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プロローグ:東雲夏竜の場合

 「お疲れさまでしたー」


 本当に疲れた、なんて素振りを見せることもなく定時ダッシュを決める。この瞬発力だけは人類最速の男にも負けない自信がある。退社の早さを、退社の速さだけを、競う選手権がもしあれば、入賞は手堅い。優勝は分からない。猛者共の群雄割拠のこの時代(知らんけど)、退社スピードに自信を持つ者は「ん」から始まる言葉の数くらいはいるだろう。そんな中で優勝できたら、嬉し…くはないな別に。


 そんな下らないことを、考えることすらままならないブラック企業勤めの奴だって世間にゃ五万といる。仕事終わった、と思ったときには次の日が訪れていたり、土日返上で出勤していたり。社会人になると、そういう不可視だったはずの黒い部分が見事に可視化されてくるのだ。ツラいものである。


 そんな汚いものばかりのはずのこのご時世に、俺は今の会社に就職できたことを嬉しく思っている。何せ残業をしていれば、上長から「早く帰れ」と急かされるような職場だ。ある意味で面を喰ったけれど、いい会社だなと思った。それすらも洗脳の一部なのだとしたら、俺はもう手遅れなのかもだけど。


 そんな話は、今の俺にとっては必要のないことだ。今の東雲夏竜(しののめかりゅう)にとって大切なのは、唯一つ。そう、帰宅後のゲームの時間である。


 今日は待ちに待った新格闘ゲームアプリのリリース日なのだ。


 今日スマホのゲームアプリは目まぐるしいスピードで成長してきている。ガ◯ホーやらコ◯プラやら、アプリゲームの配信を行なっている会社は、激しい市場競争の元に君臨しているのだ。


 その中で今、一際注目を集めているのが『GameSoulゲームソウル株式会社』だ。昨年リリースされたスマホRPGゲームの『RE;Dreamingリ ドリーミング』は1ヵ月の間で2000万ダウンロードを成し遂げ、他社の度肝を抜いた。言うまでもなくアプリユーザー達の度肝も抜いた。


 それからというもの、GameSoulの出すアプリゲームは失敗知らず。どれもヒット作として名を馳せている。


 かくして、GameSoulはわずか1年足らずでアプリゲーム界の重鎮達に比肩するほどの実力を備えたのである。ここ数年の中でもかなり大きな出来事だったに違いない。


 今日はその、Gamesoulから『THE Reviverリバイバー』がリリースされる、超記念すべき日なのである。


 電車に乗り込み、スマホを手に取る。公式のツイートを確認すると、すぐさまアプリを起動させた。


 【選ばれた20000人へ告ぐ!!】 お待たせ!待望の新作アプリ『THE Reviver』の先行配信が始まったよ!!(∩´∀`)∩ 今すぐダウンロードして始めよう!!


▼▼▼


 帰宅。洗濯物やら洗い物やら、いろいろなものが気になるが目を背けた。背けたというよりは、はじめから眼中になかったと言うほうが正しかった。視線はスマホに刺さっている。


 「うおお・・・かっけえ・・・!」


 - Revive Worldへようこそ。-


電脳世界のような背景に映し出された文字列。それを見ただけで心が躍った。


 『夏竜さん。あなたは20000人のプレイヤーの中の1人として選ばれました。おめでとうございます』


 「あ、はい、どうも、ありがとうございます」


 ゲームの音声に対して応える。決して心の病気だとか、一人暮らしの寂しさで頭がおかしくなったとかではない。


 そう。THE Riviverは全国で20000人のプレイヤーしかいないのである。もちろん理由があってのことらしいが、はっきりしたことは伝えられていない。噂ではアプリそのものがフリーズしてしまうことを防ぐためだとか。そのため、先行配信で遊ぶことができるのは抽選により選ばれたプレイヤーだけなのだ。僕をその中に選んでくれた神様、もといGameSoul株式会社様に感謝しなければなるまい。


 『早速Revive Worldに飛び込みましょう!』


 「おー!」


 もう一度言っておく。心の病気だとか、一人暮らしの寂しさで頭がおかしくなったとかではない。


▼▼▼


 - チュートリアルが開始されます。 -


 画面に映ったのは渋谷の街並み。どうやら舞台は東京みたいだ。上空からの視点がぐんと一人の青年へと動いていく。


 なるほど。これが自分の操作するキャラになr・・・ん?


 「チューとリアル?接吻と現実って言いたいの?」


 唐突に挟んでくる絶妙とも微妙ともとれるボケ。なぜキャラがチュートリアルの言葉に反応しているのか考えるよりも前に、僕の口は動いた。

 

 「いや、普通に考えて教育法の方の意味だろ」


 運命は偶然。宿命は必然。


 俺達のこの再会は、きっとどちらでも捉えることができるのだろう。けれど僕にとっては、圧倒的に宿命めいた何かを感じざるを得なかった。


 細めで、細目のその青年を、俺は知っている。


 「君はディ○・ブランドーだね?」


「そういう君はジョナ○ン・ジョースター。いや、じゃなくて、ナチュラルにジョ○ョネタを挟むんじゃない。あと、さりげなく悪役にするな」


 説明しよう。今俺が話している相手は匂坂翼という要注意人物だ。かつて視線だけで人を殺したことがあるという伝説の持ち主。その噂が広まったのは入学してわずか一週間後ということもあり、奴の周りからは人が寄りつかなくなってしまったのである。そんな中、まんまと奴に近づいた馬鹿がそう、この東雲夏竜だったのである。噂なんて確証のないものを信じていたくないと、そう思っていたからこそのk・・・(思っていた以上に長くなりそうだったので強制カット)。


▼▼▼


 はっきり言うと、わけが分からなかった。


 状況的には、大学時代の友人である翼がなぜかゲーム内にいて、僕は彼を操作する立場にある、と、そんな感じだろうか。卒論だけはまともに頑張っていた甲斐あって、サマリーだけは得意だ。ラノベの主人公なんか向いているのかもしれない。唯一の弱点を挙げると、ハーレム体質ではないことだろうか。


 そんな下らない思考をしている場合ではない。いや、割とマジで。何か解決する方法を見つけたいにしても、まだ現実と接吻すらも終わっていない。何はともあれ、やってみるしかない。


 『まずは操作の仕方を説明します。左下のカーソルでキャラを動かすことができます』


 「おお、すごい。なんかお前以外の声聞こえるぞ」


 「ちょっと喋らないで?可愛い女の子の声聞きたいから」


 「ぶっ飛ばすぞ」


 「今のお前は二重の意味で次元がちげえよ」


 スマホを横向きにして、左指を合わせる。前後左右と、操作するのに呼応して翼が動いた。


 「うおぉ!なんか、全然、俺の意思で動けねえんだけど・・・!」


 「そりゃ、俺が動かしてんだから、当たり前やん」


 「なんか・・!めっちゃ違和感ある・・・!!」


 人に自分の身体を任せなければいけない、というのはどんな気持ちなのだろう。なんか、すごいストレスな気がする。さて、翼は大丈夫なのだろうか。


 「誰かに操作されるのってストレス溜まる?」


 「俺が行きたいと思ってる方向と違う方向に操作されると、ストレス感じるわ。今とか」


 「あー・・・知らん」


 翼のストレスが順調に溜まってきたところで、攻撃方法の説明が始まった。


 『攻撃には3種類あります。通常攻撃、特殊攻撃、そして必殺技の3種類です。通常攻撃は右下の拳マークのコマンドから放つことができます』


 じゃんけんのグーのコマンドをタップしてみる。画面内の翼がパンチを撃つ。んん・・。


 「弱そうだな・・」


 「おい。聞こえてるぞ」


 通常攻撃は打撃が主となるみたいだ。軽くコンボ技みたいなのもできる。コマンドは拳なのに蹴り技も合わせられることはツッコまないでおこう。それにしても、細身な肉体の繰り出す攻撃はオブラートに包んでも、フォローしきれないほど弱そうに見える。


 「ツバサツカウコトデキテ、ウレシイナー」


 「お前いつかメガネ叩き割るからな?」


 相変わらず物騒な奴だ。キャラ選択ができなかったことが実に悔やまれる。


 『次に特殊攻撃の説明をします。特殊攻撃は剣マークのコマンドから放つことができます』


 コマンド通り、翼の武器は剣だ。剣とは言っても、短剣ダガーと呼ぶほうが適切かもしれない。主人公らしからぬ、二刀流の使いだ。


 ヒュン、ヒュン・・!と、空を裂く。素早い動作から放たれる連撃は個人的にしっくり馴染んだ。昔から格ゲーではスピード感のあるキャラを使うのが得意だ。ス◯ブラのフォッ◯スとか、ス◯リートファイターの◯麗とか。翼の操作感はそれに近い。唯一気に喰わないとすれば、カッコつけてダガーを逆手持ちにしていることだろうか。


 「ゲーム内だと結構動くのな。普段は運動の一つもしようとしねえくせに」


 「お前は一つ間違ったことを言っている。俺は"動いてる"んじゃねえ。"動かされてる"んだ。分かるか?」


 「そいつぁ失礼した。ジョニー」


 「気にすんな、ボブ」


 下らないアメリカンなやり取りを終えた辺りで、唐突にサイレンがゲーム内に響いた。


 「なんだなんだ。どうした」


 「落ち着け、ジェファソン。きっと実践形式の練習でも始まるんだろう。必殺技もきっとそこで使えるはずさ」


 実際、俺の操作している画面には、


 - バトルに挑まれました。 - 


 と表示されていた。CPU的なものと戦うのだろう。


 「ジョニーじゃなくなってるじゃねえか、設定ガバガバかよ。お前のほうの画面ではどうなってんだ?」


 「お、なんか、名探偵コ◯ンの犯人みたいな奴とVSって表示されてる。バトルを挑まれました、だそうだ」


 「OK、よく分かった。だからそろそろ文字を伏せなきゃならんネタを多用していくのは止めようか。誰にかは知らんが怒られる気がする」


 習うより慣れろ、とよく言うが、格ゲーはとりわけその対象だろう。実際に戦ってみなければ分からないことだってある。技の説明を最後までしないタイミングで戦わせるのも、なかなかどうして上手いものだ。


 「さあ、ゲームを始めよう」


 「だから、そういうのを止めろって」


 多分だが、止められない気がする。


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