにこの“世界”では、アタシはたいていのことを思うままにできる」

唇から引き出されたとき、それはフォークに変わっていて――


 「アタシには、”世界(オルト)”そのものに対して、監視と管理(クーストース)“権限”(エルーカ)があるからな」

更に見えない指が、三叉の先端を、別々の方向へ()じ曲げていく――

「アタシの“権限”はこのオルトの“現象”を、ほぼほぼ完全に支配できる。言っちまえば万能の魔法、究極のイカサマ(チート)さ。だけど……」


 「るああ。監視人(アタシ)はこの“世界”の出来事にも、人間にも、基本干渉はしない」


 「例えば、ユーマ、アタシは今お前に好意を持っている。勘違いすんなよ、ラブって意味じゃねーぞ。けど、お前が死んだらたぶん悲しーと思う。それでも、アタシはお前が死ぬのをここで見ていたとしても、助けることはしねーんだ」

ルシウが俺を見て、少し寂しそうに笑う。や、ちょっと待って。何か俺の死亡フラグを立てないで。

「それが“権限”(エルーカ)より強え“世界の法理(オルト・レヒト)”なのさ」



 ルシウはそう言って片目を(つむ)ると、

「アタシが干渉するのは、オルトそのものに不具合が出そーな場合だけだ。時間の乱れ、構造の歪み、“世界”の運行にトラブルが起きないように監視し、微調整を加えるオシゴトなのさ」

渦巻きフォークを指揮棒のように振りながら言った。

「なーふ。ま、早い話が審判役だ。ゲーム自体にゃ手は出さなねーが、違反や反則(ファール)があったら笛を吹く。要するに――……るあっ」

ちゃりーん。振り回したフォークがすっぽ抜け、床を滑ってった。

「思うままになってねーじゃん」

俺がそう言うと、ルシウは磨いた銅色の頬を(ふく)らませた。


 オルト・クストーデさん、ちょいむくれで話を続ける。

「なーふ。まあ、けれど、そんなアタシにも(まま)ならぬものがあってな」

「フォークか?」

「るああ!」

「痛い痛い、ちょ、ゴメン、痛いって」

幼女の柔らかい拳でぽかぽか叩かれた。何だこれ、ご褒美じゃん。


 と、ルシウが両手をぎゅっぎゅっと開いて結んで――




 ***********************************


 俺は再びモニターの並ぶ、無機質な管理局にいた。

「なーふ。遊んでる場合じゃねーんだっての」

「あ、俺のコーヒー……」

ルシウはカップを手に取っていたが、部屋の転換で、俺のはテーブルごと消えてしまった。

 ジト目で俺を(にら)みつつ、ルシウは空中から新しいのを取り出してくれる。

「……紙コップだ……」

「なーふ。贅沢(ゼータク)言うな」

俺は差し出された飲み物を(すす)り、無意識に紙コップの縁を噛みながら、壁のモニターを眺める。


 王都大聖堂(セントアリオ)前の広場……こっちは港の方だな……妙に薄暗い町並みだな、ここも王都か?……街道……森林(シルワ)草原(カランポー)……雪、これは随分と北の方(ノルド)らしい……刻々と切り替わり、世界中の“どこか”が映し出される中に――

「うん?」

ひとつ、何も映っていないモニターがあった。



 右側の壁の、上の端の方。いずれも異国情緒(あふ)れる風景が並ぶ中、ぽっかりと空いた黒い画面は否応なく目を引く。

「壊れているのか?」

一歩近づいて背伸びしてみると、画面にザザッとノイズが走った。

 どうやら電源(?)が入っていないのではなく、映像が映っていないだけのようだ。ルシウが俺の隣に立って、同じ画面を見上げ、ある言葉を口にした。



 初めて耳にした単語は、何だか不吉な響きだと感じた。

 俺はこの先幾度となく、自分の直感の正しさを思い知ることになる――……


 「るああ。あれは“封鎖区(セラド)”だ」



 「ユーマ、あれ(・・)が、お前に頼みてぇ仕事(・・)なんだよ」




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