表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/162

09.薔薇色の異世界~フェリーシ・レーヌ~

挿絵(By みてみん)

【“俺の能力が異世界でチート過ぎる”(6/6話)】

 少女がそう告げると――背後に燃え続ける真言の火が、空に巻き取られるように昇っていく。炎の渦は天高く伸びて、それから執行命令書に目掛けて、漏斗(ろうと)で注ぐように、火の粉ひとつ残すことなく吸い込まれていく。


 しゅうう……


 僅かな煙が上がって――書簡に俺の使う落款(らっかん)捺印(なついん)が焼き付いていた。



 少女は書簡をくるくる丸め、銀糸の髪を一本抜くと、軽く結わえた。

「うーぷす、確かに。これで手続きはオシマイだよ」

世界の見え様を狂わせていた幻の炎を失い、俺の息苦しさも消えた。

そこは時の止まっているだけの長閑(のどか)な村外れで、彼女は“世界”を監視しているだけの愛らしい少女に戻った。


 そもそも少女を恐ろしいモノに見せていたのは、俺自身の心だったんだ。



 プラチナの色をした、陽光の下で光を放つかに見える長い髪。カッパーの色をした、磨かれたような肌。深紅玉の色(ピジョン・ブラッド)をした、虹彩の大きな釣り目。歳はおそらく俺とそうは変わらないと見える。顔立ちは幼く、小柄で、ちょうど俺の顎くらいの背丈しかない。その赤い、紅い目が……


 ……ああ、その目で見るのはやめてくれ。



 異世界を監視する目が、血の色をした目が、(ひざまず)く俺を見下ろしている。


 そうだ、思い出した。これが “俺の高さ”だった。痛みも、嘲笑(ちょうしょう)も、(つば)も、靴の裏も、いつだって“世界”は上から降ってくるものだった。俺は、いつだって見下ろされていたんだ。


 忘れていたよ。


 この世界(こっち)ではみんな同じ高さで笑っていたから。

 同じ高さでいられたから。

 俺は、“俺の高さ”を忘れていたんだ。


 幸せな夢(フェリーシ・レーヌ)から覚める時が来た。



 異世界監視人が、俺に向かって手を伸ばした。

 ああ、そうか。俺は納得した。

 結局、“終わり”も上から降りてくるんだな。


 俺はただ、怖くて。悲しくて。



 少女の手は目前まで迫り、俺の視界を奪い――……




 ***********************************


 俺の首に絡みついて――……抱き締めた。



 「るああ。もういいんだよ、タイラノ・マサル――」


 少女のふかふかとした胸に、俺は顔を埋めている。それなのに(やま)しい気持ちは全く湧いてこなかった。ただ優しくて、安らいで、(ゆる)されて……

「……すげえいい匂いがする……」

「るああ。エロいこと言うなよー」

少女の穏やかな声が、俺の心を溶かしていくような。


 眠るんだ、そう思った。

 思い出したくない記憶達もまた、どこかへ溶けて消えていく気がした。


 その向こうに、とても遠い場所に、大切な思いが……たぶん俺が始まった時の記憶が……少女の胸に抱かれながら、俺は、そっと目を閉じた……



 「るああ。輪を閉じよう――……」




 ***********************************


 「……――聞いているのか、シャルマ・ティラーノ」


 彼女の高さから(とが)める声で、はっと我に返った。

 ここは……ああ、そうだ。今日はカジン村に魔獣(ベスティエ)退治に来ていて、これからヤノマコに帰るところで……ええと、あれ……物思いを破られたせいか、俺は自分がいったい何を考えていたのか、完璧に見失ってしまった。


 と、クーシュに肘を食わされた。軽装甲冑の肘当てが、脇腹に突き刺さる。

「いて……え、何だっけ?」

「やはり聞いておらぬではないか!」

姫騎士様カヴァリエレが歯も()き出しに怒った。

「そもそもだ。貴公はいつもいつも、力任せに大きな術式(アリーテ)を使い過ぎる。挙句に森を燃やしかけるわ、貴重な魔獣の皮も丸焦げだわ……」

「ああ、悪い。ちょっと考え事をしていて」


 つんと偉そうに説教をくれていたクーシュがぽかんとした。右側の修道女モナフィーノ、コーナも驚いて口に手を当てた。お前ら……俺が素直に謝るのがそんなに珍しいか。俺を何だと思っているの?

「ど、どうした、シャルマ。いやに素直ではないか。こっちが拍子抜けするぞ」

ああ、そんなふうに思われているのね。



 俺は肩を(すく)めると、一回クーシュから顔を背けておいて、

「ま、そう言うなよ。これでも、いつも一緒に来てくれること、感謝してんだぜ」

爽やかスマイルで振り向いてやる。

 するとクーシュはずざざざっと後退(あとじさ)り、奇妙な構えで固まった。目が泳ぎ、頬が真っ赤な……“まるで世界を終焉に染めるように(それは偽りの炎が燃える赤の色だ)”……? ……顔が赤い。

「な、何言ってんだバカ!お前のバカ!弱き者を助けることは、そう、騎士たる者の当然の責務なのだっ!」

物凄い勢いで(まく)し立てる。ちょ、剣に手を掛けるな! こら、抜くなって、おい、クッコロ!

「お前のために来てやったんじゃないんだからな!ばかっ!」

はい、姫騎士様のツンデレ頂きました、あざーす。



 そして俺は左手を回して――


 右腕をがっくんと引……こうとしていたコーナの頭をぽんと撫でた。

「はりゃ?」

「大丈夫だよ、コーナ。喧嘩してるんじゃないかね」

機先を制されて、眼鏡のレンズ越しの大きな栗色の目……“目の赤い色は失われた二人分の血の色だ(それは流された罪のピジョン・ブラッド)”……? ……目は大きく見開かれて、俺は笑いながら少女の髪を、

「ははは、コーナは可愛いですねえ」

「にゃああああっ?!」

くしゃくしゃと乱してやった。


 それから多少落ち着き、こっちを不審げに見ているクーシュの手を取り、

「ひゃあ?! え、ちょっ、何っ?!」

「ほら、仲良しだろ? あーくーしゅ」

ぶんぶんと上下に振って見せた。



 クーシュは俺が手を解放すると、逆の手で迎え、ぎゅっと胸元に押し付けた。ちょっとヤバいモノを見る目になっている。

「おーい、どした……? 何かおかしな物でも食べたか、シャルマ……?」

「……クーシュ様、これはもしかして“解呪”(デスペオリ)を施した方が宜しいのでしょうか?」

え、ステータス異常扱いとか。



 でも確かに――……


 ステータス異常、おかしなテンションかもしれない。

 何があった訳でもない(・・・・・・・・・・)のに、すごく爽やかな気分なんだ。(たと)えるなら、新しいパンツを履いたばかりの、正月元旦の朝みたいに。

「自分でもよく理解らないんだけどさ、何か……ずっと胸につかえていたもの(裁かれずにいた罪)が……胸の奥に引っ掛かってたこと(罰して欲しいと願っていた(とが))が、こう、やっと取れた((ゆる)された)ような気が……」




 ***********************************


 街道の冒険者達(チェルカトレ)を、少し離れた丘の上から見つめている者がいた。頭からすっぽり黒頭巾を着込んでいるが、おそらく小柄な女だろうと思えた。


 女は冒険者達を見つめている。黒頭巾の下から覗く目が、どこか哀しげだった。ふと冒険者の一人が、こちらに顔を向けたようだった。


 だがその丘には既に、女の姿はなかった。


 「るああ。お前はそこで……いずれ時が来るまで、そこに――……」




 ***********************************


 「どうかされましたか、シャルマ様?」


 コーナに声を掛けられ、俺は振り返った。

「今……そこの丘に誰かがいたような気がしたんだけど」

「うむ? 私は気づかなかったな……」

クーシュは小手を(かざ)して遠くを見やろうとして、

「シャルマ、貴公、なぜ泣いている?」

少し驚いたようにそう言った。言われて頬に手をやると、何故か濡れている。


 理由は判らない。と言うか、泣いていた自覚もない。


 ただ、何かとても大切なことを忘れている気がした。とても大切な人を、忘れている気がする。忘れてはいけない……赤い瞳を、銀色の髪を……俺の、罪を……

(るああ。忘れていいんだよ――……)

とても、とても大切なことを……



 「いつまでも、二人と一緒にいられたらなって」


 気づけば、とんでもない台詞が口から零れていた。赤くなればいいのか、血の気が引けばいいのか、間取って紫色(いっそチアノーゼ)になるか。

 恐る恐る様子を伺うと、姫騎士様と修道女は乙女のように向かい合わせに手を取り合って、すすすっと俺から離れていく。

「ええー……シャルマ様? やっぱり今日おかしくないですか……?」

「貴様は、そうやって誰彼見境なく(たぶら)かすよーなことを言いおって……」


 「いっそこの手で成敗してくれようか?」



 クッコロさんが剣の柄に手を掛けるに至り、誤解を解かんと慌てると……

 二人が揃って吹き出した。花が咲き零れるように、少女達が笑う。



 「ふふふ、シャルマ様ったら、おっかしいですわ」

両手を口の前に、童女のように屈託なくコーナが笑う。

「だって、当たり前ではありませんの。みんな、ずーっと一緒ですわ」

「ま、そいういうことだ。まったく、貴公は目を離すと、何をしでかすか知れたものではないからな」

クーシュは片目を閉じて笑い、それから、

「わ、私が傍で見張っていてやる。精々覚悟しておくことだな!」

ぷいとそっぽを向いた。さすが女騎士、隙あらばデレるなあ。



 俺も笑った。俺に向けられた笑顔に向かって。



 俺がかつて誰だったかとか、どこにいたとか、それはどうでもいいことだ。余計な記憶は捨てて行こう。

 俺はここにいる。この優しい“世界”に、これからずっと。


 やっと見つけた俺の居場所。

 やっと見つけた“俺の高さ”。


 隣を歩いてくれる誰かがいるこの世界(カルーシア)、今度は手を離さないよう、道に迷わないよう、今度こそ踏み外さないように歩いて行こう。


 いずれ、“世界”を去るその日まで。

 さあ、俺には、俺のことを待っている人達がいる。


 「帰ろう。ヤノマコ村へ――……」



 「ああ……カエろウ。ワタしガいッショにイてやルからナ、しゃルマ……」

 「うフフ……ズーっとイっしょニいマシょうネー……シャるマさマー……」




 ***********************************


 閉じた“鎖”(チェーノ)、閉じた”世界(オルト)”。


 彼の作り出した世界(オルト)はそして、彼を囚える(カジオ)となる。されど罪は罪、咎は咎(クレム・ヴィ・クレム)囚人(クレミネオ)は幻想を抱いて、人形達(バンボーラ)と踊り続ける。


 願わくば彼が終わる日まで、幸せな夢(フェリーシ・レーヌ)を見続けられますように――……



 そして。



 “世界(オルト)”は時に(カジオ)となり、(カジオ)は時に“世界(オルト)”を殺す。


 囚われてなお“世界(オルト)”を呪う罪咎(クレム)

 人知れずゆっくりと腐敗する果実(フラーゼ)


 この“世界”のどこかに存在する、それは“封鎖区”(セラド・オルト)……



 されど、それは。いずれまた、別の物語(アルタ・ラコンテ)――……

                            挿絵(By みてみん)

                ~“俺の能力が異世界でチート過ぎる”・完~

【次章“異世界日替わり定食”】


いらっしゃいませ、“定食屋ちか”へようこそ。私、看板娘の若桜知佳(ワカサ・チカ)がお席までご案内しまーす。本日のお勧めは、異世界の方のお口にも合う――……


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] シャルマはバッドエンドになったってこと? [一言] まだここまでしか読んでませんがとても面白いです! 世界観が難しくまだ理解できてないですが…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ