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101.ミシェル・イン・ワンダーランド!

挿絵(By みてみん)


【ミシェルの絵本(2/9)】

 猫を追って走る幼女、それを追って走る少女。

「おーい……どこへ行くのだ、ミシェ……!」

「ねこさん! まっくろのねこさんがいるの!」

黒猫(カッツェ)~え?」

カイエン通りの商家街を、煉瓦(れんが)造りの街並みを、数え切れない靴がすり減らした石畳を、猫が少女を引き連れて行く様は、どこか童話的な光景で、道行く人達の顔を(ほころ)ばせる。


 おやおや、あのお嬢ちゃん(チッカ)達、どこか不思議の国(ワンダー・ランド)まで走ってくんじゃないかね?


 「ねー、おねえちゃーん」

 「はあ。はあ……何だ、ミシェえ……?」


 「ねこさんって、たってあるくぅ?」


 「はあ? “長靴(レボット)を履いた猫”でもあるまいに、(カッツェ)が立って歩く訳が……」

 「はいてるよー、おくつぅ」

 「はああ? 訳の判らぬことを、って、どこまで行くのだ、これは……?」


 猫を追いかける幼女を、追いかける少女。石段を下りて、通りを折れて。けれどもお嬢さん方、どうぞご用心。町には見えない境界線、あっちこっちに出入り口。



 そんなに夢中で走ったら、気づけばそこは、もう別の“世界”(アルタ・オルト)――



 曲がり角から路地裏に飛び込んだところで、レインは立ち止まっていたミシェルに突き当たりかけて、慌てて踏鞴(たたら)を踏み、結果バランスを失って尻もちをついた。小さな子を怪我させまいと、己が身を犠牲にした幼きプリンセスの、心根の優しさを(たたえ)えたい。

「ぶ、無礼者! そなた、王家の尻を地に着けるとは、これは謀反(むほん)ぞ!」

ただし、文句を言うことは言う。

「ほら、おねえちゃん。おくつをはいたねこさん」

言われた方は何ほどにも思わず。

 レインはのそのそ立ち上がり、スカートのお尻を両手で叩く。

「あー、もう……はいはい、お靴だな。それはあれだろう、脚の先っぽの毛の色が違って、まるで靴を履いているように見える……」

ぼやきながら顔を上げると、路地に積まれた木箱のひとつに――


 黒猫(カッツェ)が磨き上げた靴を履いた足を組み、頬杖をついて座っていた。



 「ニャオ。何だね、君達は。人をさんざ追い回して、何か用かね?」

 「…………」


 「ね……猫が喋ったあああぁぁぁっ?!」



 レインは叫ぶと路地裏の土に、折角はたいた薄いお尻をへたんと落とした。ミシェルは怪訝(けげん)そうに、またまたかくんと小首を傾げる。黒猫(カッツェ)は迷惑顔で少女達を見下ろして、「にゃーお」と鳴いた。


 そんなこんなで黒猫氏に誘われ、いや、勝手について行って、少女が二人、不思(ガールズ・イン・)議の“世界”へ(ワンダーランド)……



 ***********************************


 木箱に腰掛けるは長靴(レボット)を履いた黒猫(カッツェ)。路地に腰を抜かすはカルーシア第三王女(プリンツェスィン)


 にこにこ笑っているのは、不思議の国に迷い込んだ少女(アリス)だ。


 レイン(仮)ことブラネージュ姫は、信じられないものを見る目をしている。

「そ、そんな馬鹿な。猫が口を()くなどと、そんなことがある訳が……」

赤い目を丸くしていると、ミシェルの赤い目が覗き込んでくる。

「ねこさんはしゃべるよ」

「ふえ?」

ぽかんとしたレインに、ミシェルが自信ありげに胸を張った。

「おにいちゃんがよんでくれた、ごほんに、かいてあったもん!」


 思わず黒猫に目を向けると、氏は頬を掻き掻き、

「にゃあ……まあ、喋りますね。現にこうして喋っております訳ですし」

「た、確かに」

「まあ、ショウ・ビズの世界に(たずさ)わる猫と致しましては、お喋り(トーク)踊り(ダンス)くらいはひと通りこなせませんと」

「しょー……びず?」

「犬は喋りません、彼らはそれほど頭が宜しくありませんので。カオリンチュは話しますよ……にゃあ、おはよう(マテーノ)


 黒猫氏が声を掛けると、表通りからのっそりやって来たカオリンチュが、面白くもなさそうに顔を上げた。

「……おはよう(マテーノ)


 黒猫氏は肩を(すく)めた。

「まあ、あまり親しくはありません。カオリンチュは齧歯類(げっしるい)齧歯類(げっしるい)と言えばつまりは大きい(ねずみ)な訳でして、如何(いかん)せん我らとは古来より確執というものが」

と、そこで黒猫氏はふと言葉を止め、木箱の上にぴょこんと立ち上がると、二人のレディを前に胸に手を当て恭しくお辞儀をした。



 「にゃあにゃあ、これは申し遅れました。私、トーマス・ブラウンと申します。以後お見知りおきを」



 黒猫(カッツェ)氏改めトーマス・ブラウン氏の流暢(りゅうちょう)かつアップ・テンポな弁舌に圧倒され、

「これはご丁寧に。えーと……レインです」

「ミシェです!」

お辞儀を返したレインに続いて、ミシェルが元気にお返事できました。


 猫に下げたレインの頭の中は、ぐわんぐわんに混乱している。

「そ、そーか、猫って喋るのか。知らなんだ……そう言えば、猫とそうじっくり接したことはなかったな。馬はどうなんだろう。城に帰ったら、話してみよう……」

王様とお目付けのレイスさんが心配しそうです。


 ミシェルの頭の中は、まだまだ空きスペースが多いので、ちょっとやそっとのことが入ってきても大丈夫だし、ドアが小さいからそもそも全部は入ってこない。

「ねこさんは、どこにいくんですかー?」

大らかなインプットに基づくので、アウトプットもまた大らかである。



 しかし幼女の無邪気な問いかけに、トーマス氏の顔が不意に(くも)る。猫の表情の微妙を、あなたに読み取れるとして、だが。

「にゃーお。猫は何処から来て、何処へ行くのか。それは我らにとって極めて根源的かつ、永遠の問い掛けであると言って過言ではないかもしれませんな」


 「こと、私のような行き場を失くした猫にとっては――」


 トーマス氏の沈んだトーンに、ミシェルがレインを振り返った。

「ねこさん、どうしたの?」

「うむ。どうやら猫氏は、行くところがなくて困っておられるようだ」

答えたレインも、さすが子どもと言おうか、猫が口を利くという“世界観”(イマジカ)に早くも順応した様子だ。

「えー? そうだ、だったら……」


 「ねこさん、ミシェのおうちにくればいいよ!」


 少女がさも名案と叫ぶと、トーマス氏は緑色の目をまん丸にし、(ひげ)をひくひくと震わせた。

「にゃお! これは、何と御親切なお嬢さん! しかしながら、お気持ちは大変嬉しいのですが、このトーマス・ブラウン、路頭に迷っている訳ではないのです」

そう言って氏は、被っていない帽子の位置を直すような仕草をした。



 「言うなれば、人生の道を見失っている、という訳でして、ごろごろ」



 レインが眉根を寄せて、

「猫氏が“人”生とはこれ如何(いか)に、とも思うが、つまり氏の(おっしゃ)るのは“夢や希望を失った”とか、そういう意味であろうか?」

トーマス氏は我が意を得たりとばかりに膝を打ち、

まさにその通り(Exactly)!」

声高らかにそう叫ぶと、木箱の上でタタッと靴の踵(タップ)を鳴らした。

「にゃあ! 何と聡明なるお嬢さん方か! なれば私も語らざるを得まい!」


 「どうかお聞き頂きたい、この“黒猫”(ネーロ・カッツェ)トーマス・ブラウンの、華麗にして数奇なる半生の物語(ラコンテ)を――」


 右手を高々と差し上げて、半円を描いて深々と黒猫のお辞儀。

レディース・エンド(ダミナーレ・エ)・ジェントルメン(・ガバディン)――……題して第一幕“トーマス・ブラウンの歌”、開幕でございます」

(何か始まった……ッ?!)

レインお姉ちゃんが突っ込みをいれる前に――

「わーい、ぱちぱちぱちー」

観客(ミシェル)の拍手。

(逃げ損なったッ?!)



 そうです(Exactly)、お姫様。物語(ラコンテ)とは常に華麗にして数奇、そして唐突に幕開くものなのでございます。それが“人生”(セ・ラ・ヴィ)――……





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